1 / 1
因果応報
しおりを挟む
市内で女子高生殺人事件があった。
それも刃物で何十箇所をめった刺しという、残虐な手口だ。
私の通う学校の生徒ではなかったが、同じ地域の同年代の女子が犠牲となったこの事件は、私たちの心にも暗い影を落としていた。
「犯人、まだ捕まっていないんでしょ? こわいよね」
学校帰り、電車の中で友人が不安そうに口を開く。
「うん、こわいよね。でも、何十箇所もめった刺しって、相当な恨みだよね。殺された子も悪いことしていたんじゃない?」
「えー、そうかなぁ」
私の言葉に友人は軽く眉を寄せ、首を傾げる。
「そうだよ。悪いことしていたから恨まれて殺されちゃったんでしょ。自業自得、因果応報ってやつだよ。だって、そうじゃなきゃ殺されるわけないよ」
「うーん……」
友人はまだ納得しきれないような様子ではあったけれど、友人が降りる駅に到着したので、話はそこで終わりになった。
私は一人になり、車両を移動しようとした。私の降りる駅では、もうひとつ隣の車両のほうが出口に近い場所に止まるのだ。
歩きながら、優先席に座っているおばあちゃんが真っ青になって震えていることに気づく。
どうしたのだろう。急に体調が悪くなったのかと、気になる。
駅員さんか誰かに言ったほうがよいのだろうかと思ったが、スーツ姿のサラリーマンらしき人がおばあちゃんに声をかけていた。おばあちゃんはか細い声だったけれども、大丈夫ですと答えている。
親切な人もいるようだったし、私が何かしなくても大丈夫かなと、そっと視線をはずした。
おばあちゃんが早く元気になりますようにと願いながら、私はその場を後にした。
◇
私は、いわゆる真面目という分類にくくられるだろう。
髪の毛を束ねるゴムの色は黒のみ、といったようなくだらない校則も破ったことはない。普段から規律を守っていれば、おかしなトラブルに巻き込まれることもないからだ。
以前、クラス内で盗みが発生したときも、私が疑われることはなかった。もちろん私は盗みなどしていないが、その時間に犯行が可能だった三人の一人だというのに、あっさりと容疑者から除外されたのだ。
結局、犯人は髪を金色に染めた不良の子で、みんなも納得していた。
良いことをすれば良いことが返ってきて、悪いことをすれば悪いことが返ってくる。
真面目に生きていれば、普通は悪いことなど起こらないのだ。もし起こったとしても、自分は悪くないのだから救いの手が現れるだろう。
これが私の信条だった。
◇
塾を終えて、私はすっかり暗くなった道を一人で歩く。このあたりは住宅街で、夜になるといつも静まり返っている。
途中に少し大きな公園があって、そこを抜けたほうが家への近道なのだ。私はいつものように誰もいない公園に足を踏み入れる。
お腹空いたな、サンドイッチだけじゃ足りないよな、などとぼんやり考えながら。
ところが、突然、木の影から現れた何かが私を羽交い絞めにする。口に布のようなものを突っ込まれ、叫び声はもごもごとした呻きとなって消えてしまう。
――何? 何が起こったの!?
頭の中はパニックに陥り、自分の状況がまったく理解できない。答えを必死に求めようとするが、与えられたのは焼け付くような熱いものだった。
――うそ、でしょう……?
私は自分のお腹に刺さったものを信じられずに見下ろす。ずるり、とそれは引き抜かれ、何かが噴き出した。赤いものがどろどろと流れていく。
血、だ。
――どうして? 何故? なんで私が!?
何度も何度も問いかけるが、返ってくるのは振り下ろされる刃と苦痛だけだ。叫びはすべて口の中で途絶えていき、助けを求めることもできない。
――痛い! 痛い! どうして私がこんな目にあわなきゃいけないの!?
