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第6章 襲撃、再び
7、吐露
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地下鉄丸太町の駅の改札口の前に、制服姿の湊が立っていた。
「珠生はどうもなさそうやな」
「うん、俺はね」
「でもなんか、浮かない顔やな」
「……さっき起きたから」
「そっか」
千秋との諍いのことは、何となく言い出せなかった。二人は連れ立って地上に出ると、総合病院の方へと足を向けた。
「学校、どうなってた?」
「山辺はクビやって。犯罪のことに関して、表沙汰にはせぇへんから直ぐにやめろってことになったらしい」
「そっか……。通り魔云々のことは?」
「緑川先生が校長に色々と進言しててな。体育館の窓ガラス全部割られたことや、生徒の教室爆破事件なんかで、学校のイメージは落ち気味や。そんなに生徒に憎まれるような教育をしてんのかってな」
「全部俺のせいだ……。なんか、悪いことしちゃったな」
「別にお前が悪いわけちゃうやん。あ、ほんで、さらに通り魔なんて学校に入り込んだことが分かったら、どんだけ恨まれてんねんって思われるやろ? それこそうちの学校の評判おしまいやから、何とか伏せようってなったらしいわ」
「じゃあ、先輩の思うように進んだってことだね」
「そうや。やれやれ」
「それにしても、詳しいね」
「まぁ、元忍やからね。これくらいのことは余裕や。それくらいのことしか、今の俺にはできひんからな」
「そんなことないよ。俺は学校に湊がいてくれて、すごく心強いから」
「そうか? お前がそう言ってくれるんやったら、俺も嬉しいけどな」
湊は静かに微笑んで、珠生を見下ろした。珠生はそんな湊の落ち着いた気に触れて、心が落ち着くのを感じていた。
柊がいつも千珠を影から守ってくれていたように、湊の静かに包み込むような気はとても安心できる。
「柊」
「ん?」
「ありがとう」
「え? どうしたん?」
不意に昔の名前で呼ばれ、湊は驚いたような怪訝な表情を見せたが、少し嬉しそうでもあった。
「何でもない」
珠生も笑ってそう言うと、また前を向いて歩き出す。
+
「あらぁ、珠生くんと湊くんじゃないの」
いつになくテンションの高い葉山が、二人を笑顔で迎え入れた。その向こうでは、舜平がベッドの上にあぐらをかいて微妙な顔をしている。
「どうも、葉山さん。お元気そうですね」
と、湊が静かな声でそう言った。
「そう? 珠生くんのお父さん、とっても素敵ね。背も高いし、教授ってことは頭もいいし、何よりも優しくていいわ」
「……どうしたんです?」
珠生はびっくりして葉山を見返す。
「さっきまで、先生が見舞いに来てくれてはったんやけど。最近藤原さんにこき使われてるから、先生の優しさが異常に心に染み入ったらしい」
「……あ、そうなんだ」
「今、お母さんとは別居なんでしょ? 珠生くん、私をお母さんって呼んでみたくない?」
「ええっ。そんなに気に入っちゃったの? 頼りないですよ、あの人」
「いいのいいの、私はそういう人のほうがいいの」
「だいぶお疲れなんやなぁ」
と、湊は同情を込めてそう呟いた。
「俺は止めませんけど勧めもしませんよ」
と、珠生は面倒くさそうにそう言った。
「ドライな子ね」
葉山は少しつまらなそうにそう言って、健介の持って来たフルーツのかごから幾つか果物を手に取った。
「まぁいいや。ふたりとも何か食べる?」
「いや、いいですよ。それより、俺らいるんで、葉山さんは少し休んだほうがいいんとちゃいます?」
湊はそう言って、葉山の手から果物を取る。
「湊くんも……優しいのね」
葉山の目が、きらりと光った。
「優しさに飢えすぎでしょ。もう今日は帰って寝てくださいよ」
と、舜平は胡座をかいた膝の上に肘をつく。
「そう……ね。そうしようかな。今夜も藤原さんと修行でしょ?」
「はい……すいません」
「あ、いいのいいの。藤原さん、仕事中はだるだるなのに、あの時間だけはいきいきしているからきっと楽しいのね」
「そうなんですか?」
「ええ、そうよ。今はホテルで寝てるはず……私も休ませてもらうわ」
葉山はスーツの上着を腕に引っ掛けて、バッグを持つ。
「じゃあね、みんな」
「お疲れ様です」
湊が律儀に一礼して葉山を送り出す。葉山は笑顔で手を振りながら、帰っていった。
「賑やかな人やな」
と、舜平は半分起こしたベッドに背をもたせかける。
「元気そうやん、舜平」
湊は病室の窓の方へ進み、下や上を見回してから舜平に向き直った。そうやって辺りを確認するのが癖らしい。
「まあな。回復力も昔どおりやから。ちょっと医者に怪しまれてるし、はよう出たいねんけど」
「いつまでおるん?」
「明日退院すんねんけどな。書類関係、藤原さんが引き受けてくれるらしい」
「なるほど」
二人がそんな話をしている間、珠生はいつものようにベッドサイドの椅子に座った。舜平と目が合うと、珠生はぽっと頬を染めて目をそらし、俯く。
「珠生、お前もなんか疲れた顔やな」
と、舜平が気遣わしげにそう言った。
「そうやな。やりすぎたんか?」
と、湊。
「えっ? 何を?」
と、舜平が慌てて湊にそう聞き返すと、湊は不思議そうな顔をして、「修行や」と言った。
「あ、ああ、修行ね、修行!! せやな、うん!」
と、舜平はぎこちなく笑う。
「……何言ってるんですか、舜平さん」
珠生は呆れたようにそう言って、ため息をついた。
「ただの寝不足だよ。多少は疲れてるけどね」
珠生は色が白いため、目の下のくまが少し目立っていた。明け方は暗くて気づかなかっただけなのか、それともあれから何かがあったのか、舜平には分からなかった。
湊から学校の状況を聞き、舜平は安心したように息をつく。舜平は彰の様子などを知りたがったが、湊は今日はまだ連絡を取っていないと言った。
「ちょっと電話してみるわ」
と、湊は病室を出ていった。
「なんかあったやろ、あれから」
湊がいなくなると、舜平は珠生にそう尋ねた。珠生は苦笑して、「舜平さんには、かなわないな」と言った。
「なんでもお見通しだ」
「まぁ……何となくや」
「千秋にね、あんたは誰だって、珠生を返してって言われたんだ」
舜平に朝方の千秋とのやり取りを話して聞かせるうち、珠生はまた悲しくなってきてしまった。
「俺は俺だって、思ってるけど……本当は違うのかなって。ずっと今まで自分は自分だと思って生きてきたけど、今はもう違うのかもしれないよね」
「そんなことない。……それに、人はちょっとずつ変わっていくもんや。千秋ちゃんは、それについていけずに戸惑ってるだけやろ」
「うん……でも……。変わりすぎだよね、多分」
「まぁ……今回ばかりは、しゃあないやろ。身近な……しかも双子の片割れやったら、そら戸惑うわ」
「うん」
「信じるかどうかはあの子次第やし、話してみてもいいんちゃう?」
「そうだね……」
珠生は疲れたように目を閉じて、ベッドに肘をついて額を押さえた。珠生の頭の上に、舜平のあたたかい掌が置かれる。
「そう弱腰になるな。お前はお前やろ」
「……うん」
見あげた舜平の笑顔が優しい。珠生はふと、泣きたくなった。
珠生は立ち上がると、舜平の肩に顔を埋めた。さっきまで感じていたどろどろとした不安が、すっと消えて行く。
舜平の手が背中に回り、ぎゅっと珠生を抱きしめる。
——何でこう、お前と離れられないんだろうな……と呟いて、髪をかきあげる千珠の姿が蘇る。舜平は珠生の背を抱く手に力を込めて、目を開いた。
どこへも向かわない二人の関係を、戸惑いながらも続けていたあの頃のことを思い出す。
今の不安定な珠生にとって、自分が必要であるということは分かっている。でも、こんな関係を続けていていいのかということは、考えものだ。
「あの……もう大丈夫だから。湊が戻ってくる、離してよ」
「離れたいなら、自分から離れたらええやろ」
「じゃあ……手、離してよ」
珠生はぐいっと舜平の胸を押し返した。舜平の真っ直ぐな目が、珠生の目を見つめる。
「……そんな目で見ないでくださいよ」
「え? そんな目って?」
「今にも襲いかかってきそうな目です」
「アホか。そんなこと思ってへんわ」
「どうだか」
珠生はそう言いながらもちょっと笑った。
「俺……湊見てくるついでに、なんか飲み物買って来る」
「はいはい」
ごろりとまたベッドに横になった舜平が、ひらひらと手を振って気のない返事をした。
