琥珀に眠る記憶

餡玉

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第7幕ー断つべきもの、守るべきものー

一、夢に見る過去は

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 沖縄から京都へ戻って、おおよそ二ヶ月が過ぎた七月半ば。
 これから、長い夏休みが始まろうかという時期である。


 蝉の声が日増しに賑やかさを増し、肌を焦がす日差しは強くなる。京都独特の湿った熱気は、今年も容赦なく市中を包み込みはじめている。呼吸をするのも億劫になるほどの、うだるような暑さだ。

 しかし、早朝だけは、ほんの少しながらも爽やかな風が吹く。細く窓を開けていると、外から涼やかな風が入り込んでくる。


 そんな夜明けの風に、珠生はふと目を覚ました。


 ついさっきまで見ていたのは、前世の夢。
 しかも、祓い人が千珠を襲撃した、あの長い夜のことだ。


 今でも、思い返すとぞっとする。
 あの時、もしも水無瀬 楓真ふうまの名を口にしていたら、一体自分はどうなっていたのだろう。青葉の国はどうなっていたのだろう……と、五百年も前のことだというのに、不吉なことを考えてしまう。


「……珠生?」
「あ……起こした?ごめん」
「いや……どうした、目ぇ醒めてしもたんか」
「うん……」


 隣で眠っていた舜平が、珠生の汗ばんだ背中をそっと撫でた。汗で冷えてしまった背中に、舜平の大きくて暖かな手のひらが心地よく、ほっとした。

 上半身だけ起き上がっていた珠生は、再びころりと舜平の隣に寝転がった。

 狭いシングルベッドだ。珠生はしばしば『狭い』『暑苦しい』だの舜平に文句を言うが、その実、こうして舜平と身を寄せ合っていることは何よりの幸せだった。
 不安に揺さぶられやすい珠生の心と体を、しっかりと抱きとめて守ってくれる舜平という存在は、珠生にとってかけがえのないものなのだ。

「夢……見てたん?」
「あぁ……最近、祓い人の夢ばかり見るんだ」
「そうか」
「……もし俺が、あの時祓い人の式に下っていたらと思うと……ぞっとする。きっとやつらは、俺を使ってお前たちを皆殺しにしただろう……考えるだけで、」
「千珠」
「……なんだ」
「お前は、珠生やろ」
「……え? ……あっ……」

 正直なところ、時折自分が、千珠なのか珠生なのか、分からなくなる瞬間がある。こうして夢を見たあとは特にだ。自分の横たわっているベッドや自室の風景が、途方もなく現実離れしたもののように思われて、珠生をひどく戸惑わせる。

 舜平は布団の中で、そんな珠生をじっと見つめている。そして、柔らかく微笑んだ。

「珠生。……もう、あんなことは起こらへんから」
「……うん。そうだよね……」
「不安になる気持ちは分かる。でも、あんまり過去に引きずられてたらあかんで」
「うん……わかってる」
「俺も、あの日のことはあんまり思い出したくないけどな。色々、あったし」
「……うん」

 舜平の胸に顔を埋めて、珠生は深く深呼吸した。舜平も強く珠生の背中を抱き寄せている。

「……舜平さん……」
「ん?」
「キスしたい」
「……え? お、おう……なんやいきなり、ストレートやな」
「唾液が欲しい、って言ったほうがいい?」
「いや……そういうわけじゃないけど」
「注文が多いなぁ」

 珠生の声に、少し笑みが含まれる。もぞもぞと顔を上げた珠生と至近距離で見つめ合いながら、舜平はふっと笑った。

「……窓、閉めてくるわ」
「え? 暑いじゃん」
「お前の声、外に漏れてまうやろ」
「……こ、声なんて……漏れないよ」
「うそつけ。昨日もあんないやらしいセリフ叫んで……」
「わぁあああ! 朝っぱらからそういうこと言わないでよ!!」
「かわいい息子があんなエロいこと叫びながらイキまくってんの見たら、先生その場でぶっ倒れてしまうで」
「う、ううるさいなぁもう!! だからそういうこと言わないでよ!! 夜の話を朝しないでっていつも言ってんだろ!」
「はははっ、すまんすまん。あんまり可愛かったから、ついな」

 ふくれっつらをしながら珠生は立ち上がり、ぴしゃんと窓を閉め、そして部屋のクーラーのスイッチを入れた。この時期には少し冷たすぎるのではないかという風が部屋の中を満たすが、この冷気もすぐさま熱気に塗り替えられてしまうことを、珠生はよく知っているのだ。

「……エロ坊主め」
「聞こえてんぞ」
「……」
「来いよ、珠生」
「……うん」

 机の上に置きっぱなしになっていたミネラルウォーターを飲み干し、珠生はベッドを振り返った。そしてやおら舜平の腹の上にまたがると、顔の横に両手をつく。

「……へぇ、お前からしてくれるんや」
「……いや?」
「まさか。……したい。早く」

 舜平がそう言って珠生の腰を両手の中に包み込む。そっと手のひらで尻を揉まれ、珠生はくすぐったさに微笑んだ。


 身を屈め、舜平の唇に自らの唇を重ねた。
 唇を触れ合わせながら呼吸を合わせているうち、徐々に徐々に口付けの深度が増していく。


 舜平の手がシャツの中に滑り込み、つるんとした珠生の腰をゆったりと撫でる。舌を絡めながら舜平のシャツをたくし上げていくと、舜平は身をくねらせてシャツを脱ぎ捨てた。


 逞しい肉体を見下ろしていると、否応なく目を引くのは、あの時水無瀬菊江に負わされた傷跡。珠生はするすると尻の位置をずらして、舜平の脇腹にそっと唇を寄せた。


「……おい、そこは……」
「……治ればいいのに……俺とセックスしたら、舜平さんの傷も……」
「ん……」
 

 舜平は、脇腹が弱い。小さく呻く舜平を上目遣いに見上げながら、珠生は舜平の脇腹を甘く食んだ。


「こら、やめろって」
「くすぐったいの?」
「そうや。……それに、その傷に触れたら、お前まであいつらに汚されてしまう気がして……」
「そんなことあるわけないじゃん。俺を誰だと思ってるんだよ」


 珠生がそう言って勝気に微笑むと、舜平は少しばかりまぶしげな表情を浮かべ、目を細めた。


 ——美しい獣……千珠であったころと、今の珠生は、ほとんど同じ目をしてる……。


 舜平はそんなことを想いながら、そっと珠生の頭を撫でた。
 すると珠生はもう一度身を起こし、自らするりとシャツを脱ぎ捨てる。


 朝陽に透けるかのように白く、つややかな美しい肌だ。


「……美味そうな、男だ」
「……お前もな」
「ふふ……」


 そうして二人は幾度となく口づけを交わし、肌を重ねる。


 互いの現実を、その身に刻み合うかのように。
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