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第3章 波乱
8、混乱と日常のはざま
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つつがなく試験は終わり、学校が始まってから二度目の週末がやって来た。
彰がどのような方法を取ったのかは分からないが、真壁との件について珠生に何か言ってくるものは誰もおらず、本当に皆がそれを忘れてしまっているようだった。
珠生は安堵した。これで、平穏な学校生活が戻ってくると。
正也が部活に行ってしまい、湊と二人での帰り道、昼食を取るべく二人はファーストフード店に入った。
試験終わりの開放感で、他の生徒達は繁華街の四条河原町へ繰り出していくものが多い中、二人は定期券の範囲で動くことのできる今出川駅前の店へとやって来た。ちなみにそこは、湊の自宅の最寄り駅である。
「何で早う言わへんかってん!」
店内は近くにある私立大学の学生たちで賑わっていた。音楽を聞きながら勉強している者、頭をよせあって楽しげにデート中の者、数人のグループで大笑いをしている者……と、店内は適度に人がいる。
そこで大声を出してしまったのとを恥じるように、湊は口をつぐんでずるずるとコーヒーシェイクをすすった。そうしつつも、眼鏡の奥の目は珠生をじろりと睨んでいる。
「だってさ、試験終わってからのほうがいいかなと思って」
「そら……まぁ、そうかもしれへんけど。水くさいやんか」
「ごめん」
珠生はポテトをつまみながらそう言うと、大きな窓の外を見やった。
「忘却術か……あの先輩、今でもそんな力が使えんねや」
「うん、おかげで助かった」
「ほんで佐々木猿之助……か。どえらい奴が蘇ってきたもんやな」
「うん……」
二人はしばし無言になり、過去に想いを馳せた。
「舜平とは会うてんのか?」
湊は、重くなりなりかけた空気を振り払うように、明るい口調でそう言った。舜平を呼び捨てにしていることに驚いて、珠生は目を丸くした。
その反応を見てか、湊はごくりと口の中のものを飲み込んだ。
「だってさ、いくら年上でも、今更あいつにさん付けとか気色悪うて無理やわ。お前は平気なんか?」
「……うん。特に違和感はないかな」
珠生もハンバーガーを齧りながらそう言う。そういえば、今週は舜平と会わなかった。それまでは、毎日のように舜平と会っていたのに。
——どうしているかな……。彼女さんの件もあるし……。
考えだすと、舜平のことが気になって仕方がない。黙りこんだ珠生を見ながら、湊はハンバーガーを平らげていく。
「どうしたん? 会いたなったん?」
「……そ、そんなことないよ」
何でこう、皆俺の考えてることをずばりと突いてくるんだろう。そんなに顔に出やすいのかな……。と珠生は思った。
「まぁええけど。斎木先輩から舜平も話し聞いてるやろうし……」
「佐為は先輩で、舜平さんは呼び捨てなんだ」
「……うーん、なんやろうな。これが一番しっくりすんねん」
「ふうん」
珠生は湊のポーカーフェイスを見ながら、ポテトをつまんだ。
****
金曜の夜、舜平はアルバイトを終えて事務所を後にしていた。
拓から、一回生の女子学生たちと飲もうと誘われていたが、断った。
ここ数日、立て続けて夢に見る舜海の記憶。それに加えて、梨香子に猿之助の怨霊が憑依したという話を聞いてしまえば、そんな気分にはなれるはずがない。
舜海の目線で千珠の姿を見る度に、未だにその琥珀色の瞳に縛られている事を感じた。
珠生は、それを“呪縛”と表現していたが、まさにその通りだと感じる。
数百年の時を超えて蘇るこの想い。胸を締め付けるその生々しい情熱に苛まれるにつけ、珠生に連絡を取ることが出来ずにいた。
どういう顔をして、何と声をかければ良い。どうやって珠生に会えばいいのか分からない。
手近にある契約駐車場に歩いて行くと、キーを押してロックを解除する。点滅するオレンジ色のランプ。
運転席に乗り込んで携帯電話をチェックすると、メールが来ていることに気づく。それを開くと、差出人は当の珠生だった。
心臓が跳ね上がり、思わずスマートフォンを取り落としそうになった。そんな自分の間抜けさに自ら「なんでやねん!」とツッコみつつ、舜平は震える指先でメールを開いた。
礼儀正しい文面で、先週の看病について礼が述べてある。そして世話になった礼として、健介が食事を振舞いたいと言っている、という内容だった。そして、舜平の都合を聞く内容が続く。
舜平は一旦携帯をポケットにしまい込むと、気を落ちつるけるようにため息をついた。ハンドルに手をかけて暗闇を眺めていると、無性に珠生に会いたくなってきた。助手席に座って微笑んでいた笑顔が蘇る。
舜平はエンジンをかけると、とりあえず帰宅しようと車を走らせ始めた。
