琥珀に眠る記憶

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親友の結婚式

〈8〉

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 そしてパーティは終わり、舜平は珠生とともに伏見のマンションまでタクシーで帰ってきた。
 てっきり珠生は二次会へ行くものと思っていたのだが、パーティが終了したあとすぐに「俺、一緒に帰っていいかな」と言い出したのだ。

 タクシーに乗り込んでから訳を聞いてみれば、「ちょっと疲れちゃって」と言う。そういえば、デザートビュッフェの際、珠生にしては珍しくクラスメイトたちと賑やかに騒いでいたなと、舜平はその時の光景を思い出していた。
 百合子をはじめとする女性陣に囲まれながら、にこにこと笑顔を絶やさないでいたり、湊を中心に男友達酒を飲み交わしながら、わいわいと高校時代の思い出話をしていたり……。

 パーティの雰囲気と美味しいワインでほろ酔いになり、テンションが上がっていたおかげで、そういう時間がとても楽しかったらしい。だが、それが終わると一気にぐったりしてしまったらしく、珠生はトイレで眠りかけてしまったらしいのだ。
 さらに二次会へは、パーティに不参加だった百合子の女友達数人も新たにやって来ると聞き、珠生はそっと参加を辞退したらしい。

 彰とともに湊の親戚たちとしっぽり酒を飲んでいた舜平は、賑やかな若者集団の中にいる珠生の姿を、新鮮な思いで眺めていたものである。しかし同時に気になってしまうのは、本郷優征との距離感だ。

 とりたてて、優征は珠生にベタベタとまとわりつくわけではなかった。珠生と言葉を交わす場面も見られたが、その表情も態度も、何もかもが紳士的。さっき舜平に向けられた鋭い感情のかけらなど、まるで見つけることはできなかった。
 へべれけに酔っ払い、しくしく泣きながら珠生にべたべたと絡みつく空井斗真をたしなめては引き剥がすなど、まるで珠生のボティーガードのような雰囲気である。

 頑ななまでに保たれているその距離感が、むしろ舜平を複雑な気分にさせた。舜平がそこにいるからこそのそういう態度なのかもしれないが、仮面のように凛々しく整った優征の表情からは、本心が微塵も窺い知れない。そこが妙に優征の本気を表しているような気がして、落ち着かなかった。

 たったあれだけの台詞に動揺させられている自分に、珠生は何か気づくだろうか……と、舜平はややびくついていた。だが、タクシーで二人きりになった途端、珠生はうとうとと眠ってしまったのである。そんな珠生の手を軽く握りながら、舜平は平和な寝顔をじっと見つめていた。



 マンションに着く頃には、時刻は二十一時を少し回っていた。
 寝起きでぼんやりしている珠生の肩を支えつつ部屋へ戻り、ベッドに座らせて水を飲ませる。珠生は喉を鳴らしながらグラスの水を飲み干すと、ふうっと深くため息をついた。

「……ごめん、寝てた」
「ははっ、よっぽど疲れたんやな。俺も覚えがあるわ」
「ついね、はしゃいじゃった。あんなに幸せそうな湊、初めて見たからなぁ」
「せやな。あいつは今も昔もちゃんと嫁さんもろて、一番しっかりしてるわ」
「ほんとだよね。……ご飯も美味しかったし、みんなでわいわいするのも懐かしかったし……はぁ、楽しかったな」

 満足げにそう言いながら、珠生はばたりとベッドに倒れた。舜平はジャケットを脱いでハンガーに掛けつつ、曖昧に微笑む。

「仲良しやんな、お前のクラス」
「んー……そうだね。なんだっけ、球技大会がきっかけだったかなぁ……」
「ほう、スポーツか」
「うん。優征とか、最初はめちゃくちゃいやな奴だったんだよ。天道さんにちょっかい出したりしてさ~。今思うと、笑えてくるけど」
「……」

 よりにもよって優征の思い出話を語り始めた珠生に、舜平はまた動揺させられてしまう。ネクタイを緩めつつ珠生の方を振り返ると、珠生はまた眠たげに目をこすりながらも、唇に笑みを浮かべていた。

