琥珀に眠る記憶

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第4幕『恋煩いと、清く正しい高校生活』

20、警察内部の味方

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 珠生は下京警察署の一室に留め置かれている。
 テレビでよく見る取調室にでも入れられるかと思っていたが、そこは会議室のような部屋で、殺風景な広い空間だった。

 スチールの椅子に座って、女性警察官の持ってきた缶のオレンジジュースを飲むでもなく眺めていると、先ほどの若い警察官が黒いバインダーを持って入ってきた。

「……その制服、明桜学園か。優秀な学校に通っているんだね。名前と、学年、クラスを教えてもらえるかい?」
「……言わないと駄目ですか。俺、何でここに連れてこられたんですか?」
「状況を説明して欲しいだけだよ」

 事務的な口調でそんなことを言ってくる警察官の目つきが冷たく見えて、珠生はすっかり怖気づいてしまった。珠生は心細気な顔で、じっとその警官を見つめた。

 一方警察官の岡本は、まるで人形のように整った珠生の顔をまじまじと観察していた。ふと、打ち捨てられた子犬のような悲しげな目つきに気がついて、思わずどきりとしてしまう。

 ほんとうに綺麗な顔をした少年だと、感心する。こんな華奢な子どもに、倒れていた大人三人をどうこうできる力などないということは、容易に推測できる。

「……別に君があいつらに怪我させたなんて思ってないよ。やつらはね、ここらへんでずっと目をつけられていた軽犯罪の常習者なんだ」
「……そうですか」
「どうしてあんなとこにいたんだい?」
 務めて優しく語りかけてくる岡本の顔を見て、珠生はぱちぱちと瞬きをした。

「……通りかかっただけです」
「あそこを? 君の家はあの辺り?」
「……いいえ。あの、ええと、お、親に、電話……しちゃだめですか?」
「え? ああ、そうだね。保護者の方を呼ばないといけないしな」
「……はい」

 健介は広島に出張中だ。それに、息子が警察署に留め置かれているなんてことが知れてしまえば、父はショックのあまり卒倒してしまうだろう。珠生ははっと思い立ち、携帯を取り出して藤原の番号を表示した。しかし、その電話番号を押す直前、誰かがドアをノックする音が聞こえてきた。

「あの、その子に会いたいという方が……」
と、中年の婦警が顔を出す。珠生はきょとんとしてドアの方を見ていた。岡本も少し不思議そうな顔をしたが、立ち上がってドアの方へと歩み寄る。

「失礼しまぁす」
 会議室に入ってきたのは、見慣れない中年の女性だった。丸っこい身体にはちきれそうな黒いスーツを着こみ、胸には白いバッヂをつけている。
 その女を見た途端、岡本が慌てたように背筋を伸ばし、びしっと敬礼をする。珠生は驚いて、警官とその中年女性を見比べた。

「これは、吉岡署長! お疲れ様です」
「あのね、いいのよもう。この子は何にもしてないから」
 吉岡署長と呼ばれた女は、丸っこい手を振りながら珠生らに近づいてくると、じっと珠生を見下ろした。
「通報があったの。あいつらと喧嘩した犯人は、かもがわ署の方に確保されてるそうだから」
「ああ……そうでしたか」
「そんな可愛らしい子が、あんな男どもやれるわけないじゃないの。ねぇ?」
 吉岡はマッシュルームのようなショートカットの頭をしており、目も鼻も丸い。その愛嬌のある顔に見つめられ、珠生は無言で思わず頷いていた。

「じゃ、もういいから。君は戻りなさい。私が保護者の方に受け渡すわ」
「はぁ……しかし」
「いいのいいの。私もう帰るところだから、ついでよついで。君は仕事に戻りなさい」
「分かりました……失礼します」
 もう一度敬礼し、訝しげな目付きを残しつつ、岡本は去っていった。部屋に二人になると、吉岡はどさりと椅子に座り、短い足を組んで珠生をまじまじと見ていた。

