琥珀に眠る記憶

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第2幕 『Don’t leave me alone.』

22、さいごの朝

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 珠生は目を開いた。
 ベッドの中に一人ではないことに気づくと、はっとして顔を上げる。
 舜平が自分に腕を貸したまま、ぐうぐう眠っていることに少し驚きつつ、昨日の会話を思い出す。


 ——帰らなかったんだ……。


 肘をついて上半身を起こし、舜平の寝顔を覗きこむ。舜平と朝まで一緒にいるのは昨日が初めてであった上に珠生はぐったり朝寝をしていたため、こうして舜平の寝顔を見るのは初めてだ。

 舜平の肉体と精神はどっしりとしている。力が不安定だった頃の珠生にとって、舜平の存在は心の支柱だった。一緒にいて、安心できた。

 珠生はそっと、舜平の唇に指で触れた。少し厚めの唇が、思いの外弾力を持っていることに気づく。
 肌に触れ、熱をもたらし、珠生を高ぶらせる言葉を囁く舜平の唇。

「……何してる」
 ふと、その唇が動いた。
 舜平は寝覚めがいいのか、すぐにはっきりと目を開いて珠生を見あげた。
「帰んなかったんだ」
「……寝てしもたわ」
 珠生は顔を背けてそう言った舜平を見て、少し笑った。そして、もう一度舜平の肩にもたれかかる。
 そうしている珠生の頭を、舜平の手がそっと撫でる。心地よさそうに、珠生は目を閉じた。

「……明日から、父さんを連れて千葉に帰ることになったんだ」
「そっか。正月は、家族水入らずで過ごすんやな」
「うん……千秋がどうしてもそうしたいって駄々こねてるんだ。引きずってでも帰って来いって言われた」
「はは、千秋ちゃんらしいやん」
「……だから、冬休みいっぱい、向こうで過ごすんだ」
「そっか。ほな……珠生がおらへん間に、俺はまた向こうやな」
「……うん」
 珠生はぎゅっと、舜平にしがみつく。舜平も、だらりとベッドから落としていた腕を上げて、しっかりと珠生を抱きしめた。

「次は夏?」
「……ああ。半年なんて、あっちゅうまや」
「……そうだね」
 舜平の厚手のパーカーを握り締める珠生の手が、微かに震える。布団の下で、珠生が身体を動かした。
 舜平の脚の間に自分の脚を割込ませ、半身だけ舜平に被さるように身を起こすと、珠生は舜平を見つめた。
 悲しげな珠生の目付きに、舜平はぎゅっと心臓を掴まれるような思いだった。
 何も言わなくとも、珠生が全身全霊で寂しいと訴えかけてくる。

「学校は行けよ、後で後悔するからな」
 舜平はその目を見つめ続けることが出来ず、ちょっと目をそらしてそんなことを言った。珠生は無言で頷く。
「それ以上、痩せんなよ。背伸びひんくなるで」
「うん……」
「先生に、あんまり心配かけさせたるなよ。少しは……」
 舜平の説教を、珠生の唇が遮った。左半身に感じる珠生の体重が重さを増す。珠生は舜平の股間に脚を押し付けながら、微かに動いた。

 早朝ということもあり、舜平のものはすでに少し硬くなっていた。珠生の肉体を感じるだけで、それはもっとかさを増す。

 珠生は、舜平に何度もキスをした。
 いつの間にこんなに上手くなったのかと思ってしまうほど、珠生の動きは巧みだ。舜平はされるがままになりながら、珠生の腰に手をまわす。
 舜平の唇をぺろりと舐め、珠生は少しだけ顔を離した。

「……気持ちいい?」
「……」
 珠生の問に、舜平は赤面して黙った。それを肯定と受け取ったのか、珠生は微笑んで、今度は舜平の耳たぶをちろちろと舐めた。
「ちょっ……、やめろ、珠生」
「何で?」
「何でって……」
 珠生の脚が、いやらしく舜平の股間を撫でる。舜平はたまらず息を漏らした。
「っ、やめろ……珠生」
「いやです」
「あっ……」
 珠生の手が、ジーパンの上を這い、ジッパーを下ろす。舜平の下着の中に、珠生は少し冷えた手を差し込んだ。
 硬く熱い舜平の根を弄びながら、珠生は妖しく笑った。

