274 / 535
第5幕 ——夜顔の記憶、祓い人の足跡——
58、張り込み
しおりを挟む十二月二十七日。
この年の瀬に、日本中の宮内庁特別警護担当官たちは、京都と能登に振り分けられていた。
彼らは、皆が陰陽師衆の血を引いているわけではない。力量に差はあれど、常人よりも強い霊力を持つ者たちが、全国から集められているのだ。
表向きは宮内庁の警備担当にあたっているが、こういった有事の際には、藤原の命令で動くことになっている。
陰陽師衆の血縁の者たちは生まれながらにその力を操作するすべを修行して育つが、珠生や深春たちのように、成長過程で突然その力に目覚めた者たちを素早く感知し、混乱のないように導いていくのも彼らの仕事である。そうやって、後世を育てていくというわけだ。
彼らは皆、古から伝わる古文書を読み、千珠や陰陽師衆のことを学んで育ってきた。この数年の日本の変化についても全てを知り、転生した者たちの存在についても知らされている。
明桜学園高等部を警備している二人組も、もちろん名前と顔写真だけでは、珠生や湊、舜平らのことを知っている。しかし、彼らを実際目にしたことがあるわけではなかった。
黒いスーツでは目立つため、二人は平服に身を包み、近くの公園やコンビニをうろうろしながらその場所を張っている。二十代後半の男と四十路絡みの男が二人、仲良くこんなところをうろついているのは、感じが良いわけはないのだが、しかたがない。
「寒いな……」
特別警護担当官の一人、佐久間央介はそう言って手をこすりあわせる。佐久間は今年二十七歳だ。ニット帽をかぶり、ベージュのダウンジャケットを着込んでいるが、慣れない京都の冬は堪える。
「やっぱコンビニでおしるこ買ってくるわ」
そう言って立ち上がったのは、今年三十七歳になる特別警護担当官の一人、赤松幹久である。彼は陰陽師衆の血縁のものであり、佐久間よりもずっと力の強い男である。しかしながら、どことなく飄々としていて何を考えているか分からないところがあり、佐久間は苦手な人物であった。天然なのか、それとも何か考えがあってそうしているのか、赤松はたまに意味不明の行動をとることがあったからだ。
「……おしるこ、っすか」
「お前も飲むやろ」
「はぁ。あ、でも俺、せっかくならコーヒーとかのほうがいいっす」
「何言ってんねん、こういう時は頭使うから、糖分多いもんの方がいいで」
「はぁ……」
有無を言わさぬ強引さで、赤松は小走りにコンビニへと消えていった。この張り込みのどこで頭を使うのだろうかと考えながら、佐久間は目の前にそびえる明桜学園を見あげた。
佐久間は大阪育ちであるため、この学校が名門校であるということはよく知っている。年末にもかかわらず部活に励んでいる学生たちを見守りながらも、一向に何の変化も起こらないこの状況に、少しばかり飽きてきているのも事実だ。
烏丸御池という賑やかな通りに近い場所にあるこの学校の回りを、うろうろとうろついて五日ほどになるが、特に何も起こってはいない。東側にある児童公園に座っていることもあれば、西側にある細い路地をうろうろすることもある。北側に黒塗りの車を停めて中に潜んでいたこともあったし、南側にある正門の前で、意味もなく歩きまわったこともあった。
賢げな生徒たちの目線が痛くて、佐久間はそそくさとその場を去ったものだったが、赤松はどっしりとしていた。
ある日はどこで拾ってきたのか犬を連れて、まるで散歩をしているついでに公園で休んでいるだけだという顔をしていたし、車の中で寝ているときは、営業に疲れたサラリーマンにしか見えないようなスーツを着てきていた。
まるで刑事だな……と思いつつ、佐久間はこのベテランらしい先輩から盗めるものは盗もうとしていたが、毎日変わる彼の行動パターンについていけなくなってきているということも事実であった。
今朝も、大柄な生徒数人がスポーツバッグを肩からかけて登校してきていたが、そろそろ佐久間らの顔にも見覚えが出てきたのか、相当に訝しげな顔をして見られたものだ。いくら霊力があるといっても、あんな大柄な男子高校生に何かされては、きっと太刀打ち出来ないだろうと怯えてしまう。