身体のあちこちで熱がはじける。永劫とも思えるほどの時間だったが、やがて新しい熱は増えなくなった。代わりに増えたのは、耳に届く死神の足音だ。
――いや、だ……死にたく、ない……。
助けを求めようと、力を振り絞って顔を上げる。するとそこには、誰かが立っていた。かすむ目に、腰がやや曲がった小柄な姿が映る。
「あらあら、かわいそうに。でも、こんなことをされるなんて、あなた、とっても悪いことをしたのねぇ」
――ちがう、わたしはわるいことなんて、していない
「悪いことをしたから、恨まれて殺されるのね。自業自得、因果応報ってやつよね」
――ちが、う……。
「私の孫はね、とっても良い子だったの。殺されるようなことなんて、何もしていなかったのよ。でも、人は何も知らないくせに勝手なことを言ってあの子を貶める……あなたのようにね」
――そ、んな……。
「あなたも、これから貶められる側になるのよ」
薄れゆく意識の中、私が最期に見たのは、ぞっとするような慈愛の笑みだった。
それも刃物で何十箇所をめった刺しという、残虐な手口だ。
私の通う学校の生徒ではなかったが、同じ地域の同年代の女子が犠牲となったこの事件は、私たちの心にも暗い影を落としていた。
「犯人、まだ捕まっていないんでしょ? こわいよね」
学校帰り、電車の中で友人が不安そうに口を開く。
「うん、こわいよね。でも、何十箇所もめった刺しって、相当な恨みだよね。殺された子も悪いことしていたんじゃない?」
「えー、そうかなぁ」
私の言葉に友人は軽く眉を寄せ、首を傾げる。
「そうだよ。悪いことしていたから恨まれて殺されちゃったんでしょ。自業自得、因果応報ってやつだよ。だって、そうじゃなきゃ殺されるわけないよ」
「うーん……」
友人はまだ納得しきれないような様子ではあったけれど、友人が降りる駅に到着したので、話はそこで終わりになった。
私は一人になり、車両を移動しようとした。私の降りる駅では、もうひとつ隣の車両のほうが出口に近い場所に止まるのだ。
歩きながら、優先席に座っているおばあちゃんが真っ青になって震えていることに気づく。
どうしたのだろう。急に体調が悪くなったのかと、気になる。
駅員さんか誰かに言ったほうがよいのだろうかと思ったが、スーツ姿のサラリーマンらしき人がおばあちゃんに声をかけていた。おばあちゃんはか細い声だったけれども、大丈夫ですと答えている。
親切な人もいるようだったし、私が何かしなくても大丈夫かなと、そっと視線をはずした。
おばあちゃんが早く元気になりますようにと願いながら、私はその場を後にした。
◇
私は、いわゆる真面目という分類にくくられるだろう。
髪の毛を束ねるゴムの色は黒のみ、といったようなくだらない校則も破ったことはない。普段から規律を守っていれば、おかしなトラブルに巻き込まれることもないからだ。
以前、クラス内で盗みが発生したときも、私が疑われることはなかった。もちろん私は盗みなどしていないが、その時間に犯行が可能だった三人の一人だというのに、あっさりと容疑者から除外されたのだ。
結局、犯人は髪を金色に染めた不良の子で、みんなも納得していた。
良いことをすれば良いことが返ってきて、悪いことをすれば悪いことが返ってくる。
真面目に生きていれば、普通は悪いことなど起こらないのだ。もし起こったとしても、自分は悪くないのだから救いの手が現れるだろう。
これが私の信条だった。
◇
塾を終えて、私はすっかり暗くなった道を一人で歩く。このあたりは住宅街で、夜になるといつも静まり返っている。
途中に少し大きな公園があって、そこを抜けたほうが家への近道なのだ。私はいつものように誰もいない公園に足を踏み入れる。
お腹空いたな、サンドイッチだけじゃ足りないよな、などとぼんやり考えながら。
ところが、突然、木の影から現れた何かが私を羽交い絞めにする。口に布のようなものを突っ込まれ、叫び声はもごもごとした呻きとなって消えてしまう。
――何? 何が起こったの!?
頭の中はパニックに陥り、自分の状況がまったく理解できない。答えを必死に求めようとするが、与えられたのは焼け付くような熱いものだった。
――うそ、でしょう……?
