497 / 535
琥珀に眠る記憶ー新章ー 第二幕
十九、過去の始末
しおりを挟む「天之尾羽張を処分する算段がついた……!?」
高遠からそう聞かされた珠生は、思わず素っ頓狂な声を上げていた。
天之尾羽張が正倉院から取り出されて、まだほんの二週間。
確か高遠は、あれを魔境へ送り返したいと言っていた。だが魔境と人境を繋ぐには、大掛かりな手順が必要だったはずだ。もっと時間がかかると思っていたのに……。
「魔境へ、送り返すってことですか?」
「いや……天之尾羽張は、破壊することにした」
と、高遠は決然とした口調でそう言った。珠生は目を瞬く。
「破壊……?」
「ああ。卜占で確認したんだけどね、今は人境と魔境がもっとも遠い位置にある。五百年前に魔匣胎道を発動したあの時代は、人境と魔境の境界も危うい『歪』の時期だった。だからこそ、あの術式が行えたんだ。そして、君が転生を果たした高校一年生の頃も、同じく『歪』の時期だった。……あれから八年を経て、徐々に二つの世界は安定を取り戻している」
「……そうなんですね」
「次に二つの世界が近づくタイミングを狙うとしたら、あと五十年から百年くらい待たないといけないんだよ。あの禍々しい刀を、この地下にずーーーっと保管しておかなきゃいけないなんて、ぞっとしない話だろ?」
と、会議室の椅子に深く腰掛けた高遠が、おっとりとした笑みを浮かべつつそう言った。
あの後、薫としばし話し込んでしまったこともあり、会議はすっかり終わってしまっていたのである。珠生と深春、そして薫に今後のことを説明すべく、高遠は応接室に三人を呼び出したのだった。
「二つの世界が遠いからこそ、 今は霊的には安定した時代だとも言える。それをわざわざ、こちらから空間を歪めてしまっては、魔境のバランスも崩れてしまいかねないからね。そこで、あの刀は破壊することになったのさ」
「……そうですか」
「なぁ高遠さん、卜占って?」
と、舜平が入れてきたコーヒーを苦そうな顔で飲みながら、深春が高遠にそう尋ねた。ちなみに、舜平と湊も同席している。
「卜占ってのは、占いってことさ。平安時代は、それが我々の主な仕事だったわけなんだけどね」
「占い? へぇ~、恋占いとかもすんの?」
「こらっ! 口のきき方!」
明らかに緊張感の欠けている深春の膝を、珠生はベシッと叩いた。すると深春は痛そうに顔をしかめ、「いってぇ! やめろよなぁ、粉砕骨折するわ」と珠生を恨めしげににらんだ。
「僕らはそもそも、気を読むのが仕事なんだよ。陰陽師が頼るのは、陰陽道という古い思想だ」
と、高遠がにこにこしながら、ぴんと人差し指を立てて説明を始めた。
「陰陽道って知ってるよね? 日本独自で発達した天文道や、暦道を用いた呪術や占術の技術体系のことね。その起源は『陰陽思想』『陰陽五行論』っていう、ふたつの中国思想で……って、深春くん聞いてる?」
「………………あーーー…………うん、まぁ、分かった」
「いやいや、まだ説明終わってないんだけど」
「高遠さん、深春にそんな難しい話聞かせても無駄やって」
と、舜平がやれやれとため息を吐きながら高遠の肩を叩いた。
「うっせーな舜平、俺だって何となく分かってるっての。えーとほら、あれだろ。なんかほら、えーー……と、ほら、占うんだろ」
「なんも分かってへんやないか」
「うっせ、舜平うっせ! じゃー俺にも分かるように説明してみろ!!」
「ねぇ深春、落ち着いて……」
「うっせーな。じゃー薫は分かんのかよ」
「まぁ、一応勉強してきたし……」
「……マジか……」
という気の抜けたやりとりはとりあえず置いておくことにして、珠生はまっすぐに高遠の方へ向き直った。
「破壊するのは、俺の仕事ですか?」
「いいや、君には周辺警護を頼むよ。あれを持ち出すと、妖たちが大騒ぎするだろうから、君はそっちを片付けてくれ」
「分かりました。……場所はどこで? 御所ですか?」
「いや、今回は比叡山で執り行う。あそこなら、多少騒がしくなってもなんとかなるからね」
「というか、人の力で、あの刀を破壊することができるんですか?」
「そこも色々と考えたんだけどね……。陰陽師衆総出の、大掛かりなものになるだろう。希望を言うなら珠生くんの宝刀でボキッとやって欲しいんだけど、君は影響を受けやすいからなぁ」
「……すみませんね、妖の血が騒いじゃうもんで」
「あっ、別に嫌味を言ってるわけじゃないんだよ! 宮内庁書陵部に出向いてくださった藤原さんの調べによると、あの刀は我々陰陽師が過去に犯した過ちの産物なんだ。当時の陰陽寮は、左大臣の言い成りだったらしくてね。政敵を殺すためにあの刀を召喚したはいいけど……目も当てられない結果に終わって、何とかああして封印するに至ったんだそうだ」
「……なるほど」
「それならば、我々の手で始末をつけるのが筋ってものだろう。だから、僕らで何とかするよ。君たち三人は、結界の外で妖を追い払ってくれるかな? あれを外に出すとなると、かなりの妖が動きそうだ」
高遠はそう言って、珠生、深春、薫の三人の顔を見比べた。三人は目線を交わし合い、ゆっくりと頷いた。
「分かりました」
「そういうわけで、決行は二週間後。地下に封じておくだけでも大変でね、一刻も早くあれを壊したい」
「……ですね。結界班の人らの疲れ方、ハンパないですもんね」
と、窓を背に立って話を聞いていた湊が、静かな声でそう言った。
「交代しながら天之尾羽張を抑え込んでいるんだが、いかんせん人数も少ないし、あの刀の妖力は凄まじい。終わったら、全員に休暇を上げないとね。ははは」
