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第5幕 ——夜顔の記憶、祓い人の足跡——
49、将太の申し出
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第十二次卒業論文打ち上げと称される飲み会に駆り出されていた舜平は、イブの夜も遅くまで酒を飲んでいた。
夜遅く、舜平に迎えに来てくれと頼まれた将太は、渋々舜平を迎えに行ってやった。
寺の坊主にはイブもなにもあったものでないし、将太にはこれといった予定もなかったため、別に何時に呼び出されようが構わないのだが、酒の匂いには辟易する。
「舜平……お前、どんだけ飲んでん」
「え? ……ビールと……焼酎と日本酒と……最後の店ではワインも飲まされたかな」
「節操のない飲み方やなぁ。そんなんできんの、若いうちだけやで」
「分かってるって。けどしゃーないやん、理系のモテへん男たちの飲み会やねんから、節操もなくなるわ」
ははは、と舜平は笑って、窓を開けた。
「さぶっ、アホか、閉めろ」
「ええやん、ちょっとくらい」
「俺は薄着やねん。もう寝るとこやったんやから」
「え? あ。すまん」
ういーんと、モーターの動く音がする。窓を閉め、舜平は身体の弱い兄をちらりと見た。
ハンドルを握る腕は、自分のものと比べても一回りは細い。顔立ちはよく似ていると言われるものの、兄は舜平よりもずっと繊細で柔和な顔立ちをしている。
幼い頃に心臓病を患っていた兄は、普通に生きていく分には問題はないまでに回復しているが、激しいスポーツや飲酒、喫煙など制限されることも多い生活を送っている。今でも定期的に通院し、心臓の動きをチェックしなければならないのだ。
今こうして、べろべろに酔っ払っている自分が、急に申し訳無くなってくる。舜平は黙りこんで、暗い窓の外を見つめた。
「お前さぁ、こないだ珠生くん襲ってたやん。最近女っ気ないなぁて思ってたけど、ひょっとしてそっちに走ってたんか?」
「…………えっ!? ちゃ、ちゃうわ! アホか! そんなわけないやん!!」
不意に兄にふられたそんな話に、舜平は思わずむせた。げほげほと咳き込んでいる弟をちらりと見て、将太は慣れた手つきで山道を登っていく。
「あの子はきれいな子やから……まぁ分からんでもないけどさぁ」
「いやだからちゃうって! あれは……寝ぼけて間違えただけやし!」
まさか身内にそんな事実を知られたいわけもなく、舜平は大慌てで否定する。舜平の必死な様子を見て、将太はふうん、と頷いた。
「それはさておき。あの子……珠生くんやけど。大丈夫か」
「え。なにが?」
「妖気、抑えてはるみたいやけど、やっぱり分かる奴には分かるやろ。外への影響とか、ないんか?」
「影響?」
「お前がそばにおることで、俺の霊気まで高まるくらいなんや。彼の家族や……せやな、クラスメイトとか、彼女とか、身近な人間にも何かしら影響あるんちゃうかなと思ってな」
「……あぁ」
そう言えば前世でも、千珠と行動を共にすることの多かった柊や山吹には、妖が見えるようになったりしていたな、と舜平は思い出す。現世でそんなことがあり得るのかは分からないが、気になることだ。
「あの子はもっと、自分で妖気をコントロールできるように修行せなあかんよな。今まではあれでなんとかなってたんかもしれんけど、年齢が上がって、記憶も能力も鮮明に蘇ってきてるってことは、今後もっと力が強くなっていくかもしれへんやん」
「……兄貴がそんなこと考えてたとは、びっくりやわ」
舜平は徐々に酔いが覚めていくのを感じていた。
「そら、俺は見えるから、どうしてもな。俺もまだ修行中の身やけど、珠生くんにその気があるなら、俺と一緒に修行せぇへんかって伝えといて」
「あ、ああ」
「俺が今修行に付き合ってもらってる人は、そういうの得意な人やから。力の操作とか、精神集中とか」
「え、親父じゃないん?」
「おお。俺の先生は延暦寺系の坊主の一人や。藤原さんのことも知ったはんで」
「へぇ……」
「頼んだで」
将太はそんな話を終えると同時に、エンジンを切った。気づけば自宅に到着している。
黒黒と闇の中にそびえる寺を見上げ、舜平は過去のことを思った。
千珠も自分の過去と向き合い、妖力を自由に扱えるようにと修行をしていたことがあった。
その理由は、「あまりにも舜海を頼りにしすぎている自分に苛立ったからだ」と。そして千珠はちゃんとその術を身につけ、舜海から離れていった。
「……離れる……」
現世でも、珠生は舜平から離れていくのだろうか。
珠生からのあたたかな気持ちは感じることができるし、現世での二人の関係は落ち着いていると思っている。願わくば、このまま普通の恋人のように、穏やかな未来を過ごせたら幸せだと……。
——けどほんまに、そんな未来が俺のものになるんやろうか……。
舜平は思わず目を伏せた。酔っているせいだろうか、突如湧いて来た不安は、いつになく守りの薄くなった舜平の心に、冷えた刃のように突き刺さる。
空からは、ちらちらと白い粉雪が降り始めている。
舜平のため息が、一枚の雪をふわりと溶かした。
夜遅く、舜平に迎えに来てくれと頼まれた将太は、渋々舜平を迎えに行ってやった。
寺の坊主にはイブもなにもあったものでないし、将太にはこれといった予定もなかったため、別に何時に呼び出されようが構わないのだが、酒の匂いには辟易する。
「舜平……お前、どんだけ飲んでん」
「え? ……ビールと……焼酎と日本酒と……最後の店ではワインも飲まされたかな」
「節操のない飲み方やなぁ。そんなんできんの、若いうちだけやで」
「分かってるって。けどしゃーないやん、理系のモテへん男たちの飲み会やねんから、節操もなくなるわ」
ははは、と舜平は笑って、窓を開けた。
「さぶっ、アホか、閉めろ」
「ええやん、ちょっとくらい」
「俺は薄着やねん。もう寝るとこやったんやから」
「え? あ。すまん」
ういーんと、モーターの動く音がする。窓を閉め、舜平は身体の弱い兄をちらりと見た。
ハンドルを握る腕は、自分のものと比べても一回りは細い。顔立ちはよく似ていると言われるものの、兄は舜平よりもずっと繊細で柔和な顔立ちをしている。
幼い頃に心臓病を患っていた兄は、普通に生きていく分には問題はないまでに回復しているが、激しいスポーツや飲酒、喫煙など制限されることも多い生活を送っている。今でも定期的に通院し、心臓の動きをチェックしなければならないのだ。
今こうして、べろべろに酔っ払っている自分が、急に申し訳無くなってくる。舜平は黙りこんで、暗い窓の外を見つめた。
「お前さぁ、こないだ珠生くん襲ってたやん。最近女っ気ないなぁて思ってたけど、ひょっとしてそっちに走ってたんか?」
「…………えっ!? ちゃ、ちゃうわ! アホか! そんなわけないやん!!」
不意に兄にふられたそんな話に、舜平は思わずむせた。げほげほと咳き込んでいる弟をちらりと見て、将太は慣れた手つきで山道を登っていく。
「あの子はきれいな子やから……まぁ分からんでもないけどさぁ」
「いやだからちゃうって! あれは……寝ぼけて間違えただけやし!」
まさか身内にそんな事実を知られたいわけもなく、舜平は大慌てで否定する。舜平の必死な様子を見て、将太はふうん、と頷いた。
「それはさておき。あの子……珠生くんやけど。大丈夫か」
「え。なにが?」
「妖気、抑えてはるみたいやけど、やっぱり分かる奴には分かるやろ。外への影響とか、ないんか?」
「影響?」
「お前がそばにおることで、俺の霊気まで高まるくらいなんや。彼の家族や……せやな、クラスメイトとか、彼女とか、身近な人間にも何かしら影響あるんちゃうかなと思ってな」
「……あぁ」
そう言えば前世でも、千珠と行動を共にすることの多かった柊や山吹には、妖が見えるようになったりしていたな、と舜平は思い出す。現世でそんなことがあり得るのかは分からないが、気になることだ。
「あの子はもっと、自分で妖気をコントロールできるように修行せなあかんよな。今まではあれでなんとかなってたんかもしれんけど、年齢が上がって、記憶も能力も鮮明に蘇ってきてるってことは、今後もっと力が強くなっていくかもしれへんやん」
「……兄貴がそんなこと考えてたとは、びっくりやわ」
舜平は徐々に酔いが覚めていくのを感じていた。
「そら、俺は見えるから、どうしてもな。俺もまだ修行中の身やけど、珠生くんにその気があるなら、俺と一緒に修行せぇへんかって伝えといて」
「あ、ああ」
「俺が今修行に付き合ってもらってる人は、そういうの得意な人やから。力の操作とか、精神集中とか」
「え、親父じゃないん?」
「おお。俺の先生は延暦寺系の坊主の一人や。藤原さんのことも知ったはんで」
「へぇ……」
「頼んだで」
将太はそんな話を終えると同時に、エンジンを切った。気づけば自宅に到着している。
黒黒と闇の中にそびえる寺を見上げ、舜平は過去のことを思った。
千珠も自分の過去と向き合い、妖力を自由に扱えるようにと修行をしていたことがあった。
その理由は、「あまりにも舜海を頼りにしすぎている自分に苛立ったからだ」と。そして千珠はちゃんとその術を身につけ、舜海から離れていった。
「……離れる……」
現世でも、珠生は舜平から離れていくのだろうか。
珠生からのあたたかな気持ちは感じることができるし、現世での二人の関係は落ち着いていると思っている。願わくば、このまま普通の恋人のように、穏やかな未来を過ごせたら幸せだと……。
——けどほんまに、そんな未来が俺のものになるんやろうか……。
舜平は思わず目を伏せた。酔っているせいだろうか、突如湧いて来た不安は、いつになく守りの薄くなった舜平の心に、冷えた刃のように突き刺さる。
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