ふと、ドアの取っ手に手をかけた珠生の動きが止まる。
「珠生はどうもなさそうやな」
「うん、俺はね」
「でもなんか、浮かない顔やな」
「……さっき起きたから」
「そっか」
千秋との諍いのことは、何となく言い出せなかった。二人は連れ立って地上に出ると、総合病院の方へと足を向けた。
「学校、どうなってた?」
「山辺はクビやって。犯罪のことに関して、表沙汰にはせぇへんから直ぐにやめろってことになったらしい」
「そっか……。通り魔云々のことは?」
「緑川先生が校長に色々と進言しててな。体育館の窓ガラス全部割られたことや、生徒の教室爆破事件なんかで、学校のイメージは落ち気味や。そんなに生徒に憎まれるような教育をしてんのかってな」
「全部俺のせいだ……。なんか、悪いことしちゃったな」
「別にお前が悪いわけちゃうやん。あ、ほんで、さらに通り魔なんて学校に入り込んだことが分かったら、どんだけ恨まれてんねんって思われるやろ? それこそうちの学校の評判おしまいやから、何とか伏せようってなったらしいわ」
「じゃあ、先輩の思うように進んだってことだね」
「そうや。やれやれ」
「それにしても、詳しいね」
「まぁ、元忍やからね。これくらいのことは余裕や。それくらいのことしか、今の俺にはできひんからな」
「そんなことないよ。俺は学校に湊がいてくれて、すごく心強いから」
「そうか? お前がそう言ってくれるんやったら、俺も嬉しいけどな」
湊は静かに微笑んで、珠生を見下ろした。珠生はそんな湊の落ち着いた気に触れて、心が落ち着くのを感じていた。
柊がいつも千珠を影から守ってくれていたように、湊の静かに包み込むような気はとても安心できる。
「柊」
「ん?」
「ありがとう」
「え? どうしたん?」
不意に昔の名前で呼ばれ、湊は驚いたような怪訝な表情を見せたが、少し嬉しそうでもあった。
「何でもない」
珠生も笑ってそう言うと、また前を向いて歩き出す。
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「あらぁ、珠生くんと湊くんじゃないの」
いつになくテンションの高い葉山が、二人を笑顔で迎え入れた。その向こうでは、舜平がベッドの上にあぐらをかいて微妙な顔をしている。
「どうも、葉山さん。お元気そうですね」
と、湊が静かな声でそう言った。
「そう? 珠生くんのお父さん、とっても素敵ね。背も高いし、教授ってことは頭もいいし、何よりも優しくていいわ」
「……どうしたんです?」
珠生はびっくりして葉山を見返す。
「さっきまで、先生が見舞いに来てくれてはったんやけど。最近藤原さんにこき使われてるから、先生の優しさが異常に心に染み入ったらしい」
「……あ、そうなんだ」
「今、お母さんとは別居なんでしょ? 珠生くん、私をお母さんって呼んでみたくない?」
「ええっ。そんなに気に入っちゃったの? 頼りないですよ、あの人」
「いいのいいの、私はそういう人のほうがいいの」
「だいぶお疲れなんやなぁ」
と、湊は同情を込めてそう呟いた。
「俺は止めませんけど勧めもしませんよ」
と、珠生は面倒くさそうにそう言った。
「ドライな子ね」
葉山は少しつまらなそうにそう言って、健介の持って来たフルーツのかごから幾つか果物を手に取った。
「まぁいいや。ふたりとも何か食べる?」
「いや、いいですよ。それより、俺らいるんで、葉山さんは少し休んだほうがいいんとちゃいます?」
湊はそう言って、葉山の手から果物を取る。
「湊くんも……優しいのね」
葉山の目が、きらりと光った。
「優しさに飢えすぎでしょ。もう今日は帰って寝てくださいよ」
と、舜平は胡座をかいた膝の上に肘をつく。
「そう……ね。そうしようかな。今夜も藤原さんと修行でしょ?」
「はい……すいません」
「あ、いいのいいの。藤原さん、仕事中はだるだるなのに、あの時間だけはいきいきしているからきっと楽しいのね」
「そうなんですか?」
「ええ、そうよ。今はホテルで寝てるはず……私も休ませてもらうわ」
葉山はスーツの上着を腕に引っ掛けて、バッグを持つ。
「じゃあね、みんな」
「お疲れ様です」
湊が律儀に一礼して葉山を送り出す。葉山は笑顔で手を振りながら、帰っていった。
