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第3幕 ——天孫降臨の地——
41、誓い
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汗ばんだ肌を重ねあわせたまま、珠生はふと目を開いた。
暗い部屋の中で上下する舜平の胸筋が目に入る。裸の肩を抱く舜平の熱い掌を感じる。
三階には、二人以外誰もいない。この階には二間続きの特別室が二室用意されているのである。
ついさっき、彰がここを使えと耳打ちしてきたのだった。物音を気にしなくても済むから、と。
珠生は身体を起こし、手を後ろに回して背中にそっと触れてみた。
あれほど痛かった背中の傷が、嘘のように消えている。
鳳凛丸の強大な神気と妖気の一部を宿し、相当なダメージを受けていた肉体の内部までもが、何事もなかったかのように落ち着いている。
呼吸をするたびに痛んだ胸も、地面を踏みしめるたびに膝を折りそうになるほどの疲れも、全てが洗い流されている。
「……すごいな」
「せやろ」
「わぁっ」
眠っていると思い込んでいた舜平が、肘枕をして珠生を見上げている。珠生は仰天しつつ、じろりと舜平をにらんだ。
「なんだよ、寝たふり?」
「ちょっと休憩しとっただけや。さすがにな、俺も疲れた」
「あ……そうだよね。手当、ありがとう」
「素直やな。千珠とは大違いや」
「うるさいな」
からかうような口調に口を尖らせると、舜平はちょっと笑って珠生の背中に触れてきた。今まで傷のあった場所を指でなぞる艶かしい動きに、珠生はぴくっと反応してしまう。
「少し、跡が残ったな」
「……そのうち消えるよ」
背骨と肩甲骨の間から、腰のあたりまで切り裂かれていたのだ。普通の人間なら死んでいるほどの傷だった。
舜平は半身を起こし、その傷口の上を唇でなぞる。すると、珠生が甘いため息を漏らした。
「あ……はっ……」
「もう一回したら、消えるかもな」
「やっ……ちょっと……待ってよ」
再びベッドに押し付けられた珠生が、抗議の声を上げる。白いシーツの上で、珠生の汗がきらりと光った。
「もう……無理。眠い……」
「眠いん?」
「そりゃそうだろ! あんな激しいの三回もされたら……まったく、舜平さんの性欲どうなってんの」
「はは、すまんすまん」
舜平は笑ってごろりとベッドに横になると、腕を伸ばして珠生の頭を撫でた。珠生は横たわっている舜平のとなりにうつ伏せに寝転び、暗闇を見上げている舜平の横顔を見つめた。
「女の人にも、こんなにしつこくしてたの?」
「しつこいって言うな。……いや、そんなことないけど」
「ふうん……いつもああやって、言葉で虐めてたの?」
「そんなことしてへん」
「俺にはあんなにいやらしいこと言うのに?」
「……え、俺、へんな事言うてるか?」
「無意識でやってんの? まったく……勘弁してよ」
「喜んでるくせに、よう言うわ」
「喜んでないよ」
「嘘つけ」
うつ伏せの状態から肘をついて半身を起こし、珠生は舜平の顔を見つめた。
珠生の頭を優しく撫でる舜平の手つきには慈愛の情がこもっているように感じられ、珠生は少し気恥ずかしくなって目をそらした。舜平は笑って、珠生を自分の方へと抱き寄せる。
「何を今更照れてんねん」
「……照れてないし」
珠生の体重を感じながら、舜平はぼんやりと天井を見上げていた。さらりとした珠生の髪が肩口にかかり、くすぐったい。
「……亜樹ちゃん、自分のせいでお前が怪我したと思ってるな」
「うん、そうみたいだね。気にしなくていいのに」
「あの子が元気なかったら、なんか調子出ぇへんな」
「そうだね……」
「ま、こんなわけわからん出来事に巻き込まれて間もないしな……ちゃんと様子を見ててやらんと」
「よく馴染んでる方だと思うけどな。俺は……もっと混乱してた。いろんなことが怖くて、不安で……」
「そうやっけ?」
「うん……。舜平さんがいたから、なんとか正気保ってられたけどさ」
「……そっか」
珠生の言葉に、舜平は少し照れた。
「まさか自分の人生が、こんなふうになるなんてね……」
「確かに」
「天道さんとは学校も一緒だし、きっと……大丈夫だよ」
眠気のせいか、珠生の声が小さくなる。舜平にもたれかかってくる重みが少し増したかと思うと、珠生は小さく寝息を立て始めた。
舜平は珠生の頭を撫でながら、この記憶を取り戻した時のことを思い出していた。
舜平は幼い頃から、幽霊と呼ばれるたぐいのものが見えた。
初めはもちろん恐怖もあったが、薄ぼんやりと見える人ではないものの中に、いつも何かを探していた。
何を探しているのかも分からないまま、舜平はそこに望むものが現れるのを待っていた。無意識のうちに、白い影を探していた。
桜の木の下で珠生と出会ったあの瞬間、郷愁にも似た切ない感情に胸が詰まった。
彼こそが、自分が探し求めていた誰かなのだと、舜平は直感的に理解していた。
今こうして自分のそばにいる珠生の体温が愛おしく、自分のことを強く強く求める珠生の態度に深い安らぎを感じる。
五百年の時を経てようやく手に入れたものは、この安堵感なのかもしれない。
「……珠生」
呼びかけても、眠っている珠生は寝息を返すだけであった。舜平は珠生の艶やかな肩をぎゅっと抱きしめ、柔らかな髪に頬ずりをしながら、そっと目を閉じた。
