琥珀に眠る記憶

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第7章 戦の前

10、猿之助一派、襲来

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 どぉん……と蛤御門の方向で、爆発するような音が暗闇に重く響いた。
 建礼門の石段に座っていた彰は、ゆっくりと立ち上がってそちらを見る。ざわざわとした不穏な気配が、こちらに波寄ってくるのが分かった。

「業平様」
「ああ。やはり人間の体を使ってきたか」
 土煙に紛れて、紫色の煙が辺りに立ち籠め始めた。じわじわと足元に迫ってくるその煙にも、見慣れてきた。
 蛤御門から、虚ろな目をした人間たちがぞろぞろとよろめきながら入ってくる。その中には、何人か警察官の制服を身にまとった者の姿も見えた。
 皆が額に六芒星の呪印を受けている。かつて陀羅尼を操った時の、猿之助の術だ。

「業平様!」
 珠生と舜平が戻ってくるのを見て、藤原は頷いた。さっと印を結ぶと、藤原は凛とした声で詠唱を始めた。

 地鳴りがして、微かに地面が揺れ始める。びき、びきと砂利道が裂け始め、その隙間から金色の光が迸った。

「幽体剥離!! 急急如律令!」
 その金色の光を受けて、承明門へと近づいていた人間たちの脚がぴたりと止まった。
 足元から湧き上がる光の波に、皆の顔が恐れ慄く。
「ぎゃぁぁああぁぁああ!!!」
 世にも恐ろしい悲鳴を上げて、人間たちが頭を抑えてうずくまりはじめた。中には、胸を掻き毟りながら倒れる者もいる。
 操られた人々が苦しみ悶える様子を痛ましい表情で見つめながらも、藤原は印を結び続けた。すると、すうぅ、と人々の口から黒くどろりとしたものが姿を現し始める。
 珠生は間髪入れずに地面を蹴って、光のなかで蠢く人間たちの中に身を投じた。

「すぐ、解放する」
 珠生はそう言うと、ずるりと外に出てきた妖に斬りかかった。倒れ伏した人間たちを踏みつけ暴れている妖を、片っ端から斬り捨てていく。

 光の中で宝刀を閃かせ、敵を斬る珠生の姿。砂利の上に着地し、モッズコートの裾を翻しながら、珠生は背後から襲いかかってきた妖を振り向かずに突き殺す。そしてそのまま刃を振り抜くと、正面から涎をまき散らしながら突進してくる妖を一振りで薙ぎ払う。

 じゃりっと、地面を蹴って一回転すると、珠生は建礼門を背に立ちはだかった。残っていた数匹の妖が、珠生に襲いかかってくる。
 珠生は砂利を蹴散らして、ふっと姿を消した。瞬く間に妖の頭上に現れた珠生は、妖の頭上でひらりと身をかわしながら一撃、そして着地と同時に残っていた二匹を一薙ぎで斬り裂いた。

 その鮮やかな動きに、皆が目を見張る。珠生は表情ひとつ変えずに、そこにい妖全てを切り裂いた。
 光が収まり、再び暗闇に戻った御所の中、珠生の宝刀だけがぼんやりと輝いている。

「さすがですな、千珠殿」

 頭上で、女の声がした。
 皆が弾かれたよう上を見上げると、建礼門の上に吉田梨香子が立っていた。

「……梨香子」
 舜平の声に、梨香子は下を見て笑った。若い女の笑みとは思えない、邪悪な笑顔だった。
「絶対防御結界か、道理で入れないわけだ」
「猿之助……そこから出ていけ」
 舜平は、押さえた声でそう言った。梨香子の姿をした猿之助は、にいと唇を吊り上げて笑う。

「何故だ。もう別れた女の身体だろう? 私がどう扱おうとお前には関係なかろう」
「俺に関係あろうがなかろうが、お前には消えてもらう!」
 舜平が印を結ぶと同時に、猿之助はひらりと地面に降り立った。
「縛!」
「ふん」
 舜平の術を、猿之助は手を払うだけでいとも容易く破った。舜平が目を見張る。
「言ったろう? 陰陽師の血を持たぬお前の術など、この私に通じぬと」

黒城牢こくじょうろう! 急急如律令!!」
 彰の声が、鋭く二人の間に割って入る。黒く複雑な格子を持った巨大な檻が、地中から生まれて猿之助を囲う。
「……捕まえた」
 にやりと笑って、彰がそう言った。猿之助はやや驚いた顔をしていたが、すぐにまたほくそ笑む。
「佐為……お前か」
「お久しぶりですね、猿之助」
「ふん、汚れた妖の血を持つお前の力も、この私には通用しない」
「……」
 彰は何も言わなかったが、少し目付きが鋭くなる。
「守清、影龍、来い!」
 猿之助がそう叫ぶと、暗い空から千秋とともに、見知らぬ男が姿を現した。
 千秋の姿を見て、珠生ははっと息を呑む。

「千秋……」
「千珠殿、この間はどうも」
と、千秋の姿をした影龍がにやりと笑った。珠生はぐっと、唇を噛む。
「そこから出ていけ」
「馬鹿を言うな。この身体、なかなかに霊力が高くてな。とても居心地がいいのだよ」
 千秋はそう言って、自分の胸に手を当てた。ぶわ、と紫色の炎がかぎろい立つ。

「な……」
「さすがは千珠殿の片割れ、力が漲ってくるぞ。ふふふ……」
 影龍はにやりと笑い、暗い瞳で珠生を捉えた。
「同じ顔をした双子に、殺される。……くくくっ、一体どんな気分だろうな」
「……ふざけんなよ」
「やってみるか」
 影龍は手にしていた日本刀を、すらりと抜いた。鞘を投げ捨て、ぴたりと珠生に向かって構えた。

「猿之助さまの戦いは邪魔させぬ。お前の相手はこの私だ」
「……」
 珠生はふつふつと湧いてくる怒りに任せて、影龍を睨みつけた。珠生が瞬きした瞬間、その両の目が真っ赤に染まり、その華奢な身体からごぉっ……と妖気が燃え上がる。

 青白い妖気に包まれた珠生の赤い瞳の中で、黒い瞳孔が細く裂けた。
 じり、と影龍は踵を砂利にめり込ませ、微かに後退する。背筋につぅ、と冷や汗が流れた。

 影龍の身体を強ばらせるのは、恐怖と畏怖。しかし、何があっても、千珠に猿之助の邪魔をさせるわけにはいかない。


 ——それに、この子鬼は、どうせこの女の身体を斬ることが出来ないにきまっている……。勝機はある。


 影龍は力を込めて珠生の目を見返すと、地面を蹴った。
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