223 / 535
第5幕 ——夜顔の記憶、祓い人の足跡——
6、珠生の力
しおりを挟む
クリスマスイブの京都駅は、カップルや家族連れで賑わっている。きらきらとしたクリスマスリースや電飾に飾られた駅の構内をうろうろ歩きながら、深春はため息をついた。
「疲れた? コーヒーでも飲みに行かない?」
「……はぁ、まぁ……」
「別に敬語じゃなくても大丈夫だよ? あ、俺、沖野珠生っていうんだ。よろしくね」
「……沖野、珠生……」
「うん。……夢に見ているかどうかは分からないけど、千珠っていう白いのが、俺。君がさっき俺を見て呼んだ名前の主だよ」
「…………。……はぁ。クッソ。意味わかんねー。どういうことなんだよ……」
「その気持ちはよく分かる。俺も、受け入れるまでにはいろいろ苦労したしね」
「……あんたが?」
深春は、珠生の全身をじろりと睨めつけた。現在の深春の境遇からしてみれば、珠生の言う苦労など、たいしたものではないだろう……そういうメッセージのこもった目つきをしている。
それに深春はまだ、相手の”気”を感じ取ることができないようだ。もしも珠生の持つ気を感知することができていたならば、すぐに同族だと分かってもらえる。きっと話は早いだろうに……と、珠生は困ってしまった。
「おい、待てや」
その時不意に、深春はぐいと誰かに肩を引っ張られた。
二人が振り向くと、そこにはいかにもガラの悪そうな男が立っている。顔には痣が残り、まぶたを派手に腫らした男。深春にはその男に見覚えがあった。
「おう、もうすっかり元気そうやんか。この糞ガキが」
「お前、こないだの……」
深春の目つきが一気に鋭くなる。人の大勢行き交う駅の構内に、ぞろぞろと七、八人の男たちが姿を現した。
「何人も病院送りにしよってからに。どう落とし前つけてくれんねん」
「お前らが弱かったんだからしょうがねぇだろ。俺に文句言うんじゃねーよ」
襟首を掴み上げられながらも、深春は挑発するような目つきで男を睨んでいる。深春が唇を吊り上げて笑うと、スキンヘッドのヤクザ風の男の頭に血管が浮いた。髪の毛がないのでわかりやすい。
「ええ根性や。こっち来い、こないだの借り返したろうやないか」
「ちょうどいい。こっちも退屈してたとこだ。やってやろうじゃんか」
深春の襟首を乱暴に離した男は、黒い石張りの地面に唾を吐き捨てた。深春がその男たちに付いて行こうとした瞬間、深春はぐいと上着のフードを引っ張られて尻餅をついた。
「うわ!」
「ちょっと待った」
強かに打ち付けた腰をさすりながら、珠生の存在を思い出す。まるで戦力にならなさそうな珠生を邪険にするように、深春は珠生を振り返った。てっきり、珠生は心底びびって泣きそうな顔をしているだろうと思っていたのに、その表情はどこまでも淡々としていて、そしてどことなく好戦的なものに見える。
「おいおいおい、今日はえらいべっぴんさん連れてるやんか! そのべっぴんさんとイブの夜は嵌め合いか?」
スキンヘッドの男が珠生に目を留めて、げらげらと下品に笑いながら近づいてきた。珠生はすっと冷たい視線を男に向ける。
「おいお前ら、見てみい。芸能人か? こんな綺麗なガキ見たことないな」
「ほんまやほんまや。お前も一緒に遊んだるわ」
男たちに取り囲まれ、珠生もぐいぐいと肩を押され腕を引っ張られ、ビルの裏手へと連れて行かれる。深春は戸惑いつつも、男たちに肩を抱かれる珠生の背中を追って歩いた。
「おい、そいつは関係無いだろ!」
「何や、心配なんか? 大丈夫や、痛くないようにしたるから。なぁ? おじさんが気持ちようしたるからな」
「おい……!」
「この間の威勢はどうしたんや。あぁ? やっぱ恋人連れとったら弱なるんかなぁ?」
「や、やめてください……」
と、珠生は何のつもりか、表情とは裏腹に弱々しい声を出している。
「おうおう、可愛いやんかお前。すぐに脱がして可愛がったろ」
いやらしく笑い合う男たちの中で、珠生はえらくしおらしくしている。
人気のないホテルとビルの裏手に連れ込まれた途端、深春は信じられないものを見た。
珠生の目が光り、華奢な身体が鋭く動く。その瞬間、珠生の肩を抱いていたスキンヘッド男の腕が反対側に曲がり、腹に思い切り肘鉄を喰らっている様が見えた。耳をつんざくような悲鳴に驚いて振り返った男の鼻に、珠生のスニーカーがめり込む。男の鼻がグシャリと潰れ、鼻血が飛び散った。
