琥珀に眠る記憶

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第6幕 スキルアップと、親睦を深めるための研修旅行

11、部屋割り

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「……君が、夜顔」
「……はい」
 莉央のように、また冷たい目線を浴びせられると感じたのだろう。深春はびくと肩を揺らして、反射的に目を伏せた。
 しかし高遠は深春に歩み寄ると、その目線を下からすくい上げるように見上げた。こうして見ると、高遠は小柄なほうである。

「今は織部深春くん、というそうだね。強い気を持っている」
「……はぁ」
「藤原さんや柚子さんからも聞いてる。僕は君のことを怒ってなんかないから、心配しないでいいよ」
「……」

 深春は顔を上げて、自分よりもやや下にある高遠の顔を見つめた。目が合うと、高遠はにっこりと微笑んだ。

「後で、藤之助様の話を聞かせて欲しい。私の恩師だった方だから」
「え、あ……はい」
「今世では、君はすでに私達の仲間です。何の負い目も感じなくていいよ。常盤はちょっと尖ってるだけだから」
「……はい」
「みんなと仲良くなれたらいいね」

 高遠はぽん、と深春の肩を叩き、周りの若者たちも見回した。深春は少しばかりほっとしたような表情になると、心配そうに自分を見つめていた珠生の方を見て、ちょっとだけ笑って見せる。珠生もそれに笑みを返した。

「私たちはもう修業に入ってるんです。みんなも一休みしたら、ジムの方へ顔を出してくれるかな?」
「ジム?」
と、葉山。
「ああ、西側の別館に広いジムと体育館、そしてプールがあるんだよ。常盤はそれを気に入ったらしい」
「へぇ、そうなんですか。じゃあ、みんなに食事を取らせてから、一時間後に合流します」
「了解。あ、こんな格好で来てね」
と、高遠は自分のジャージをつまんでそう言った。

「はぁ、わかりました」
 葉山は間の抜けた声を出して、高遠のジャージを見下ろした。




 +  +



 その後、レストランの一つでカレーを振る舞ってもらった若者たちは、敦から一冊の冊子を手渡された。

 表紙は生真面目なパソコン打ちの文字で、”二〇一六年 沖縄研修会 行事進行表”と書かれており、内容もぱっと見はごくごく当り前の研修会のプログラムのように見える。

 しかし、細かく決められた行事進行表の中に、”攻方せめかた集合場所……ジム”、”感知・治療方・集合場所……プールサイド”等々、謎めいた記載があちこちに見られる。
 また、今回参加予定の職員名簿がくっついており、その人数はA4用紙一枚分をちょうど覆う三十名であった。そこに加えて、”民間協力者”という行があり、そこに珠生達の名前が並んでいる。

 最後のページには部屋割りが添付されている。ひとまずはそれに従って、珠生たちはホテルの四階以上にある客室へと上がっていった。

「何で俺とお前が同じ部屋やねん」
と、舜平はなんとも言えない表情で敦を睨んだ。
「えかろうが。舜海の話とか、もっと聞かせてぇな」
「二人ずつの部屋割りなら、湊か深春でええやん」
「部屋割りなんてあってないようなもんじゃろ。お前がおったら、珠生くんがつられてやって来るかもしれんし」
「ほんなら最初から自分と珠生を同室にしといたらいいやん」
「そんなんしたら、珠生くんが不審がってしまうじゃろ」
「お前は何を狙ってんねんな」

 広々としたツインルームで、舜平と敦はそんなことを言い合っていた。海をイメージしているような深い青色の絨毯はふかふかとしており、靴で歩くのが憚られるようだ。全室オーシャンビューという素晴らしい眺めの部屋であるが、敦と二人というのはなんとも色気のない話である。

「どうせ疲れて寝るだけじゃし、これでえかろうが」
と、敦はごそごそとジャージに着替えながらそう言った。

 舜平も荷物を開いて、ジャージに着替えながら窓の外を眺める。
 真っ青な空に、真っ青な海。白い砂浜には誰もおらず、完全なるプライベートビーチとなっているようだった。

「俺、霊力ないのに、どんな修行をするんやろう」
 ふと、かねてから感じていた疑問を舜平は口にした。見事な分厚い筋肉をTシャツの中に収めながら、敦は言う。

「湊くんだって霊力ないじゃろ。ま、とはいえ、珠生くんの側に始終おったからか、前よりも霊力は上がってるみたいじゃけど」
「……せやな」
「お前は本来なら攻方に入るはずだったけど、今回は湊くんと一緒に呪具の扱いを学ぶ研修じゃ。技術部っていう、そういうの専門の職員がおるけぇ、彼らと一緒にな」
「呪具、か。……え、なに? 技術部?」
「湊くんは弓ができるんじゃろ? ええ弓もらってるって聞いたで。呪符を巻いて、攻撃に回れる珍しいタイプらしいな」
「あぁ、そうやな。昔も、そうやって雷燕とやりおうて、あいつの腕落としてたからな」
「ほんまか! すごいなぁ!」

 柊は、いつも背中に背負っていた仕込杖に呪符を巻き、さらに刀身自体にも呪言を刻むことで、妖である雷燕にも太刀打ちできる力を得ていた。今回の弓も、その時と同じ要領であろうと舜平は考える。

「やけん、お前もそれでいく」
「俺? 何を使うん」
「舜海は剣が強かったって聞いとるよ? 今回はそれでいくって、常盤が言っとった」
「でも現世では、剣道なんかやったことないねんけど……」
「大丈夫大丈夫。きっと身体が覚えとるじゃろ」
「そんなうまいこといくんかいな。ま、やるだけやってみるしかないな」

