琥珀に眠る記憶

餡玉

文字の大きさ
上 下
171 / 535
第3幕 ——天孫降臨の地——

36、巫女を護る

しおりを挟む
「南部のある州で、強盗にあったんだ」

 この話が始まってから、彼は一度も彼女の顔を見ない。一番辛い部分が始まろうとしていた。

 夜の一〇時半すぎに、二人で郊外の大型スーパーに買いだしと給油に行っていた時だった。その日は市街地を流していたが、翌日からはまた砂漠地帯に入る。荒野のど真ん中でガス欠や水不足にならないために、物資の補給は日本でドライブするより切実だった。

「スーパーを出て駐車場歩いてるとき、俺が買い忘れに気づいたんだよ。……煙草とか、カミソリの刃とか、そういう些細なもの。ひょっとして、眠気ざましのガムだったかもしれない。だから、『すぐ買ってくる』って言って閉店まぎわのスーパーに走って、彼女は車で待ってるはずだった。『車のロックは絶対に忘れるな』って言ったんだけど、拳銃持った二人組があらわれたら、もう逃げ場なんてないだろ。結局、俺が彼女のそばを離れたのがいけなかったんだ。……戻ったときには、彼女は犯人の一人に殴りつけられながら縛りあげられてて、もう一人の男は俺の財布を狙って待ちかまえていた」

「えっ。飛豪さん、どうやって……」

「幸運だったのは俺も銃を持ってて、みっちり訓練を受けていたこと。あとは向こうが素人強盗で、こっちを見くびってミスしたこと」

 拳銃をつきつけられて、飛豪が自分と彼女の命乞いをしながら財布を渡したとき、犯人に油断が生まれた。

 飛豪に銃を向けていた方の男が、車にいるもう一人に運転するように指示したが、視線が動くと同時に握っていた拳銃の銃口が下がった。車中のもう一人はハンドルを握ろうとしたところで、咄嗟とっさに撃ちかえせる状況ではなかった。

 一瞬の隙をみて飛豪は、腰に挿していたセーフティーレバーなしで撃てる自分のグロックを抜いた。

「一人目は至近距離で腹と頭部を撃った。……二人目は、車まで三メートルくらいの距離があったし、中にアネットもいたから、絶対に手元が狂わないようにって、氷みたいに冷静だった。あの時の汗が背筋を伝っていく感覚は、今でも覚えてる。胸と、顔面と……とにかく接近しながら三発くらい、動きが完全に止まるまで撃ちつづけた」

 淡々と彼は語った。言葉に迷いはなく、映画のあらすじのように簡潔な説明だった。

「要するに、俺は二人殺したんだ。車からアネットを引っ張りだしたとき、彼女は真っ白な顔色なのに、犯人の血をあびて全身が真っ赤になっていた。最初は放心したような顔をしてたけど、我にかえると俺の手を振りはらって、『フェイ、あなたのせいよ!』って叫んできた。あとは、スウェーデン語でなにか喚きながら泣きじゃくってた。……なに言ってるのか全然分かんなかったけど、とにかくヒステリックな調子で、でも、俺の名前呼んでるのは分かるんだ。だからその時から、好きな女の子に『フェイ』とか『フェイハオ』で呼ばれるのは苦手」

 あまりの話に、瞳子は言葉もなく茫然としていた。彼はようやく彼女に顔をむけて、苦く笑った。

「そんな顔させるのが見えてたから、話したくなかったんだ。現に君は、俺に幻滅してる」

「…………」

「やっぱ俺と暮らすのは無理って言うなら、今からでもホテルかサービスアパートメント探すけど」

「そうじゃない。……だけど、気持ちの整理が……」

「うん。それも分かる。悪いな、退院したばっかなのに。俺、外そうか?」

 無理して笑ってみせながら、飛豪は腰を浮かしかけた。

「行かないでッ!」瞳子は彼の腕をつかんで叫んだ。「だめ。行かないで。傍にいて。ううん、わたしが傍にいたい。……ごめん、頭の中ぐちゃぐちゃだけど、とにかくわたし、飛豪さんの隣にいたいの。それだけは本当なの。ここは飛豪さんの家なんだから、遠慮してほしくない」

 自分がどうしたいのか、まだよく分からない。彼の過去を、自分が抱えられるのかも想像がつかない。

 だが今、彼にこれ以上一人きりで苦痛を背負わせたくなかった。それに、自分に話したことで彼がもっと傷つくのも嫌だった。

「……分かった」

 彼は諦めたように座りなおし、冷めたミルクティーを口に運んだ。「うわッ、甘すぎ」と、顔をしかめる。

「事件のあと、どうなったの?」

「普通に、警察に通報したよ。俺が持ってた銃、所持登録してたやつだったし、状況も店の監視カメラに残ってたから罪には問われなかった。でも、彼女とはすぐダメになった。母親の三番目の夫がアメリカ人だったから、その人にも色々手伝ってもらって……うん、処理は早く進んだんだ。修士マスター入るときには全部片づいてて、やり直そうって思ってたんだ。だけど、上手くいかなかった」

 最初は心的外傷後ストレス障害(PTSD)の典型例である、過呼吸や不眠、頭痛、感情の激しい起伏におそわれたという。
しおりを挟む
感想 48

あなたにおすすめの小説

騙されて快楽地獄

てけてとん
BL
友人におすすめされたマッサージ店で快楽地獄に落とされる話です。長すぎたので2話に分けています。

サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由

フルーツパフェ
大衆娯楽
 クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。  トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。  いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。  考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。  赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。  言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。  たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

身体検査

RIKUTO
BL
次世代優生保護法。この世界の日本は、最適な遺伝子を残し、日本民族の優秀さを維持するとの目的で、 選ばれた青少年たちの体を徹底的に検査する。厳正な検査だというが、異常なほどに性器と排泄器の検査をするのである。それに選ばれたとある少年の全記録。

男子高校に入学したらハーレムでした!

はやしかわともえ
BL
閲覧ありがとうございます。 ゆっくり書いていきます。 毎日19時更新です。 よろしくお願い致します。 2022.04.28 お気に入り、栞ありがとうございます。 とても励みになります。 引き続き宜しくお願いします。 2022.05.01 近々番外編SSをあげます。 よければ覗いてみてください。 2022.05.10 お気に入りしてくれてる方、閲覧くださってる方、ありがとうございます。 精一杯書いていきます。 2022.05.15 閲覧、お気に入り、ありがとうございます。 読んでいただけてとても嬉しいです。 近々番外編をあげます。 良ければ覗いてみてください。 2022.05.28 今日で完結です。閲覧、お気に入り本当にありがとうございました。 次作も頑張って書きます。 よろしくおねがいします。

BL団地妻-恥じらい新妻、絶頂淫具の罠-

おととななな
BL
タイトル通りです。 楽しんでいただけたら幸いです。

吊るされた少年は惨めな絶頂を繰り返す

五月雨時雨
BL
ブログに掲載した短編です。

処理中です...