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第8章 決戦
7、結界術・十六夜
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珠生は、藤原の差し出した草薙の剣を握りしめた。
どくん、と草薙が五百年の時を経て、目覚めたのが分かる。
草薙に眠る記憶が、珠生の細胞全てを覚醒させていくような感覚。珠生は、閉じていた目を開き、空を見上げた。
「……珠生、どう?」
陣の中心に立つ珠生の背後で、彰がそう尋ねた。珠生は振り返り、彰に向かって微笑んだ。
「素晴らしい気分だ。思い出す、あの日のことを」
「いいね、その表情」
と、彰は嬉しそうにそう言った。
「佐為、興奮するのはいいが、そろそろ術をはじめるよ」
と、藤原が冷静にそう言う。当時の風景が既視感を持って蘇り、珠生は思わず笑ってしまった。
「……興奮なんてしてませんよ。いきましょう」
彰はさも楽しげに笑みを浮かべると、さっと印を結んだ。彰の動きに、円陣上に並んだ全ての陰陽師が倣う。
舜平も彰の隣にあぐらを組んで座ると、印を結んだ。
彰の背後には、白いシャツとスラックス姿の葉山があぐらをかいて座り、印を組んでいる。
ちら、と彰の目が葉山を捉えるが、葉山はそれに気づかない。
彰は静かに微笑んで、あたりを見渡した。
皆やや緊張した面持ちだが、今この時代、この場所に居られることを、とても誇らしく感じているようだ。皆の表情を見ていれば、自然とそれが分かった。
うっすらと明るくなってくる空が、皆を奮い立たせるように、美しく晴れていく。
「珠生、やってくれ」
彰の言葉に、珠生はすっと息を吸った。ふつふつと身体の中で妖気が高まり、珠生の足元からふわりと風が生まれる。
この国を守る術。
過去から現在、そして未来まで、愛おしき人々を護る術。
珠生はざっと陣の中心に草薙を突き立て、あらん限りの妖力を草薙に与えた。
剣は嬉しそうに珠生の妖気をいくらでも吸い上げて、陣の端々へと送り込んだ。地上に描かれた円陣が、みるみる薄緑色の光を放ち始める。
陰陽師衆の詠唱が響き、光はいよいよ強く、眩く辺りを照らしだす。
珠生を中心にいっそう風も強く吹き乱れ、茶色い髪は逆巻き、カーキ色のモッズコートのすそをはためかせる。
珠生は再び、目を開いて空を仰いだ。
明け方の澄んだ空に、くっきりと薄緑色の光で五芒星が浮かび上がっている。
「 我ら この地を永劫 守護する者
四神の天と 四神の地 今この地に目覚め給え
十六夜よ 応えよ 我が名は一ノ瀬佐為
我 そなたをここへ結びし者なり 」
彰の静かな声が、珠生の耳に心地よく流れこんでくる。
より一層強く草薙に身体を引きつけられるような感覚に耐えながら、珠生はただ、今までの自分のきた道のことを思い巡らせていた。
半妖の鬼として生きた一生。そこで数多の愛を得たこと。
そして、沖野珠生として現世に蘇り、再び揺さぶられたこの心と魂のこと。
流れた血の色、この手で切り裂いた数多の命、流した涙の数、初めて人のぬくもりを知った時のこと、初めて人を愛した時のこと。
今もなおこの胸を熱くする、愛おしき再会のこと。
そして、この現世において、珠生がなすべきことを。
陰陽師衆の詠唱と重なって、彰の言葉はまるで美しい歌のように聞こえた。
空を仰げば、懐かしさのあまり、珠生の目からは涙が溢れる。
——この神の力……なんて懐かしいんだ……
草薙を通じて、四神の力が再びこの大地に満ちてゆく様が伝わって来る。
——心地いい……美しい神気だ
瞼を閉じると、あふれだす涙が頬を通じて流れた。
「四神相応 結界術・十六夜!! 急急如律令!!」
彰の目が開く。その目の色が、金色に光る。
空に浮かび上がった五芒星がみるみる朝焼けの空を覆い尽くすように広がり、まるで巨大な屋根のようにその宇宙を包み込んだ。