私は自分のお腹に刺さったものを信じられずに見下ろす。ずるり、とそれは引き抜かれ、何かが噴き出した。赤いものがどろどろと流れていく。
血、だ。
――どうして? 何故? なんで私が!?
何度も何度も問いかけるが、返ってくるのは振り下ろされる刃と苦痛だけだ。叫びはすべて口の中で途絶えていき、助けを求めることもできない。
――痛い! 痛い! どうして私がこんな目にあわなきゃいけないの!?
身体のあちこちで熱がはじける。永劫とも思えるほどの時間だったが、やがて新しい熱は増えなくなった。代わりに増えたのは、耳に届く死神の足音だ。
――いや、だ……死にたく、ない……。
助けを求めようと、力を振り絞って顔を上げる。するとそこには、誰かが立っていた。かすむ目に、腰がやや曲がった小柄な姿が映る。
「あらあら、かわいそうに。でも、こんなことをされるなんて、あなた、とっても悪いことをしたのねぇ」
――ちがう、わたしはわるいことなんて、していない
「悪いことをしたから、恨まれて殺されるのね。自業自得、因果応報ってやつよね」
――ちが、う……。
「私の孫はね、とっても良い子だったの。殺されるようなことなんて、何もしていなかったのよ。でも、人は何も知らないくせに勝手なことを言ってあの子を貶める……あなたのようにね」
――そ、んな……。
「あなたも、これから貶められる側になるのよ」
薄れゆく意識の中、私が最期に見たのは、ぞっとするような慈愛の笑みだった。
0
お気に入りに追加
2
この作品の感想を投稿する
みんなの感想(1件)
あなたにおすすめの小説
校長室のソファの染みを知っていますか?
フルーツパフェ
大衆娯楽
校長室ならば必ず置かれている黒いソファ。
しかしそれが何のために置かれているのか、考えたことはあるだろうか。
座面にこびりついた幾つもの染みが、その真実を物語る
寝室から喘ぎ声が聞こえてきて震える私・・・ベッドの上で激しく絡む浮気女に復讐したい
白崎アイド
大衆娯楽
カチャッ。
私は静かに玄関のドアを開けて、足音を立てずに夫が寝ている寝室に向かって入っていく。
「あの人、私が
意味がわかると怖い話
邪神 白猫
ホラー
【意味がわかると怖い話】解説付き
基本的には読めば誰でも分かるお話になっていますが、たまに激ムズが混ざっています。
※完結としますが、追加次第随時更新※
YouTubeにて、朗読始めました(*'ω'*)
お休み前や何かの作業のお供に、耳から読書はいかがですか?📕
https://youtube.com/@yuachanRio
マイナー18禁乙女ゲームのヒロインになりました
東 万里央(あずま まりお)
恋愛
十六歳になったその日の朝、私は鏡の前で思い出した。この世界はなんちゃってルネサンス時代を舞台とした、18禁乙女ゲーム「愛欲のボルジア」だと言うことに……。私はそのヒロイン・ルクレツィアに転生していたのだ。
攻略対象のイケメンは五人。ヤンデレ鬼畜兄貴のチェーザレに男の娘のジョバンニ。フェロモン侍従のペドロに影の薄いアルフォンソ。大穴の変人両刀のレオナルド……。ハハッ、ロクなヤツがいやしねえ! こうなれば修道女ルートを目指してやる!
そんな感じで涙目で爆走するルクレツィアたんのお話し。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる
本作については削除予定があるため、新規のレンタルはできません。
このユーザをミュートしますか?
※ミュートすると該当ユーザの「小説・投稿漫画・感想・コメント」が非表示になります。ミュートしたことは相手にはわかりません。またいつでもミュート解除できます。
※一部ミュート対象外の箇所がございます。ミュートの対象範囲についての詳細はヘルプにてご確認ください。
※ミュートしてもお気に入りやしおりは解除されません。既にお気に入りやしおりを使用している場合はすべて解除してからミュートを行うようにしてください。
何かありそうと予感させる怖さが良かったです。
ありがとうございました。