 そう言ってズボンを履き替え、舜平はベッドから立ち上がった。部屋で早速柔軟体操を始めている舜平の後ろ姿を見ながら、敦は腕組みをして尋ねた。

「霊力がなくても、お前まだ珠生くんとエッチするんか?」
「……なんちゅうどストレートな質問や」
 舜平は腰をひねりつつ、敦を振り返って渋い顔をした。
「だって、お前の霊力が美味いからって、千珠さまもお前にくっついとったんじゃろ? それがなくなったら……」
「まぁな。あいつ、自分自身の力のバランスコントロールはすっかりできるようになってるから、俺とのセックスはもう必要ないねん」
「そうなん? じゃあ、もうやめたん?」
「……いや、やめては、ないけど……」
「おいおい、舜平。お前いくら珠生くんが魅力的やからって、いつまでもそんな関係に溺れさせとったらいけんのじゃないんか?」
「おい、俺が一方的に珠生襲ってるみたいな言い方すんな。ていうか、俺らは……身体だけの関係とかじゃないねん」
「え、そうなん? え、なに? 付き合ってるってこと?」
「……言いふらすなよ」
「なんじゃい、そうなんか……ふーん……」
「なんでちょっと寂しそうやねん。お前はノンケやろ」
「そうじゃけど……。ふーん、ええなぁ……色っぽいもんなぁ、珠生くん。なんなんじゃろうなぁ、あの異様なお色気は」
「おい、変な想像すんなよ。というか、俺の力が必要ないってことは、お前の力も必要ないねん」
「でも怪我なんかしたら、俺に抱かれんといけんことがあるかもしれん」
「怪我……」
「お前とエッチしたら怪我も治っとたんじゃろ? それは今はできんわけじゃ」
「……そうやけど。この研修で怪我なんかせぇへんやろ」
「でも、今後また能登で何が起こるか分からん。そうなったら、どうする」
「……」

 舜平は敦を見た。以前の敦は、ただ舜平をからかうような目線を向けてくるような態度だったが、今は違った。純粋に舜平と珠生のことを気にかけているような、真面目な目付きをしていた。

「……あいつは強い。そんな簡単に怪我なんかせぇへん。それに、今回はこれだけ大勢で向かうんや。大丈夫やろ」
「……ならええけど。まぁでも、そうなったらお前はおとなしく指咥えて見てろよ」
「は? 何でやねん。お前に珠生はヤらせへんぞ」

 今度こそ二人が言い合いを始めていると、こんこん、とドアをノックする音が響いた。
 敦がドアを開けると、当の珠生がそこに立っているので仰天する。

「た、珠生くん……」
「俺もいますよ」
と、湊がすいと現れて先に二人の部屋へと入ってきた。
「やっぱ三人部屋は広いんだな。この部屋よりもかなり広い気がする」
と、珠生も無遠慮に部屋に入ってくると、窓際に置いてあるソファセットの二人がけのソファに腰掛けた。ふたりとも、”MEIOH”と胸に縫い取りのある、揃いの青い高校ジャージを着ている。校名の下には、”沖野””柏木”と名前が縫いこんである。

「高校ジャージか」
と、舜平。
「うん。ちょうどいいだろ」
と、珠生は笑った。
「てことは亜樹ちゃんもか」
「たぶんね」
「珠生くんは、ジャージ姿でもかわええのぉ」
と、敦はじろじろと舐め回すように珠生を見るので、珠生はぶるりと身を震わせた。そしてバルコニーで海を眺めている湊の方へと逃げていってしまった。

「阿呆」
と、舜平は敦に言い放つ。
「やかまし。思ったことを言ったまでじゃ」
と、敦は腰に手を当てて鼻を鳴らし、「一時間したら降りてこいよ」と言い残して部屋を出ていった。

 三人部屋と言っていた割に、深春の姿が見えないことを怪訝に思った舜平は、「深春は?」と、バルコニーにいる二人に尋ねた。
「海が見たいって、砂浜に出てるよ。ほら、あそこ」
 珠生が指さした方向に、深春の影がぽつんと見えた。波打ち際を独りで散歩している深春の姿は、どことなく淋しげにも見える。

「一緒に行ってやればいいのに」
と、思わず舜平はそう言っていた。
「一人がいいっていうんだ。色々と考えることがあるんじゃないかな」
と、珠生も心配そうな目付きをしているが、穏やかな口調でそう言った。
「……せやな」

 言わば、夜顔は陰陽師衆の敵だ。そんな集団の中に一人きりで紛れ込んでしまったような状況に深春はいる。
 高遠にああは言われたものの、罪悪感がまだまだ拭いきれているはずもない深春の心は、きっと複雑な色をしているに違いない。湊も肘をついて、じっと深春の姿を見下ろしている。

「……まぁ、俺らがしっかり橋渡ししてやらんとあかんな」
と、湊。
「うん、そうだね」
「あいつはもともとチャラいんや。調子が出てくりゃ、すぐにみんなとも打ち解けるやろ」
そんなことを舜平が言うと、珠生と湊は舜平の方を向いて笑った。
「そうだね」
「それに、人見知りはお前もやろ、珠生。人の心配してる場合か」
と、舜平に痛い所を突かれて、珠生はうっと黙った。

「もう大丈夫だよ……多分……」
「まぁ珠生はおとなしくしてるくらいがちょうどええって」
と、湊が助け舟を出した。
「どうせ修行中に派手に目立つやろうし」
「……そうかな」
「もっと堂々としとけ、お前は無敵で最強の千珠さまやろ」
 ぽん、と舜平は珠生の頭に手を置いた。
「なんならいつもの生意気な態度でみんなを敵に回してもおもろいな」
と、湊。
「全然おもしろくないよ。二人して、俺をどうしたいわけ?」
と、珠生はむすっとした顔で二人を見比べた。
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