琥珀に眠る記憶

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第3幕 ——天孫降臨の地——

40、再び宿へ

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 午前三時頃に宿に戻った一行はぼろぼろで、ぐったりと疲れ果てていた。

 雅楽隊や文化協会の面々は葉山によって意識を奪われていたため、ぼんやりと痛む頭を押さえつつ、敦の運転で山裾の宿へと戻っていった。

 その日の晩に、改めて食事会という形で集まることになっているが、それまでは皆自由時間となる。

 舜平によって気を高めてもらっていた珠生であるが、背中の傷は思いの外深く、まだちゃんと歩けないでいた。

 舜平に支えられながら車を降り、宿までの数歩を進む珠生を、軽装の単衣姿になった亜樹が痛ましい表情で見守っている。

「沖野……背中……」
 ひとまずロビーのベンチに座らされた珠生を取り囲むように、皆が立ったり座ったりと落ち着いた。泊まりこみの女将が、皆のあまりにもやつれ果てた様子に驚愕し、慌てて茶を入れて持ってくる。

 温かい物を口にして、ようやく現実に戻ってきたような感じがした。それでも、当然のことながら珠生の傷は消えないのだ。亜樹は珠生の隣に座った。

「沖野、痛むんか?」
「……いや、そうでもないよ」
 明らかに強がっていることが分かる。たらたらと汗をかいて舜平に寄りかかっている珠生の顔は蒼白だった。
「ごめんな、うち……」
「なんで謝るんだよ。それより、お疲れさま」
「え?」
 珠生の笑顔に、亜樹は顔を上げた。
「無事に神託ももらえたんだ。神降ろしをして、疲れたろ?」
「ううん、そんなことない」
「かっこ良かったよ、天道さん」
「……」
 こんな時に限って、どこまでも優しい珠生の言葉に涙腺が緩む。何も言い返せず、亜樹はぎゅっと唇を噛んだ。
 そんな様子を見守っていた彰、湊、葉山、舜平は、なんとなく顔を見合わせて微笑み合った。

「……さて、夕方の食事会までは自由時間だ。皆疲れたろう、ゆっくり休もう」
 彰の言葉に、皆がため息をつく。彰は微笑みながら、皆を一人ひとり見回した。

「今回の神事も、皆のお陰でこうして終えることが出来たわ。本当に、ありがとう。日本国政府を代表して、お礼を言わせて下さい」
 葉山が、彰の隣で深々と一礼した。

「そんな大げさな」
と、舜平が笑う。
「そうですよ、葉山さん。水臭い」
と、珠生も弱々しい声でそう言った。
「いいえ、この神事は、国にとってもとても重要な神託をもらう儀なの。亜樹ちゃん、ありがとうね」
「いやそんな……」
 亜樹は頬を染めて、俯いた。
「珠生くんには、また怪我をさせてしまった……ごめんなさい」
「いいんですよ、俺はすぐ治るから」
 今にも死にそうな弱々しい声で、珠生はそう言って力なく笑う。説得力がない。
「私が手当するわ」
「いや、いいですよ。俺がやる」
と、舜平が珠生の背に手を添えてそう言った。

「上で血は止めたけど、もう少し傷を塞いどかんと長旅に耐えられへんやろうし」
「そうね……じゃあ、お願いね」
「おう」
 珠生は気が緩んだのか、舜平の方へぐったりと倒れこんで意識を失った。慌てて舜平は珠生の身体を支えると、抱き寄せてその白い顔を見下ろす。

 横でそんな二人を見ていた亜樹は、何故だか分からずどきりとした。舜平の腕の中で安心しきっている珠生の緩んだ表情と、そんな珠生を見つめる舜平の優しい目つきの中に、強い絆を見た気がしたのだ。

 珠生を抱き上げ立ち上がった舜平に、彰が何か耳打ちしている。頷いた舜平は、階段で階上へと上がっていった。

「さぁ、解散。明日は京都へ帰るからね、荷造りもしておくように」

 彰ののんびりとした声と大欠伸に、湊がふっと笑う。
 亜樹も少しだけ笑った。


 +  +


 湊と亜樹が自室へと消えて行くのを見送った彰と葉山は、なんとなくロビーに残っていた。葉山はどさりとベンチに腰掛け、ため息をつく。

 彰は葉山の隣に座り、憚りなくその手を握った。葉山はその行動に逆らわなかったし、文句も言わなかった。彰の暖かく大きな手が力を伝えてくるような気がして、何だかとてもほっとする。

「……彰くん、ありがとう」
「いいえ。お疲れさま」
「もっと修行しないと駄目ね、まさかこんな事態が起こるなんて想定外だわ」
「充分ですよ。敵を倒すのは僕らの仕事なんだから」
「……あなた達、本当に強いのね」
「まぁね」
 彰はにっこりと笑った。百点をとって褒められ喜んでいるような表情の彰を見て、葉山は気が抜けて笑ってしまう。彰は葉山の笑顔を見てまた嬉しそうに笑うと、すっと葉山の肩を抱き寄せた。

「ちょっと、こんなとこで……」
「どうせ皆もう寝てるさ」
「墨田が帰ってくるわよ」
「あいつの暑苦しい霊気はすぐ分かる」
「ひどい言われようね」
「ねぇ、一緒に寝ようか」
「ふざけないで」
 即座に断られ、彰はまた楽しそうに笑った。そんな彰の胸にもたれて、葉山も少し笑う。
「……まぁ、今一緒に寝たら、きっと我慢出来ないからな」
「我慢?」
「葉山さんを抱きたくなってしまう」
「……」
 ストレートな彰の言葉にどきんとする。葉山は何も言い返せなかった。

「また東京に帰っちゃうの?」
「……ええ、でも、二週間くらいは京都で仕事よ」
「そっか。良かった。じゃあ、京都に帰るまで我慢しよう」
「何を?」
「京都に帰ったら……」
「え?」
 彰は正面から葉山を抱きしめた。少し埃っぽくなった黒装束の肩口に顔を埋めて、葉山は彰の囁きを聞いた。

「京都に帰ったら……葉山さんを抱いてもいい?」
「……あ」
「逃さないから」
「……彰くん」
 彰は体を離すと、にっこり笑って立ち上がり、背を向けて去っていった。

「おやすみ」
 まるで宣戦布告のようにも聞こえる彰の台詞が、どきどきと高鳴る心臓の音と共に、葉山の耳にはっきりと残っている。
 
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