琥珀に眠る記憶

餡玉

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第3章 波乱

19、日常生活

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 次の日登校すると、昇降口前の掲示板に先週の試験結果が貼り出されていた。
 あまり集中できなかったら、出来栄えは期待できないと思いながらも、一応下から自分の名を探してみた。

 上位五十名が貼り出されるのだが、掲示板の前には黒山の人だかりができていた。三学年分、同じ所に貼り出してあるためだ。
 珠生は自分の名が、四十九位にあることに気付いた。一学年百二十名ということを思えば、なかなか褒められた出来ではないかと解釈する。

 そして、今度は上位が気になって見に行ってみた。そして目を見張る。


 ”ニ位 柏木 湊 七九七点” とある。一位の女子とは一点差だ。ちなみに、テストは八百満点中である。


「す、すごいな」
 思わず呟いて、ふとニ年生の掲示を見た。そして、また目を見張る。


 ”一位 斎木 彰 八九九点” とある。


「ええーっ」
 あんぐりと、あいた口が塞がらない。あんなにちょこまか色々なことをしているのに、勉強もできるなんて詐欺だ。きっと何か、おかしな術を使っているに違いない。

 そんなことを考えていると、ぐいと珠生の腕を引っ張る者がいた。珠生はその人物を振り返ると、当の斎木彰が薄っぺらい鞄を脇に抱えて立っている。

 彰は真剣な顔で、珠生の身体を見回しながら言った。
「珠生、具合は!? 傷はどうなの!?」
「へっ。ああ、もう、大丈夫です」
「そうか……よかった」
 安堵したのか肩を下げる彰は、珠生の元気そうな顔を見てにっこり笑った。
「それより、佐為……斎木先輩、すごいですね。一位なんて」
「え? ああこれね」
 彰は背が高いので、掲示板を人の頭越しにちらりと見ると、余裕の笑みを見せた。

「答えのある問題なんて、解けるに決まってるさ。あのマイナス一点は何だろう。スペルミスかな」
「……すごい。ちょっと今尊敬した」
「本当? 君にそんなふうに言ってもらえるなんて、嬉しいな」
 彰は本当に嬉しそうに笑うと、上機嫌で階段を登っていった。数名の女子がそんな彰の背中を追いかけて、きゃいきゃいと話しかけているのが見える。彰は笑顔でそつなく会話を返し、楽しげに階上に上がっていった。
 そんなこなれた振る舞いがいかにも大人らしい感じがして、珠生は彰を少し見なおした。昨日は葉山に張り合って文句を言っていたくせに……。

「珠生!! おい、具合は……!?」
 今度は湊がやってきて、階段の下で珠生の腕を掴んだ。そして、何ともなさそうな珠生の様子をしげしげと見ると、
「……大丈夫そうやな」
と、言った。
「うん、ありがとう。何とも無いよ」
「そか……。はぁ、焦ったわ昨日は」
「油断した」
「いやぁ、背後から来るのはナシやろ」
「湊、頭いいんだね」
「え? ああ、俺何位やった?」
「見てないの? ニ位だよ」
「ほう、まぁまぁやな」
「斎木先輩は一位だったよ」
「マジか! あの人やっぱ半端ないな。珠生は?」
「……四九位」
 言いにくそうにそう言う珠生を見て、湊は笑いながらばしばしと背中を叩いた。
「載るだけでもすごいんやで! そんな顔すんなって。まぁ次から頑張りや」
「うるさいな」
 にやりとする湊を、じろりと睨む。
 教室に入ると、正也が机に突っ伏して寝ていた。部活で疲れているのだろうか。
「正也、おはよう」と、珠生が声をかけると、正也はゆるゆると顔を上げる。
「おう、おはよう」
「元気ないね、どうしたん?」
と、湊が珠生の後ろから声をかけた。
「……さっき担任にえらい事言われてさ……」
「え、何だよ」
 珠生と湊は顔を見合わせて、心配そうな目を正也に向けた。正也はげっそりとした表情をしながら言った。
「俺、こないだの試験、最下位だったって……」

 正也の呟きとともに、始業のチャイムが鳴った。


   +   +



 舜平はぼうっとしながら、講義を受けていた。
 一般教養の世界史などまるで興味はないので、頭には一切入ってこない。窓際の一番後ろに座って、窓の外を見上げた。
 昨日夕方から夜まで降り続いた雨は止んで、青い空が久しぶりに顔を出している。新緑が揺れ、きらきらと木漏れ日が目に眩しい。綺麗な景色だ。

 舜平は大きくため息をつくと、遥か彼方に見える黒板を見た。小柄な老教授がマイクで美術について語っているが、それはまるで独り言のようだ。
 隣に座っている拓も、頬杖をついてうとうとしている。
 午後一番の授業は、皆眠たそうで、気だるくも心地よい時間が流れていた。


 ——珠生。どうしてるやろ……。


 ついにやってしまった。各務教授の息子さんなのに、まだ十五歳なのに、珠生を抱いてしまった。
 ぼんやりと、昨日の出来事を思い出す。
 腕に抱いた、珠生のしなやかな身体、熱い吐息、涙目で自分を見上げる大きな瞳。
 中に入った瞬間の、あの熱さと強烈な快感、自分にしがみつく珠生の爪が背中に食い込む感覚。
 そして、声。自分の動き一つ一つに反応して喘ぐ、珠生の声。意識も理性も飛んで、快楽に堕ちた珠生のあの目付き、そして涙。
 思い出すだけで、舜平の下半身が疼く。
 

 ——しゅん……ぺいさん……。


 涙を流しながら、自分を求める珠生の目と声を思い出し、舜平は顔を両手で覆った。胸が苦しい、今からでも珠生をもう一度抱きたい。


 ——いやいや、何考えてんねん、俺……。


 舜平は頭を振って自分を戒める。


 ——あれは治療の一環や、傷を癒すための術や。ただのセックスと違う。


 効果はあった。珠生の体の傷は、全て消え失せていたし、熱も引いて彼は元気だった。


 ——学校、行ってんのかな。


 彰の余裕たっぷりの顔が思い出される。珠生の状態を見れば、昨日二人の間に何があったかなど、彰にはすぐ分かるだろう。
 全てを見透かすような彰の目つきが、少しだけ舜平を苛立たせた。

 舜平は目を閉じた。駄目だ、心が乱れる。
 ふと気づくと、老教授の姿はなく、拓が隣で大きく伸びをしていた。拓は舜平を見て、首を傾げた。

「どうしたん? えらい、男前な顔してんな」
「はぁ? 何やそれ」
「なんかあったな」
「……なんもないわ」
「嘘やろ、なんやええことあったんちゃうの?」
 拓は面白そうに舜平の脇腹を小突いた。舜平はむくれて、さっさと鞄に荷物を詰めて立ち上がった。
「おい、ちょう待て待て」
 拓は慌ててついてくる。
「ごめんごめんって、どうしたん? 苛々して」
「……いや。……なぁ、拓」
「ん?」
「お前さ、禁断の恋とか、したことある?」
「はぁ?」
 拓は思いっきり怪訝な顔をすると、ハッとしたように表情を硬くして、ぽんと舜平の肩をたたいた。

「おい、不倫はあかん。人妻はそら、魅力的やけど。不倫はアカンで、負けるのはこっちや」
「……何言うてんねん」

 舜平は呆れながら、拓と中庭を歩いていた。すると、ふと背後に何者かが駆け寄ってくる足音が響き、ぐいとリュックを引っ張られる。
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