「……すごい、どんどん硬くなるよ」
「……お前……」
「舜平さんの、すごく大きい……。したいなぁ……」
 耳元で囁く珠生の声が、舜平の理性を容赦なく揺さぶってくる。
「ちょ、待て……!」
「なんで……? ねぇ、しようよ」
「あかん……って、昨日だって……」
「関係ないよ。ねぇここ……舐めてもいい?」
 舜平の目を覗きこみ、珠生が舌なめずりをする。薄茶色の瞳の中の瞳孔が、すっと細くなる。
「やめろ、珠生」
 舜平は細い手首を掴んでベッドに押し付け、逆に珠生を組み敷いた。珠生は挑むような目付きで、じっと舜平を見上げている。


 ——珠生は、美しい。


 舜平はじっとその瞳を見返しながら、ぎゅっと唇を噛んだ。

「……舜平さんは、俺が欲しくないの?」
「えっ」
「我慢できるの? ……俺は無理だよ」
「……」
「前世からの感情に縛られてるのは、自分だけだと思ってるの?」
 珠生は目を伏せた。舜平ははっとして、ベッドに押し付けていた手を緩める。
 手を解放された珠生は、舜平の頬に手を伸ばした。

「……美味そうな奴」
「珠生」
「……喰いたいな、お前のことは丸ごと」
 そう言って唇を吊り上げる珠生の表情が、初めて千珠を抱いた時に見た映像と重なる。光政を遠ざけるために、舜海を誘った千珠の目付きだ。

「……馬鹿野郎」
 舜平は珠生を抱きしめた。珠生の腕が、舜平の首に絡みつく。
 珠生の服の中に手を差し込むと、熱を持った滑らかな肌に触れる。華奢な身体を掌で確認するように撫でると、珠生がため息を漏らした。

「脱げ、珠生」
 舜平は両腕をついて、珠生を見下ろしながらそう言った。珠生は少し潤み始めた目で舜平を見上げると、袖を抜いてシャツを脱ぐ。
「下もや……早く」
 少し恥ずかしげに眉を寄せたが、珠生は素直にその言葉に従った。舜平は薄く微笑んだ。
「今日はえらい素直やな」
「……うるさい」
 全裸になった珠生の肌に唇を滑らせながら、舜平はカーテンから漏れ入る朝日に照らされる珠生の肌を撫でた。
 間近で見ると、昨日自分が付けた赤い痣が、あちこちに微かな痕を残している。涙を流して悶え、もうやめてと懇願する昨日の珠生の乱れた姿が蘇る。

「……うっん……あ……」
 珠生のものを口に含むと、それは舜平の口の中でびくんと跳ねた。ゆっくりと隅々までねっとりと舐め上げるたび、珠生が声を立てる。
「……昨日は乱暴にしてしもうたもんな……今日は、優しくしたるわ」
「んっ……う……ぁ」
 ぬるりとしたそれを掌で包んで扱きながら、珠生の胸を舐めると、ひときわ大きく珠生の身体が反応する。
 舜平は笑った。
「気持ちいいんか?」
「……うんっ……気持ちい……んっ」
「……いつもの生意気な台詞はどうしたんや」
「ぁん、ん、ぁぁっ……」

 素直に反応する珠生はいつも以上に可愛らしく、舜平はめまいを覚えた。真っ赤な顔で舜平の愛撫を受け入れる珠生の表情は、なんとも言えず官能的だ。珠生の顔の横に肘をついて、優しく頭を撫でながら、舜平は耳に唇を寄せてささやいた。

「どうして欲しい……?」
「んっ……なに……?」
「どうやって、いかせて欲しい……?」
「やっ……何を……」
「なぁ、珠生。言ってみろ」
「いやだ……よ……そんな……」
 珠生は真っ赤になって顔を背けた。それでも下半身は更に熱を持って、舜平の掌の中で反応する。
「お前は言葉責めが好きみたいやな……なぁ?」
「……そんなこと……」
「ほら、言え……言わへんと、やめるぞ」
「……や、やだ……」
「やめて欲しくないんやろ?それなら、どうして欲しい……?」

