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序章
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土煙に混じる噎せ返るような濃厚な血の香りに吐き出さなかったのは、なにも気分を害していないわけではなかった。震える指先を握り、体をくの字にして内側から襲い来る熱を逃がそうと、必死に口を開閉させても下がりはしない。
胃の中のものを押し出そうとも、内側の熱がそれすらも許さないのだ。
右耳に押し寄せるのは怒りの声。左耳に突き刺さるのは喜びの声。
少女の異変はそれらに押し潰され、誰の目にも映らなかった。
束ねていた髪はとうの昔に解け、乱れた数束が視界を邪魔した。視線だけを先に這わせ、ゆっくりと顔を上げる。
燃えたぎる体の熱は一向に冷める気配はなく、心臓が貫かれたような痛みに襲われる。目の奥から溢れ出しそうな何かを必死に抑えながらも、瞳の中にその姿を映す。
少女の時は止まったかのように、すべての音も色もなにもかもが褪せた。
その瞬きの間にも満たない、まさに一瞬とも呼べる時間は、少女にとっては永遠とも言えるかのような長いものだった。
“それ”から流れる血は赤黒く、とても鮮やかだった。
体が震え、指先から冷えていくのとは反対に、心臓から熱いものが全身を駆け巡る。何かが引きちぎれる幻聴とともに、彼女の周囲には風が渦を巻いて吹き出した。
彼女を中心として未だ矛を混じえていた周囲の者達は、やっと彼女の異変に気付いたのだ。
吹き荒れる風は彼女の周囲にいた者たちを吹き飛ばし、その光景に誰もが言葉を失っていた。
少女は頭を抱え、苦悶の声を上げてゆっくりと自陣の者たちへと目を向ける。先程まで勝利を確信していたはずの彼らは、恐怖と混乱に染まっていた。
少女は両の目から血の涙を流し、心臓を押さえて呻く。金色の輝く髪は徐々に色を変え、頭頂部から滲み出るように銀色になる。
少女が心臓から溢れ出るその力を“正しく”認識すると同時に、彼女の金色の瞳は深紅に変わる。
その瞳に見据えられた人々は、驚愕しながらも動けずにいる。足が竦んだのも事実だが、例えほうほうの体であったとしても逃げられるのであれば逃げていた。
しかし、彼らはまるで縫い付けられたかのように動けなかった。その瞳に見据えられただけで心臓を鷲掴みにされたかのような錯覚に陥り、死を受け入れるしかないのだと脳が早々に体の操作を諦めたのだ。
許しを乞う暇さえ彼女は与えなかった。
「――罰を与えましょう。そして、私もまた罰を受けましょう」
彼女は血の涙を流しながらも、まるで慈悲深い聖母のような微笑みを浮かべた。
少女は自身の持っていた剣を地面に突き刺す。すると大地は兵士たちのいた中心から裂け、悲鳴を上げる彼らを飲み干していく。
少女は振り返り手を伸ばす。指先が触れるより先に彼女は手を引き戻すと、眉を寄せて笑う。
「私の愛しい方、もうあなたが傷付かないように、どうか今度は――」
閉じゆく裂け目に彼女はその身を投じ、自身の熱に燃えていきながらもその姿を目に写していた。
胃の中のものを押し出そうとも、内側の熱がそれすらも許さないのだ。
右耳に押し寄せるのは怒りの声。左耳に突き刺さるのは喜びの声。
少女の異変はそれらに押し潰され、誰の目にも映らなかった。
束ねていた髪はとうの昔に解け、乱れた数束が視界を邪魔した。視線だけを先に這わせ、ゆっくりと顔を上げる。
燃えたぎる体の熱は一向に冷める気配はなく、心臓が貫かれたような痛みに襲われる。目の奥から溢れ出しそうな何かを必死に抑えながらも、瞳の中にその姿を映す。
少女の時は止まったかのように、すべての音も色もなにもかもが褪せた。
その瞬きの間にも満たない、まさに一瞬とも呼べる時間は、少女にとっては永遠とも言えるかのような長いものだった。
“それ”から流れる血は赤黒く、とても鮮やかだった。
体が震え、指先から冷えていくのとは反対に、心臓から熱いものが全身を駆け巡る。何かが引きちぎれる幻聴とともに、彼女の周囲には風が渦を巻いて吹き出した。
彼女を中心として未だ矛を混じえていた周囲の者達は、やっと彼女の異変に気付いたのだ。
吹き荒れる風は彼女の周囲にいた者たちを吹き飛ばし、その光景に誰もが言葉を失っていた。
少女は頭を抱え、苦悶の声を上げてゆっくりと自陣の者たちへと目を向ける。先程まで勝利を確信していたはずの彼らは、恐怖と混乱に染まっていた。
少女は両の目から血の涙を流し、心臓を押さえて呻く。金色の輝く髪は徐々に色を変え、頭頂部から滲み出るように銀色になる。
少女が心臓から溢れ出るその力を“正しく”認識すると同時に、彼女の金色の瞳は深紅に変わる。
その瞳に見据えられた人々は、驚愕しながらも動けずにいる。足が竦んだのも事実だが、例えほうほうの体であったとしても逃げられるのであれば逃げていた。
しかし、彼らはまるで縫い付けられたかのように動けなかった。その瞳に見据えられただけで心臓を鷲掴みにされたかのような錯覚に陥り、死を受け入れるしかないのだと脳が早々に体の操作を諦めたのだ。
許しを乞う暇さえ彼女は与えなかった。
「――罰を与えましょう。そして、私もまた罰を受けましょう」
彼女は血の涙を流しながらも、まるで慈悲深い聖母のような微笑みを浮かべた。
少女は自身の持っていた剣を地面に突き刺す。すると大地は兵士たちのいた中心から裂け、悲鳴を上げる彼らを飲み干していく。
少女は振り返り手を伸ばす。指先が触れるより先に彼女は手を引き戻すと、眉を寄せて笑う。
「私の愛しい方、もうあなたが傷付かないように、どうか今度は――」
閉じゆく裂け目に彼女はその身を投じ、自身の熱に燃えていきながらもその姿を目に写していた。
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