琥珀に眠る記憶

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第4幕『恋煩いと、清く正しい高校生活』

12、憶測

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 舜平としては、口移しに気を送り込むだけで留めようと思っていたが、助手席に収まった珠生に「……どこかで、ちゃんと抱いて欲しい」とおずおずと求められては断れない。 

 今日は健介が自宅にいるため、二人は以前来たことのあるラブホテルに入った。ドアを締めると、珠生はその場で舜平にぎゅっとしがみついてくる。

 青い照明が、室内をほの明るく照らす中、珠生は自分でシャツを脱ぎ捨て、上半身を暗がりの中に晒した。腕を蝕む黒々とした痣が痛々しく、まるて影のように珠生の白い腕を冒している。

 舜平は傷ついた脚をかばう珠生を抱え上げ、ベッドへと運んだ。すぐさま激しく交わされる口づけと、荒々しい愛撫。二人の間に言葉での会話はなかった。しかし、触れ合う肌と肌や融け合う体温、重なりあう鼓動を感じているだけで、伝わり合うものがある。

 高らかに喘ぐ珠生の声が、舜平を駆り立てる。身悶えるほどの快感に舜平も息を荒立てながら、ただ本能のままに珠生を抱いた。

 傷の痛みのせいか、快楽のためか、珠生はいつもよりも激しく悶えながら舜平を求めた。
 
 ひんやりとしていた部屋の中は、二人の体温で気温が上がっているように感じられた。
 舜平が起き上がって空調を強くすると、すっとした涼しい風が、汗ばんだ肌を冷やしていく。

 舜平はうつ伏せになっている珠生の背中を撫でた。しっとりと汗に濡れて艶めいている珠生の肌が闇に光る。

「……涼しい」
「せやな」

 それが、ここへ来て初めて喋った言葉だった。珠生は肘をついて半身を起こすと、背中から腰のラインを優しく撫でる舜平を見上げた。首筋から背中、腰へ伸びるしなやかな線を指先で辿られるたび、珠生は喉の奥で小さく笑った。

「くすぐったいよ」
 舜平は身を寄せて、珠生の髪に唇を寄せた。珠生の左腕を見ると、痣は跡形もなく消えている。舜平の視線につられてそれを見た珠生は、「……さすが」と呟いた。

「まぁな。というか、俺に抱かれて傷が治るお前の体もそうとうおかしい」
「確かに」

 ふと、舜平はぎゅっと珠生を抱きしめる。珠生はただただ、舜平に体重を預けてじっとしていた。

「今日は、悠さんと楓を見に行ってたんだよ」
 不意に珠生が口を開いた。 
 舜平は身体を少し離すと、再び寝そべり自分の腕を枕にしている珠生を見下ろす。
「平等院にか?」
「うん」
「まだ赤くないやろ」
「青い楓もきれいなんだ」
「……そっか。お前ら、なんやめっちゃ仲ええやん」
「妬く?」
「妬くか」
「ふふっ」

 明らかに拗ねている舜平を見て、珠生はまたくすぐったそうに笑う。舜平の裸の肩に顔を摺り寄せると、舜平は苦笑して珠生の頭を撫でた。

「……そろそろ、帰らなな」
「……もう?」
「ああ。今日は先生も家にいはんねやろ? あんまり遅いと、心配しはるで」
「あ、そっか……。ねぇ、舜平さん」
「ん?」
「唾液、欲しいな」
「へっ」
「唾液だよ」
 立ち上がって服を着始める舜平を、珠生はぼんやりと見上げながらそう言った。とても眠たそうで、とろんとした目つきである。

 微笑む珠生に千珠のいたずらっぽい笑顔が重なって見える。舜平は苦笑してベッドに座ると、半身を起こして首を伸ばしている珠生にそっとキスをした。

「……またそれか」
「……へへ」

 珠生はようやく起き上がると、のろのろとジーパンに脚を通して立ち上がる。上着とシャツはドアの脇に落ちている。舜平はそれを拾って珠生に着せてやった。


  +


 車で帰路を進みながら、珠生はようやく、今日自分たちの所へ攻めてきた相手のことを考え始めた。

 能登の祓い人。
 夜顔や雷燕とも関わりの深い、金のために妖を狩る人間たちのことだ。

「なんで今さら、祓い人なんかが俺たちの前に現れるんだろう」
と、珠生が呟く。
「十六夜がらみかもな。あの頃、国全体の気は相当揺らいだはずやし」
「そっか……」
「亜樹ちゃんもここで目覚めて、霧島でも鳳凛丸や土毘古が暴れたんや。あちこちで、何かが綻んで、収まって……てのを繰り返してる。それを感じ取ってるんかもしれへん」
「なるほど……」
「次は能登辺りで一悶着かもな」
「忙しいね。学校もあるし、家族もいるし、昔みたいに、すぐにあちこち行けるわけじゃないしな」
「せやな」
「舜平さん、進学するんだって?」
「えっ!? もう先生に聞いたん?」
「うん。……良かった」
「そうか?」
「うん」
 安心したように笑っている珠生が、可愛い。今しがた珠生とセックスをしたばかりだというのに、舜平は性懲りもなくどきどきしてしまう。進学を推してくれた各務健介に、別の意味でも感謝の気持が湧き上がった。

「先輩、どうしたんだろうね。いつもなら一番に駆けつけるのに」
「手が離せへんって言ってたな。女とでもおったんちゃうか」
「ええ? そうかなぁ。きっと先輩にしか出来ないような仕事があったんだよ」

 二人はそんなことを話しながら、混み合った京都の道を進んだ。
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