琥珀に眠る記憶

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第6章 襲撃、再び

5、正也と千秋

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 大北正也は、どきどきしながら相手を待っていた。
 バーベキューの時に無理に押し付けた自分のメールアドレスに、まさか彼女から連絡をくれるとは思っても見なかったからだ。

 今朝、ランニング中に鳴り出した携帯電話。開いて見ると、そこには見慣れないアドレスからのメールが入っていた。
 立ち止まって中身を確認すると、それはあの沖野千秋からのメールだった。

『今日暇だったら、ちょっと観光に付き合って』という短いそっけないメール。正也は早朝の大通りで、拳を突き上げて吠えた。
 何時でもいいよと返信したら、すぐにまたメールが返ってきた。『じゃあ十時に京都駅で』という内容を見るや、正也はすぐに回れ右して自宅へと一直線に走って帰った。

 九時四十五分の京都駅中央改札口。正也は電光掲示板の時計をチラチラと見ながら、行き交う人々の流れを眺めていた。

 するとその中に、一際目を引く千秋の姿が見えた。
 すらりとした長い脚をスキニージーンズに包み込み、高いヒールを履いた千秋はまるでモデルのようだ。黒い透け感のあるドルマンスリーブから覗く長い腕を揺らして、正也を探すように視線を巡らせながら歩いている。日に焼けて茶色くなった長い髪が、彼女の小さな顔の周りで揺れている。
 はたと、千秋がこちらに気付いたのが分かった。
 千秋は笑うでもなく無表情のままに正也の方へと歩み寄ってきた。
 周りで同じように待ち合わせをしていた男女が千秋を見ている。こんな美人と待ち合わせをしている自分が、何だか偉くなったような気がした。

「おはよう」
 正也は、嬉しさのあまりにこにこと笑みを浮かべて千秋にそう言った。千秋はつんとした表情のまま、頷く。
「おはよ。ごめんね、急に」
「いいよ! まさか声かけてくれるなんて思ってなかったから、嬉しかったよ」
 素直に喜んでいる様子の正也を見て、とげとげしていた千秋の心が少しだけ和んだ。並んで立っていると、正也と千秋は殆ど背丈が変わらない。ヒールを履いているから尚更だ。

「どうしたの、急に?」
「……別に」
「沖野と喧嘩でもしたの?」
「……ま、そんなとこ」
「へぇ」
 正也はまた笑った。千秋は不機嫌な顔を見せると、「何がおかしいのよ」と言った。
「あ、ごめんごめん。あいつさ、学校ではいつも淡々としてるけど、やっぱ兄弟とは喧嘩するんだなと思ったら、なんかおかしくて」
「……学校で……か」
 取り敢えず清水寺に行きたかった千秋は、正也の案内に従ってバスのりばへと歩いた。

「珠生って、学校ではどんななの?」
 歩きながらそんな問を投げかけられて、正也はそうだなぁ……と呟いて思い出すような素振りを見せた。
「いいやつだよ。いつも優しいし、宿題とか見せてくれるし」
「ふうん……」
「あんだけイケメンなのに、女子にはあんまり興味ないのかな。女子と喋ってるとこはあんま見たこと無いな」
「へぇ。……まぁあいつ、人と喋るの苦手だから。中学の時もそんなだったし」
「そうなの? もったいないなぁ、俺があんな顔だったら、絶対調子乗るけどな」
 二人は混雑したバスに乗り込んで、つり革を握った。まるで通勤ラッシュのような混み合い方に、千秋は目を丸くしている。

「あの生徒会の先輩は、何で仲がいいの?」
 かねてから謎だった、あの斎木彰という男のことを千秋は尋ねた。隙のない目付きは狐のようで、じっと自分を観察されているように感じていた。

 すらりと背が高く、見た目は普通のお洒落な高校生という風体だが、彼の身に纏う空気はとても鋭く、若者のものではないと感じたことを思い出す。

「あぁ……斎木先輩ね。俺もよく分かんないな」
「そうなの?」
「入学式の日、俺ら三人で歩いてた時に話しかけられたことあったんだ。その時は、沖野は少し先輩を怖がってるように見えたけど……」
「あんなに仲良さそうなのに?」
「うん、その時はそう見えたかな。不思議に思ったもん、なんで高校から入ったばっかの珠生が、副会長と知り合いなんだろうって」
「……ふうん」 

 包帯を巻き、血まみれのシャツを身に着けていた斎木彰の顔が思い出される。病室で見たときの彼の顔は、とても険しくいつも以上に隙がなかった。
 珠生を庇うような発言と、全てを知り尽くしているかのような口調は、とても一つ年上の少年とは思えない。
 珠生もあの人のことは、とても頼りにしているように見えた。

「最近はどっちかっていうと、斎木先輩が沖野について回ってるような感じに見えるけどね。なんか、ペットみたいに」
「そうなの?」
「うん。何だろうな、年上の友達多いよな、あいつ。バーベキューの時にも思ったけど、あの大学生の二人とかもさ」
 舜平の顔がちらついて、千秋はどきりとした。気持ちよく笑う舜平の顔と、病室で横たわっていた舜平の姿が重なる。

「柏木も斎木先輩も、あの舜平って人のことは呼び捨てにして仲良さそうだしさ。沖野は沖野で、なんかすげぇ頼ってるって感じだったし。どういう知り合いなんだろうな。ちゃんと聞いたことなかったけど」
「……あんたは知り合いじゃなかったの?」
「俺? うん、俺はあの時始めて会っただけ。京大の人だろ、頭いいんだろうな」
「……うん」
 千秋は曖昧に返事をして、ぼんやりとバスに揺られながら流れる景色を眺めた。
「あんまり学校の話とか、しないの?」
と、正也はおとなしくなった千秋にそう尋ねた。
「あ……うん。そういえば。いつもあたしが一方的に喋ってるような感じだな」
「そっか。沖野、聞き上手だもんな」
 正也はにっこりと笑ってそう言った。

 バスは清水坂の下に到着した。肩幅の広い正也の後について、千秋は人ごみをかき分けてバスを降りる。乗降口の段差で軽くよろけた千秋の手を、正也は咄嗟に掴んで支えた。
 千秋ははっとする。思えば、男性と二人で出かけるなど、初めての体験だった。

「人多いからね、気をつけて」
と、正也は少し赤面してそう言った。もっとも、日に焼けた顔をしているのでよく分からないのだが。
 千秋はさっと手を離して、「ありがとう」と小さく言った。

 こういうことを、舜平としてみたかったな……と思ってしまったことを、正也に申し訳なく思う。
 それでも正也は楽しげで、清水坂を指さして上へ登ろうと誘っている。

 千秋は正也について行きながら、なるべく珠生や舜平のことを考えないようにと努めた。
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