 珠生は泣きそうな顔で、舜平の黒い瞳を見あげた。一瞬たりとも視線を外さない舜平の目から、珠生は恥ずかしげに目をそらし、つぶやく。 

「……はやく、挿れてほしい……っ」
「何やって?」
 舜平は聞こえないふりをした。珠生はまたさらに顔を赤くすると、舜平を見上げて言った。
「舜平さんの、で……いきたいっ……」
 舜平がにやりと笑った。そんな舜平の表情を見て、珠生は悔しげに目をそらす。
 何も言わず、舜平は布団を床に落とすと、珠生の脚を大きく開かせた。そしてそのまま珠生の根を咥え、同時にこれから侵入する場所にも指を挿し入れる。

「あっ……! やっ……あ」
 珠生は背を仰け反らせて声を上げた。舜平は音を立てながら珠生の身体を弄び、珠生の反応を楽しんだ。
「あ! あん……あ……しゅん……ぺいさん……」
「ん?」
「は……あっ……あっ……!」
 行き場のない珠生の手が、腰を押さえ込んでいる舜平の手に触れた。汗ばんだ身体が、つややかに光る。
「もう……いっちゃうよ……!」
 苦しげな珠生の細い声が、舜平の動きを加速させる。指の数を更に増やして珠生の体内で蠢かせると、珠生が小さな悲鳴のような声を上げた。

「あっ……も、駄目……、やだぁ……っ」
 絶頂する寸前で口を離すと、珠生の腰が大きく跳ねる。行き場を失った快楽の大波に戸惑うように、珠生は涙目で舜平を見上げている。舜平が薄く微笑んで舌舐めずりをすると、珠生はあられもない格好を恥じるように脚を閉じようとした。しかし舜平はそれを許さず、内腿を押さえ込んだまま珠生の顔を見つめている。
 そして、体内に入れた指を更に激しく蠢かせた。

「は、ぁっ! ……んぁっ……やめて……!」
「思ってもないこと、言うなや」
「あっ! ああっ……やっ……んっ!」
「ええ声やな……珠生」
 いつも反応の良い珠生だが、今日はいつもに増して過敏だ。舜平は指を抜くと、珠生の頭を優しく抱きしめた。

「……もう俺も、我慢できひん」
「ん……っ」
 耳元でそう呟くだけで、珠生の身体が震える。舜平は珠生を抱きしめたまま腰を引き寄せると、ゆっくりとその身体に自分の肉を割込ませていく。

「んうっ……んんっ!!」
 珠生の唇を唇で塞いで、その悲鳴を殺す。急激に高まる快感に、舜平も息を漏らした。

 熱く舜平を取り込む珠生の身体は、自分を求めてうねっている。最奥まで昂りを潜り込ませると、珠生の腰が快楽を求めるようにいやらしく動き出す。その動きにも、舜平を煽る珠生の肉体にも逆らえず、珠生の首元に顔を埋めて歯を食いしばった。

「……はぁっ……めっちゃ、いい……」
「ああんっ……ああっ……、ん、あっ!」
「……っ……珠生、」
「しゅんぺ……いさ……、ア、んっ……んっ……!!」

 珠生の目から涙が流れる。ふたりの腰が激しくぶつかるたびに、ベッドが軋む。
 しっかりと自分の背にしがみつく珠生の指先を感じながら、舜平は激しく腰を振り続けた。
 挿れてしまうと、止まらなかった。何か卑猥なことを言って珠生をいじめてやろうと思っていたのに、そんな余裕すらなくなっていた。

「はっ……はっ……イイ、」
「あぅん……! あっ! ああっん……!も……だめっ……ん、んっ」
「あかん……止まらへん……」
「も……や……めて……おかしくなっちゃう……っ……!」
 ぽろぽろと涙を零しながら、珠生が首を振った。言葉とは裏腹に、それでも珠生の腰は動いている。

