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第6幕 スキルアップと、親睦を深めるための研修旅行
27、持つ者、持たざる者
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ぼろぼろになってぐったりと疲れてしまった様子の職員たちを尻目に、深春はもりもりと昼食のステーキ定食を食べていた。
何となく同じテーブルになった赤松、佐久間、高遠らと共に、珠生も深春に負けずよく食べている。午前中は動いていない舜平たちは、元気いっぱいの敵役二人と、砂まみれになって疲れた顔をしている大人たちを見比べて顔を見合わせた。
「ああー食った食った。俺、テザートもらってくる」
と、深春は楽しげにデザートビュッフェの方へと行ってしまった。
「まだ食うんか」
と、舜平が呆れる。
「若いっていいね」
と、高遠はにこにこしながら深春を見ている。
負けたのにもかかわらず、にこにこと愛想を振りまいている高遠を、赤松はどことなく不機嫌な顔で見ていた。そんな赤松の様子に気づいていた佐久間は、少しばかりそわそわとし始めている。
亜樹も、そんな二人の様子には気づいていた。なので、少し気を遣っているのである。
「あの、お二人って明桜に助けに来てくれた人たちですよね」
と、亜樹は隣に座っている佐久間を見て、そして赤松を見た。
「あの時は、ありがとうございました」
「あ……いやいや。君もよう耐えとったね、まだこういう訓練もしてへんかったやろうに」
と、佐久間は亜樹から話しかけられたことに少し驚いた顔をしながらも、そう言って微笑む。赤松もしげしげと亜樹を見つめてから、頷いた。
「ほんまや。あんな怖い景色見てたのに、よう耐えたなぁ。冷静な判断やった」
「あれは、柏木が指示出してくれたからできたんです。うち一人やったら、多分何もできひんかったし」
亜樹が湊を認めるような発言をしたことで、皆が一斉に信じられないという表情で亜樹を見た。一番驚いている様子なのは湊だ。
「何も知らん友達も一緒やったし、ほんま焦りました」
と、亜樹は赤松を見て苦笑いをしてみる。
「そうかそうか。さすが元忍頭、今も冷静やもんな」
赤松は端の方に座っている湊を見て、感心したようにそう言った。湊は軽く会釈して、「どうも」と言う。
「結界班の人らと修行できてよかったです。あの時、代わりに張ってもらった錐行っていう結界術とか、ほんまにすごいって思ったし」
「はははっ、そっかぁ。攻方の人たちと違って、僕らはあんまり褒めてもらうことがないから嬉しいなぁ。ね、赤松さん!」
佐久間は照れたように笑うと、向かいに座ってハヤシライスを食べている赤松を見た。さっきまで仏頂面だった赤松も、少しばかり表情が緩んできているように見える。
「まぁあの錐行も、珠生くんの宝刀であれば一刀両断にできるかもしれませんね」
穏やかな声でそう言ったのは、高遠雅臣だった。今まで上機嫌だった赤松の顔が、瞬時に苛立ったものとなる。
「そ、そりゃそうかもしれませんけど……」
と、あたふた佐久間が二人を見比べつつフォローを入れようとするが、赤松はぶちぶちとこめかみに青筋を立てて、高遠の方を向いた。と言っても、間に珠生を挟んでいるため、やや遠いのだが。
「高遠、お前もあっさり深春くんにやられてたやろ。何やねん偉そうに」
「僕はただ、もっと強度を上げるにはどうしたら良いか。より強い結界術を発動させる訓練を行ったほうがいいかと、考えているだけですよ」
口調は穏やかであったが、赤松の方を見る高遠の目は、いつになく鋭く冷たいものだった。向かいにいた舜平と亜樹が、少しばかりぞっとしたほどだ。
「別に攻方のお前にそんなこと心配されんでも、俺らは俺らで勝手にやるわ。成田さんの指示でな」
赤松は結界班のリーダーである成田久典の名前を出してそう言った。高遠は珠生の頭上から赤松を睨むと、冷えた声で言い返す。
「思ったことを冷静に伝え合わなければ、うまく連携できませんよ。それでは、どこぞのお役所と同じように風通しが悪くなってしまいます。私たちは、眼前の敵を打ち倒さなければならないんです。僕ら攻方があなた方に安心して背中を任せられるよう、お願いしているだけでしょう」
