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第6章 襲撃、再び
6、見舞い
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健介は、起きてこない珠生を心配しながら、スーツに着替えていた。
大学へ行く前に、舜平の見舞いに寄るつもりなのだが、ひょっとすると彼の両親も来ているかもしれないと思い立ち、念のためにスーツを着込んだのだった。
起きたら千秋はすでに出かけた後だったし、珠生はぴくりとも動かずに眠っている。二人が一緒に行動していないのを見るのは、何となく心配だった。
「まぁ、兄弟げんかはよくあることだ」
自分に言い聞かせるようにしてそう呟くと、健介は家を出た。
+
舜平の側には、眠たげに大あくびをする葉山彩音が座っている。葉山は枕元に肘をついて、身体を起こしている舜平を見上げている。
舜平の傷は既に殆ど癒えている。その回復力の凄まじさを医師が不審に思うほどであった。
昨日は舜平を守るべく感知結界を張っていたが、気付いたら廊下のベンチで眠ってしまっていた。何事もなかったので良かったが、これがばれたら藤原に叱られてしまう。
「ひどい顔ですよ、葉山さん」
「え? しょうがないじゃない。最近ずっと寝不足なんだもの」
「珠生の修行につきおうてるからか。大変ですね」
「そうなのよ、大変なの! お肌は荒れるし、なんかいらいらするし、藤原さんてほんっとに人使いが荒いわよね」
「そんだけ葉山さんを信頼してるんちゃいますか?」
「それは分かってんだけどさぁ……」
葉山はまた大あくびをした。
「舜平くんは今朝は随分元気そうね。気の流れが整ってる」
「はぁ。そうですか」
「昨日はイライラしてたのかな? まぁ無理もないか、あんだけぼろぼろに打撲してたら」
「はは、そうでしょうね」
昨日珠生と会ってから、気が凪いでいくのを感じていた。思い返せばいつもそうだった。珠生と触れ合えば、どんなに気分が揺らいでいてもそれが静まっていく。
逆に性欲は高まってしまうことも多いのだが。
「ご両親、来ないわね」
「あれ、いいませんでしたっけ。うちの家族、皆で旅行行ってるんですよ」
「そうなの?」
「昨日から行ってます。まぁ、斎木が親父にだけは連絡しておいてくれてるから、ここにおることは分かってるんやけど」
「旅行優先なわけ?」
「そうしてくれって言ってあるので。ここに今来られても面倒なだけやし」
「それもそうね」
葉山は肩をすくめた。
ノックの音がして、ドアが開く。二人がそちらを見ると、果物のかごを持った各務健介が立っていた。
「先生。来てくれはったんですか」
と、舜平はぱぱっと居住まいをただした。健介は葉山の姿にためらいながら、病室へ入ってくる。
「失礼、今良かったかな?」
「勿論です。あ、えーっとこの人は……」
「どうも、舜平の従姉妹の葉山といいます。いつもお世話になっております」
「ああ、そうでしたか。こちらこそ、いつも手伝ってもらって……」
「あら美味しそう。なにか剥いてきますね」
と、葉山はにこやかに見舞いの品を受け取って、給湯室へと消えていった。
健介と二人になった舜平は、何を聞かれるのかとどきどきしていた。健介は椅子に座ると、起き上がっている舜平をまじまじと見つめる。
「もう起きてて大丈夫なのかい?」
「あ、はい。そんな大したことはないんですよ」
「通り魔なんて……大変だったね」
「やー俺、あんまり覚えてないんですよね」
と、舜平はむりやりに笑いながらそう言って誤魔化した。
「そうかい? まぁ、そっちのほうがいいかもね。珠生はあれから早寝したのにまだ起きてこなくってさ」
「そうですか。疲れたんでしょうね」
昨晩も修行の後ここへ来て、舜平の身体を貪っていったとは言えず、舜平はまた引きつった笑みを浮かべる。
「君が珠生を庇ってくれたって? 悪かったね、怪我をさせてしまって」
「いやいや、そんな大層なもんじゃないですよ。ほんまに気にせんといてください」
