琥珀に眠る記憶

餡玉

文字の大きさ
上 下
265 / 534
第5幕 ——夜顔の記憶、祓い人の足跡——

49、将太の申し出

しおりを挟む
 第十二次卒業論文打ち上げと称される飲み会に駆り出されていた舜平は、イブの夜も遅くまで酒を飲んでいた。

 夜遅く、舜平に迎えに来てくれと頼まれた将太は、渋々舜平を迎えに行ってやった。

 寺の坊主にはイブもなにもあったものでないし、将太にはこれといった予定もなかったため、別に何時に呼び出されようが構わないのだが、酒の匂いには辟易する。

「舜平……お前、どんだけ飲んでん」
「え? ……ビールと……焼酎と日本酒と……最後の店ではワインも飲まされたかな」
「節操のない飲み方やなぁ。そんなんできんの、若いうちだけやで」
「分かってるって。けどしゃーないやん、理系のモテへん男たちの飲み会やねんから、節操もなくなるわ」

 ははは、と舜平は笑って、窓を開けた。

「さぶっ、アホか、閉めろ」
「ええやん、ちょっとくらい」
「俺は薄着やねん。もう寝るとこやったんやから」
「え? あ。すまん」

 ういーんと、モーターの動く音がする。窓を閉め、舜平は身体の弱い兄をちらりと見た。

 ハンドルを握る腕は、自分のものと比べても一回りは細い。顔立ちはよく似ていると言われるものの、兄は舜平よりもずっと繊細で柔和な顔立ちをしている。

 幼い頃に心臓病を患っていた兄は、普通に生きていく分には問題はないまでに回復しているが、激しいスポーツや飲酒、喫煙など制限されることも多い生活を送っている。今でも定期的に通院し、心臓の動きをチェックしなければならないのだ。

 今こうして、べろべろに酔っ払っている自分が、急に申し訳無くなってくる。舜平は黙りこんで、暗い窓の外を見つめた。

「お前さぁ、こないだ珠生くん襲ってたやん。最近女っ気ないなぁて思ってたけど、ひょっとしてそっちに走ってたんか?」
「…………えっ!? ちゃ、ちゃうわ! アホか! そんなわけないやん!!」

 不意に兄にふられたそんな話に、舜平は思わずむせた。げほげほと咳き込んでいる弟をちらりと見て、将太は慣れた手つきで山道を登っていく。

「あの子はきれいな子やから……まぁ分からんでもないけどさぁ」
「いやだからちゃうって! あれは……寝ぼけて間違えただけやし!」
 まさか身内にそんな事実を知られたいわけもなく、舜平は大慌てで否定する。舜平の必死な様子を見て、将太はふうん、と頷いた。

「それはさておき。あの子……珠生くんやけど。大丈夫か」
「え。なにが?」
「妖気、抑えてはるみたいやけど、やっぱり分かる奴には分かるやろ。外への影響とか、ないんか?」
「影響?」
「お前がそばにおることで、俺の霊気まで高まるくらいなんや。彼の家族や……せやな、クラスメイトとか、彼女とか、身近な人間にも何かしら影響あるんちゃうかなと思ってな」
「……あぁ」

 そう言えば前世でも、千珠と行動を共にすることの多かった柊や山吹には、妖が見えるようになったりしていたな、と舜平は思い出す。現世でそんなことがあり得るのかは分からないが、気になることだ。

「あの子はもっと、自分で妖気をコントロールできるように修行せなあかんよな。今まではあれでなんとかなってたんかもしれんけど、年齢が上がって、記憶も能力も鮮明に蘇ってきてるってことは、今後もっと力が強くなっていくかもしれへんやん」
「……兄貴がそんなこと考えてたとは、びっくりやわ」
 舜平は徐々に酔いが覚めていくのを感じていた。

「そら、俺は見えるから、どうしてもな。俺もまだ修行中の身やけど、珠生くんにその気があるなら、俺と一緒に修行せぇへんかって伝えといて」
「あ、ああ」
「俺が今修行に付き合ってもらってる人は、そういうの得意な人やから。力の操作とか、精神集中とか」
「え、親父じゃないん?」
「おお。俺の先生は延暦寺系の坊主の一人や。藤原さんのことも知ったはんで」
「へぇ……」
「頼んだで」

 将太はそんな話を終えると同時に、エンジンを切った。気づけば自宅に到着している。
 黒黒と闇の中にそびえる寺を見上げ、舜平は過去のことを思った。

 千珠も自分の過去と向き合い、妖力を自由に扱えるようにと修行をしていたことがあった。
 その理由は、「あまりにも舜海を頼りにしすぎている自分に苛立ったからだ」と。そして千珠はちゃんとその術を身につけ、舜海から離れていった。


「……離れる……」


 現世でも、珠生は舜平から離れていくのだろうか。


 珠生からのあたたかな気持ちは感じることができるし、現世での二人の関係は落ち着いていると思っている。願わくば、このまま普通の恋人のように、穏やかな未来を過ごせたら幸せだと……。


 ——けどほんまに、そんな未来が俺のものになるんやろうか……。


 舜平は思わず目を伏せた。酔っているせいだろうか、突如湧いて来た不安は、いつになく守りの薄くなった舜平の心に、冷えた刃のように突き刺さる。


 空からは、ちらちらと白い粉雪が降り始めている。


 舜平のため息が、一枚の雪をふわりと溶かした。

しおりを挟む
感想 47

あなたにおすすめの小説

ヤンデレBL作品集

みるきぃ
BL
主にヤンデレ攻めを中心としたBL作品集となっています。

騙されて快楽地獄

てけてとん
BL
友人におすすめされたマッサージ店で快楽地獄に落とされる話です。長すぎたので2話に分けています。

【連載再開】絶対支配×快楽耐性ゼロすぎる受けの短編集

あかさたな!
BL
※全話おとな向けな内容です。 こちらの短編集は 絶対支配な攻めが、 快楽耐性ゼロな受けと楽しい一晩を過ごす 1話完結のハッピーエンドなお話の詰め合わせです。 不定期更新ですが、 1話ごと読切なので、サクッと楽しめるように作っていくつもりです。 ーーーーーーーーーーーーーーーーーー 書きかけの長編が止まってますが、 短編集から久々に、肩慣らししていく予定です。 よろしくお願いします!

BL団地妻-恥じらい新妻、絶頂淫具の罠-

おととななな
BL
タイトル通りです。 楽しんでいただけたら幸いです。

選択的ぼっちの俺たちは丁度いい距離を模索中!

きよひ
BL
ぼっち無愛想エリート×ぼっちファッションヤンキー 蓮は会話が苦手すぎて、不良のような格好で周りを牽制している高校生だ。 下校中におじいさんを助けたことをきっかけに、その孫でエリート高校生の大和と出会う。 蓮に負けず劣らず無表情で無愛想な大和とはもう関わることはないと思っていたが、一度認識してしまうと下校中に妙に目に入ってくるようになってしまう。 少しずつ接する内に、大和も蓮と同じく意図的に他人と距離をとっているんだと気づいていく。 ひょんなことから大和の服を着る羽目になったり、一緒にバイトすることになったり、大和の部屋で寝ることになったり。 一進一退を繰り返して、二人が少しずつ落ち着く距離を模索していく。

ママと中学生の僕

キムラエス
大衆娯楽
「ママと僕」は、中学生編、高校生編、大学生編の3部作で、本編は中学生編になります。ママは子供の時に両親を事故で亡くしており、結婚後に夫を病気で失い、身内として残された僕に精神的に依存をするようになる。幼少期の「僕」はそのママの依存が嬉しく、素敵なママに甘える閉鎖的な生活を当たり前のことと考える。成長し、性に目覚め始めた中学生の「僕」は自分の性もママとの日常の中で処理すべきものと疑わず、ママも戸惑いながらもママに甘える「僕」に満足する。ママも僕もそうした行為が少なからず社会規範に反していることは理解しているが、ママとの甘美な繋がりは解消できずに戸惑いながらも続く「ママと中学生の僕」の営みを描いてみました。

明智さんちの旦那さんたちR

明智 颯茄
恋愛
 あの小高い丘の上に建つ大きなお屋敷には、一風変わった夫婦が住んでいる。それは、妻一人に夫十人のいわゆる逆ハーレム婚だ。  奥さんは何かと大変かと思いきやそうではないらしい。旦那さんたちは全員神がかりな美しさを持つイケメンで、奥さんはニヤケ放題らしい。  ほのぼのとしながらも、複数婚が巻き起こすおかしな日常が満載。  *BL描写あり  毎週月曜日と隔週の日曜日お休みします。

ヤンデレだらけの短編集

BL
ヤンデレだらけの1話(+おまけ)読切短編集です。 全8話。1日1話更新(20時)。 □ホオズキ:寡黙執着年上とノンケ平凡 □ゲッケイジュ:真面目サイコパスとただ可哀想な同級生 □アジサイ:不良の頭と臆病泣き虫 □ラベンダー:希死念慮不良とおバカ □デルフィニウム:執着傲慢幼馴染と地味ぼっち ムーンライトノベル様に別名義で投稿しています。 かなり昔に書いたもので、最近の作品と書き方やテーマが違うと思いますが、楽しんでいただければ嬉しいです。

処理中です...