琥珀に眠る記憶

餡玉

文字の大きさ
上 下
322 / 534
第6幕 スキルアップと、親睦を深めるための研修旅行

19、自由組手

しおりを挟む
 昼食後、湊は攻方の自由組手に参加することになった。

 午前中はずっと『技術部』という部署から来ている職員と二人で、弓の精度や改善点について話し合った。

 『技術部』とは、職員たちの装備や呪具の開発を行う部署だ。京都市内の見回り時に使用したライダースーツやヘルメット、大型バイクなども彼らが調達したものだという。 

 職員たちからのレポートや聴取したデータを元に、呪具に改良を加えた上、職員たちの標準装備として形にするのが仕事だ、と影の薄い技術部の男は言っていた。

 感知方の面々も同じタイミングで昼食を取りに来ており、湊は亜樹を見つけて共に食事を取った。亜樹はすっかり紺野と仲良くなっている様子であり、蝋燭の火を消せたのだと得意げに喜んでいた。
 いつになく心から活き活きとしている様子の亜樹を見て、湊も少しばかり嬉しくなった。


「ところで、攻方の人らがおらへんな」
と、カレーを食べ終えた湊が、広々とした喫茶室を見回してそう言った。ジャージ姿で黙々とハヤシライスを食べているのは、皆感知方の面々のようだ。

「そう言えば……まだ終わってへんのちゃう?」
と、亜樹も周りを見回してそう言った。
「俺、午後からそっちに合流やねんけど……」
「攻方の人たちはプライベートビーチで訓練って言ってましたよ。見に行ってみましょうか」
と、紺野が同じくハヤシライスを食べ終えて水を飲みながらそう言ったので、二人はついていくことにした。
 
 まだ本格的にビーチへ繰り出したことはなかったため、二人はロビーからウッドデッキを眺めて軽く感嘆の声を上げた。そこから眼前に広がる白い砂浜はきらきらと輝いており、その向こうに広がるコバルトブルーの海は、記憶の中にある厳島の海の色とも、全く違う色をしていた。

「わぁ、きれい!」
「ほんまやなぁ。やっぱ修学旅行んときより景色ええわ」
「あれぇ、いないですねぇ」

 めいめい好きなことを言いながらあたりを見廻していると、ホテルのロビーからは少し離れた場所に人だかりができているのが見えた。

 三人は顔を見合わせて、砂をさくさくと踏み鳴らしながらそちらへと向かう。
 わいわいと何かを取り巻いている人々の中には、攻方だけではなく感知方の顔もちらほら見られた。食事を終えてかその前からか、ここへ見物に来ていたようである。

「……何やこれ」
 彼らが取り巻いて声援を上げている対象を認めて、湊は声を上げた。亜樹と紺野も、ごくりと固唾を飲んでそれを見つめる。

 珠生と深春が、組手をしているのだ。




 +


 
 一戦目、二戦目と、その都度組む相手を交代しながら自由組手の訓練は続いた。珠生の一戦目は彰であり、二戦目は敦だった。

 ものの一瞬で敦をのしてしまった珠生に、敦は何度も何度もしつこく戦いを挑んだ。投げ飛ばされたり、強かに腹を打たれたりと散々な目に合いながらも、それでもめげない敦を相手に、珠生は毎回気合を入れてその剣を受けていた。

「はぁっ……! はぁっ……!! この……ちょろちょろと……!」
 ぜいぜいと肩で息をしながら珠生を睨みつける敦とは対照的に、珠生は息一つ乱していない。額の汗を腕で拭うと、珠生は勝気に笑って剣を向けた。

「もう一勝負しますか?」
「あったりまえじゃあ!! ……このまま……負けてたまるか!」
「もう駄目。時間だよ、敦」

 この回は観察役だった彰が、手を上げて皆の動きを止める。

「もうそれに君、動けないだろ。次は観察でもしといてよ」
と、彰は敦にクリップボードを渡して涼しげに笑った。
「う、動けんとか……んなことあるわけ……ないわい!」
「……馬鹿言ってないで、さっさと水分補給してこい」
「なんじゃ今日は。どいつもこいつも俺を馬鹿呼ばわりして……」
「ほら、早く。珠生、次は深春と組め」

 汗だくの暑苦しい敦を追い立ててから、彰は珠生にそう言った。珠生はTシャツを引っ張って風を入れながら、楽しげに笑う。

「へぇ、そりゃ楽しみだ」
「向こうもやる気満々だよ」
 海の方に目をやると、深春はすでに珠生をじっと見つめて立っていた。目が合うと、にやりと笑う。

「一回やってみたかったんだ、深春とは」
 珠生はいつになく挑戦的な笑みを浮かべて深春の方へと歩を進めた。実践訓練で、珠生の中に眠る好戦的な面がかなり刺激を受けているようだった。それでも、妖気が騒いでいる様子は見られず、彰は安心してそんな珠生の背中を眺めた。

 深春は木刀を砂浜に突き立て、その上に手を乗せて笑みを浮べている。深春も珠生と同様、久しぶりに本気で暴れているせいか、とても生き生きとした強い目をしている。

「興奮するぜ、珠生くんとやれるなんてさ」
「俺も。普段は喧嘩すんなって言われてるもんね」
と、珠生は木刀をすうっと深春の方へ向ける。

「手加減なしだぞ」
「当然だ」
「本気で殴っちゃったらごめんな」
「当たることはないと思うから、大丈夫だよ」

 二人は心底楽しげに見つめ合った。そして音もなく、二人の組手は始まった。
 
しおりを挟む
感想 47

あなたにおすすめの小説

ヤンデレBL作品集

みるきぃ
BL
主にヤンデレ攻めを中心としたBL作品集となっています。

騙されて快楽地獄

てけてとん
BL
友人におすすめされたマッサージ店で快楽地獄に落とされる話です。長すぎたので2話に分けています。

【連載再開】絶対支配×快楽耐性ゼロすぎる受けの短編集

あかさたな!
BL
※全話おとな向けな内容です。 こちらの短編集は 絶対支配な攻めが、 快楽耐性ゼロな受けと楽しい一晩を過ごす 1話完結のハッピーエンドなお話の詰め合わせです。 不定期更新ですが、 1話ごと読切なので、サクッと楽しめるように作っていくつもりです。 ーーーーーーーーーーーーーーーーーー 書きかけの長編が止まってますが、 短編集から久々に、肩慣らししていく予定です。 よろしくお願いします!

BL団地妻-恥じらい新妻、絶頂淫具の罠-

おととななな
BL
タイトル通りです。 楽しんでいただけたら幸いです。

選択的ぼっちの俺たちは丁度いい距離を模索中!

きよひ
BL
ぼっち無愛想エリート×ぼっちファッションヤンキー 蓮は会話が苦手すぎて、不良のような格好で周りを牽制している高校生だ。 下校中におじいさんを助けたことをきっかけに、その孫でエリート高校生の大和と出会う。 蓮に負けず劣らず無表情で無愛想な大和とはもう関わることはないと思っていたが、一度認識してしまうと下校中に妙に目に入ってくるようになってしまう。 少しずつ接する内に、大和も蓮と同じく意図的に他人と距離をとっているんだと気づいていく。 ひょんなことから大和の服を着る羽目になったり、一緒にバイトすることになったり、大和の部屋で寝ることになったり。 一進一退を繰り返して、二人が少しずつ落ち着く距離を模索していく。

ママと中学生の僕

キムラエス
大衆娯楽
「ママと僕」は、中学生編、高校生編、大学生編の3部作で、本編は中学生編になります。ママは子供の時に両親を事故で亡くしており、結婚後に夫を病気で失い、身内として残された僕に精神的に依存をするようになる。幼少期の「僕」はそのママの依存が嬉しく、素敵なママに甘える閉鎖的な生活を当たり前のことと考える。成長し、性に目覚め始めた中学生の「僕」は自分の性もママとの日常の中で処理すべきものと疑わず、ママも戸惑いながらもママに甘える「僕」に満足する。ママも僕もそうした行為が少なからず社会規範に反していることは理解しているが、ママとの甘美な繋がりは解消できずに戸惑いながらも続く「ママと中学生の僕」の営みを描いてみました。

明智さんちの旦那さんたちR

明智 颯茄
恋愛
 あの小高い丘の上に建つ大きなお屋敷には、一風変わった夫婦が住んでいる。それは、妻一人に夫十人のいわゆる逆ハーレム婚だ。  奥さんは何かと大変かと思いきやそうではないらしい。旦那さんたちは全員神がかりな美しさを持つイケメンで、奥さんはニヤケ放題らしい。  ほのぼのとしながらも、複数婚が巻き起こすおかしな日常が満載。  *BL描写あり  毎週月曜日と隔週の日曜日お休みします。

ヤンデレだらけの短編集

BL
ヤンデレだらけの1話(+おまけ)読切短編集です。 全8話。1日1話更新(20時)。 □ホオズキ:寡黙執着年上とノンケ平凡 □ゲッケイジュ:真面目サイコパスとただ可哀想な同級生 □アジサイ:不良の頭と臆病泣き虫 □ラベンダー:希死念慮不良とおバカ □デルフィニウム:執着傲慢幼馴染と地味ぼっち ムーンライトノベル様に別名義で投稿しています。 かなり昔に書いたもので、最近の作品と書き方やテーマが違うと思いますが、楽しんでいただければ嬉しいです。

処理中です...