俺の幼馴染みが王子様すぎる。

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7、音大レッスンと嫌味な関西人〈累目線〉

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「あらあらまぁまぁ累くん! 大きくなったわねぇ~~!! イケメンになっちゃって~!!」
「お久しぶりです、夏目先生」

 オーバーな仕草で累を出迎えたのは、ここ高城音楽大学で講師をしている夏目 ひとしという男である。累は小学校に上がる頃から、夏目からもヴァイオリンを習っていたのだ。

 母親が国内にいる時期は、累は基本的に母親からレッスンを受けていた。だが、母親が公演などで海外に出ている間は、母親の弟子である夏目が累の練習を見ていたのだ。当時、夏目は音大を卒業したばかりだったが、就職先にあぶれて途方に暮れていたらしい。真面目さと堅実さを母に買われ、幼かった累の世話役のような役割を充てがわれていたのである。

 若干オネェ口調なところはあるが教え方は上手いし気も優しいので、一時期の累は母親よりも夏目に母性を感じていたものだ。

 ちなみに現在、夏目は音楽界とは関係ない女性と結婚している。ここ高城音楽大学で教職を得て、ようやく結婚することができたのだと、国際電話で長々と聞かされた。

「道に迷わず来れた? 結構遠かったんじゃない?」
「電車で一本だから、平気だよ。夏目先生、変わらないね」
「ウフ、そう? 変わらないと言っても、僕ももうすぐパパだからね~。髭でもはやして貫禄つけようかしら」
「え、パパ? すごいじゃないですか、おめでとうございます!」
「ふふふ、ありがとう♡」

 貫禄うんぬんと言っているが、夏目はひょろりとした痩せ形の長身で、常に革ジャン革パンツというロックな格好をしている。
 当時長かった髪の毛は流石に切ったようだが、こめかみのあたりには見事な剃り込みが入っていて気合十分だ。

 耳たぶには太いピアス、指にはごつい指輪とジャラジャラしていて猛々しい風貌だが、夏目の奏でるヴァイオリンの音色は柔和で優しい。母親の音色には圧倒されるが、夏目のそれは癒しだ。累は、夏目のそういうところをとても気に入っていた。

 夏目と近況を話し合いながら構内を歩いている間も、そこここから様々な楽器の音色が聞こえてくる。ヴァイオリン、ピアノ、サックス、トランペット……ありとあらゆる音がそれぞれに聞こえてくるのだ。

 ペースもメロディもばらばらで、調子外れな音も聞こえてくる。だが、雑多なようでありながらも、こうしていろんな音が混ざり合っていると、それはひとつの音楽のように聴こえる気がした。


 ——いいな……ここ。


 自然と、唇が綻んでいたらしい。夏目はくすりと笑って、「どうしたの?」と尋ねてきた。

「すごいね、音大って、ほんとにあっちこっちで普通に楽器弾いてたりするんだ」
「そうよ、いいでしょ。ここは緑も多いからね~、僕もすごく気に入ってるの」
「わかる気がする」
「てっきり音高選んで進学すると思ってたわ。普通の県立高校に入ったのねぇ」
「うん。どうしても、一緒にいたい人がいたから」
「あ。ああ~~♡」

 ぽん、と夏目は手を叩き、目をキラッキラさせながら累を見つめた。昔は見上げるように大きな男だと思っていたが、今や目線はほぼ同じである。

「空くんね! んで? その後どーなったの?」
「うん……まぁ、へへ」
「あらあらまぁまぁ♡」

 かいつまんでこれまでのことを夏目に語って聞かせると、夏目は「ブラボ~♡」と拍手を始めた。さすがに少し照れてしまう。

「よかったわねぇ、晴れて空くんと恋人同士か」
「まぁ……まだ、手探りではあるけど」
「最初が肝心だ何だからね? 突っ走っちゃダメよ? あんたは弾いてる最中もゾーンに入るとこっちの声がきこえなくなるんだから」
「分かってるって」

 そうこう言っている間に、累はとある建物の前に連れられてきていた。外観はごく普通のオフィスビルのようだが、ドアに貼られたプレートには『E号館 専門レッスン室』と書かれている。

 建物の中は、外とは違ってしんとしていた。空調もきいているようで、うすく汗をかいた肌がひんやりと冷えてゆく。

「さて、今回共演してもらう学生たちを紹介するわね。みんな優秀なんだけど、セカンドヴァイオリンの子は、うちの弦楽器コースでも特にデキる学生なの。ああそうだ、コンクールで面識あるらしいわよ?」
「え……? 誰だろう?」
「まぁ、自己紹介は自分たちでなさいな」

 夏目はそう言って微笑むと、『弦楽専門練習室』というプレートの嵌まったドアをぐいと押し開けた。

 中では、学生がすでに音合わせに入っているようで、室内には耳慣れた弦楽器の音で満たされていた。もっと狭いかと思っていた練習室は思いの外広く、中央に四つ並んだ譜面台の前に、二人の女子学生が座っている。

「お疲れ様~。お待ちかね、高比良累くんをお連れしたわよぉ♡」

 やや高音の夏目の声に、学生たちが顔を上げる。譜面台の前に座っていた女子学生たちが「わぁ~~」と黄色い声を上げて立ち上がり、累のもとへ歩み寄ってきた。

「すっごーい、本物! 本物だぁ、すっごいきれい~!! あ、わたしチェロの吉田萌香、二年です、よろしく~!!」
「わたしはヴィオラの谷川多香子、三年です。累くんと共演なんて夢みたい、よろしくね」
「高比良累です。どうぞよろしくお願いします」