しかしその日は、朝からどこか胸騒ぎがしていた。夜間の見張りと交代してからずっと、佐久間はいつになくそわそわとして、貧乏揺すりが止まらない。
赤松の様子はいつもと変わらない。というか、赤松はいつも変わっているので普通と異常の差がよく分からないが、この不穏な胸騒ぎを自分だけの胸にとどめておいていいのかどうか、彼は迷っていた。
これは何かの前兆なのかもしれない……ということを。
❀
体育館では、バスケ部員達がめいめいに昼食を取っていた。
年明けに控えているウインターカップに備えて、大晦日までずっと部活が入っているのである。この学校は受験がないため、もう引退している三年生達も練習に参加している。
二年生だった本郷優征がキャプテンだった代は、インターハイの緒戦で敗退し、夏が終わった。代替わりした今年は、インターハイにすら食い込むことができなかったため、ニ年生達のウインターカップへの熱意は相当なものだった。
「なぁ、外におったやつ、昨日もいたよな」
と、優征は隣で焼きそばパンに食いついている空井斗真に声をかける。斗真は感心無さそうに顔を上げると、「え。誰かいたっけ?」と言う。
優征は呆れて、紙パックのバナナオレのストローを咥えたまま言った。
「見てへんかったん?怪しい奴がおったやろ、なぁ?」
そう言って、その隣にいる三年生部員、楪正武に話を振ると、「ああ、おったな。白っぽいダウン来た男やろ」と冷静にそう返す。
「ほれ、タケは見てたやん。お前はどこ見て歩いてんねん」
と、優征はぐりぐりと斗真のこめかみを拳で突く。
「いってぇな。気にすることないやろ、どうせ卒業生か何かちゃう?」
「どうやろな」
と、寡黙な正武は物静かにそう言った。
「そうそう、朝、柏木に会ったで」
と、斗真がふと思い出したようにそう言った。
「部活か?」
「生徒会の用事やって。忙しそうやなぁ、あいつも」
ずずっと、紙パックの牛乳を吸い込んだ斗真が、脚を投げ出して天井を見あげた。窓から見える空は真っ白でどこか重たく、今にも雪が降ってきそうな色をしている。朝起きだすのに苦労したことを、斗真はふと想い出す。
「生徒会の用ってことは、珠生も来るかなぁ?」
と、斗真が呟くので、優征はちらりとその顔を見た。
「お前ほんっま珠生のこと好きやな」
優征がそうからかうと、斗真はぎゅっと牛乳パックを握りしめ、「だからそんなんちゃうって言ってるやろ!」と、真っ赤になって否定している。そんな斗真を、正武も胡散臭げに見つめていた。
「沖野のこと? お前ら最近仲いいよな」
と、正武は弁当箱をきちんと包みながらそう言った。
「でも優征は嫌ってなかったっけ、球技大会でぼこぼこに負けて」
「まぁ、あん時はな。クラス一緒になってみると、結構おもろいやつやったからさ」
と、優征は笑う。
「へぇ」
「タケは同じクラスになったことないもんな」
と、斗真もビニール袋にゴミを集めながらそう言う。
「せやな。まぁ目立つから顔は知ってるけど。女みたいな顔してるよな」
「そうやんな! 可愛いやんなあ~~、あいつ!」
と、斗真が目尻を下げて嬉しそうにそんなことを言うものだから、優征と正武はじとっとした顔で斗真を見つめている。
その時、監督が体育館に戻ってきたため、皆はいそいそと集合した。
練習が始まるのかとおもいきや、監督は寒そうに厚手のジャージのポケットに手を突っ込んだまま、皆を見回す。
「大雪警報が出た。今、西でかなりの吹雪が吹いとるそうや。せやから、今日は午後からの練習はなしや。みんなはよう帰るように」
「まじっすか。道理で寒いわけやなぁ」
と、斗真が伸びをしながらそんな事を言うと、監督は腕組みをして斗真を見上げる。
「お前は雪に浮かれておかしな事故に巻き込まれへんように、気をつけなあかんで」
「別に浮かれたりしないっすよ」
斗真の情けない声に、部員たちが笑った。
39
お気に入りに追加
535
あなたにおすすめの小説
病気になって芸能界から消えたアイドル。退院し、復学先の高校には昔の仕事仲間が居たけれど、彼女は俺だと気付かない
月島日向
ライト文芸
俺、日生遼、本名、竹中祐は2年前に病に倒れた。
人気絶頂だった『Cherry’s』のリーダーをやめた。
2年間の闘病生活に一区切りし、久しぶりに高校に通うことになった。けど、誰も俺の事を元アイドルだとは思わない。薬で細くなった手足。そんな細身の体にアンバランスなムーンフェイス(薬の副作用で顔だけが大きくなる事)
。
誰も俺に気付いてはくれない。そう。
2年間、連絡をくれ続け、俺が無視してきた彼女さえも。
もう、全部どうでもよく感じた。
実力を隠し「例え長男でも無能に家は継がせん。他家に養子に出す」と親父殿に言われたところまでは計算通りだったが、まさかハーレム生活になるとは
竹井ゴールド
ライト文芸
日本国内トップ5に入る異能力者の名家、東条院。
その宗家本流の嫡子に生まれた東条院青夜は子供の頃に実母に「16歳までに東条院の家を出ないと命を落とす事になる」と予言され、無能を演じ続け、父親や後妻、異母弟や異母妹、親族や許嫁に馬鹿にされながらも、念願適って中学卒業の春休みに東条院家から田中家に養子に出された。
青夜は4月が誕生日なのでギリギリ16歳までに家を出た訳だが。
その後がよろしくない。
青夜を引き取った田中家の義父、一狼は53歳ながら若い妻を持ち、4人の娘の父親でもあったからだ。
妻、21歳、一狼の8人目の妻、愛。
長女、25歳、皇宮警察の異能力部隊所属、弥生。
次女、22歳、田中流空手道場の師範代、葉月。
三女、19歳、離婚したフランス系アメリカ人の3人目の妻が産んだハーフ、アンジェリカ。
四女、17歳、死別した4人目の妻が産んだ中国系ハーフ、シャンリー。
この5人とも青夜は家族となり、
・・・何これ? 少し想定外なんだけど。
【2023/3/23、24hポイント26万4600pt突破】
【2023/7/11、累計ポイント550万pt突破】
【2023/6/5、お気に入り数2130突破】
【アルファポリスのみの投稿です】
【第6回ライト文芸大賞、22万7046pt、2位】
【2023/6/30、メールが来て出版申請、8/1、慰めメール】
【未完】
傷だらけの僕は空をみる
猫谷 一禾
BL
傷を負った少年は日々をただ淡々と暮らしていく。
生を終えるまで、時を過ぎるのを暗い瞳で過ごす。
諦めた雰囲気の少年に声をかける男は軽い雰囲気の騎士団副団長。
身体と心に傷を負った少年が愛を知り、愛に満たされた幸せを掴むまでの物語。
ハッピーエンドです。
若干の胸くそが出てきます。
ちょっと痛い表現出てくるかもです。
サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由
フルーツパフェ
大衆娯楽
クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。
トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。
いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。
考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。
赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。
言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。
たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。
Take On Me 2
マン太
BL
大和と岳。二人の新たな生活が始まった三月末。新たな出会いもあり、色々ありながらも、賑やかな日々が過ぎていく。
そんな岳の元に、一本の電話が。それは、昔世話になったヤクザの古山からの呼び出しの電話だった。
岳は仕方なく会うことにするが…。
※絡みの表現は控え目です。
※「エブリスタ」、「小説家になろう」にも投稿しています。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる