琥珀に眠る記憶

餡玉

文字の大きさ
上 下
35 / 534
第3章 波乱

6、佐為の今

しおりを挟む
 
 二人は地下鉄の駅へと歩きながら、ぽつぽつと降りだした雨を見上げた。
「珠生、傘ないんでしょ? 真壁が折っちゃったからね」
 隣を歩く彰が、持っていた傘を開いて珠生の上に持って来た。珠生は目線の先にある彰の肩を見て、傘を見上げる。
「すいません」
「他人行儀だな。こんなにも千珠の匂いがするのに」
「はぁ……」
「僕の家で話をする? 両親は仕事で遅いから、気を遣わなくていいし」
「両親……ですか」
「そ。僕にも現世ではちゃんとした親がいる。小さい頃からおかしな記憶を持っていた僕を、まぁよくも気味悪がらずに育ててくれたものだ」
 そう言って、横顔で彰は笑った。

 一ノ瀬佐為であったころの彼は、幼い頃に両親を殺されている。ひとり取り残された佐為は、囚われた先で酷い暴力と陵辱を受けたのだ。
 その時の恐怖体験がきっかけで、佐為は目覚めた。身に潜む強力な妖力と霊力をその手にした佐為は、そこにいた人間全てを殺したのだ。
 そんな佐為を救い出し、匿ったのが都の陰陽師衆が一人、佐々木藤之助とうのすけ。佐為は藤之助のもとで力の使い方と数多の術式を学び、多くの仲間と居場所、そして権力を得た。

「家があるというのは、暖かいものだね。でも……彼らと同じ血が流れているのに、僕の記憶は佐為ぼくのまま。……よく戸惑うよ。どういう顔をしてあの二人の前にいればいいのかってね」
「そうなんですか……」
 珠生はついさっき、彰は何であんなに上手く転生ができているのかと、少し羨ましく思ったことを思い出した。彰は彰なりの戸惑いや苦しみがあるらしい。

「その御礼に、将来は彼らの面倒を見てあげなくちゃなと思ってるよ。それが、彼らに対する礼儀だからね」
「親の面倒……佐為も、そんなことを考えるんだ」
 昔の名を呼ばれた彰は、笑みを浮かべて珠生を見た。
「変だよね。前世での僕は、生涯独り身で家族も持たず、陰陽師衆の汚れ仕事ばかりを請け負っていたというのに」
「うん……。でも、今はそんなことしなくていいわけですし」
「そうだね。……ん?」

 雨に紛れていたせいで、辺りの霧が濃くなってきていることに気づかなかった。彰ははっと周りを見回し、ぴたりと脚を止める。珠生もつられて立ち止まる。

 京都市のど真ん中を走る御池通り。
 普段ならば多くの人や車で混み合う夕方の時間帯が、こんなに静かなはずがない。 
  
 見回す範囲には人も車も動くものは何もなく、辺りはうっすらと紫色の霧に包まれているのだ。珠生は警戒しながらあたりを見回す。この霧の色を、どこかで見たことがあるような気がして、落ち着かない。

「……これは、陰陽師衆の使う煙幕型の結界だ。何故……?」
「陰陽師衆? 佐為の他にも、転生している人がいるんですか?」
「いいや。いないよ。僕と業平さまだけだ」
 彰は傘をその場に落とすと、両手で印を結んで目を閉じた。辺りを探るように、彰の気が動き回っているのを感じる。

 ふと、珠生の鼻孔を、どこかで嗅いだことのある香りがかすめた。

 雅な匂い。
 現世ではない、千珠であったころに嗅いだもの。……知っている。香りに抱き込まれた記憶が、蘇る。

「欝鬱と降り続く雨の日を待っていた。……こんな風にな」

 背中合わせに立つ二人の直ぐそばで、女の声がした。
しおりを挟む
感想 47

あなたにおすすめの小説

ヤンデレBL作品集

みるきぃ
BL
主にヤンデレ攻めを中心としたBL作品集となっています。

騙されて快楽地獄

てけてとん
BL
友人におすすめされたマッサージ店で快楽地獄に落とされる話です。長すぎたので2話に分けています。

ママと中学生の僕

キムラエス
大衆娯楽
「ママと僕」は、中学生編、高校生編、大学生編の3部作で、本編は中学生編になります。ママは子供の時に両親を事故で亡くしており、結婚後に夫を病気で失い、身内として残された僕に精神的に依存をするようになる。幼少期の「僕」はそのママの依存が嬉しく、素敵なママに甘える閉鎖的な生活を当たり前のことと考える。成長し、性に目覚め始めた中学生の「僕」は自分の性もママとの日常の中で処理すべきものと疑わず、ママも戸惑いながらもママに甘える「僕」に満足する。ママも僕もそうした行為が少なからず社会規範に反していることは理解しているが、ママとの甘美な繋がりは解消できずに戸惑いながらも続く「ママと中学生の僕」の営みを描いてみました。

隠れSubは大好きなDomに跪きたい

みー
BL
⚠️Dom/Subユニバース 一部オリジナル表現があります。 ハイランクDom×ハイランクSub

ちっちゃくなった俺の異世界攻略

鮨海
ファンタジー
あるとき神の采配により異世界へ行くことを決意した高校生の大輝は……ちっちゃくなってしまっていた! 精霊と神様からの贈り物、そして大輝の力が試される異世界の大冒険?が幕を開ける!

平凡なSubの俺はスパダリDomに愛されて幸せです

おもち
BL
スパダリDom(いつもの)× 平凡Sub(いつもの) BDSM要素はほぼ無し。 甘やかすのが好きなDomが好きなので、安定にイチャイチャ溺愛しています。 順次スケベパートも追加していきます

吊るされた少年は惨めな絶頂を繰り返す

五月雨時雨
BL
ブログに掲載した短編です。

目が覚めたら囲まれてました

るんぱっぱ
BL
燈和(トウワ)は、いつも独りぼっちだった。 燈和の母は愛人で、すでに亡くなっている。愛人の子として虐げられてきた燈和は、ある日家から飛び出し街へ。でも、そこで不良とぶつかりボコボコにされてしまう。 そして、目が覚めると、3人の男が燈和を囲んでいて…話を聞くと、チカという男が燈和を拾ってくれたらしい。 チカに気に入られた燈和は3人と共に行動するようになる。 不思議な3人は、闇医者、若頭、ハッカー、と異色な人達で! 独りぼっちだった燈和が非日常な幸せを勝ち取る話。

処理中です...