琥珀に眠る記憶

餡玉

文字の大きさ
上 下
83 / 534
第6章 襲撃、再び

9、猿之助、再び

しおりを挟む
 影龍はひらりと剣をかわすと、そこから距離をとって地面に着地した。
 吹きこむ風に、霧が晴れていく。その霧の中をゆっくりと進んでくる影は、珠生だった。

 ぎらぎらと燃えるような怒りの色を見せて、珠生はじっと影龍を見据えて歩いてくる。 
 珠生の周りに、ぶわりと妖気の風が吹き上がった。

 珠生は舜平の隣を過ぎ、アスファルトに突き立っていた宝刀を引き抜くと、ぴたりときっさきを影龍に向けた。

「俺の片割れを、返してもらおうか」
 抑えた声で、珠生はそう言った。あまりに圧倒的な差のある珠生の妖力に、影龍の脚がじりりと後退する。
 珠生がゆっくりと瞬きをすると、その目が真っ赤に染まり瞳孔が縦に裂けた。
 舜平もたじろぐほどに、珠生の妖力が燃え上がる。

「聞こえないのか。返せと言ってるんだ」
「……見事な力。千珠殿、素晴らしい」
 千秋の姿をした影龍は、冷や汗を流しながらも笑みを浮かべてそう言った。珠生の目がさらに鋭くなる。
「お前の魂、焼き尽くしてやろう」
 珠生は宝刀を地面に突き立てると、目を閉じて柄を握りしめた。珠生の周りを渦巻いていた妖気が、宝刀に集中するのが見て取れる。

「……爆ぜろ」
 珠生が目を開いてそう呟くと、宝刀が、まばゆい閃光を放った。思わず目を覆わなくてはならないほどに強い光だ。影龍は動くことが出来ずに、ただただ、その光に呑まれることしか出来ないでいた。

 しかし次の瞬間、影龍は自分の身が誰かによってすくい上げられ、防壁結界によってその身が守られるのを感じた。はっとして、自分の体を抱える者の姿を見上げる。

「……影龍さま、ご無事ですか」
 男性看護師の格好をした弓之進が、千秋の身体を抱えて守ったのだ。
 光が消える前に、弓之進は更に後退して民家の屋根の上にひらりと飛び上がる。

「何だ、そこにいたのか?」
 珠生の冷ややかな声が、弓之進のすぐ背後で聞こえた。弾かれたように振り返ると、目の前に珠生が立っていた。
「ひっ……!」
 弓之進が震え上がると、珠生はすっと手を伸ばして、憑坐となっている看護師の首を掴んだ。自分よりも上背のあるがっしりとした看護師の首を、珠生はみしみしと片手で締めあげた。

「あっ……く!」
「珠生! あかん、それは人間やぞ!」
 舜平の声に、珠生ははっとして手を離す。膝をついてげほげほと咳き込む看護師を見下ろして、珠生はぴたりと鋒を向けた。

「返せ。それは俺の片割れだ」
「……」
 弓之進と、その背に庇われた影龍は、険しい表情で珠生を見あげている。珠生はどこまでも冷徹な目で、二人を見下ろしていた。

 その時、珠生の足元に鋭く突き刺さる光の矢が襲いかかった。珠生はひらりと身をかわして、術者を探して視線を巡らせる。
 珠生の見上げた先には、梨香子がいた。病院の屋上の柵の上に立ち、短いスカートをはためかせている。

「梨香子……!」
 その姿を見た舜平が、硬い声でそう呟いた。 

「全く……何度も何度も、私の手を煩わせよって」
 梨香子はにやりと笑い、珠生と舜平を見比べた。
「影龍、弓之進、さっさと行け。結界は破れているのだ。もう霧が晴れてしまう」
「はっ……!」
「待て!」
 珠生が去って行く二人を覆うと手を伸ばすと、その手に細い光の糸のようなものが絡みついた。ピンと張った糸が、珠生の皮膚に食い込む。

「あまり動かれると、手足がちぎれますぞ、千珠殿」
「猿之助……!!」
 憎々しげに歯を食いしばり、自分を見上げる珠生を、猿之助は涼しい笑みで見下ろしていた。
火焔大鳳かえんたいほう! 急急如律令!」

 舜平のはなった術が、足元から猿之助に襲いかかる。猿之助は尚も笑みを浮かべたまま、まるで蝋燭の火でも仰ぎ消すかのように手を払う。するとそこに玉虫色の結界の壁が生まれた。
 あっさりと術を阻まれた舜平は、悔しげに猿之助を見上げる。

「お前ごときの技が、この私に通じるとでも思ったか! 急拵えのお前の力など、私には届かぬわ!」
「……くそっ!」
「猿之助……返せ……千秋を、返せぇええ!!」
 珠生の張り上げた声とともに、猿之助の術がじゅうっと溶けて消えた。猿之助ははっとして、珠生を見下ろす。
「千珠さま! 動くな!」
 鋭く響く藤原の声に、屋上へと跳び上がりかけた珠生の脚が止まる。