 累が礼儀正しく一礼すると、女子学生たちはきらきらした目をそれぞれに見合わせて、「よろしくお願いします」と言った。
 チェロの萌香もヴィオラの多香子も、ごくごく普通の女子大学生にしか見えない。だが、夏目の紹介によれば、萌香も多香子も、国内のコンクールでは受賞経験があり、ヴィオラの多香子に至っては、すでにプロオケへの就職まで決まっているという優秀さであるらしい。

 といった雑談を交わしていると、壁際で荷物をいじっていた一人の男子学生が、ゆっくりとこちらに歩み寄ってきた。そして、ずずいと雑談の輪に押し入ってくるや、累の真正面に立って腕組みをする。

「こんなとこでいつまでもおしゃべりですか。えらいのんびりしてはりますなぁ」
「あ」

 微かに見覚えのある顔と聞き覚えのある嫌味っぽい関西弁に、累は二度三度と目を瞬く。

 確か、日本を発つ前、最後に出場した国内のジュニアコンクール。累は九歳で、小学生部門で優勝を果たした。その表彰式の後、ものすごい関西弁でまくしたててきた六年生がいて……。

「あ! あ~~……ええと……あの~~」

 だが、名前が出てこない。累がうんうん唸っていると、関西弁男はぶちぶちとこめかみに青筋を浮かべながら、ドスの効いた声でこう言った。

「高城音楽大学一年、石ケ森賢二郎ですぅ。お久しぶりやなぁ、高比良累くん」
「あ、そうだ、いしがもり……さん」
「えらい大物にならはったんやなぁ、背ぇもよぉ伸びてはって、羨ましいこっちゃ」

 石ケ森賢二郎は、累がコンクールに出場するようになってから顔を知るようになった相手だ。当時聞いた話によると、累が出てくるまで、ジュニアコンクールは賢二郎の独壇場だったらしい。
 累が現れてから、思うような結果を得られなくなったことで苛立ちを滲ませていたらしく、絡まれることもあったのだが……。

 ——こんなにちっちゃかったっけ、この人。

 当時は三年生と六年生だったので、相手を見上げる格好だったと思う。だが177㎝まで背が伸びた累と比べて、賢二郎は頭ひとつ分ほど小さかった。
 だいたい、空と同じくらいの体格だろう。睨まれてもすごまれても目線の下なので、別に怖くも何ともないのだが、噛み付いてくる相手と弦楽四重奏などして大丈夫だろうかという不安は浮かぶ。

 だがその時、夏目がパンパンと手を叩き、教員らしい声でこう言った。

「はい、おしゃべりはこのへんで! さぁ、練習練習!」

 今回、累が出演するのは高城音楽大学の学園祭で催される、一般客向けのステージだ。
 音楽の世界では、累の存在は知名度が高く、今回の帰国にも高い注目が集まっている。実際、あちこちから出演依頼はきているのだが、それは母親がほぼ断っているのだ。むやみにメディアに露出を増やすべき時期ではないという判断のためだ。

 だが、夏目は高比良家とも親しい上、高城音楽大学は国内でもトップクラスの音大だ。ここの卒業生は、世界の第一線で活躍する音楽家も多い。そういう背景もあって、累はこの学園祭への出演を勧められたのである。それに累としても、国内の若手演奏家との共演には胸躍るものがあったのだが……。

 ——うーん……すごい睨んでる。

 音合わせの最中も、きつい視線を感じる。ちら、と隣を見てみると、ジロジロジロジロと累の顔や指先、頭の先から爪先まで、嫁の粗探しする小姑のような目つきでこちらを見ているではないか。

 なまじ顔立ちが端正なので、睨まれると迫力がある。きつめのパーマのかかった黒髪は重ために見えるけれど、襟足を潔く刈り上げているため暑苦しさはない。こざっぱりとした服装と相まって、とてもおしゃれだ。

 小学生の頃は坊ちゃん刈りと子供用スーツといういでたちで、おぼこく真面目な子供に見えたものだが、耳にはピアスが見え隠れしていて、ずいぶん雰囲気が変わったように見える。こんなところにも五年という歳月を感じ、累は何となく感慨深い気持ちになった。

「じゃ、早速始めていきましょう。累くん、大丈夫?」
「はい」

 四人の中で最も年長のヴィオラ奏者・多香子が、このカルテットのリーダーと決まった。
 累は頷き、背筋を伸ばしてヴァイオリンを左顎に挟む。そしえてスッと弓を立て、開放弦でヴァイオリンを鳴らした。累の放った音に皆が音階を揃え、チューニングを行うのだ。

 艶やかな飴色に磨かれた累の愛器をこうして腕に抱いていると、やはり落ち着く。ヴァイオリンから香る匂いも、演奏が始まる前のかすかな緊張感も、何もかもが累の身体には深くなじんだものだ。

 演奏する曲目は、パッフェルベル作曲による『カノン』。
 幼い頃から飽きるほど耳にしていたし、空の前でも何度か弾いたことがあった。『おれ、これすきだなぁ』と空が笑ってくれるものだから、累にとっても思い入れの深い曲になったものである。

 今回は学園祭アレンジが加えられている上、弦楽四重奏で弾くのは初めてのことだ。前もって譜読みしているとはいえ、人となりの分からない音大メンバーとの共演に、少し緊張している自覚はある。

 今回、累はメロディの要となるファーストヴァイオリンを担当する。おそらく、賢二郎はそれも気に食わないのだろう。だが累はこのステージのゲストという立ち位置である。ファーストヴァイオリンの立場は、今回は断りようのないものだった。

 だが、よそ事をのんびり考えている時ではない。累は一瞬目を閉じ、深呼吸をした。

 四人それぞれが目を合わせ、小さく頷く。累を睨んでいた賢二郎の目つきも変わった。空気が、静寂の中で心地よい緊張感を孕み——

 重厚感のあるチェロの音色が、低く累の全身を包み込んだ。
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