琥珀に眠る記憶

餡玉

文字の大きさ
上 下
20 / 535
第2章 記憶

7、身に刻まれた慕情

しおりを挟む
 舜平は早足で夜の道を歩きながら、ついさっきしでかしてしまった道外れた行為を思い出していた。
 珠生の身体に触れ、崩れてはいけない何かが、瓦解して消え失せてしまったような気がするのだ。


「……何なんや。この気持は……」


——珠生が欲しい、抱きたい。もっと、あの声が聞きたい……。


 おそらく、崩れたのは理性という名の壁だろう。その向こうにあった舜平の真意があらわになったのだ。舜平はその考えを打ち消すように、首を降って荒々しくため息をついた。

「くそ……! 訳わからへん!」
 思わずそう呟くと、ひゅうっと冷たい風が舜平の頬を撫でた。妙な感じがして顔を上げると、ぽつんと立った街灯の下に、あのキツネ目の少年……斎木彰が立っていた。

 舜平は仰天して目を見開いた。会わねばと思っていた相手だったが、暗闇で突然出くわすのはいくらなんでも心臓に悪い。
 しかし彰は相変わらず口元に笑みを浮かべたまま、余裕たっぷりの表情で舜平を見つめている。今日は制服ではなく、ジーンズに淡いベージュのカーディガンを羽織り、中には黒いTシャツを着ているだけ。砕けた姿をしていると、どことなく昨日の不気味さは薄まるように感じられる。それでも、舜平は身構えた。

「何でここにいてんねん」
「そう警戒しないでよ。かつての仲間だろ、寂しいなぁ」
「お前なんか知らんって言ってるやろ」
「またそんなこと言って。舜海……あ、今は舜平くんだっけ。随分イライラしているみたいだけど、どうしたの? 何かあった?」
「別に、なんもないわ」
 舜平はぷいとそっぽを向き、一度瞬きをした。すると、二メートルほど離れていた彰の姿が、すぐ目の前にあるではないか。

「!」
 舜平は動くこともできず、目の前にある切れ長の瞳を呆然と見返すことしかできなかった。舜平の仰天などお構いなしに、彰はくんくんと舜平のパーカーの匂いを嗅いでいる。

「離れろ……!」
 舜平は彰を突き飛ばそうとしたが、彰はひょいとその手をかわして、また一メートルほど離れた。
「珠生の匂いがするね。そろそろ彼を抱きたくなったんじゃないの?」
「……な!?」
「そうなんだろ?」
彰は反応できない舜平を、楽しげに眺めている。舜平は何も言えず、拳を握りしめて俯いた。

「……教えてくれ」
「ん? 何をだい」
「俺のこの気持は、何や。俺は男にもガキなんかにも興味ない。なのに……何でこんな気持ちになるんや」
「まぁ、誰かを好きになってしまうことに理由なんか必要ないんじゃない? それがたとえ同性で、歳の差があったとしても」
 彰は舜平に諭すようにそう言いながら、数歩、近寄ってきた。
「そんなこと聞いてんのとちゃう!! 前世となんか関係あんのかって、聞いてるんや!」
 舜平はきっと彰を睨みつけると、声を荒げてそう言った。
「やれやれ、君はそんなことも覚えてないのか」
 彰は呆れたようにそう言うと、腕を組んだ。

「君は昔から、千珠のことを何よりも大事にしていた」 
と、彰は昔を懐かしむような顔で、そう言った。舜平はごくりと唾を飲み込む。

「君たちの繋がりは、自分たちが思っている以上に深いものだった。千珠も舜海のことを強く強く求めていたしね」
「……それって」
「ん? 分かりにくい? 二人は心も身体も深く結びついていた。特に君は、誰よりも千珠のことを深く深く愛していたろう? それこそ、共に暮らした女よりもずっとだ」
「……!」
「そんな話を、君たちにゆっくり聞かせてあげようと思ってたところだ。千珠……いや、珠生が僕の後輩になったんだ。いつまでもあんなふうに怯えてもらってちゃ困るからね。学校でやりづらい」
 そう言って、彰はにっこり笑う。

「そんな怖い顔しないでよ。昨日はふっ飛ばして悪かったって。明日、時間ある?」
「……ああ、ある」
「じゃあ、午後八時、珠生を連れてここへ来てくれる?」
 彰はポケットから紙片を取り出すと、舜平に渡した。開いてみると、そこには住所が書かれている。
「そこはね、今風に言うならアジトって感じかな。ちょっと遠いけど、あまり人に聞かれたくない話だから」
「……分かった」
「じゃあね、楽しみにしてるよ」
 彰は微笑み、すっと手を上げて背中を向けた。そして、夜闇に溶けこむように姿を消す。

 舜平は紙片に目を落とすと、それをじっと見つめた。


——君は、千珠のことを何よりも大事にしていた……。


 彰の言葉が、耳に残る。この気持ちは、前世からもたらされたものだとでもいうのだろうか。

 そして珠生の中にも、自分を慕うような感情が残っているとでも……?
しおりを挟む
感想 48

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由

フルーツパフェ
大衆娯楽
 クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。  トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。  いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。  考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。  赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。  言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。  たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

【完結】ぎゅって抱っこして

かずえ
BL
幼児教育学科の短大に通う村瀬一太。訳あって普通の高校に通えなかったため、働いて貯めたお金で二年間だけでもと大学に入学してみたが、学費と生活費を稼ぎつつ学校に通うのは、考えていたよりも厳しい……。 でも、頼れる者は誰もいない。 自分で頑張らなきゃ。 本気なら何でもできるはず。 でも、ある日、金持ちの坊っちゃんと心の中で呼んでいた松島晃に苦手なピアノの課題で助けてもらってから、どうにも自分の心がコントロールできなくなって……。

ヤンデレBL作品集

みるきぃ
BL
主にヤンデレ攻めを中心としたBL作品集となっています。

R指定

ヤミイ
BL
ハードです。

ある少年の体調不良について

雨水林檎
BL
皆に好かれるいつもにこやかな少年新島陽(にいじまはる)と幼馴染で親友の薬師寺優巳(やくしじまさみ)。高校に入学してしばらく陽は風邪をひいたことをきっかけにひどく体調を崩して行く……。 BLもしくはブロマンス小説。 体調不良描写があります。

灰かぶりの少年

うどん
BL
大きなお屋敷に仕える一人の少年。 とても美しい美貌の持ち主だが忌み嫌われ毎日被虐的な扱いをされるのであった・・・。

処理中です...