きらきらと朝日が地上に降り注ぐように、薄緑色の光が地上を眩く照らす。
徐々に空が明るく光り輝いて、暁の空へと変化していく。
五芒星を形作っていた光が薄れ、陰陽師衆の詠唱が消えた。
最後まで残った光は、珠生の身体をきらきらと覆いながらゆっくりと草薙に吸い込まれていく。
その光が全て消えた頃、彰はゆっくりと印を解いた。
がくっと、珠生はその場に膝をついた。怪我をしていた上に、膨大な量の妖気を草薙に吸い取られたため、立っていることも出来なかった。
それでもその心は清々しい。神気に身を洗われたかのような気持ちだった。
「……珠生、大丈夫か」
ふらふらと歩み寄ってきた舜平が、気遣わしげに珠生の肩に触れた。珠生は重たい瞼を必死で上げて、舜平を見上げる。
「……うん、大丈夫」
「眠そうな顔して、よう言うわ」
と、舜平は笑った。
「珠生、ありがとう」
彰は珠生の横に膝をついて、清々しく笑った。
「君のおかげだ。これでまた、この国は守られる」
「そっか、良かった」
珠生はすっと草薙を手放して、その場にかくんとへたり込む。歩み寄ってきた藤原が、草薙をそっと拾い上げた。
「皆……ありがとう。本当に」
藤原は三人を気遣わしげに見比べてから、心底ほっとしたように微笑んだ。そんな藤原の笑みを見て、皆が表情を緩めて明るく笑った。
「……さて、再び根気のいる話だ。この鍵である草薙を、後世に伝えて行かなければならないからね」
「またですか? 気の長い話ですね」
と、珠生はため息混じりにそう言って笑った。藤原は苦笑する。
「しかし、あの頃よりは、今のこの世界は安定している。そのおかげで強固な結界術が張れた。我々がわざわざ転生する必要性は薄いと考えるね」
「本当ですか?」
と、彰が座り込んだまま藤原を見上げた。
「でもしばらく、後始末に君たちには奔走してもらわなければならない」
「え?」
と、舜平。
「この術は、より強大な災を退けるためのものだから、小さな綻びは防ぎ切れないんだ。猿之助によって荒らされた鬼道がふさがるまでは、小さな妖が現世を惑わすかもしれない」
「なるほど」
彰は苦笑して、ふらりと立ち上がった。
「大丈夫ですよ、これだけの面子が揃っていれば、どうということもありません」
「ああ、頼りにしている。……佐為。今回も、本当によくやってくれた。私はお前のことが、何よりも誇らしい」
「……ありがとうございます」
藤原の力強い言葉と笑顔に、彰はにっこりと微笑んだ。
「珠生くん、舜平くん、本当にありがとう。いつまでも君たちに甘えてしまってすまないね」
「いいんですよ。世話になってたから」
と、舜平。
「慣れました」
と、珠生。
「あはは、千珠さまもそう言っていたな」
藤原は爽やかに笑って、珠生の頭をそっと撫でた。
「さぁ千秋ちゃんを迎えに行ってあげなさい。大宮御所の中にいるから」
「はい……!」
珠生はすっくと立ち上がると、陣を抜けて承明門の方へと走っていった。
「……元気やな」
と、立ち上がれないほどに霊気を消耗した舜平は、呆れたようにそう言った。
「君はだいぶ、珠生に霊気を取られたみたいだな」
と、彰がにやりと笑う。
「……ああ、結構吸われたかな……ってなに言わすねんこの助平野郎!」
「あはは、ごめんごめん。変な意味じゃなくてさ」
「ふん。……っていうか、あいつの気がないと、結界術が張れへんやんか」
「その通りだ。舜平、珠生を助けてくれて、ありがとう」
彰は舜平に手を差し伸べて、微笑む。舜平はその手を胡散臭げに見つめていたが、手を伸ばして彰の手を握り、立ち上がった。
「お前に礼なんか言われると、気色悪いわ」
「はは、酷いなぁ」
彰は楽しげ笑って、空を仰ぐ。
すっかり明けた春の空が、みずみずしい青空を見せていた。
