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第4幕『恋煩いと、清く正しい高校生活』
7、球技大会〈2〉
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意外なことに、思った以上に菜緒佳はバスケがうまかった。彼女のチームメイトにも、バスケ経験がある生徒が三人もいるのだ。亜樹たちは苦戦していた。
それでも、声を出しあってパスを繋いだ。百合子と、小学校の時にスポーツ少年団でバスケをやっていたというさくらがシュートを打って点数を稼ぎ、試合は一進一退の状況を保っていた。
見た目が派手な愛実やさくら、いかにも性格のきつそうなみすずと亜樹のチームははったりがきくため、多少凄めば相手が怯むということもあった。
百合子は呆れたように首を振りながらも、その隙をうまく活かして点を入れてくれる。
菜緒佳はなかなか点差の開かない状況に苛立っているのか、徐々に亜樹のチームに対する当たりがきつくなってくる。菜緒佳の肘を思いきり脇腹にくらった亜樹は、ぐっと呻いてその場に膝をついた。審判のホイッスルが鳴り響く。
「……いってぇ」
「あ、ごめんなぁ。大丈夫?」
わざとらしく困った顔をして亜樹の脇に座り込もうとする菜緒佳を、亜樹はぎろりと睨みつけた。菜緒佳はにやりと笑い、「へぇー、懐かしい顔やな」と小馬鹿にしたように囁く。
「おいコラァ! いまのわざとやろ!!」
と、さくらが猛然と菜緒佳に食って掛かるのを、慌てて百合子が止めに入る。審判の目が鋭くなるのを見て、さくらは口をつぐんだ。
「育ちの悪い人らやなぁ。こんな怖いチームいややわぁ、さっさと終わらしてしまお」
と、菜緒佳はそう言い捨てて、自陣へと戻っていった。
「マジ感じ悪い」
と、止めに入った百合子もそう言い捨てて、亜樹に手を差し伸べた。
「大丈夫?」
「うん……平気」
日本人形のようなきりりとした美人の百合子に手を引かれて、亜樹はふらりと立ち上がる。この子のほうが、よっぽど巫女装束が似合いそうやな……と亜樹はふとそんなことを思った。
「なんかされたら、ちょっとオーバーにリアクションしぃや」
「うん、わかった」
百合子にそう言われ、亜樹は笑顔を見せた。
しかし、その後も亜樹に対する当たりはきつかった。しかもバスケ経験のある三人からのものは陰湿だ。誰にも気付かれないように、亜樹の脚や脇腹などに相手からの攻撃が来る。
亜樹は歯を食いしばってそれに耐え、ボールを回し続けた。あまり何度も皆を立ち止まらせるのも気が引けて、亜樹は耐えた。これくらい、なんということもない。皆が味方でいてくれるのだから。
菜緒佳は面白くなさそうに、亜樹をちらりと一瞥する。そして、さっと足早にマークを外したかと思うと、他のチームメイトに意味ありげな目配せをした。
敵方のチームメイトの一人が、シュート体勢に入ったかと思うと、ちらりと亜樹を見下ろした。敵陣のスリーポイントラインのそばに立っていた亜樹を狙い、うっかり体勢をくずしたというような格好で、バスケットボールを鋭く亜樹に投げつけたのだ。
「!」
そこそこの高さから放たれた硬いバスケットボールが、亜樹の眼前に迫る。そばにいた百合子と愛実が、目を見開いて叫びかけた。
「あぶな……!!」
その時、今まさに亜樹にぶつかろうとしていたバスケットボールが、鋭く弾き飛ばされた。コートの外から、別のバスケットボールが飛び込んで、亜樹にぶつかろうとしていたボールの軌道を変えたのだ。
バァン! とボールとボールがぶつかり合う。弾けるような音が響き、亜樹の目の前からボールが消えた。
「……え?」
試合が停止する。
二個のボールがバウンドする音、卓球のスペースと区切るためにひかれたネットのカーテンにボールが引っかかる音が、微かに響く。