「千秋も君のことを気に入ったみたいでねぇ……昨日は二人して君の取り合いだ」
健介は苦笑しながらそう言った。舜平は驚く。
「まさかそんな」
「うーん、珠生は君には懐いているしね。千秋としては、君たちが仲良くしているのを見て面白くないだけかもしれないけど」
「はぁ」
「自分が珠生の一番の理解者だって、千秋は思ってるみたいだから」
「そうですか……」
舜平は二人の顔を思い浮かべて、千秋の気の強い目付きを思い出した。
「千秋ちゃんは、気強そうですもんね。怒られたら、怖いかも」
「そうなんだよ……別れた妻にそっくりでねぇ」
「へぇ、そうなんや」
思わずプライベートなことを口にした健介は、はたと口をつぐんで苦笑した。
その時、りんごやメロンを盛りつけた皿を持って、葉山が病室に戻ってきた。
+ +
珠生はようやく、目を開いた。
だるい体を持ち上げて身体を起こして時計を見ると、すでに午後二時半だった。
家の中はしんとしていて、誰もいない。千秋も出かけているようだ。
修行よりも、千秋との言い合いが珠生をどっと疲れさせた。
千秋もきっと珠生と家にいたくなくて、出かけてしまったのだろう。舜平のところにでも行っているのかな、とふと思う。
テレビを見ながらだらだらと食事を摂っていると、携帯電話のバイブ音が響いているのが聞こえてくる。
着信は湊からだった。
「はい」
『珠生、またごたごたしたらしいやん。大丈夫か?』
「うん……俺は大丈夫だけど、斎木先輩と舜平さんが怪我した」
『その斎木先輩から連絡もらってな。今から舜平の見舞いにでも行こうかと思ってんねんけど、一緒に行かへん?』
「あ、うん……行く。今どこ?」
『部活出て帰ってきたところやねん。病院、丸太町やろ? 駅で待ち合わせよか』
「うん、分かった。じゃあ三十分後に」
『分かった』
通話を切って、珠生は外を見た。薄曇りの空は、すっきりとしない。
最近はずっとこんな天気だなと、珠生は思った。
雨が降らないといい。
何か起こるときはいつも、雨が降っているような気がする。
珠生は祈るような思いで、空を見上げた。
大学へ行く前に、舜平の見舞いに寄るつもりなのだが、ひょっとすると彼の両親も来ているかもしれないと思い立ち、念のためにスーツを着込んだのだった。
起きたら千秋はすでに出かけた後だったし、珠生はぴくりとも動かずに眠っている。二人が一緒に行動していないのを見るのは、何となく心配だった。
「まぁ、兄弟げんかはよくあることだ」
自分に言い聞かせるようにしてそう呟くと、健介は家を出た。
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舜平の側には、眠たげに大あくびをする葉山彩音が座っている。葉山は枕元に肘をついて、身体を起こしている舜平を見上げている。
舜平の傷は既に殆ど癒えている。その回復力の凄まじさを医師が不審に思うほどであった。
昨日は舜平を守るべく感知結界を張っていたが、気付いたら廊下のベンチで眠ってしまっていた。何事もなかったので良かったが、これがばれたら藤原に叱られてしまう。
「ひどい顔ですよ、葉山さん」
「え? しょうがないじゃない。最近ずっと寝不足なんだもの」
「珠生の修行につきおうてるからか。大変ですね」
「そうなのよ、大変なの! お肌は荒れるし、なんかいらいらするし、藤原さんてほんっとに人使いが荒いわよね」
「そんだけ葉山さんを信頼してるんちゃいますか?」
「それは分かってんだけどさぁ……」
葉山はまた大あくびをした。
「舜平くんは今朝は随分元気そうね。気の流れが整ってる」
「はぁ。そうですか」
「昨日はイライラしてたのかな? まぁ無理もないか、あんだけぼろぼろに打撲してたら」
「はは、そうでしょうね」
昨日珠生と会ってから、気が凪いでいくのを感じていた。思い返せばいつもそうだった。珠生と触れ合えば、どんなに気分が揺らいでいてもそれが静まっていく。
逆に性欲は高まってしまうことも多いのだが。
「ご両親、来ないわね」
「あれ、いいませんでしたっけ。うちの家族、皆で旅行行ってるんですよ」