さらりと透けるような白い雲が、上空遙か高くに見える。
「……美しい」
「そうやな」
二人は空を見上げて、微笑んだ。
どくん、と草薙が五百年の時を経て、目覚めたのが分かる。
草薙に眠る記憶が、珠生の細胞全てを覚醒させていくような感覚。珠生は、閉じていた目を開き、空を見上げた。
「……珠生、どう?」
陣の中心に立つ珠生の背後で、彰がそう尋ねた。珠生は振り返り、彰に向かって微笑んだ。
「素晴らしい気分だ。思い出す、あの日のことを」
「いいね、その表情」
と、彰は嬉しそうにそう言った。
「佐為、興奮するのはいいが、そろそろ術をはじめるよ」
と、藤原が冷静にそう言う。当時の風景が既視感を持って蘇り、珠生は思わず笑ってしまった。
「……興奮なんてしてませんよ。いきましょう」
彰はさも楽しげに笑みを浮かべると、さっと印を結んだ。彰の動きに、円陣上に並んだ全ての陰陽師が倣う。
舜平も彰の隣にあぐらを組んで座ると、印を結んだ。
彰の背後には、白いシャツとスラックス姿の葉山があぐらをかいて座り、印を組んでいる。
ちら、と彰の目が葉山を捉えるが、葉山はそれに気づかない。
彰は静かに微笑んで、あたりを見渡した。
皆やや緊張した面持ちだが、今この時代、この場所に居られることを、とても誇らしく感じているようだ。皆の表情を見ていれば、自然とそれが分かった。
うっすらと明るくなってくる空が、皆を奮い立たせるように、美しく晴れていく。
「珠生、やってくれ」
彰の言葉に、珠生はすっと息を吸った。ふつふつと身体の中で妖気が高まり、珠生の足元からふわりと風が生まれる。
この国を守る術。
過去から現在、そして未来まで、愛おしき人々を護る術。
珠生はざっと陣の中心に草薙を突き立て、あらん限りの妖力を草薙に与えた。
剣は嬉しそうに珠生の妖気をいくらでも吸い上げて、陣の端々へと送り込んだ。地上に描かれた円陣が、みるみる薄緑色の光を放ち始める。
陰陽師衆の詠唱が響き、光はいよいよ強く、眩く辺りを照らしだす。
珠生を中心にいっそう風も強く吹き乱れ、茶色い髪は逆巻き、カーキ色のモッズコートのすそをはためかせる。
珠生は再び、目を開いて空を仰いだ。
明け方の澄んだ空に、くっきりと薄緑色の光で五芒星が浮かび上がっている。
「 我ら この地を永劫 守護する者
四神の天と 四神の地 今この地に目覚め給え
十六夜よ 応えよ 我が名は一ノ瀬佐為
我 そなたをここへ結びし者なり 」
彰の静かな声が、珠生の耳に心地よく流れこんでくる。
より一層強く草薙に身体を引きつけられるような感覚に耐えながら、珠生はただ、今までの自分のきた道のことを思い巡らせていた。
半妖の鬼として生きた一生。そこで数多の愛を得たこと。
そして、沖野珠生として現世に蘇り、再び揺さぶられたこの心と魂のこと。
流れた血の色、この手で切り裂いた数多の命、流した涙の数、初めて人のぬくもりを知った時のこと、初めて人を愛した時のこと。
今もなおこの胸を熱くする、愛おしき再会のこと。
そして、この現世において、珠生がなすべきことを。
陰陽師衆の詠唱と重なって、彰の言葉はまるで美しい歌のように聞こえた。
空を仰げば、懐かしさのあまり、珠生の目からは涙が溢れる。
——この神の力……なんて懐かしいんだ……
草薙を通じて、四神の力が再びこの大地に満ちてゆく様が伝わって来る。
——心地いい……美しい神気だ
瞼を閉じると、あふれだす涙が頬を通じて流れた。
「四神相応 結界術・十六夜!! 急急如律令!!」
彰の目が開く。その目の色が、金色に光る。
空に浮かび上がった五芒星がみるみる朝焼けの空を覆い尽くすように広がり、まるで巨大な屋根のようにその宇宙を包み込んだ。
きらきらと朝日が地上に降り注ぐように、薄緑色の光が地上を眩く照らす。
徐々に空が明るく光り輝いて、暁の空へと変化していく。