「こらぁ、どこ投げてんだ沖野!」
呑気な体育教師の声が、体育館に響き渡る。亜樹ははっとして、男子側のバスケットコートを見やった。
隣のコートのセンターサークルのあたりに立っている珠生が、ボールを放った姿勢から直立姿勢へと戻るところが見えた。男子側には、単に珠生が暴投しただけのように思われているのか、呑気な笑い声が響いていた。
「すいません、バスケは慣れてなくて……」
と、当の珠生がのほほんとした声で謝っている。小走りにボールを取りに走ってきた珠生は、ちらりと亜樹を見て、すぐに目をそらした。
珠生は二つのボールを拾い上げ、一つをそばにいたみすずにぽんと渡した。
「あ、滝田さん。久しぶり」
「あ、うん……久しぶり」
「ごめんね、手が滑っちゃった」
「え? あ、うん……」
にこやかに去って行く珠生の背中を、みすずは乙女チックな目つきで見送っていたが、すぐにホイッスルが鳴り響き、皆がハッと我に返る。
亜樹に駆け寄ってきたさくらと愛実が、気遣わしげに亜樹の身体を見て、何事もないことを確認して安堵している。
「今のさ……沖野くん、わざとやんな!!」
と、愛実が静かに興奮したような声でそう言った。
「やんな、やんな!!」
と、さくらも完全にテンションが上がっている。
「いやいや……まさか」
と、亜樹は引きつった笑顔で首を振ると、二人を促して試合に戻った。
「うちにもボールぶつけてくれへんかな……はぁ」
と、走りながら愛美が呟いているのが聞こえてくる。
ちらりと亜樹を見たときの珠生の目。
あの神事の時、身を呈して自分を庇った時の珠生の表情が蘇る。そして、自分を抱き取った時の、力強い腕の力も。
菜緒佳は悔しげに亜樹を見ていたが、その後はやる気を失ってしまったのか、まったくプレイが冴えなかった。
結局、試合は亜樹たちの勝利に終わった。
+
二階の観覧席の鉄柵に肘をついてそんな様子を見ていた彰は苦笑し、「あらあら……やっちゃった」とつぶやいた。
「なぁ今の……狙って投げたよな」
と、バスケ部仲間だった鵜川智之が指さしてそう言った。
「うーん、どうだろ。あの子、バスケ経験あんまりなさそうだけど?」
と、彰はとぼけた。
「でも……なぁ?」
と、智之は彰の向こうにいたもう一人のバスケ部員、小野努に身を乗り出して尋ねた。
「多分、そうやんなぁ……? ってことは、試合しながら向こうのことも見てたってことか?」
と、努は試合の続く二つのコートを見比べながらそう言った。
「ほんでピンポイントであのボール狙って? 咄嗟にぶん投げたってこと? あの距離?」
と、智之がしげしげと珠生を見下ろしながらそう言う。
「あれ、誰だっけ? なんか、女子にやたら人気ある……」
と、努が彰に尋ねる。
「沖野珠生くんだよ。美術部の」
「美術部? 嘘やろ!?」
努はぽかんとして彰を見つめた。
彰はまた苦笑した。
+
次の試合が始まり、亜樹はそわそわしながら体育館を見回していた。同時に試合をしていた珠生たちのチームはその場に見当たらない。
テンションの上がりっぱなしの愛実やさくら、みすずを宥めてから、亜樹と百合子は飲み物を買うべく一旦体育館から外へ出た。
体育館の裏手にある自動販売機コーナーへと歩を進めながら、亜樹はため息をついた。
「なぁ、天道さんと沖野くん、やっぱりなんかあるんやろ?」
と、百合子までそんな質問をしてくる始末。
「……なんもないよ」
「でもさ、なんだかんだ、仲いいよね」
「……そう見える?」
「あはは、そんな怖い顔せんといて。冗談やん」
亜樹の苦り切った顔に、百合子は笑った。耳の下で二つ括りにしている艶やかな長い黒髪が、胸の上で揺れる。
自動販売機コーナーには、何人か男子生徒がいる。その中に、茶色い髪の毛を見つけた亜樹は思わず足を止めた。そこにいたのは、珠生と湊、そして吉良佳史である。
