琥珀に眠る記憶

餡玉

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第6幕 スキルアップと、親睦を深めるための研修旅行

21、昼食後は

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 さて、その日の午後は各々が自由時間である。
 訓練とはいえ、久々に激しく動き回ったせいか、珠生の高揚感はまだまだ消えないままだった。心身を落ち着けようと言葉少なにランチのハヤシライスを食べていると、隣に座っていた亜樹が、ひょいと珠生の皿に乗っていたミニトマトを奪っていく。

「あ」
「ぼうっとして、どないしたん? これから自由時間やで」
「あ、うん。……あれ、トマトがない」
「さっきの素早さはどこへ行ったんや」
と、向かいに座る湊がそう言った。
「ちょっと考え事してたんだよ」
と、珠生はふくれている。

「天道はすぐ手ぇ出るからなぁ。トマト、返したったら? 珠生は好きなもん最後に食べたい派やねんで」
「いや別にとっといたわけじゃ……」
「うちも別にトマト食べたかったわけちゃうし! ぼーっとしてたからからかっただけやん。返す」
「あ、うん……って、トマトのことはもういいから」
「せやな。午後は何する?」
と、湊が鮮やかに話題を変えた。深春ははしゃいだ笑顔を浮かべると、「俺、泳ぐ! こんなきれいな海初めて見たもん!!」と一番に言った。

「俺も海入りたいな。よっしゃ深春、沖まで行くか」
「行く行く!」
「湊は?」
と、珠生。
「俺はぼんやり砂浜で読書がしたい」
「じじいやな」
と、亜樹。
「僕もそうしたいって思ってたところだ」
と彰が言うと、亜樹はしまったという顔をして黙り込んだ。舜平が笑う。

「珠生はどうすんの」
と、湊。
「俺も泳ごっかなぁ。カナヅチじゃなくなったから」
と、珠生は伸びをしてそう言った。
「おお、じゃあみんなで沖まで行こうぜ! 亜樹ちゃんは?」
と、深春に尋ねられ、亜樹はうーんと悩んでいる。

「どうしよっかなぁ。何も考えてへんかった」
「水着持ってきたのか?」
と、深春。
「うん。莉央さんが持って来いって言ったし……」
「じゃあ泳ごうぜー!」
「いや、うち、海で泳いだことないねんなぁ。波も怖いし……」
「じゃあビーチバレーでもしようや、なぁ? お前もするやろ?」
と、舜平が彰に尋ねると、彰は笑って頷く。
「うん、いいね」
「先輩はバレーもできるんですか?」
と、珠生が感心している。
「まぁね。球技はなんでも得意さ」
「何が苦手なの?」
「うーん……船かな」
「船? 酔うんか?」
と、舜平が何故か嬉しそうにそう訊ねる。彰は憮然とした顔で、「なんだよその顔。あぁ、そうだよ」と言った。

「へぇ~船酔いかぁ。酔ってるとこ見てみたいなぁ」
と、珠生が言うと、彰は珠生にちらりと流し目をくれ、「珠生が膝枕してくれて、つきっきりで介抱してくれるならいいよ」と微笑む。

「なあなあ早く海行こうぜ! 早く早く!」
 彰の船酔いの話題には興味がなかったのか、深春は皆を急かしはじめた。



 若者たちがぞろぞろと外へ出ていくのを見ていた高遠と南波、中井、感知方のリーダー成田久典はにこにこと笑いながら食後の珈琲を飲んでいた。

 彰が笑顔でそこに混じっているのを見て、高遠も安堵していたところなのだ。

「佐為も、ああやっていると歳相応の青年に見えますね」
「ほんまやなぁ。あの子は中学生の頃から異様に大人っぽかったし、いじめられてへんか心配やってん」
と、南波。
「いやああいうタイプは、クラスを裏から牛耳る感じになるんじゃない? いじめられるとかはないですよ」
と、中井。
「佐為は佐為で昔からちょっと変わってたからなぁ」
 高遠がしみじみとそういうのを聞いて、成田は改めて浜の方へ消えていく彰の背中を見た。

「いまさらですけど、ほんまもんなんですねぇ」
「そうですよ。千珠さまも、舜海も柊殿もここにいるんです」
と、高遠は微笑む。
「あなたは芦原風春さまですしねぇ」
と、成田はしげしげと高遠を見つめる。
「そうですよ」
「……全く、おかしなもんや」
と、成田はまだ混乱している様子である。中井と南波も頷きつつ、爽やかな真昼の海を眺めた。

「でも、成田さんも見たでしょ? さっきの千珠……珠生くんの動き」
「ええ、見ましたとも。ありゃ人間じゃないわ」
「そう、只人ではないんですよ。彼も、まぁ僕らもひっくるめれば常人ではないですがね」 
と、高遠はからりと笑った。
「そうやったそうやった。俺らも十分変人やったな!」
と、南波はがははと大声で笑った。

 皆、霊力を持っている者ばかりがここにいるのだ。もともと陰陽師衆の血筋の者も多いが、多かれ少なかれ、幼い頃に怖い思いをしたり、苦労をしたりして育ってきた者も多い。成田も中井も南波も、全員後者だ。宮内庁の職員にその力を見つけられ、こうして仲間を得たのである。

「仲良くしてあげてくださいね。特に珠生くんは、おそらくこのまま宮内庁の職員として迎えることになりそうですし」
「ああ、佐為さまが医者になるから、その代わりにって話やったっけ?」
と、中井。
「代わりにってのもあるけど、珠生くんはもともと地方公務員になりたいという情報を得てますので、断らないでしょう」
「ええ、あんな見てくれしてるくせに、地味な夢やな」
と、南波。
「千珠さまとイメージが合わへん」
と、中井。
「そんな事言っちゃ可哀想ですよ」
と、成田。

「まぁ、彼の力、放っておくといけないという意見もありますから。あの子は頭もいいらしいし、礼儀正しいから、何の問題もなくやって行けますよ。本当は深春君もこちらの保護下に入れたいところですが、学力が追いつかないと藤原さんが言うので、彼の望む道を進んでもらいつつ、何かしら監視をつける形になるでしょうね」
「ふうん。なんかそうやってレールを敷かれてしまうってのも、可哀想やな」
と、成田がまた哀れみを込めた声でそう言った。
「何言ってんねん。俺らかてそうやろ」
と、南波。
「まぁ、そうですけど」
「もちろん、珠生くんがNoと言えば無理強いはしませんよ。僕らも鬼じゃないんだから。……って鬼は珠生くんのほうか」
「ははは、違いない」
と、中井が笑った。
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