「そうなの?」
「昨日から行ってます。まぁ、斎木が親父にだけは連絡しておいてくれてるから、ここにおることは分かってるんやけど」
「旅行優先なわけ?」
「そうしてくれって言ってあるので。ここに今来られても面倒なだけやし」
「それもそうね」
葉山は肩をすくめた。
ノックの音がして、ドアが開く。二人がそちらを見ると、果物のかごを持った各務健介が立っていた。
「先生。来てくれはったんですか」
と、舜平はぱぱっと居住まいをただした。健介は葉山の姿にためらいながら、病室へ入ってくる。
「失礼、今良かったかな?」
「勿論です。あ、えーっとこの人は……」
「どうも、舜平の従姉妹の葉山といいます。いつもお世話になっております」
「ああ、そうでしたか。こちらこそ、いつも手伝ってもらって……」
「あら美味しそう。なにか剥いてきますね」
と、葉山はにこやかに見舞いの品を受け取って、給湯室へと消えていった。
健介と二人になった舜平は、何を聞かれるのかとどきどきしていた。健介は椅子に座ると、起き上がっている舜平をまじまじと見つめる。
「もう起きてて大丈夫なのかい?」
「あ、はい。そんな大したことはないんですよ」
「通り魔なんて……大変だったね」
「やー俺、あんまり覚えてないんですよね」
と、舜平はむりやりに笑いながらそう言って誤魔化した。
「そうかい? まぁ、そっちのほうがいいかもね。珠生はあれから早寝したのにまだ起きてこなくってさ」
「そうですか。疲れたんでしょうね」
昨晩も修行の後ここへ来て、舜平の身体を貪っていったとは言えず、舜平はまた引きつった笑みを浮かべる。
「君が珠生を庇ってくれたって? 悪かったね、怪我をさせてしまって」
「いやいや、そんな大層なもんじゃないですよ。ほんまに気にせんといてください」
「千秋も君のことを気に入ったみたいでねぇ……昨日は二人して君の取り合いだ」
健介は苦笑しながらそう言った。舜平は驚く。
「まさかそんな」
「うーん、珠生は君には懐いているしね。千秋としては、君たちが仲良くしているのを見て面白くないだけかもしれないけど」
「はぁ」
「自分が珠生の一番の理解者だって、千秋は思ってるみたいだから」
「そうですか……」
舜平は二人の顔を思い浮かべて、千秋の気の強い目付きを思い出した。
「千秋ちゃんは、気強そうですもんね。怒られたら、怖いかも」
「そうなんだよ……別れた妻にそっくりでねぇ」
「へぇ、そうなんや」
思わずプライベートなことを口にした健介は、はたと口をつぐんで苦笑した。
その時、りんごやメロンを盛りつけた皿を持って、葉山が病室に戻ってきた。
+ +
珠生はようやく、目を開いた。
だるい体を持ち上げて身体を起こして時計を見ると、すでに午後二時半だった。
家の中はしんとしていて、誰もいない。千秋も出かけているようだ。
修行よりも、千秋との言い合いが珠生をどっと疲れさせた。
千秋もきっと珠生と家にいたくなくて、出かけてしまったのだろう。舜平のところにでも行っているのかな、とふと思う。
テレビを見ながらだらだらと食事を摂っていると、携帯電話のバイブ音が響いているのが聞こえてくる。
着信は湊からだった。
「はい」
『珠生、またごたごたしたらしいやん。大丈夫か?』
「うん……俺は大丈夫だけど、斎木先輩と舜平さんが怪我した」
『その斎木先輩から連絡もらってな。今から舜平の見舞いにでも行こうかと思ってんねんけど、一緒に行かへん?』
「あ、うん……行く。今どこ?」
『部活出て帰ってきたところやねん。病院、丸太町やろ? 駅で待ち合わせよか』
「うん、分かった。じゃあ三十分後に」
『分かった』
通話を切って、珠生は外を見た。薄曇りの空は、すっきりとしない。
最近はずっとこんな天気だなと、珠生は思った。
雨が降らないといい。
何か起こるときはいつも、雨が降っているような気がする。
珠生は祈るような思いで、空を見上げた。
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