逃げようかと思ったが、百合子はすでにそちらへ歩を進めており、当の珠生がそこにいることに気づいて楽しげな声を上げている。
「あ! 沖野くん、久しぶり~」
「あ、戸部さん。クラス替わってから初めてだね」
「柏木もバスケやったんや」
「ああ……吉良に無理やり入れられたんや」
「無理やりとか言うなよ~みんなでバスケ楽しもうぜ!」
三人は去年から同じクラスということもあり、楽しげに話をしていた。亜樹は逃げるわけにもいかないと思い直し、百合子を追って三人の前に姿を現す。珠生の大きな目が、ちらと亜樹のことを確認する。
「……何で睨むの」
と、珠生は不服げな顔で亜樹を見ている。睨んでいるつもりはなかったのだが、そういう目つきになっていたらしい。亜樹ははっとした。
「……別に」
「お前、バスケなんかできんのか?」
と、湊がペットボトルのスポーツドリンクを飲みながらそう言った。亜樹はむっとして、本当に湊を睨む。
「うっさいな。あんたこそ全く似合わへんし。弓道部のくせに」
「弓道部関係ないやろ」
「天道さんと柏木、結構喋るんだな」
と、吉良佳史が驚いたようにそう言った。百合子はにやにやしながら亜樹を見ている。
「そんなことないし」
亜樹は珠生を押しのけて自動販売機で水を買うと、すぐにキャップを開いて飲み始める。そばに立っている珠生の視線を感じて、亜樹はちらりと珠生を見た。
「何見てんねん、沖野」
「……別に」
「さっきの暴投、なんやねんあれ。危うくうちにぶつかるところやったやん」
亜樹は思わずそんなことを口走った。珠生は目を瞬かせて、ちょっと唇に笑みを浮かべた。
「あ、ごめんね、手が滑って」
「どんな滑り方やねん」
「いいじゃん別に、ぶつからなかったんだから」
「ぎりぎりやったやん、アホ。女の子は顔が命なんやで」
「女の子……?」
「素で不思議そうな顔すなやボケ!」
「バスケットボールがぶつかったくらいじゃ、天道さんの顔には傷なんかつかないだろ」
「はぁ!? どういう意味やねん! もう知らん! このエノキ! オカマ!」
「エノキ……」
ぐっと黙った珠生の隣で、湊がきらんと眼鏡を光らせる。
「何嬉しがっとんねん柏木! もう行こ、戸部さん」
「あ、ちょっと待って。うちまだ買ってへん」
興味津々にやり取りを見ていた百合子が、慌てて財布から小銭を取り出そうとした。慌てたせいか、百円玉が軽やかな音を立ててコンクリートの上に落ちる。湊はそれをひょいと拾い上げると、自分を見上げている百合子に手渡した。
「はい」
「ありがとう。なんか柏木、背伸びたね」
「そうか?」
「こないだまで、おんなじくらいやったのに」
「いやいや戸部さんそんなデカないやろ」
ふと、湊の脳裏に、去年のクラスで行ったクリスマス親睦会の帰り道のことが浮かぶ。二人で夜道を歩いていた時に見た、大人びた百合子の私服姿や、楽しげに笑う百合子の顔を思い出す。
なんとなく、どきりとして湊は黙った。
百合子も亜樹と同じものを購入し、身を屈めてペットボトルを取り出すと、また湊を見た。
「あ、たまには図書館で勉強しに来てや。ここんとこ全然来てへんやん」
「ああ、うん。そうするわ」
百合子は微笑むと、亜樹を追って駆けて行った。そんな背中をぼんやりと見送っていた湊の脇腹を、佳史が小突く。
「おいおいおい、柏木。なにぽーっとなってんだよ。恋か? 恋なのか?」
「そんなんちゃうし」
と、湊は冷静にそう言った。珠生もにこにこしながら、「湊って、ああいう子がタイプなんだ。和風美人だもんね」と言う。
「うっさいな。ほっといてくれ」
と、湊はくいと眼鏡を押し上げて、スタスタと体育館の方へと戻っていく。佳史は横にいる珠生を見ると、「お前、思った以上に天道さんと仲いいな。なんで?なんでお前の人間関係謎が多いの?」
「え、そうかなぁ」
「そーだよ! ぽんぽん言い合っちゃって、めちゃ仲いいじゃねーか」
「別に良くないよ……」
珠生はそう言って、手にしたスポーツドリンクを飲んだ。
それでも、声を出しあってパスを繋いだ。百合子と、小学校の時にスポーツ少年団でバスケをやっていたというさくらがシュートを打って点数を稼ぎ、試合は一進一退の状況を保っていた。
見た目が派手な愛実やさくら、いかにも性格のきつそうなみすずと亜樹のチームははったりがきくため、多少凄めば相手が怯むということもあった。
百合子は呆れたように首を振りながらも、その隙をうまく活かして点を入れてくれる。
菜緒佳はなかなか点差の開かない状況に苛立っているのか、徐々に亜樹のチームに対する当たりがきつくなってくる。菜緒佳の肘を思いきり脇腹にくらった亜樹は、ぐっと呻いてその場に膝をついた。審判のホイッスルが鳴り響く。
「……いってぇ」
「あ、ごめんなぁ。大丈夫?」
わざとらしく困った顔をして亜樹の脇に座り込もうとする菜緒佳を、亜樹はぎろりと睨みつけた。菜緒佳はにやりと笑い、「へぇー、懐かしい顔やな」と小馬鹿にしたように囁く。
「おいコラァ! いまのわざとやろ!!」
と、さくらが猛然と菜緒佳に食って掛かるのを、慌てて百合子が止めに入る。審判の目が鋭くなるのを見て、さくらは口をつぐんだ。
「育ちの悪い人らやなぁ。こんな怖いチームいややわぁ、さっさと終わらしてしまお」
と、菜緒佳はそう言い捨てて、自陣へと戻っていった。
「マジ感じ悪い」
と、止めに入った百合子もそう言い捨てて、亜樹に手を差し伸べた。
「大丈夫?」
「うん……平気」
日本人形のようなきりりとした美人の百合子に手を引かれて、亜樹はふらりと立ち上がる。この子のほうが、よっぽど巫女装束が似合いそうやな……と亜樹はふとそんなことを思った。
「なんかされたら、ちょっとオーバーにリアクションしぃや」
「うん、わかった」
百合子にそう言われ、亜樹は笑顔を見せた。
しかし、その後も亜樹に対する当たりはきつかった。しかもバスケ経験のある三人からのものは陰湿だ。誰にも気付かれないように、亜樹の脚や脇腹などに相手からの攻撃が来る。
亜樹は歯を食いしばってそれに耐え、ボールを回し続けた。あまり何度も皆を立ち止まらせるのも気が引けて、亜樹は耐えた。これくらい、なんということもない。皆が味方でいてくれるのだから。
菜緒佳は面白くなさそうに、亜樹をちらりと一瞥する。そして、さっと足早にマークを外したかと思うと、他のチームメイトに意味ありげな目配せをした。
敵方のチームメイトの一人が、シュート体勢に入ったかと思うと、ちらりと亜樹を見下ろした。敵陣のスリーポイントラインのそばに立っていた亜樹を狙い、うっかり体勢をくずしたというような格好で、バスケットボールを鋭く亜樹に投げつけたのだ。
「!」
そこそこの高さから放たれた硬いバスケットボールが、亜樹の眼前に迫る。そばにいた百合子と愛実が、目を見開いて叫びかけた。
「あぶな……!!」
その時、今まさに亜樹にぶつかろうとしていたバスケットボールが、鋭く弾き飛ばされた。コートの外から、別のバスケットボールが飛び込んで、亜樹にぶつかろうとしていたボールの軌道を変えたのだ。
バァン! とボールとボールがぶつかり合う。弾けるような音が響き、亜樹の目の前からボールが消えた。
「……え?」
試合が停止する。
二個のボールがバウンドする音、卓球のスペースと区切るためにひかれたネットのカーテンにボールが引っかかる音が、微かに響く。
「こらぁ、どこ投げてんだ沖野!」
呑気な体育教師の声が、体育館に響き渡る。亜樹ははっとして、男子側のバスケットコートを見やった。
隣のコートのセンターサークルのあたりに立っている珠生が、ボールを放った姿勢から直立姿勢へと戻るところが見えた。男子側には、単に珠生が暴投しただけのように思われているのか、呑気な笑い声が響いていた。