「賑やかな人やな」
と、舜平は半分起こしたベッドに背をもたせかける。
「元気そうやん、舜平」
湊は病室の窓の方へ進み、下や上を見回してから舜平に向き直った。そうやって辺りを確認するのが癖らしい。
「まあな。回復力も昔どおりやから。ちょっと医者に怪しまれてるし、はよう出たいねんけど」
「いつまでおるん?」
「明日退院すんねんけどな。書類関係、藤原さんが引き受けてくれるらしい」
「なるほど」
二人がそんな話をしている間、珠生はいつものようにベッドサイドの椅子に座った。舜平と目が合うと、珠生はぽっと頬を染めて目をそらし、俯く。
「珠生、お前もなんか疲れた顔やな」
と、舜平が気遣わしげにそう言った。
「そうやな。やりすぎたんか?」
と、湊。
「えっ? 何を?」
と、舜平が慌てて湊にそう聞き返すと、湊は不思議そうな顔をして、「修行や」と言った。
「あ、ああ、修行ね、修行!! せやな、うん!」
と、舜平はぎこちなく笑う。
「……何言ってるんですか、舜平さん」
珠生は呆れたようにそう言って、ため息をついた。
「ただの寝不足だよ。多少は疲れてるけどね」
珠生は色が白いため、目の下のくまが少し目立っていた。明け方は暗くて気づかなかっただけなのか、それともあれから何かがあったのか、舜平には分からなかった。
湊から学校の状況を聞き、舜平は安心したように息をつく。舜平は彰の様子などを知りたがったが、湊は今日はまだ連絡を取っていないと言った。
「ちょっと電話してみるわ」
と、湊は病室を出ていった。
「なんかあったやろ、あれから」
湊がいなくなると、舜平は珠生にそう尋ねた。珠生は苦笑して、「舜平さんには、かなわないな」と言った。
「なんでもお見通しだ」
「まぁ……何となくや」
「千秋にね、あんたは誰だって、珠生を返してって言われたんだ」
舜平に朝方の千秋とのやり取りを話して聞かせるうち、珠生はまた悲しくなってきてしまった。
「俺は俺だって、思ってるけど……本当は違うのかなって。ずっと今まで自分は自分だと思って生きてきたけど、今はもう違うのかもしれないよね」
「そんなことない。……それに、人はちょっとずつ変わっていくもんや。千秋ちゃんは、それについていけずに戸惑ってるだけやろ」
「うん……でも……。変わりすぎだよね、多分」
「まぁ……今回ばかりは、しゃあないやろ。身近な……しかも双子の片割れやったら、そら戸惑うわ」
「うん」
「信じるかどうかはあの子次第やし、話してみてもいいんちゃう?」
「そうだね……」
珠生は疲れたように目を閉じて、ベッドに肘をついて額を押さえた。珠生の頭の上に、舜平のあたたかい掌が置かれる。
「そう弱腰になるな。お前はお前やろ」
「……うん」
見あげた舜平の笑顔が優しい。珠生はふと、泣きたくなった。
珠生は立ち上がると、舜平の肩に顔を埋めた。さっきまで感じていたどろどろとした不安が、すっと消えて行く。
舜平の手が背中に回り、ぎゅっと珠生を抱きしめる。
——何でこう、お前と離れられないんだろうな……と呟いて、髪をかきあげる千珠の姿が蘇る。舜平は珠生の背を抱く手に力を込めて、目を開いた。
どこへも向かわない二人の関係を、戸惑いながらも続けていたあの頃のことを思い出す。
今の不安定な珠生にとって、自分が必要であるということは分かっている。でも、こんな関係を続けていていいのかということは、考えものだ。
「あの……もう大丈夫だから。湊が戻ってくる、離してよ」
「離れたいなら、自分から離れたらええやろ」
「じゃあ……手、離してよ」
珠生はぐいっと舜平の胸を押し返した。舜平の真っ直ぐな目が、珠生の目を見つめる。
「……そんな目で見ないでくださいよ」
「え? そんな目って?」
「今にも襲いかかってきそうな目です」
「アホか。そんなこと思ってへんわ」
「どうだか」
珠生はそう言いながらもちょっと笑った。
「俺……湊見てくるついでに、なんか飲み物買って来る」
「はいはい」
ごろりとまたベッドに横になった舜平が、ひらひらと手を振って気のない返事をした。
ふと、ドアの取っ手に手をかけた珠生の動きが止まる。
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