「転生者やからって、偉そうな口ききよって……!」
いきり立つ赤松を見かねて、間に挟まっていた珠生がまぁまぁと赤松を宥めた。
「あの……落ち着いてください……」
「五月蝿いねん! 君もそっち側の人間やろ!」
「そっち側って……」
「赤松さん、珠生くんに八つ当たりしたらだめですよ!」
と、珠生が軽く傷ついたような顔をしているのを見て、佐久間ががたりと立ち上がった。
「赤松さん。あっちもそっちもありません。我々は一枚岩で事に当たらねばならないのです。なのに、そんな生ぬるいことを言っているようでは困りますね。前線から外れてもらうことになりかねませんよ」
マイペースに食事を終えた高遠は立ち上がり、まっすぐに赤松を目を睨みつけた。その目付きに、赤松がたじろぐ。
「入庁当時から僕を目の敵にして。何なんですか? 僕の何が気に入らないっていうんです」
「……別に、目の敵になんかしてへんわ」
「僕が転生者だから、労せずこの力を手にしているとお思いですか?」
「……そんなんちゃうわ」
図星らしい。目に見えて動揺している赤松を見上げていると、珠生はなんだか悲しくなってきてしまった。
どうしようもない力の差。
訓練では補い切れない才能の差を、赤松は高遠の存在に強く意識させられているらしい。
「いい加減にしなさい、赤松。若者の前で、可哀想じゃないか」
そこへ、トレイを手にした成田が、紺野と葉山を引き連れて立っていた。葉山は紺野を促して、そのまま違うテーブルの方へと歩き去っていく。
成田が現れたことで、赤松はぐっと口を閉じて黙り込んだ。
「ごめんね、珠生くん。とばっちりだったな」
と、成田はぺこりと珠生に頭を下げた。
「あ、いいえ。そんな……」
穏やかな丸っこい目元や、少しばかり額が後退しかかったつややかな額をしているが、成田の纏う雰囲気はどことなく藤原に似ている。人を束ねてきた者が持つ厳しさとともに、部下を包み込むおおらかな空気を持っているように感じられた。
「赤松、午後からは人払い結界のほうをやれ。お前は戦闘から距離をおいて、改めて俺らの仕事について考えなあかん」
「ええ?」
「頭冷やせ、阿呆」
「……はい」
五十がらみの成田に、三十七歳の赤松が諭されているのを見ながら、若者たちはまた顔を見合わせた。高遠はかたん、とトレイを持って立ち上がり、そのまま食堂から出て行った。
そんな高遠を目で追ったあと、成田も皆に笑みを見せて、すたすたとその背中を追っていく。何となく、気まずい沈黙がその場に残った。
「……俺も行くわ。みんなはゆっくりしていき。次は十四時からやし、俺はちょっとシャワーでも浴びてくるわ」
と、たまりかねたように赤松は立ち上がった。椅子の背に引っ掛けていたタオルを首に引っ掛けて、赤松はさっさと行ってしまった。
佐久間が大きなため息をついて、皆にぺこりと頭を下げる。
「ごめんな、お見苦しい所を」
「あ、いいえ……」
亜樹がそう言うと、佐久間は亜樹を見て微笑んで更に言った。
「せっかく亜樹ちゃんが褒めてくれたのにな。穏やかな高遠さんも、赤松さんには我慢の限界っていうか、いっつもあんな感じで、折り合いが悪くて」
「いつもは優しいのに……」
と、珠生。
「人間には相性ってもんがあるからなぁ。どうあってもうまくいく人間関係もあれば、どうやってもうまく行かへん人間関係もあるやろ? あの二人は、うまく行かへんほうなんやろうな」
「コンプレックスですか? 赤松さんかて、十分力あらはるのに」
と、湊がさっくりとそんなことを言う。
「そうやねんけどな。多分、力のことだけじゃないねん。高遠さんは人当たりもよくて頭もいいから、出世街道まっしぐら。幸せなご家庭をお持ちで、容姿もなかなかの男前やろ」
「はぁ、まぁそうですね」
と、舜平。
「赤松さん、二、三年前に奥さんに逃げられてんねん。あの人もあんまり気の長いほうじゃないから、うまく行かへんかったんやって。それにほら、ああやってすぐ人にも噛み付くしな……」
と、佐久間は苦笑する。
「人間的な部分で合わへんっていう理由のほうが、大きそうやな」
と、舜平。
「そう、嫉妬やな。誰にでもある感情やけど。……ま、とにかくあの二人はそんな関係やから、一応言っとくわ」
「色々あんねんなぁ、大人は」
と、亜樹。
「まぁね、大学生の君たちには、まだ想像つかへんかもしれへんけど……。なんでも持ってる人ってのは、やっぱり自分よりもずっと格上の人間に見える。自分に自信のないもんは、そういう眩しい存在を目の当たりにして、卑屈になることも多いからな」
佐久間は珠生を見て、微笑んだ。
「君も、今後そういうふうに思われることが増えていくかもしれへんな」
「俺、ですか」
「君は俺から見ても、やっぱりなんでも持ってる人間に見える。強大な力も、速さも、冷静な判断力もある。それに、そんだけのイケメンで名門大学通ってて、今後君が何に苦労するのかとか、想像できひんしな」
「……そんなことないですけど……」
「そりゃあ、君は後天的にこの力に目覚めたらしいし、色々と苦労もあったやろう。俺は想像しかできひんけど、前世の記憶で苦しむことも多いかもしれへんし……。でも普通の人は、そんな風には君を見ぃひんからな」
「そうですねぇ……」
「実際、初日以降、君への態度を変えた職員も多いやろ? 畏れや憧れの裏には、色々と複雑な感情が渦巻くもんやからな」
「はい……でも」
珠生はにっこりと佐久間を見て微笑んだ。
「きっと、赤松さんと高遠さん、どこかでお互いのことを認め合ってるんじゃないですか? あの二人は、お互いのことしっかり見てます。どうでもいい相手に対して、あんなふうに腹を立てたり噛み付いたり、しないはずですし」
「……」
やわらかな笑顔を浮かべてそんなことを言う珠生に、佐久間は思わずどぎまぎしてしまった。先ほど八つ当たりをされたのに、あの二人のことをこんな風に語るとは……と感心してしまう。
「なんだかんだ言って、最後に頼り合える関係なんじゃないかなって……思います。すみません、変なこと言って」
「いや……珠生くん、きみめっちゃ優しい子なんやな……。おじさん感動したわ……天使かな……」
「い、いや天使とかやめてくださいよ。俺、一応鬼なんですから……」
「あ、うん、せやったな。しっかし、赤松さんには君の爪の垢煎じて飲ませなあかんわ……うん、オッサンらがガチャガチャ言うてごめんな」
「い、いえ……」
あたふたしつつ佐久間の相手をしている珠生を見て、舜平はふっと笑った。
何となく同じテーブルになった赤松、佐久間、高遠らと共に、珠生も深春に負けずよく食べている。午前中は動いていない舜平たちは、元気いっぱいの敵役二人と、砂まみれになって疲れた顔をしている大人たちを見比べて顔を見合わせた。
「ああー食った食った。俺、テザートもらってくる」
と、深春は楽しげにデザートビュッフェの方へと行ってしまった。
「まだ食うんか」
と、舜平が呆れる。
「若いっていいね」
と、高遠はにこにこしながら深春を見ている。
負けたのにもかかわらず、にこにこと愛想を振りまいている高遠を、赤松はどことなく不機嫌な顔で見ていた。そんな赤松の様子に気づいていた佐久間は、少しばかりそわそわとし始めている。
亜樹も、そんな二人の様子には気づいていた。なので、少し気を遣っているのである。
「あの、お二人って明桜に助けに来てくれた人たちですよね」
と、亜樹は隣に座っている佐久間を見て、そして赤松を見た。
「あの時は、ありがとうございました」
「あ……いやいや。君もよう耐えとったね、まだこういう訓練もしてへんかったやろうに」
と、佐久間は亜樹から話しかけられたことに少し驚いた顔をしながらも、そう言って微笑む。赤松もしげしげと亜樹を見つめてから、頷いた。
「ほんまや。あんな怖い景色見てたのに、よう耐えたなぁ。冷静な判断やった」
「あれは、柏木が指示出してくれたからできたんです。うち一人やったら、多分何もできひんかったし」
亜樹が湊を認めるような発言をしたことで、皆が一斉に信じられないという表情で亜樹を見た。一番驚いている様子なのは湊だ。
「何も知らん友達も一緒やったし、ほんま焦りました」
と、亜樹は赤松を見て苦笑いをしてみる。
「そうかそうか。さすが元忍頭、今も冷静やもんな」
赤松は端の方に座っている湊を見て、感心したようにそう言った。湊は軽く会釈して、「どうも」と言う。
「結界班の人らと修行できてよかったです。あの時、代わりに張ってもらった錐行っていう結界術とか、ほんまにすごいって思ったし」
「はははっ、そっかぁ。攻方の人たちと違って、僕らはあんまり褒めてもらうことがないから嬉しいなぁ。ね、赤松さん!」
佐久間は照れたように笑うと、向かいに座ってハヤシライスを食べている赤松を見た。さっきまで仏頂面だった赤松も、少しばかり表情が緩んできているように見える。
「まぁあの錐行も、珠生くんの宝刀であれば一刀両断にできるかもしれませんね」
穏やかな声でそう言ったのは、高遠雅臣だった。今まで上機嫌だった赤松の顔が、瞬時に苛立ったものとなる。
「そ、そりゃそうかもしれませんけど……」
と、あたふた佐久間が二人を見比べつつフォローを入れようとするが、赤松はぶちぶちとこめかみに青筋を立てて、高遠の方を向いた。と言っても、間に珠生を挟んでいるため、やや遠いのだが。
「高遠、お前もあっさり深春くんにやられてたやろ。何やねん偉そうに」
「僕はただ、もっと強度を上げるにはどうしたら良いか。より強い結界術を発動させる訓練を行ったほうがいいかと、考えているだけですよ」
口調は穏やかであったが、赤松の方を見る高遠の目は、いつになく鋭く冷たいものだった。向かいにいた舜平と亜樹が、少しばかりぞっとしたほどだ。
「別に攻方のお前にそんなこと心配されんでも、俺らは俺らで勝手にやるわ。成田さんの指示でな」
赤松は結界班のリーダーである成田久典の名前を出してそう言った。高遠は珠生の頭上から赤松を睨むと、冷えた声で言い返す。
「思ったことを冷静に伝え合わなければ、うまく連携できませんよ。それでは、どこぞのお役所と同じように風通しが悪くなってしまいます。私たちは、眼前の敵を打ち倒さなければならないんです。僕ら攻方があなた方に安心して背中を任せられるよう、お願いしているだけでしょう」
「転生者やからって、偉そうな口ききよって……!」
いきり立つ赤松を見かねて、間に挟まっていた珠生がまぁまぁと赤松を宥めた。
「あの……落ち着いてください……」
「五月蝿いねん! 君もそっち側の人間やろ!」
「そっち側って……」
「赤松さん、珠生くんに八つ当たりしたらだめですよ!」
と、珠生が軽く傷ついたような顔をしているのを見て、佐久間ががたりと立ち上がった。
「赤松さん。あっちもそっちもありません。我々は一枚岩で事に当たらねばならないのです。なのに、そんな生ぬるいことを言っているようでは困りますね。前線から外れてもらうことになりかねませんよ」
マイペースに食事を終えた高遠は立ち上がり、まっすぐに赤松を目を睨みつけた。その目付きに、赤松がたじろぐ。
「入庁当時から僕を目の敵にして。何なんですか? 僕の何が気に入らないっていうんです」
「……別に、目の敵になんかしてへんわ」
「僕が転生者だから、労せずこの力を手にしているとお思いですか?」
「……そんなんちゃうわ」
図星らしい。目に見えて動揺している赤松を見上げていると、珠生はなんだか悲しくなってきてしまった。
どうしようもない力の差。
訓練では補い切れない才能の差を、赤松は高遠の存在に強く意識させられているらしい。
「いい加減にしなさい、赤松。若者の前で、可哀想じゃないか」
そこへ、トレイを手にした成田が、紺野と葉山を引き連れて立っていた。葉山は紺野を促して、そのまま違うテーブルの方へと歩き去っていく。
成田が現れたことで、赤松はぐっと口を閉じて黙り込んだ。
「ごめんね、珠生くん。とばっちりだったな」
と、成田はぺこりと珠生に頭を下げた。
「あ、いいえ。そんな……」
穏やかな丸っこい目元や、少しばかり額が後退しかかったつややかな額をしているが、成田の纏う雰囲気はどことなく藤原に似ている。人を束ねてきた者が持つ厳しさとともに、部下を包み込むおおらかな空気を持っているように感じられた。
「赤松、午後からは人払い結界のほうをやれ。お前は戦闘から距離をおいて、改めて俺らの仕事について考えなあかん」
「ええ?」
「頭冷やせ、阿呆」
「……はい」
五十がらみの成田に、三十七歳の赤松が諭されているのを見ながら、若者たちはまた顔を見合わせた。高遠はかたん、とトレイを持って立ち上がり、そのまま食堂から出て行った。
そんな高遠を目で追ったあと、成田も皆に笑みを見せて、すたすたとその背中を追っていく。何となく、気まずい沈黙がその場に残った。
「……俺も行くわ。みんなはゆっくりしていき。次は十四時からやし、俺はちょっとシャワーでも浴びてくるわ」
と、たまりかねたように赤松は立ち上がった。椅子の背に引っ掛けていたタオルを首に引っ掛けて、赤松はさっさと行ってしまった。
佐久間が大きなため息をついて、皆にぺこりと頭を下げる。
「ごめんな、お見苦しい所を」
「あ、いいえ……」
亜樹がそう言うと、佐久間は亜樹を見て微笑んで更に言った。
「せっかく亜樹ちゃんが褒めてくれたのにな。穏やかな高遠さんも、赤松さんには我慢の限界っていうか、いっつもあんな感じで、折り合いが悪くて」
「いつもは優しいのに……」
と、珠生。
「人間には相性ってもんがあるからなぁ。どうあってもうまくいく人間関係もあれば、どうやってもうまく行かへん人間関係もあるやろ? あの二人は、うまく行かへんほうなんやろうな」
「コンプレックスですか? 赤松さんかて、十分力あらはるのに」
と、湊がさっくりとそんなことを言う。
「そうやねんけどな。多分、力のことだけじゃないねん。高遠さんは人当たりもよくて頭もいいから、出世街道まっしぐら。幸せなご家庭をお持ちで、容姿もなかなかの男前やろ」
「はぁ、まぁそうですね」
と、舜平。
「赤松さん、二、三年前に奥さんに逃げられてんねん。あの人もあんまり気の長いほうじゃないから、うまく行かへんかったんやって。それにほら、ああやってすぐ人にも噛み付くしな……」
と、佐久間は苦笑する。
「人間的な部分で合わへんっていう理由のほうが、大きそうやな」
と、舜平。
「そう、嫉妬やな。誰にでもある感情やけど。……ま、とにかくあの二人はそんな関係やから、一応言っとくわ」
「色々あんねんなぁ、大人は」
と、亜樹。
「まぁね、大学生の君たちには、まだ想像つかへんかもしれへんけど……。なんでも持ってる人ってのは、やっぱり自分よりもずっと格上の人間に見える。自分に自信のないもんは、そういう眩しい存在を目の当たりにして、卑屈になることも多いからな」
佐久間は珠生を見て、微笑んだ。
「君も、今後そういうふうに思われることが増えていくかもしれへんな」
「俺、ですか」
「君は俺から見ても、やっぱりなんでも持ってる人間に見える。強大な力も、速さも、冷静な判断力もある。それに、そんだけのイケメンで名門大学通ってて、今後君が何に苦労するのかとか、想像できひんしな」
「……そんなことないですけど……」
「そりゃあ、君は後天的にこの力に目覚めたらしいし、色々と苦労もあったやろう。俺は想像しかできひんけど、前世の記憶で苦しむことも多いかもしれへんし……。でも普通の人は、そんな風には君を見ぃひんからな」
「そうですねぇ……」
「実際、初日以降、君への態度を変えた職員も多いやろ? 畏れや憧れの裏には、色々と複雑な感情が渦巻くもんやからな」
「はい……でも」
珠生はにっこりと佐久間を見て微笑んだ。
「きっと、赤松さんと高遠さん、どこかでお互いのことを認め合ってるんじゃないですか? あの二人は、お互いのことしっかり見てます。どうでもいい相手に対して、あんなふうに腹を立てたり噛み付いたり、しないはずですし」
「……」
やわらかな笑顔を浮かべてそんなことを言う珠生に、佐久間は思わずどぎまぎしてしまった。先ほど八つ当たりをされたのに、あの二人のことをこんな風に語るとは……と感心してしまう。
「なんだかんだ言って、最後に頼り合える関係なんじゃないかなって……思います。すみません、変なこと言って」
「いや……珠生くん、きみめっちゃ優しい子なんやな……。おじさん感動したわ……天使かな……」
「い、いや天使とかやめてくださいよ。俺、一応鬼なんですから……」
「あ、うん、せやったな。しっかし、赤松さんには君の爪の垢煎じて飲ませなあかんわ……うん、オッサンらがガチャガチャ言うてごめんな」
「い、いえ……」
あたふたしつつ佐久間の相手をしている珠生を見て、舜平はふっと笑った。
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