「すいません、バスケは慣れてなくて……」
と、当の珠生がのほほんとした声で謝っている。小走りにボールを取りに走ってきた珠生は、ちらりと亜樹を見て、すぐに目をそらした。
珠生は二つのボールを拾い上げ、一つをそばにいたみすずにぽんと渡した。
「あ、滝田さん。久しぶり」
「あ、うん……久しぶり」
「ごめんね、手が滑っちゃった」
「え? あ、うん……」
にこやかに去って行く珠生の背中を、みすずは乙女チックな目つきで見送っていたが、すぐにホイッスルが鳴り響き、皆がハッと我に返る。
亜樹に駆け寄ってきたさくらと愛実が、気遣わしげに亜樹の身体を見て、何事もないことを確認して安堵している。
「今のさ……沖野くん、わざとやんな!!」
と、愛実が静かに興奮したような声でそう言った。
「やんな、やんな!!」
と、さくらも完全にテンションが上がっている。
「いやいや……まさか」
と、亜樹は引きつった笑顔で首を振ると、二人を促して試合に戻った。
「うちにもボールぶつけてくれへんかな……はぁ」
と、走りながら愛美が呟いているのが聞こえてくる。
ちらりと亜樹を見たときの珠生の目。
あの神事の時、身を呈して自分を庇った時の珠生の表情が蘇る。そして、自分を抱き取った時の、力強い腕の力も。
菜緒佳は悔しげに亜樹を見ていたが、その後はやる気を失ってしまったのか、まったくプレイが冴えなかった。
結局、試合は亜樹たちの勝利に終わった。
+
二階の観覧席の鉄柵に肘をついてそんな様子を見ていた彰は苦笑し、「あらあら……やっちゃった」とつぶやいた。
「なぁ今の……狙って投げたよな」
と、バスケ部仲間だった鵜川智之が指さしてそう言った。
「うーん、どうだろ。あの子、バスケ経験あんまりなさそうだけど?」
と、彰はとぼけた。
「でも……なぁ?」
と、智之は彰の向こうにいたもう一人のバスケ部員、小野努に身を乗り出して尋ねた。
「多分、そうやんなぁ……? ってことは、試合しながら向こうのことも見てたってことか?」
と、努は試合の続く二つのコートを見比べながらそう言った。
「ほんでピンポイントであのボール狙って? 咄嗟にぶん投げたってこと? あの距離?」
と、智之がしげしげと珠生を見下ろしながらそう言う。
「あれ、誰だっけ? なんか、女子にやたら人気ある……」
と、努が彰に尋ねる。
「沖野珠生くんだよ。美術部の」
「美術部? 嘘やろ!?」
努はぽかんとして彰を見つめた。
彰はまた苦笑した。
+
次の試合が始まり、亜樹はそわそわしながら体育館を見回していた。同時に試合をしていた珠生たちのチームはその場に見当たらない。
テンションの上がりっぱなしの愛実やさくら、みすずを宥めてから、亜樹と百合子は飲み物を買うべく一旦体育館から外へ出た。
体育館の裏手にある自動販売機コーナーへと歩を進めながら、亜樹はため息をついた。
「なぁ、天道さんと沖野くん、やっぱりなんかあるんやろ?」
と、百合子までそんな質問をしてくる始末。
「……なんもないよ」
「でもさ、なんだかんだ、仲いいよね」
「……そう見える?」
「あはは、そんな怖い顔せんといて。冗談やん」
亜樹の苦り切った顔に、百合子は笑った。耳の下で二つ括りにしている艶やかな長い黒髪が、胸の上で揺れる。
自動販売機コーナーには、何人か男子生徒がいる。その中に、茶色い髪の毛を見つけた亜樹は思わず足を止めた。そこにいたのは、珠生と湊、そして吉良佳史である。
逃げようかと思ったが、百合子はすでにそちらへ歩を進めており、当の珠生がそこにいることに気づいて楽しげな声を上げている。
「あ! 沖野くん、久しぶり~」
「あ、戸部さん。クラス替わってから初めてだね」
「柏木もバスケやったんや」