五芒星を形作っていた光が薄れ、陰陽師衆の詠唱が消えた。
最後まで残った光は、珠生の身体をきらきらと覆いながらゆっくりと草薙に吸い込まれていく。
その光が全て消えた頃、彰はゆっくりと印を解いた。
がくっと、珠生はその場に膝をついた。怪我をしていた上に、膨大な量の妖気を草薙に吸い取られたため、立っていることも出来なかった。
それでもその心は清々しい。神気に身を洗われたかのような気持ちだった。
「……珠生、大丈夫か」
ふらふらと歩み寄ってきた舜平が、気遣わしげに珠生の肩に触れた。珠生は重たい瞼を必死で上げて、舜平を見上げる。
「……うん、大丈夫」
「眠そうな顔して、よう言うわ」
と、舜平は笑った。
「珠生、ありがとう」
彰は珠生の横に膝をついて、清々しく笑った。
「君のおかげだ。これでまた、この国は守られる」
「そっか、良かった」
珠生はすっと草薙を手放して、その場にかくんとへたり込む。歩み寄ってきた藤原が、草薙をそっと拾い上げた。
「皆……ありがとう。本当に」
藤原は三人を気遣わしげに見比べてから、心底ほっとしたように微笑んだ。そんな藤原の笑みを見て、皆が表情を緩めて明るく笑った。
「……さて、再び根気のいる話だ。この鍵である草薙を、後世に伝えて行かなければならないからね」
「またですか? 気の長い話ですね」
と、珠生はため息混じりにそう言って笑った。藤原は苦笑する。
「しかし、あの頃よりは、今のこの世界は安定している。そのおかげで強固な結界術が張れた。我々がわざわざ転生する必要性は薄いと考えるね」
「本当ですか?」
と、彰が座り込んだまま藤原を見上げた。
「でもしばらく、後始末に君たちには奔走してもらわなければならない」
「え?」
と、舜平。
「この術は、より強大な災を退けるためのものだから、小さな綻びは防ぎ切れないんだ。猿之助によって荒らされた鬼道がふさがるまでは、小さな妖が現世を惑わすかもしれない」
「なるほど」
彰は苦笑して、ふらりと立ち上がった。
「大丈夫ですよ、これだけの面子が揃っていれば、どうということもありません」
「ああ、頼りにしている。……佐為。今回も、本当によくやってくれた。私はお前のことが、何よりも誇らしい」
「……ありがとうございます」
藤原の力強い言葉と笑顔に、彰はにっこりと微笑んだ。
「珠生くん、舜平くん、本当にありがとう。いつまでも君たちに甘えてしまってすまないね」
「いいんですよ。世話になってたから」
と、舜平。
「慣れました」
と、珠生。
「あはは、千珠さまもそう言っていたな」
藤原は爽やかに笑って、珠生の頭をそっと撫でた。
「さぁ千秋ちゃんを迎えに行ってあげなさい。大宮御所の中にいるから」
「はい……!」
珠生はすっくと立ち上がると、陣を抜けて承明門の方へと走っていった。
「……元気やな」
と、立ち上がれないほどに霊気を消耗した舜平は、呆れたようにそう言った。
「君はだいぶ、珠生に霊気を取られたみたいだな」
と、彰がにやりと笑う。
「……ああ、結構吸われたかな……ってなに言わすねんこの助平野郎!」
「あはは、ごめんごめん。変な意味じゃなくてさ」
「ふん。……っていうか、あいつの気がないと、結界術が張れへんやんか」
「その通りだ。舜平、珠生を助けてくれて、ありがとう」
彰は舜平に手を差し伸べて、微笑む。舜平はその手を胡散臭げに見つめていたが、手を伸ばして彰の手を握り、立ち上がった。
「お前に礼なんか言われると、気色悪いわ」
「はは、酷いなぁ」
彰は楽しげ笑って、空を仰ぐ。
すっかり明けた春の空が、みずみずしい青空を見せていた。
さらりと透けるような白い雲が、上空遙か高くに見える。
「……美しい」
「そうやな」
二人は空を見上げて、微笑んだ。
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