さらに珠生はひらりと身を翻すと、深春の首に腕を回して連れ歩いていた男の腹に拳をめり込ませ、地面に転がす。しんがりに立っていた男は、異変を察知しつつも動くことが出来なかったらしい。次の瞬間には、その男の横っ面に珠生の後ろ回し蹴りが決まっていた。
珠生は一瞬でどさどさと地面に倒れ伏した男たちを見下ろして、息ひとつ乱さずに立っている。
深春はただただ呆然として、珠生の人間離れした動きに見惚れていた。
珠生はスキンヘッドの男の前にしゃがみこむと、ぐいと派手なシャツの襟を引っ張って顔を近づける。暗がりでも、男が怯えた目を珠生に向けるのが分かった。
「すみませんが、今後一切、この子に構わないでもらえますか? しつこくこの子につきまとってきた場合は……どういうことになるか、分かりますよね?」
がたがたと震えながら、男は小刻みに頷いた。珠生はニヤリと笑って、赤い唇を吊り上げる。
「ついでに、俺のこと、警察に言わないでくださいね。もし言ったら……それも分かるよね。もっとひどいことになるよ」
「わ、わかりました……」
男は腹を思い切り突かれたせいで苦しげな息遣いをしながらもほんのりと頬を染め、掠れた声でそう言った。
珠生は妖しく美しい笑顔を浮かべると、スキンヘッドの男の頬に着いた血液を指先で拭い、すっと立ち上がった。
ぱんぱんと手を払い、ビルの壁にもたれかかって唖然としている深春を振り返った珠生の顔は、さっきまでの猛々しさなど見てとることもできないような、穏やかな表情だった。
「俺はこうなるまで、喧嘩なんか一度もしたことがなかった。けど、記憶と力を取り戻して、こうなった。……分かってくれた?」
「……あ、うん……はい……」
「コーヒーって気分じゃなくなったね。部屋に戻ろうか。寒くなってきちゃった」
「……あ、はい……」
突然おとなしくなった深春を見て、珠生はふっと微笑んだ。ビルの隙間から大通りへ出る道を歩きながら、珠生はぽんと深春の肩を叩く。
「さ、逃げよう。見られると面倒だしね」
「……はい……」
二人はクリスマスムード一色の駅前の道を、早足に駈け抜けた。
「疲れた? コーヒーでも飲みに行かない?」
「……はぁ、まぁ……」
「別に敬語じゃなくても大丈夫だよ? あ、俺、沖野珠生っていうんだ。よろしくね」
「……沖野、珠生……」
「うん。……夢に見ているかどうかは分からないけど、千珠っていう白いのが、俺。君がさっき俺を見て呼んだ名前の主だよ」
「…………。……はぁ。クッソ。意味わかんねー。どういうことなんだよ……」
「その気持ちはよく分かる。俺も、受け入れるまでにはいろいろ苦労したしね」
「……あんたが?」
深春は、珠生の全身をじろりと睨めつけた。現在の深春の境遇からしてみれば、珠生の言う苦労など、たいしたものではないだろう……そういうメッセージのこもった目つきをしている。
それに深春はまだ、相手の”気”を感じ取ることができないようだ。もしも珠生の持つ気を感知することができていたならば、すぐに同族だと分かってもらえる。きっと話は早いだろうに……と、珠生は困ってしまった。
「おい、待てや」
その時不意に、深春はぐいと誰かに肩を引っ張られた。
二人が振り向くと、そこにはいかにもガラの悪そうな男が立っている。顔には痣が残り、まぶたを派手に腫らした男。深春にはその男に見覚えがあった。
「おう、もうすっかり元気そうやんか。この糞ガキが」
「お前、こないだの……」
深春の目つきが一気に鋭くなる。人の大勢行き交う駅の構内に、ぞろぞろと七、八人の男たちが姿を現した。
「何人も病院送りにしよってからに。どう落とし前つけてくれんねん」
「お前らが弱かったんだからしょうがねぇだろ。俺に文句言うんじゃねーよ」
襟首を掴み上げられながらも、深春は挑発するような目つきで男を睨んでいる。深春が唇を吊り上げて笑うと、スキンヘッドのヤクザ風の男の頭に血管が浮いた。髪の毛がないのでわかりやすい。
「ええ根性や。こっち来い、こないだの借り返したろうやないか」
「ちょうどいい。こっちも退屈してたとこだ。やってやろうじゃんか」
