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第1章 再会
5、夢か現か
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一人で健介のマンションに居ると、その広さが異様に身にしみる。
今までは、母親はいなくとも千秋はいつも一緒にいたし、彼女はやかましいテレビ番組ばかりを好んで見ていたため、家の中にはいつも活気があった。
慣れない家にぽつんと一人。人のいない家は、しんとして冷たい雰囲気を醸し出している。
昼間見た鴨川の景色を描こうと、久しぶりにイーゼルを出して絵の具を練り始めたものの、家の中が静かすぎて集中できなかった。しかも、関東と違って家の外もえらくしんとしているため、居心地が悪くて仕方がないのだ。煩わしいと思っていた騒音も、今となっては懐かしい。
構図だけ決めて、ため息をつく。立ち上がってキッチンへゆき、コーヒーを入れながらふと、キッチンからベランダへ出るための小さな窓に写った自分の姿を見た。
あの白い狩衣を着た少年。
どことなく、窓に映る自分と似ている気がした。すごく綺麗だったな。それこそ人間離れしてて、人形みたいな感じ……。
珠生は、客観的に自分の容姿が他者にどのような影響を及ぼすかを、よくよく理解している。
街を歩けば、女の人みならず男の人までもが珠生を見て脚を止める。声を掛けられお茶や食事に誘われることもしばしばだった。綺麗だね、可愛いねと珠生を褒めそやし、身体に触れてこようとする人も中にはいた。
学校だと、この中性的で華やかな容姿は、しばしば男子生徒たちからのからかいの対象となったものだ。ふざけ半分に性器を触られたり、キスされそうになったり……いつも既のところで阻止してきたものの、この目立つ容姿は、目立たず生きていきたい珠生にとっては少なからず煩わしいものであった。
ーーあの少年、髪の毛が銀色だった。外人、なのか?
というか、あの唐突な頭痛も強烈だったし、自分はどこか頭に異常があるじゃないだろうか……。
ふと、そんなことも心配にもなってくる。
「父さんに聞いてみようかな……」
曲がりなりにも生物学の教授なのだ、何かしら自分よりは詳しいはずだ。コーヒーのいい香りが家の中に立ち込めると、ようやく少し落ち着いてきた。ミルクと砂糖を入れて、暖かいマグカップで掌を温める。
ふと、顔を上げて再び窓を見た。
珠生の手からマグカップが滑り落ちて、キッチンの床一面に派手にコーヒーが飛び散る。
「あ……あ……」
手が震える、足が動かない。珠生は驚愕の表情を浮かべて、窓に映る白い影を見つめた。
桜の木の下で見た、あの少年が映っていた。
その少年の顔には、珠生が今浮かべている驚愕の表情が同様に浮かんでいるように見えた。まるで、珠生自身がその姿に变化しているかの如く。その証拠のように、珠生が後ずさって壁に背中をぶつけると、窓の中の少年も同じ動きをした。
「……え、どうして……?」
これ、何で?何で……こんなことが……。
「うわあああ!!」
珠生は声を上げて、玄関へと走った。スニーカーをつっかけて、鍵もかけずに外に飛び出す。三階の自宅から階段を使ってばたばたと地上に降り、マンションのエントランスから道路へと走り出た。
ふと立ち止まって、マンションのガラスに映った自分の姿を、恐る恐る確認してみた。
「……ひっ」
そこにはまだ、あの白い少年の姿があった。まるで自分を追い詰めてくるようにも見え、恐怖で気が狂いそうだった。
ひたすらに走った。走って走って、父親のいる大学へ向かって、ただ周りも見ずに走った。
「はぁ……はぁ……はぁ……!!」
父さん! 父さん……!
怖いよ!
今までは、母親はいなくとも千秋はいつも一緒にいたし、彼女はやかましいテレビ番組ばかりを好んで見ていたため、家の中にはいつも活気があった。
慣れない家にぽつんと一人。人のいない家は、しんとして冷たい雰囲気を醸し出している。
昼間見た鴨川の景色を描こうと、久しぶりにイーゼルを出して絵の具を練り始めたものの、家の中が静かすぎて集中できなかった。しかも、関東と違って家の外もえらくしんとしているため、居心地が悪くて仕方がないのだ。煩わしいと思っていた騒音も、今となっては懐かしい。
構図だけ決めて、ため息をつく。立ち上がってキッチンへゆき、コーヒーを入れながらふと、キッチンからベランダへ出るための小さな窓に写った自分の姿を見た。
あの白い狩衣を着た少年。
どことなく、窓に映る自分と似ている気がした。すごく綺麗だったな。それこそ人間離れしてて、人形みたいな感じ……。
珠生は、客観的に自分の容姿が他者にどのような影響を及ぼすかを、よくよく理解している。
街を歩けば、女の人みならず男の人までもが珠生を見て脚を止める。声を掛けられお茶や食事に誘われることもしばしばだった。綺麗だね、可愛いねと珠生を褒めそやし、身体に触れてこようとする人も中にはいた。
学校だと、この中性的で華やかな容姿は、しばしば男子生徒たちからのからかいの対象となったものだ。ふざけ半分に性器を触られたり、キスされそうになったり……いつも既のところで阻止してきたものの、この目立つ容姿は、目立たず生きていきたい珠生にとっては少なからず煩わしいものであった。
ーーあの少年、髪の毛が銀色だった。外人、なのか?
というか、あの唐突な頭痛も強烈だったし、自分はどこか頭に異常があるじゃないだろうか……。
ふと、そんなことも心配にもなってくる。
「父さんに聞いてみようかな……」
曲がりなりにも生物学の教授なのだ、何かしら自分よりは詳しいはずだ。コーヒーのいい香りが家の中に立ち込めると、ようやく少し落ち着いてきた。ミルクと砂糖を入れて、暖かいマグカップで掌を温める。
ふと、顔を上げて再び窓を見た。
珠生の手からマグカップが滑り落ちて、キッチンの床一面に派手にコーヒーが飛び散る。
「あ……あ……」
手が震える、足が動かない。珠生は驚愕の表情を浮かべて、窓に映る白い影を見つめた。
桜の木の下で見た、あの少年が映っていた。
その少年の顔には、珠生が今浮かべている驚愕の表情が同様に浮かんでいるように見えた。まるで、珠生自身がその姿に变化しているかの如く。その証拠のように、珠生が後ずさって壁に背中をぶつけると、窓の中の少年も同じ動きをした。
「……え、どうして……?」
これ、何で?何で……こんなことが……。
「うわあああ!!」
珠生は声を上げて、玄関へと走った。スニーカーをつっかけて、鍵もかけずに外に飛び出す。三階の自宅から階段を使ってばたばたと地上に降り、マンションのエントランスから道路へと走り出た。
ふと立ち止まって、マンションのガラスに映った自分の姿を、恐る恐る確認してみた。
「……ひっ」
そこにはまだ、あの白い少年の姿があった。まるで自分を追い詰めてくるようにも見え、恐怖で気が狂いそうだった。
ひたすらに走った。走って走って、父親のいる大学へ向かって、ただ周りも見ずに走った。
「はぁ……はぁ……はぁ……!!」
父さん! 父さん……!
怖いよ!
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