琥珀に眠る記憶

餡玉

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第6幕 スキルアップと、親睦を深めるための研修旅行

31、帰路

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 ホテルからは、手配しておいたバスで那覇空港へと向かっている。

 殆どの者が二日酔いという、なんともどろんとした空気を乗せたバスは、気持よく晴れ渡った空の下を順調に走った。亜樹は、何で大人たちはこうなるまで飲んでしまうのだろうかと怪訝に思っていた。

「珠生くん、ポテチ食う?」
「やめてよ今そんな……うっ、気持ち悪い」
「なんだよ、朝飯食わねぇからそうなんだろ。水飲む?」
「ううんいらない。もう何も見たくない」

 どうも珠生まで二日酔いらしい。

 亜樹は昨晩、高遠と更科という爽やか二人組と、雰囲気のいいラウンジでコーヒーとケーキをご馳走になっていた。二人は雰囲気も似ており、実際仲も良いらしい。更科は葉山と別れたことを未練がましく語っていたが、でも彰が相手では勝ち目がないだのと泣き言を言っていた。
 女々しいやつめとも思ったが、大人になるとこういうことがあるものなのかと、亜樹は新鮮な思いで聞いていた。

 思い通りならないのは恋愛の常だよ、という高遠の言葉が何となく胸に残っていた。

 思い通りになっている人たちも当然いるのだろうが、大概の人がそういう経験を一度はするのだろう。亜樹だってそうだった。

 しかし、珠生と舜平の絆を知って以来、亜樹を苦しめていた複雑な感情はなりをひそめている。珠生に対する淡い恋心、憧れのような気持ち、そして信頼と友愛の情……それらをどう抱えていればいいのか分からなくて、悶々していた頃が懐かしいと思えるほどだ。

 今朝も、珠生と舜平はこそこそと耳元で何やら囁き合ったりして、実に仲睦まじい様子であった。二人の関係を知っている人間がどのくらいいるのか分からないが、亜樹はいつもなんとなく珠生の姿を目で追っているため、二人の距離の近さに否応無く気づいてしまう。


 ——めっちゃ仲よさそうやん。……舜兄、沖野に何言うたんやろ……。


 普段爽やかな舜平が色っぽい笑みを浮かべ、珠生が真っ赤になりながら舜平になにやら怒っている様子を見てしまった亜樹は、思わず照れて目をそらした。タイプの違う美形二人が漂わせる妖しい魅力に、ドキドキさせられてしまったのである。


 ——はぁ……朝からええもん見た……。


 バスでは離れた場所に座っている珠生と舜平だが、それも何だかわざとらしく感じる。このふたり、普段どんな付き合いをしているのだろう。まさかだが、ひょっとすると、肉体的な接触もありうるのでは……。


「……って、は!? 何考えてんねんうち! キモッ、めちゃキモッ!! キモッ!!」


 そんなことを考えてしまった自分に気づき、亜樹はブンブンと首を派手に振った。そしてバスに酔った。

 

 +




 那覇空港に到着し、一行は二手にわかれて向かい合った。一方は伊丹空港へ、もう一方は小松空港へ、行き先が違うのである。

「それじゃあ、みなさん。お疲れ様でした」
と、二日酔いではない様子の高遠が、爽やかな笑顔を見せてそう言った。大型連休真っ直中の那覇空港は、がやがやと人が多く、溢れんばかりの活気にみちている。子どもの大はしゃぎする声や、それを叱る親の声、若い女性の甲高笑い声などがわんわんと響いていた。

「私たちは石川へ戻り、また改めて目標を捜索します。この研修で得た物を持ち帰り、更に修行もしなくては」
「よろしくね、高遠。私も来週には、一度そちらへ向かいます」
と、莉央がぱりっとした白いシャツにベージュのクロップドパンツに身を包み、きりりとした表情でそう言った。白いシャツに収まり切らない様子で、胸の谷間が覗いている。

「お待ちしてますよ。可哀想な留守番組に、気合入れてやってください」
と、高遠は微笑んだ。
「夏休みになったら若者を連れてそっちに行くから、よろしくね」
「ええ、いい宿を手配しておきますよ」

 軽い口調でそういう話をしているが、それはすなわち、能登での決戦を意味している言葉だ。後ろのほうでそんな声を聞いていた珠生は、あぁこっちが現実だったんだっけ、と今更ながらにはっとした。

「それでは、皆さん、次は北陸でお会いしましょう。お先に失礼」

 能登班の者たちが、みな揃って頭を下げる。京都班の面々もそれに礼を返すと、ぞろぞろと去っていく仲間たちの背中を静かに見送った。

 珠生は、隣に立つ彰を見上げた。

「夏休み、ですか」
「そう。八月に入ったらすぐに向かいたいと思ってる。色々と都合もあるだろうけど、できるだけ合わせて欲しい」
「分かってます」
 彰は珠生を見て微笑むと、「顔色悪いな」と言った。

「二日酔いかい?」
「はぁ……まぁ」
「はははっ、やっぱり現世でも酒癖悪かったね。おもしろいなぁ珠生は」
「全然おもしろくないよ」
と、珠生は眉を下げて困った顔をした。

「ま、酒の失敗は若い頃にしておくに限る。みんな覚えてないから大丈夫だよ」
「ならいいんだけど……。先輩は飲まなかったの?」
「うーん、飲んだと思うんだけどなぁ。僕もあんまり覚えてないんだよね~、あはは~」

 しょぼくれる珠生の肩を抱き、彰は笑いながら出発ゲートの方へと歩き出した。その背中を見送る京都組職員たちの目つきがどことなくくたびれているということに、彰はどうやら気づいていないらしい。

「……何も覚えてないんですかね……」
と、芹那。
「僕、あんなことされたのに……。初めてだったのに……」
と、紺野。
「ごめんなさいね、後からきつく叱っておくから」
と、葉山が二人の肩を慰めるように叩いている。
「なになに? 何があったの? 私も全然記憶ないんだけど」
と、莉央が三人の様子に興味を示すが、葉山はじろりと莉央を見て、「あなたの酒癖も大概すごかったわよ」と言った。
「ったく、どいつもこいつも意志が弱い! そんなことじゃけ酒に飲まれるんじゃ」
と、莉央の後ろを歩きながらそんなことを言う敦を、莉央はジロリと睨み上げた。

「ちょっと、何よその言い草。ていうか私を見下ろすなんて百万年早いのよ!! 頭が高いわ!」
「うぐぉおお!!」

 シャープなピンヒールで、ビーチサンダル履きの足の甲を思い切り踏まれた敦は、くぐもった悲鳴とともにその場に崩れ落ちた。

 そして大人たちの繰り広げるみにくい争いを、湊、深春、亜樹、そして舜平たちは、苦笑いしつつ後ろから見守った。


 飛行機は一直線に、伊丹空港へと向かって青い空を飛んでいく。
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