「ああ……吉良に無理やり入れられたんや」
「無理やりとか言うなよ~みんなでバスケ楽しもうぜ!」
三人は去年から同じクラスということもあり、楽しげに話をしていた。亜樹は逃げるわけにもいかないと思い直し、百合子を追って三人の前に姿を現す。珠生の大きな目が、ちらと亜樹のことを確認する。
「……何で睨むの」
と、珠生は不服げな顔で亜樹を見ている。睨んでいるつもりはなかったのだが、そういう目つきになっていたらしい。亜樹ははっとした。
「……別に」
「お前、バスケなんかできんのか?」
と、湊がペットボトルのスポーツドリンクを飲みながらそう言った。亜樹はむっとして、本当に湊を睨む。
「うっさいな。あんたこそ全く似合わへんし。弓道部のくせに」
「弓道部関係ないやろ」
「天道さんと柏木、結構喋るんだな」
と、吉良佳史が驚いたようにそう言った。百合子はにやにやしながら亜樹を見ている。
「そんなことないし」
亜樹は珠生を押しのけて自動販売機で水を買うと、すぐにキャップを開いて飲み始める。そばに立っている珠生の視線を感じて、亜樹はちらりと珠生を見た。
「何見てんねん、沖野」
「……別に」
「さっきの暴投、なんやねんあれ。危うくうちにぶつかるところやったやん」
亜樹は思わずそんなことを口走った。珠生は目を瞬かせて、ちょっと唇に笑みを浮かべた。
「あ、ごめんね、手が滑って」
「どんな滑り方やねん」
「いいじゃん別に、ぶつからなかったんだから」
「ぎりぎりやったやん、アホ。女の子は顔が命なんやで」
「女の子……?」
「素で不思議そうな顔すなやボケ!」
「バスケットボールがぶつかったくらいじゃ、天道さんの顔には傷なんかつかないだろ」
「はぁ!? どういう意味やねん! もう知らん! このエノキ! オカマ!」
「エノキ……」
ぐっと黙った珠生の隣で、湊がきらんと眼鏡を光らせる。
「何嬉しがっとんねん柏木! もう行こ、戸部さん」
「あ、ちょっと待って。うちまだ買ってへん」
興味津々にやり取りを見ていた百合子が、慌てて財布から小銭を取り出そうとした。慌てたせいか、百円玉が軽やかな音を立ててコンクリートの上に落ちる。湊はそれをひょいと拾い上げると、自分を見上げている百合子に手渡した。
「はい」
「ありがとう。なんか柏木、背伸びたね」
「そうか?」
「こないだまで、おんなじくらいやったのに」
「いやいや戸部さんそんなデカないやろ」
ふと、湊の脳裏に、去年のクラスで行ったクリスマス親睦会の帰り道のことが浮かぶ。二人で夜道を歩いていた時に見た、大人びた百合子の私服姿や、楽しげに笑う百合子の顔を思い出す。
なんとなく、どきりとして湊は黙った。
百合子も亜樹と同じものを購入し、身を屈めてペットボトルを取り出すと、また湊を見た。
「あ、たまには図書館で勉強しに来てや。ここんとこ全然来てへんやん」
「ああ、うん。そうするわ」
百合子は微笑むと、亜樹を追って駆けて行った。そんな背中をぼんやりと見送っていた湊の脇腹を、佳史が小突く。
「おいおいおい、柏木。なにぽーっとなってんだよ。恋か? 恋なのか?」
「そんなんちゃうし」
と、湊は冷静にそう言った。珠生もにこにこしながら、「湊って、ああいう子がタイプなんだ。和風美人だもんね」と言う。
「うっさいな。ほっといてくれ」
と、湊はくいと眼鏡を押し上げて、スタスタと体育館の方へと戻っていく。佳史は横にいる珠生を見ると、「お前、思った以上に天道さんと仲いいな。なんで?なんでお前の人間関係謎が多いの?」
「え、そうかなぁ」
「そーだよ! ぽんぽん言い合っちゃって、めちゃ仲いいじゃねーか」
「別に良くないよ……」
珠生はそう言って、手にしたスポーツドリンクを飲んだ。
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