「……あの」
「いやぁ~すごい美少年ね。行けば分かるって言われたけど、すぐ分かったわ」
「え?」
「私は、藤原修一の大学時代の同期なの。君のこと、頼まれたのよ」
「藤原さんの?」
「そう。彼には色々と頼まれ事が多いのよねぇ。ま、警察組織内で自由に動ける人材は少ないから仕方ないけどさ」
「……じゃあ、知ってるんですか? いろんなこと……」
「いろんなこと? この世界には人間以外の者がたくさんいたり、おかしな術を使う君たちのような人がいる、というようなことかな?」
「……はい」
「色々あってね、私には何の力もないけど、そのへんの事情は承知しているわ。安心なさい」
 珠生は藤原の名が出てきたことと、吉岡のしっかりとした声や包容力の感じられる人柄を感じて、珠生はほっと安堵した。

「刑事さん、ということですか?」
「そうそう、俗に言うそれね。まぁ何かあったら、私に連絡してきなさい。別に藤原を通さなくっても大丈夫よ」
「はぁ……」
 吉岡信江は化粧っけのない顔をほころばせてにっこり笑った。肝っ玉母さん、という言葉が浮かんでくるようなタイプの女性だと、珠生は思った。

「ありがとうございます。助かりました」
「いいのよ。藤原が表に迎えを寄越すって言ってたから、あなたはもう帰んなさい」
「はい」
 珠生は少し微笑んで、立ち上がって一礼する。そして、会議室を後にした。
 早くこの建物から出たかった。後ろ暗いことがあるといえばあるので、なおさらだ。

 署内で勤務している警察官や婦警たちの目線をかいくぐるように、珠生は表へ出た。パトカーなどが駐車されている場所を抜けて、表通りへと小走りに出る。

「珠生」
 聞き慣れた声にはっとして立ち止まると、ガードレールに寄り掛かって舜平が立っていた。初めて出会った日に着ていたシャツを羽織った舜平が、苦笑しながら珠生を手招きする。
「お勤めご苦労様」
「……あのね、それ洒落になってないから」
「ははは、災難やったな。湊と藤原さんに連絡もらってな、大学からこっち来てん」
「……そうなんだ。あの、うちのクラスの空井くんは?」
「彰が忘却術をかけるってさ。ただ、彼はそのままにしておいてもいいかもしれないとか言ってたで」
「何で? 結構やばいとこ見られたよ」
「えらくお前らに感謝してるらしいから、何か使える時にとっておこうかな……と不気味なことを言ってたわ」
「怖いなぁ。何のつもりだろう」
「学校内に、もう少し味方がおってもいいって思ったんかもな。彰も今年で卒業やし」
「……でもなぁ」
「ま、そのへんはあいつに任しとけ。帰るぞ」
「はい……」
 車に乗り込むと、安堵してどっと疲れを感じた。警察なんか二度と来るもんかと、珠生は心に誓う。

 珠生に今夜のことを聞いた舜平は、片手でハンドルを操作しながらじっと前を向いていた。

「人間相手か……ほんまに面倒やな」
「本当だよ。……一体何が狙いなんだか」
「こういうことが狙いなんちゃうか? 事件を起こして警察のお世話にさせて、お前の人生滅茶苦茶にしたいとか」
「えー……いやだなぁ」
「まぁ、ちょっとしばらくは気をつけなあかんな。亜樹ちゃんも、一人にせんほうがいいかもしれへん」
「そうだね……」
「湊は家、近所やろ? 毎日送って帰るように言うてやったら?」
「うん、そうしてみる」
 きっと渋い顔をするだろうな……と、思いを巡らせているうちにマンションが見えてきた。舜平はいつものように駐車場に車を入れると、サイドブレーキを引いた。

「ほれ、着いたで。今夜ははよ寝ろよ」
 時計を見ると、時刻はすでに二十三時過ぎだった。実に慌ただしい夜である。

 珠生がシートベルトを外しているのを見ながら、舜平はずっとハンドルに手をかけている。きっとすぐに帰るつもりなのだろう。心細さのせいで甘えの虫が疼いている珠生は、ふと舜平を見上げた。

「上がって行きませんか?」
「え? ……でも」
「父さん、出張だし。……もう少し、一緒にいたい……っていうか……」

 珠生のそんな言葉に、舜平がときめかないわけがない。少し心細気な目つきをした珠生は、ことさらいつもよりも可愛らしく見える。

「け、けど、もう遅いしなぁ……」
「ちょっとでいいから。……あの、コーヒーとか、飲んでってよ」
「……分かった」


 あっさり寄って行くことになった。
 
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