陰陽閻矢百万遍おんみょうえんしひゃくまんべん! 急急如律令!!」


 数百、数千の破魔矢が、地上から猿之助を狙って放たれる。猿之助は舌打ちをして、素早くその矢を避けた。身を翻した拍子に、猿之助は体勢を崩してよろめいた。

 すぐさま藤原は印を結んで叫ぶ。

「黒城牢!!」
「そんなものが……この私に通じるか! 業平ァ!」

 梨香子の顔が一段と禍々しく歪んだ笑みを浮かべた。藤原の放った技を、空中で印を結んで弾き返した。

 藤原は咄嗟に印をといて術を消し、町が破壊されないように結界で防ぐ。黒い檻を成していたものが霧散して消え、黒い煙だけが風に掻き消された。

 徐々に薄まっていく紫色の霧とともに、梨香子の姿もかき消えていく。

「この人間たちの生命を助けたくば、明日、丑の刻、京都御苑へ来い。草薙の剣を持ってな……」

 霞んでゆく梨香子の姿を、舜平はただ見ていることしか出来なかった。頭に直接届く声が、三人の脳を刺激する。

 珠生は藤原の隣に降り立つと、宝刀を身体の中に収めた。
 徐々に消えていく霧とともに、町中の喧騒が蘇る。今回は何も破壊せずに済んでいた。

「業平様、千秋が……」
「ああ、分かってる。明日必ず、取り戻す」
 藤原はじっと猿之助の消えた空を見上げながら、強い口調でそう言った。
「明日、猿之助を排除した後、術式を行う。猿之助があちこちの鬼門を破壊して妖を喰っているせいで、今京都はとても危うい状態なのだ」
「妖を、喰ってる……?」
 珠生はぎょっとして、その言葉を繰り返した。藤原は頷いた。

「最近、あちこちで妙な事件が続いてね、私もずっとその調査で忙しかったのだが……。猿之助のあの強さも、そのせいだ」
「そんな……あの女の人の体は?」
「彼女はおそらく、大丈夫だろうが……早く取り返さねば危険だ。もちろん、千秋さんの身体も」
「……はい」

 重たそうに身体を引きずって、舜平が二人に合流した。
「大丈夫かい? 病室に戻ろう、そこで話をしたい」
「はい……。よかった、藤原さんが来てくれて」
と、舜平が言う。
「湊くんに呼ばれたんだ。葉山は連絡がつかないものだから、置いてきた」
 藤原は微笑んで、病院の方から駆けてくる湊を見た。

「さて……湊くん、佐為も呼んでくれたまえ」
「もう、呼んであります」
「そうか。ありがとう」

 珠生は千秋の消えた空を見上げた。


 ——まさかこんなことになるなんて……。


 ゴメンな千秋。巻き込むつもりなんかなかったのに。
 すぐ、取り戻すから。
 
しおりを挟む
感想 47

あなたにおすすめの小説

ヤンデレBL作品集

みるきぃ
BL
主にヤンデレ攻めを中心としたBL作品集となっています。

騙されて快楽地獄

てけてとん
BL
友人におすすめされたマッサージ店で快楽地獄に落とされる話です。長すぎたので2話に分けています。

【連載再開】絶対支配×快楽耐性ゼロすぎる受けの短編集

あかさたな!
BL
※全話おとな向けな内容です。 こちらの短編集は 絶対支配な攻めが、 快楽耐性ゼロな受けと楽しい一晩を過ごす 1話完結のハッピーエンドなお話の詰め合わせです。 不定期更新ですが、 1話ごと読切なので、サクッと楽しめるように作っていくつもりです。 ーーーーーーーーーーーーーーーーーー 書きかけの長編が止まってますが、 短編集から久々に、肩慣らししていく予定です。 よろしくお願いします!

BL団地妻-恥じらい新妻、絶頂淫具の罠-

おととななな
BL
タイトル通りです。 楽しんでいただけたら幸いです。

ママと中学生の僕

キムラエス
大衆娯楽
「ママと僕」は、中学生編、高校生編、大学生編の3部作で、本編は中学生編になります。ママは子供の時に両親を事故で亡くしており、結婚後に夫を病気で失い、身内として残された僕に精神的に依存をするようになる。幼少期の「僕」はそのママの依存が嬉しく、素敵なママに甘える閉鎖的な生活を当たり前のことと考える。成長し、性に目覚め始めた中学生の「僕」は自分の性もママとの日常の中で処理すべきものと疑わず、ママも戸惑いながらもママに甘える「僕」に満足する。ママも僕もそうした行為が少なからず社会規範に反していることは理解しているが、ママとの甘美な繋がりは解消できずに戸惑いながらも続く「ママと中学生の僕」の営みを描いてみました。

明智さんちの旦那さんたちR

明智 颯茄
恋愛
 あの小高い丘の上に建つ大きなお屋敷には、一風変わった夫婦が住んでいる。それは、妻一人に夫十人のいわゆる逆ハーレム婚だ。  奥さんは何かと大変かと思いきやそうではないらしい。旦那さんたちは全員神がかりな美しさを持つイケメンで、奥さんはニヤケ放題らしい。  ほのぼのとしながらも、複数婚が巻き起こすおかしな日常が満載。  *BL描写あり  毎週月曜日と隔週の日曜日お休みします。

ヤンデレだらけの短編集

BL
ヤンデレだらけの1話(+おまけ)読切短編集です。 全8話。1日1話更新(20時)。 □ホオズキ:寡黙執着年上とノンケ平凡 □ゲッケイジュ:真面目サイコパスとただ可哀想な同級生 □アジサイ:不良の頭と臆病泣き虫 □ラベンダー:希死念慮不良とおバカ □デルフィニウム:執着傲慢幼馴染と地味ぼっち ムーンライトノベル様に別名義で投稿しています。 かなり昔に書いたもので、最近の作品と書き方やテーマが違うと思いますが、楽しんでいただければ嬉しいです。

R指定

ヤミイ
BL
ハードです。

処理中です...