ふと気づくと、高遠がハンカチで汗をぬぐっている。珠生が小首を傾げると、高遠は苦笑してこう言った。
「なんか、珠生君の目の色が金色だとさ、千珠さまの圧を思い出して、緊張するよ~」
「えっ……いや、別に怒ってるわけじゃないんですけど……」
「それに、喋り方がだんだん佐為に似てきたよね。いや~どっちが上司か分かんないなぁ」
「えっ…………すみません」
「いやいや、いいんだよ。そっちの方が頼もしいし、僕も安心するしさ」
「はぁ……」
高遠に気を遣わせてしまうことには心苦しさを禁じ得ないが、天之尾羽張を人の世から消し去ることができるのなら、それは間違いなく最良の選択だ。あれは、人境に在るには、あまりにも禍々しい。
ただ、いまだに珠生の心の奥底に絡みついているあの願望が、刀の消失を嘆いている。
あれで斬りたい、殺したい…………まるで麻薬のように、天之尾羽張の呪いは、珠生の心を染め抜いている。
——しかし、破壊されればきっと、俺はこの危険な感情から解放される……。
珠生は琥珀色の目を閉じて、ぎゅっと眉間を押さえた。
11
お気に入りに追加
535
あなたにおすすめの小説
病気になって芸能界から消えたアイドル。退院し、復学先の高校には昔の仕事仲間が居たけれど、彼女は俺だと気付かない
月島日向
ライト文芸
俺、日生遼、本名、竹中祐は2年前に病に倒れた。
人気絶頂だった『Cherry’s』のリーダーをやめた。
2年間の闘病生活に一区切りし、久しぶりに高校に通うことになった。けど、誰も俺の事を元アイドルだとは思わない。薬で細くなった手足。そんな細身の体にアンバランスなムーンフェイス(薬の副作用で顔だけが大きくなる事)
。
誰も俺に気付いてはくれない。そう。
2年間、連絡をくれ続け、俺が無視してきた彼女さえも。
もう、全部どうでもよく感じた。
実力を隠し「例え長男でも無能に家は継がせん。他家に養子に出す」と親父殿に言われたところまでは計算通りだったが、まさかハーレム生活になるとは
竹井ゴールド
ライト文芸
日本国内トップ5に入る異能力者の名家、東条院。
その宗家本流の嫡子に生まれた東条院青夜は子供の頃に実母に「16歳までに東条院の家を出ないと命を落とす事になる」と予言され、無能を演じ続け、父親や後妻、異母弟や異母妹、親族や許嫁に馬鹿にされながらも、念願適って中学卒業の春休みに東条院家から田中家に養子に出された。
青夜は4月が誕生日なのでギリギリ16歳までに家を出た訳だが。
その後がよろしくない。
青夜を引き取った田中家の義父、一狼は53歳ながら若い妻を持ち、4人の娘の父親でもあったからだ。
妻、21歳、一狼の8人目の妻、愛。
長女、25歳、皇宮警察の異能力部隊所属、弥生。
次女、22歳、田中流空手道場の師範代、葉月。
三女、19歳、離婚したフランス系アメリカ人の3人目の妻が産んだハーフ、アンジェリカ。
四女、17歳、死別した4人目の妻が産んだ中国系ハーフ、シャンリー。
この5人とも青夜は家族となり、
・・・何これ? 少し想定外なんだけど。
【2023/3/23、24hポイント26万4600pt突破】
【2023/7/11、累計ポイント550万pt突破】
【2023/6/5、お気に入り数2130突破】
【アルファポリスのみの投稿です】
【第6回ライト文芸大賞、22万7046pt、2位】
【2023/6/30、メールが来て出版申請、8/1、慰めメール】
【未完】
傷だらけの僕は空をみる
猫谷 一禾
BL
傷を負った少年は日々をただ淡々と暮らしていく。
生を終えるまで、時を過ぎるのを暗い瞳で過ごす。
諦めた雰囲気の少年に声をかける男は軽い雰囲気の騎士団副団長。
身体と心に傷を負った少年が愛を知り、愛に満たされた幸せを掴むまでの物語。
ハッピーエンドです。
若干の胸くそが出てきます。
ちょっと痛い表現出てくるかもです。
サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由
フルーツパフェ
大衆娯楽
クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。
トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。
いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。
考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。
赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。
言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。
たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。
Take On Me 2
マン太
BL
大和と岳。二人の新たな生活が始まった三月末。新たな出会いもあり、色々ありながらも、賑やかな日々が過ぎていく。
そんな岳の元に、一本の電話が。それは、昔世話になったヤクザの古山からの呼び出しの電話だった。
岳は仕方なく会うことにするが…。
※絡みの表現は控え目です。
※「エブリスタ」、「小説家になろう」にも投稿しています。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる