琥珀に眠る記憶

餡玉

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第1章 再会

11、芽生え始めた気持ち

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 しばらくして落ち着きを取り戻した珠生を家まで送り届けた舜平は、今日も健介が帰ってくるまでそこで過ごすことにした。
 時計は十九時半を指しており、外はもう真っ暗だ。窓に映るものに珠生が怯えないよう、舜平は静かにカーテンを引いた。

 そして、ふと昨日と同じ場所に置いてあるイーゼルに目を留める。
 昨日は真っ白だったキャンパスに、見事な桜が描かれているのを見て、舜平は言葉を失った。色彩の美しさもさることながら、見るものを引きこむような構図をもって、その風景はそこにあった。

「珠生くん、すごいな。めっちゃ絵上手やん」
「ああ……どうも」
「あ、これは……」

 見事な枝振りの桜の下に、白い狩衣を身にまとった少年が描かれている。小さな姿だが、丁寧に書き込まれていることが分かった。銀色の髪は、一本一本細い線で画かれているし、キラリと光る赤い耳飾りも丁寧に再現されている。しかし、目だけがまだ、描かれてはいなかった。
「これ、あの白い子どもやな。ほんまに俺と同じもん見てるんやな、君は」
「……怖かったけど、なんだかとても、きれいだと思ったんだ」

 珠生はキャンパスの前に置かれた椅子に座る舜平の隣に立って、昨日と同じマグカップを渡した。今夜はココアだ。

 こうして見比べると、やっぱり似ている……きっと、彼らの言うせんじゅという名前の主は、この白い少年だ。
 二人は同時に、そんなことを思っていた。
 
「似てるとか思ったでしょ」
「よう分かったな」
「俺もそう思いましたから」
「そっか。……まったく、訳わからへん一日で疲れたやろ。明日は入学式やんな、朝起きれるか?」
「大丈夫です。賑やかな場所がこんなに恋しいと思ったのは初めてですよ」
「はは、そっか」
 部屋着のぶかぶかパーカーを羽織ってココアをすすっている珠生を見て、舜平はふと、しみじみと思う。


 ——やっぱり、可愛い……。


 ふと、舜平はポケットでバイブしている携帯電話に気が付いた。取り出してディスプレイを確認すると、梨香子からの着信だった。疲れがどっと押し寄せる。

 そばに立っていた珠生もその名前を見たらしい、慌てたようにそばを離れた。
「彼女さんでしょ? 出てください、俺、部屋にいますから」
「いや、ええよ」
「いいから」
 珠生はさっさと自室に引き上げてドアを閉めてしまった。舜平はため息をつき、気乗りしないながらも電話に出た。

『ちょっと、まだ来ないの?』
 すでに怒り声だ、舜平はうんざりした。
「あのなぁ、お前が勝手に来いって言ってただけやろ。こっちは用事があんねんから、もうええ加減にせぇよ」
『用事って、各務先生の息子の相手でしょ? こんな時間まで何やってんの?』
「……こっちにはこっちの都合ってもんがあんねん。どうせ明日大学でも会うやろ」
『今来て欲しいの! 待ってるからね!』
 一方的に怒鳴られ、通話は切れた。舜平は難しい顔でスマートフォンを睨んでいたが、苛立ちを吐き出すようにため息をついた。

 珠生は部屋に入ったまま出てくる気配はなく、リビングに面したドアを軽くノックしてはみるが返事がない。
「珠生くん? 開けるで」
 暗い部屋に、勉強机にだけスタンドが灯っていた。ベッドに横になって目を閉じている珠生は、ぴくりとも動かない。どうやら寝てしまったようだ。

 舜平は細くドアを開け、六畳ほどの広さの部屋へ入った。珠生のものらしい、仄かに甘い花のような香りが、部屋の中に満ちていてほっとする。
「寝てんのか?」
 ベッドに歩み寄ってみると、珠生は横向きに寝そべった状態で軽く寝息を立てていた。その無防備な寝顔のあどけなさに、舜平は自分でも気づかない内に微笑んでいた。
「……疲れたな、今日は。ゆっくり休みや」

 珠生の足元に畳まれていた毛布を広げると、ゆっくりと身体の上に掛けてやる。
 そしてふと、吸い寄せられるように跪いて、その寝顔に見惚れた。
 
 薄く半開きになった唇は赤く、長い睫毛はスタンドの明かりを受けて頬に深い影を落としている。人形のような肌と、美しいつくりをした顔立ちを見ていると、ふと、こういう状況を以前も経験したような気がして胸が騒ぐ。

 その時、珠生の薄茶色い髪が銀色に見えた気がして、舜平は息を呑んだ。

「……まさか」
 瞬きをしてもう一度珠生を見ると、それはいつもの栗色だった。ほっとした舜平は珠生の頭を何度か撫で、そしてその額に軽く、唇を触れた。何の迷いもない、自然な動きで。

 暖かい珠生の肌と、その匂い。むせるような懐かしさが、再び舜平の心に湧き上がる。
 

 ——もっと触れたい。


 衝動的に、そう思っていた。
 しかし珠生の頬に触れようとした指先は、忙しないスマートフォンの振動によってその動きを阻まれた。

「……何してんねん、俺」

 舜平は振り切るように立ち上がると、音を立てないように気配を消して、そっと部屋を出た。
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