「でもなんやかんやで、結構いいやつだし。だから今でも付き合いが続いてるのかなぁ。あんな目に遭っても、裏歴史のことも黙っててくれてるみたいだし、それに、」

 舜平はベッドに横たわる珠生の上に覆い被さり、唐突にその唇をキスで塞いだ。珠生は驚いた表情を浮かべたものの、するりと舜平の首に腕を絡めて、すぐにキスに応じてくれる。

 ほんのりと火照った珠生の唇からは、ふわりと甘い香りがした。そうして素直に甘えてくれる珠生が可愛くて、可愛くて、たまらなかった。そして同時に、珠生の口を塞ぎたいがためにこんなことをしている自分が、情けなかった。


 ——阿呆みたいや、俺……。でも今は、珠生の口から、あいつの話を聞きたくない……。


 甘いキスを交わしているというのに、優征の前で涙を見せた珠生の姿を、どうしても想像してしまう。そんなことをさせてしまった原因は、自分の弱さのせいなのに。どうしても、それを受け入れることができなかった。


 舜平の言葉と態度に傷つき、泣いていた珠生を、優征はどう慰めたというのだ。


 前世でも、現世でも、珠生の涙を拭う役目は自分のものであると思っていた。そうありたいと切望していたのに……。


 あの時の自分は、力も、自信も、何もかもを失っていた。弱くなってしまった自分を受け入れることができなくて、いろんなものを拒絶した。こんなにも愛おしい珠生のことさえ遠ざけ、泣かせてしまった。それは全部、舜平の心に巣食った弱させいだ。


 優征が珠生を助けてくれたのならば、それは感謝すべきことに違いない。
 でも、どうしても、それを許すことができなかった。


 他の男に涙を見せた珠生を許せないのか——いや、違う。そう言う状況を作り出してしまった自分自身を、何よりも許せないのだ。


「ぁ……ふ……っ」
「……ちょっとキスしただけやのに、もうこんなにしてんのか」
「あっ……ん」

 細身のスラックスの中で苦しげに屹立している珠生の根を撫でながら、舜平は耳元でそう囁いた。珠生はびくんと身体を震わせて、胡桃色の柔らかな髪を乱しながら、心地良さそうな声を漏らしている。
 舜平は珠生のジャケットのボタンを外して袖を抜きつつ、食らいつくような深いキスを、がむしゃらに押し付けた。

「ぁっ……ァん、っ……舜平さん……自分で脱ぐ、から。待っ……」
「待てへん。このまましたい」

 仕立てのいいジャケットの下には、同色のベストと、白いシャツ。品のいい格好をしているというのに、くるりとした目をうるうると潤ませ、性的な火照りに唇を赤く艶めかせている珠生の姿は、たまらなく淫らで、美しかった。

「でもっ……ぁ、あっ……」
「こんな綺麗なカッコしてんのに、こんなエロい反応して……」
「ぅっ……ン……」

 珠生のベルトを緩めてスラックスを寛げながら、舜平は白い太ももに舌を這わせた。珠生は抵抗せず、泣き出しそうにとろけた表情で、舜平をひたと見つめている。


 ——泣いてる珠生を、あいつが放っておけるわけがない……。


 何もせず、見ているだけで済むわけがない。
 あいつはこんなふうに、珠生を抱きたいと思ったのではないだろうか。
 思うだけで、とどまれたのだろうか……。


 珠生を愛撫しながらも、頭の中をぐるぐると巡るのは、そういう不穏な疑惑ばかり。今の自分は、ひどく醜い顔をしているに決まっている。舜平はしゅるりと珠生のネクタイを抜くと、それで珠生に目隠しをした。