「もっと……壊れろ……珠生」
「やぁっ……! あっ、ああっん!!」
 珠生の奥の奥まで激しく突き立て、責め続ける。珠生は背を仰け反らせて、舜平の肌に吐精した。うちひしがれたような表情で、珠生は涙を流しながら喘ぎ続けている。

「あっ……っぅん……! もう……だ……め、ぬいて……」
「嘘つけ。……離す気なんかないくせに」
 身体を起こし、珠生を見下ろしながら舜平は腰を振った。腰を浮かせてつながった部分を見下ろすと、珠生が身をよじって首を振った。

「見……ないでよ……っ」
「やらしいな……お前……」
「やっ……ァん……!」
 珠生が首を振るたびに、涙が流れ落ちる。大きな美しい目を潤ませて、珠生は泣きながら舜平を見あげた。

「んっ……! あんっ……あっ……!」
「めっちゃエロい……」
「やぁっ……もう、むりっ……いっちゃう……っ」

 舜平が肉を突き立てるたびに、珠生の身体が連動して揺れる。その度に漏れる吐息と喘ぎが、舜平の興奮を更にかきたてるのだ。

 朝日が差し込む部屋の中には、ふたりの激しい息づかいと、濡れた肌のぶつかり合う音だけがこだましていた。体位を変えることもなく、ただひたすらに身体を重ね、唇を重ね、ふたりは互いの身体を貪り合った。

「……いくっ……イクッ……!」

 珠生の背を掻き抱いて、舜平は珠生の中に精を吐いた。それを受け止める珠生の身体も、大きく震える。
 真っ白になってしびれた頭で、舜平はうっすら目を開く。脈うつ珠生の白い首筋が見える。
 肌理の細かい肌に、汗がきらきらときらめいていた。

「……はぁっ……はぁっ……」
 舜平は身体を起こすと、珠生にそっと口付けた。珠生は目を閉じて、それを受け取る。
 指で涙を拭ってやると、珠生は閉じていた眼を開いた。濡れそぼった長い睫毛が、ゆっくりと上下する。

 綺麗な目だ。
 何でこんなにも、珠生は愛おしい。

 舜平は黙って珠生を見つめたまま、ぽろりと溢れる涙を唇で拭ってやった。

「……泣き虫」
「……ん……は……」
「めっちゃかわいい」
「ん……う、うるさい、ばか、抜いてよ……っ」
「もうおしまいか?」
「だって、朝だし、明るいし……!」

 果てた後、我に返って恥じらう珠生の姿もまた麗しい。繋がり合っていた身体を別つと、珠生の中から熱の残滓が溢れ出す。舜平は申し訳なさと照れ臭さで赤面し、珠生の身体を労るようにそれを拭った。
 乱れきった部屋を見回して、珠生は気恥ずかしそうにシャツで肌を隠した。

「……舜平さん」
「ん?」
「こっち向いてよ」
「……え? おぅ、すまん」

 身を起こした珠生は、自分に背を向けてベッドサイドに座っている舜平の肩に、そっと額を寄せた。舜平はすぐに珠生を抱き寄せ、髪の毛に顔を埋める。

 素直に甘えてくる珠生は、何にもかえがたいほどに可愛くて、たまらない気持ちになる。
 舜平は湧き上がる愛おしさを胸に秘めて、ただ珠生を抱きしめた。

「昼からやっけ、葉山さんからの頼み事」
「うん」
「あの娘にも、早う居場所が見つかるといいな」
「……そうだね。ねぇ、舜平さんも行かない?」
「あんまり人が多いと、いやがらはるやろ。俺もたまには家に帰らなな。おかんも妹も五月蝿いし」
「あ、そっか。そうだよね」
 珠生は微笑んで、身を離す。珠生の頭に手を置いたまま、舜平も微笑んだ。

「せっかくできた家族だもんね、大切にしないと」
「ああ、そうやな。お前も、先生によろしくな」
「うん」

 柔らかく微笑む珠生がまたことさら可愛らしく、照れて緩んでしまう顔を隠すように、舜平はそっとキスをした。

 柔らかく暖かい、感じ慣れた珠生の唇の感触を、身体に刻み込むように。
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