結局、数キロ走ったところで、舜平は一旦コンビニで車を停め、バイト後に行ける土曜日の夜を指定した。
珠生からはあっさりと、『了解しました』とだけ返信が来た。
彰がどのような方法を取ったのかは分からないが、真壁との件について珠生に何か言ってくるものは誰もおらず、本当に皆がそれを忘れてしまっているようだった。
珠生は安堵した。これで、平穏な学校生活が戻ってくると。
正也が部活に行ってしまい、湊と二人での帰り道、昼食を取るべく二人はファーストフード店に入った。
試験終わりの開放感で、他の生徒達は繁華街の四条河原町へ繰り出していくものが多い中、二人は定期券の範囲で動くことのできる今出川駅前の店へとやって来た。ちなみにそこは、湊の自宅の最寄り駅である。
「何で早う言わへんかってん!」
店内は近くにある私立大学の学生たちで賑わっていた。音楽を聞きながら勉強している者、頭をよせあって楽しげにデート中の者、数人のグループで大笑いをしている者……と、店内は適度に人がいる。
そこで大声を出してしまったのとを恥じるように、湊は口をつぐんでずるずるとコーヒーシェイクをすすった。そうしつつも、眼鏡の奥の目は珠生をじろりと睨んでいる。
「だってさ、試験終わってからのほうがいいかなと思って」
「そら……まぁ、そうかもしれへんけど。水くさいやんか」
「ごめん」
珠生はポテトをつまみながらそう言うと、大きな窓の外を見やった。
「忘却術か……あの先輩、今でもそんな力が使えんねや」
「うん、おかげで助かった」
「ほんで佐々木猿之助……か。どえらい奴が蘇ってきたもんやな」
「うん……」
二人はしばし無言になり、過去に想いを馳せた。
「舜平とは会うてんのか?」
湊は、重くなりなりかけた空気を振り払うように、明るい口調でそう言った。舜平を呼び捨てにしていることに驚いて、珠生は目を丸くした。
その反応を見てか、湊はごくりと口の中のものを飲み込んだ。
「だってさ、いくら年上でも、今更あいつにさん付けとか気色悪うて無理やわ。お前は平気なんか?」
「……うん。特に違和感はないかな」
珠生もハンバーガーを齧りながらそう言う。そういえば、今週は舜平と会わなかった。それまでは、毎日のように舜平と会っていたのに。
——どうしているかな……。彼女さんの件もあるし……。
考えだすと、舜平のことが気になって仕方がない。黙りこんだ珠生を見ながら、湊はハンバーガーを平らげていく。
「どうしたん? 会いたなったん?」
「……そ、そんなことないよ」
何でこう、皆俺の考えてることをずばりと突いてくるんだろう。そんなに顔に出やすいのかな……。と珠生は思った。
「まぁええけど。斎木先輩から舜平も話し聞いてるやろうし……」
「佐為は先輩で、舜平さんは呼び捨てなんだ」
「……うーん、なんやろうな。これが一番しっくりすんねん」
「ふうん」
珠生は湊のポーカーフェイスを見ながら、ポテトをつまんだ。
****
金曜の夜、舜平はアルバイトを終えて事務所を後にしていた。
拓から、一回生の女子学生たちと飲もうと誘われていたが、断った。
ここ数日、立て続けて夢に見る舜海の記憶。それに加えて、梨香子に猿之助の怨霊が憑依したという話を聞いてしまえば、そんな気分にはなれるはずがない。
舜海の目線で千珠の姿を見る度に、未だにその琥珀色の瞳に縛られている事を感じた。
珠生は、それを“呪縛”と表現していたが、まさにその通りだと感じる。
数百年の時を超えて蘇るこの想い。胸を締め付けるその生々しい情熱に苛まれるにつけ、珠生に連絡を取ることが出来ずにいた。
どういう顔をして、何と声をかければ良い。どうやって珠生に会えばいいのか分からない。
手近にある契約駐車場に歩いて行くと、キーを押してロックを解除する。点滅するオレンジ色のランプ。
運転席に乗り込んで携帯電話をチェックすると、メールが来ていることに気づく。それを開くと、差出人は当の珠生だった。
心臓が跳ね上がり、思わずスマートフォンを取り落としそうになった。そんな自分の間抜けさに自ら「なんでやねん!」とツッコみつつ、舜平は震える指先でメールを開いた。
礼儀正しい文面で、先週の看病について礼が述べてある。そして世話になった礼として、健介が食事を振舞いたいと言っている、という内容だった。そして、舜平の都合を聞く内容が続く。
舜平は一旦携帯をポケットにしまい込むと、気を落ちつるけるようにため息をついた。ハンドルに手をかけて暗闇を眺めていると、無性に珠生に会いたくなってきた。助手席に座って微笑んでいた笑顔が蘇る。
舜平はエンジンをかけると、とりあえず帰宅しようと車を走らせ始めた。
結局、数キロ走ったところで、舜平は一旦コンビニで車を停め、バイト後に行ける土曜日の夜を指定した。
珠生からはあっさりと、『了解しました』とだけ返信が来た。
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