「えっ……なに」

 光沢のある淡いグレーのネクタイで視界を塞がれ、珠生が不安そうに身をよじる。舜平はすぐに珠生に優しくキスをして、耳元でこんなことを囁いた。

「たまには、こういうのもええやろ」
「……ん……でも、汚れちゃう……」
「大丈夫や。……ほら、次はどこを触られると思う?」
「んっ……はぁっ……」

 耳たぶを甘噛みしながら、つうっと下着越しに珠生の屹立を撫で上げる。すると珠生はいつも以上に過敏な反応を示し、ビクッと腰を跳ね上げた。

 舜平は唇に笑みを浮かべつつ、淡いタッチでしなやかな太ももに指先を這わせてみる。すると珠生は「ぁ! あっ!」とあられもない喘ぎを漏らし、舜平のシャツにすがりついてきた。

「やだよこれ……外してよ……!」
「うそつけ。いつも以上に感じてるくせに。……ほら、もうこんなに濡らしてるで」
「んんっ……」
「自分でほどけへんように、こっちもこうしといたるわ」
「ちょっ……! 何して……」

 今度は自分のネクタイを外し、珠生の両手首を拘束した。嫌がるわりに、珠生は大人しく手首を縛られている上、目隠しの下から覗く白い頬は、さっきよりも赤く染まり始めている。

「……ばかっ……何やってんだよ変態……!」
「めっちゃええ眺めや。……さて、何したろかな」
「ばか、こんなのっ……ァっ……ぁん!」

 身体にフィットした下着をずらし、反り返る珠生のペニスをぬるぬるとしごいてやると、珠生はいやらしく乱れて甘い喘ぎを漏らした。
 拘束された手首をやや乱暴に枕に押し付けてやれば、珠生のそれはさらに硬さを増し、唇から漏れる吐息はさらに熱いものへと変化していく。

「ぁ、あぁ、んっ、や、やめろって……っ」
「好きなんやな、こういうの」
「すきじゃ、ないっ……ァっ……あぁん、んっ……!」
「ほんまに、口だけは頑固やなぁ」

 笑みを含んだ声でそう言いながら、舜平はまた珠生にキスをした。挿入される舜平の舌をやんわりと受け入れ、自分からも舌を絡ませながら腰を振る珠生の妖艷さに、理性がじわじわと冒されていく。


 理性が消え失せていくにつれ、そこから顔を出すのは、優征への澱んだ優越感だ。


 こんなにも容易く、珠生に触れてしまえるのは自分だけ……そういう昏い悦びに急かされて、舜平の動きも激しくなる。


「ぁ、あ、あっ、やっ……イっちゃう、イっちゃう、からっ……!!」
「ええよ。こっちも、あとでゆっくり慣らしてやる」
「ぁ、あっ、ぁっ……うっ……ンっ……!!」

 舜平の手の中で、珠生はあっけなく果てた。いつも以上に感じが良くなっている珠生の白い肌は、しっとりと汗ばみ、薄桃色に染まっている。

 めまいがするほどに濃密な色香だ。舜平はひりつくような熱を下半身に感じつつも、今度は珠生の下着を脱がせて脚を開かせ、たっぷりとジェルを垂らしてやった。

「つめたいよ……ばかっ……!」
「お前が熱くなってるからや。……ほら……イったばっかなのに、もうこんなに物欲しそうやで?」
「ぁあ……っ!」

 ぬち、ぬちと中指を浅く抽送すると、珠生の口からひときわ高い喘ぎが溢れた。ゆっくりと後孔を鳴らしつつ、舜平は珠生の耳孔を舐めくすぐりながら、「そんな大きい声出してええんか? 隣の人に聞かれんの、嫌なんやろ?」「もうとろとろになってきた。……ほら、今、何本指入ってるか分かるか?」と珠生の羞恥心を煽ってゆく。


 ふと、過去にもこんな優越を感じながら、千珠を抱いていたことを思い出す。
 千珠と血の盟約で繋がっていたかつての主・大江光政のことを。


 そうして千珠を抱きながら、卑屈だった自分の心を慰めていたことも……。


 ——俺、なんの成長もないな……。


 よがり乱れる珠生を抱きながら、舜平は小さく自嘲の笑みを浮かべた。


 そして同時に、珠生にこんな顔を見れなくて良かったと、ほんの少し、安堵した。
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