——これからも、この先も、俺はお前を守る。必ず。
舜平は再び目を開いて、暗い天井を見上げた。
暗い部屋の中で上下する舜平の胸筋が目に入る。裸の肩を抱く舜平の熱い掌を感じる。
三階には、二人以外誰もいない。この階には二間続きの特別室が二室用意されているのである。
ついさっき、彰がここを使えと耳打ちしてきたのだった。物音を気にしなくても済むから、と。
珠生は身体を起こし、手を後ろに回して背中にそっと触れてみた。
あれほど痛かった背中の傷が、嘘のように消えている。
鳳凛丸の強大な神気と妖気の一部を宿し、相当なダメージを受けていた肉体の内部までもが、何事もなかったかのように落ち着いている。
呼吸をするたびに痛んだ胸も、地面を踏みしめるたびに膝を折りそうになるほどの疲れも、全てが洗い流されている。
「……すごいな」
「せやろ」
「わぁっ」
眠っていると思い込んでいた舜平が、肘枕をして珠生を見上げている。珠生は仰天しつつ、じろりと舜平をにらんだ。
「なんだよ、寝たふり?」
「ちょっと休憩しとっただけや。さすがにな、俺も疲れた」
「あ……そうだよね。手当、ありがとう」
「素直やな。千珠とは大違いや」
「うるさいな」
からかうような口調に口を尖らせると、舜平はちょっと笑って珠生の背中に触れてきた。今まで傷のあった場所を指でなぞる艶かしい動きに、珠生はぴくっと反応してしまう。
「少し、跡が残ったな」
「……そのうち消えるよ」
背骨と肩甲骨の間から、腰のあたりまで切り裂かれていたのだ。普通の人間なら死んでいるほどの傷だった。
舜平は半身を起こし、その傷口の上を唇でなぞる。すると、珠生が甘いため息を漏らした。
「あ……はっ……」
「もう一回したら、消えるかもな」
「やっ……ちょっと……待ってよ」
再びベッドに押し付けられた珠生が、抗議の声を上げる。白いシーツの上で、珠生の汗がきらりと光った。
「もう……無理。眠い……」
「眠いん?」
「そりゃそうだろ! あんな激しいの三回もされたら……まったく、舜平さんの性欲どうなってんの」
「はは、すまんすまん」
舜平は笑ってごろりとベッドに横になると、腕を伸ばして珠生の頭を撫でた。珠生は横たわっている舜平のとなりにうつ伏せに寝転び、暗闇を見上げている舜平の横顔を見つめた。
「女の人にも、こんなにしつこくしてたの?」
「しつこいって言うな。……いや、そんなことないけど」
「ふうん……いつもああやって、言葉で虐めてたの?」
「そんなことしてへん」
「俺にはあんなにいやらしいこと言うのに?」
「……え、俺、へんな事言うてるか?」
「無意識でやってんの? まったく……勘弁してよ」
「喜んでるくせに、よう言うわ」
「喜んでないよ」
「嘘つけ」
うつ伏せの状態から肘をついて半身を起こし、珠生は舜平の顔を見つめた。
珠生の頭を優しく撫でる舜平の手つきには慈愛の情がこもっているように感じられ、珠生は少し気恥ずかしくなって目をそらした。舜平は笑って、珠生を自分の方へと抱き寄せる。
「何を今更照れてんねん」
「……照れてないし」
珠生の体重を感じながら、舜平はぼんやりと天井を見上げていた。さらりとした珠生の髪が肩口にかかり、くすぐったい。
「……亜樹ちゃん、自分のせいでお前が怪我したと思ってるな」
「うん、そうみたいだね。気にしなくていいのに」
「あの子が元気なかったら、なんか調子出ぇへんな」
「そうだね……」
「ま、こんなわけわからん出来事に巻き込まれて間もないしな……ちゃんと様子を見ててやらんと」
「よく馴染んでる方だと思うけどな。俺は……もっと混乱してた。いろんなことが怖くて、不安で……」
「そうやっけ?」
「うん……。舜平さんがいたから、なんとか正気保ってられたけどさ」
「……そっか」
珠生の言葉に、舜平は少し照れた。
「まさか自分の人生が、こんなふうになるなんてね……」
「確かに」
「天道さんとは学校も一緒だし、きっと……大丈夫だよ」
眠気のせいか、珠生の声が小さくなる。舜平にもたれかかってくる重みが少し増したかと思うと、珠生は小さく寝息を立て始めた。
舜平は珠生の頭を撫でながら、この記憶を取り戻した時のことを思い出していた。
舜平は幼い頃から、幽霊と呼ばれるたぐいのものが見えた。
初めはもちろん恐怖もあったが、薄ぼんやりと見える人ではないものの中に、いつも何かを探していた。
何を探しているのかも分からないまま、舜平はそこに望むものが現れるのを待っていた。無意識のうちに、白い影を探していた。
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彼こそが、自分が探し求めていた誰かなのだと、舜平は直感的に理解していた。
今こうして自分のそばにいる珠生の体温が愛おしく、自分のことを強く強く求める珠生の態度に深い安らぎを感じる。
五百年の時を経てようやく手に入れたものは、この安堵感なのかもしれない。
「……珠生」
呼びかけても、眠っている珠生は寝息を返すだけであった。舜平は珠生の艶やかな肩をぎゅっと抱きしめ、柔らかな髪に頬ずりをしながら、そっと目を閉じた。
——これからも、この先も、俺はお前を守る。必ず。
舜平は再び目を開いて、暗い天井を見上げた。
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