深春の襟首を乱暴に離した男は、黒い石張りの地面に唾を吐き捨てた。深春がその男たちに付いて行こうとした瞬間、深春はぐいと上着のフードを引っ張られて尻餅をついた。
「うわ!」
「ちょっと待った」
強かに打ち付けた腰をさすりながら、珠生の存在を思い出す。まるで戦力にならなさそうな珠生を邪険にするように、深春は珠生を振り返った。てっきり、珠生は心底びびって泣きそうな顔をしているだろうと思っていたのに、その表情はどこまでも淡々としていて、そしてどことなく好戦的なものに見える。
「おいおいおい、今日はえらいべっぴんさん連れてるやんか! そのべっぴんさんとイブの夜は嵌め合いか?」
スキンヘッドの男が珠生に目を留めて、げらげらと下品に笑いながら近づいてきた。珠生はすっと冷たい視線を男に向ける。
「おいお前ら、見てみい。芸能人か? こんな綺麗なガキ見たことないな」
「ほんまやほんまや。お前も一緒に遊んだるわ」
男たちに取り囲まれ、珠生もぐいぐいと肩を押され腕を引っ張られ、ビルの裏手へと連れて行かれる。深春は戸惑いつつも、男たちに肩を抱かれる珠生の背中を追って歩いた。
「おい、そいつは関係無いだろ!」
「何や、心配なんか? 大丈夫や、痛くないようにしたるから。なぁ? おじさんが気持ちようしたるからな」
「おい……!」
「この間の威勢はどうしたんや。あぁ? やっぱ恋人連れとったら弱なるんかなぁ?」
「や、やめてください……」
と、珠生は何のつもりか、表情とは裏腹に弱々しい声を出している。
「おうおう、可愛いやんかお前。すぐに脱がして可愛がったろ」
いやらしく笑い合う男たちの中で、珠生はえらくしおらしくしている。
人気のないホテルとビルの裏手に連れ込まれた途端、深春は信じられないものを見た。
珠生の目が光り、華奢な身体が鋭く動く。その瞬間、珠生の肩を抱いていたスキンヘッド男の腕が反対側に曲がり、腹に思い切り肘鉄を喰らっている様が見えた。耳をつんざくような悲鳴に驚いて振り返った男の鼻に、珠生のスニーカーがめり込む。男の鼻がグシャリと潰れ、鼻血が飛び散った。
さらに珠生はひらりと身を翻すと、深春の首に腕を回して連れ歩いていた男の腹に拳をめり込ませ、地面に転がす。しんがりに立っていた男は、異変を察知しつつも動くことが出来なかったらしい。次の瞬間には、その男の横っ面に珠生の後ろ回し蹴りが決まっていた。
珠生は一瞬でどさどさと地面に倒れ伏した男たちを見下ろして、息ひとつ乱さずに立っている。
深春はただただ呆然として、珠生の人間離れした動きに見惚れていた。
珠生はスキンヘッドの男の前にしゃがみこむと、ぐいと派手なシャツの襟を引っ張って顔を近づける。暗がりでも、男が怯えた目を珠生に向けるのが分かった。
「すみませんが、今後一切、この子に構わないでもらえますか? しつこくこの子につきまとってきた場合は……どういうことになるか、分かりますよね?」
がたがたと震えながら、男は小刻みに頷いた。珠生はニヤリと笑って、赤い唇を吊り上げる。
「ついでに、俺のこと、警察に言わないでくださいね。もし言ったら……それも分かるよね。もっとひどいことになるよ」
「わ、わかりました……」
男は腹を思い切り突かれたせいで苦しげな息遣いをしながらもほんのりと頬を染め、掠れた声でそう言った。
珠生は妖しく美しい笑顔を浮かべると、スキンヘッドの男の頬に着いた血液を指先で拭い、すっと立ち上がった。
ぱんぱんと手を払い、ビルの壁にもたれかかって唖然としている深春を振り返った珠生の顔は、さっきまでの猛々しさなど見てとることもできないような、穏やかな表情だった。
「俺はこうなるまで、喧嘩なんか一度もしたことがなかった。けど、記憶と力を取り戻して、こうなった。……分かってくれた?」
「……あ、うん……はい……」
「コーヒーって気分じゃなくなったね。部屋に戻ろうか。寒くなってきちゃった」
「……あ、はい……」
突然おとなしくなった深春を見て、珠生はふっと微笑んだ。ビルの隙間から大通りへ出る道を歩きながら、珠生はぽんと深春の肩を叩く。
「さ、逃げよう。見られると面倒だしね」
「……はい……」
二人はクリスマスムード一色の駅前の道を、早足に駈け抜けた。
38
お気に入りに追加
535
あなたにおすすめの小説
病気になって芸能界から消えたアイドル。退院し、復学先の高校には昔の仕事仲間が居たけれど、彼女は俺だと気付かない
月島日向
ライト文芸
俺、日生遼、本名、竹中祐は2年前に病に倒れた。
人気絶頂だった『Cherry’s』のリーダーをやめた。
2年間の闘病生活に一区切りし、久しぶりに高校に通うことになった。けど、誰も俺の事を元アイドルだとは思わない。薬で細くなった手足。そんな細身の体にアンバランスなムーンフェイス(薬の副作用で顔だけが大きくなる事)
。
誰も俺に気付いてはくれない。そう。
2年間、連絡をくれ続け、俺が無視してきた彼女さえも。
もう、全部どうでもよく感じた。
実力を隠し「例え長男でも無能に家は継がせん。他家に養子に出す」と親父殿に言われたところまでは計算通りだったが、まさかハーレム生活になるとは
竹井ゴールド
ライト文芸
日本国内トップ5に入る異能力者の名家、東条院。
その宗家本流の嫡子に生まれた東条院青夜は子供の頃に実母に「16歳までに東条院の家を出ないと命を落とす事になる」と予言され、無能を演じ続け、父親や後妻、異母弟や異母妹、親族や許嫁に馬鹿にされながらも、念願適って中学卒業の春休みに東条院家から田中家に養子に出された。
青夜は4月が誕生日なのでギリギリ16歳までに家を出た訳だが。
その後がよろしくない。
青夜を引き取った田中家の義父、一狼は53歳ながら若い妻を持ち、4人の娘の父親でもあったからだ。
妻、21歳、一狼の8人目の妻、愛。
長女、25歳、皇宮警察の異能力部隊所属、弥生。
次女、22歳、田中流空手道場の師範代、葉月。
三女、19歳、離婚したフランス系アメリカ人の3人目の妻が産んだハーフ、アンジェリカ。
四女、17歳、死別した4人目の妻が産んだ中国系ハーフ、シャンリー。
この5人とも青夜は家族となり、
・・・何これ? 少し想定外なんだけど。
【2023/3/23、24hポイント26万4600pt突破】
【2023/7/11、累計ポイント550万pt突破】
【2023/6/5、お気に入り数2130突破】
【アルファポリスのみの投稿です】
【第6回ライト文芸大賞、22万7046pt、2位】
【2023/6/30、メールが来て出版申請、8/1、慰めメール】
【未完】
傷だらけの僕は空をみる
猫谷 一禾
BL
傷を負った少年は日々をただ淡々と暮らしていく。
生を終えるまで、時を過ぎるのを暗い瞳で過ごす。
諦めた雰囲気の少年に声をかける男は軽い雰囲気の騎士団副団長。
身体と心に傷を負った少年が愛を知り、愛に満たされた幸せを掴むまでの物語。
ハッピーエンドです。
若干の胸くそが出てきます。
ちょっと痛い表現出てくるかもです。
サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由
フルーツパフェ
大衆娯楽
クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。
トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。
いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。
考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。
赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。
言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。
たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。
Take On Me 2
マン太
BL
大和と岳。二人の新たな生活が始まった三月末。新たな出会いもあり、色々ありながらも、賑やかな日々が過ぎていく。
そんな岳の元に、一本の電話が。それは、昔世話になったヤクザの古山からの呼び出しの電話だった。
岳は仕方なく会うことにするが…。
※絡みの表現は控え目です。
※「エブリスタ」、「小説家になろう」にも投稿しています。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる