琥珀に眠る記憶

餡玉

文字の大きさ
上 下
6 / 535
第1章 再会

5、夢か現か

しおりを挟む
 一人で健介のマンションに居ると、その広さが異様に身にしみる。
 今までは、母親はいなくとも千秋はいつも一緒にいたし、彼女はやかましいテレビ番組ばかりを好んで見ていたため、家の中にはいつも活気があった。

 慣れない家にぽつんと一人。人のいない家は、しんとして冷たい雰囲気を醸し出している。

 昼間見た鴨川の景色を描こうと、久しぶりにイーゼルを出して絵の具を練り始めたものの、家の中が静かすぎて集中できなかった。しかも、関東と違って家の外もえらくしんとしているため、居心地が悪くて仕方がないのだ。煩わしいと思っていた騒音も、今となっては懐かしい。

 構図だけ決めて、ため息をつく。立ち上がってキッチンへゆき、コーヒーを入れながらふと、キッチンからベランダへ出るための小さな窓に写った自分の姿を見た。


 あの白い狩衣を着た少年。
 どことなく、窓に映る自分と似ている気がした。すごく綺麗だったな。それこそ人間離れしてて、人形みたいな感じ……。


 珠生は、客観的に自分の容姿が他者にどのような影響を及ぼすかを、よくよく理解している。
 街を歩けば、女の人みならず男の人までもが珠生を見て脚を止める。声を掛けられお茶や食事に誘われることもしばしばだった。綺麗だね、可愛いねと珠生を褒めそやし、身体に触れてこようとする人も中にはいた。

 学校だと、この中性的で華やかな容姿は、しばしば男子生徒たちからのからかいの対象となったものだ。ふざけ半分に性器を触られたり、キスされそうになったり……いつもすんでのところで阻止してきたものの、この目立つ容姿は、目立たず生きていきたい珠生にとっては少なからず煩わしいものであった。


ーーあの少年、髪の毛が銀色だった。外人、なのか?

 というか、あの唐突な頭痛も強烈だったし、自分はどこか頭に異常があるじゃないだろうか……。
  

 ふと、そんなことも心配にもなってくる。


「父さんに聞いてみようかな……」
 曲がりなりにも生物学の教授なのだ、何かしら自分よりは詳しいはずだ。コーヒーのいい香りが家の中に立ち込めると、ようやく少し落ち着いてきた。ミルクと砂糖を入れて、暖かいマグカップで掌を温める。


 ふと、顔を上げて再び窓を見た。


 珠生の手からマグカップが滑り落ちて、キッチンの床一面に派手にコーヒーが飛び散る。


「あ……あ……」
 手が震える、足が動かない。珠生は驚愕の表情を浮かべて、窓に映る白い影を見つめた。


 桜の木の下で見た、あの少年が映っていた。


 その少年の顔には、珠生が今浮かべている驚愕の表情が同様に浮かんでいるように見えた。まるで、珠生自身がその姿に变化しているかの如く。その証拠のように、珠生が後ずさって壁に背中をぶつけると、窓の中の少年も同じ動きをした。


「……え、どうして……?」


 これ、何で?何で……こんなことが……。


「うわあああ!!」
 珠生は声を上げて、玄関へと走った。スニーカーをつっかけて、鍵もかけずに外に飛び出す。三階の自宅から階段を使ってばたばたと地上に降り、マンションのエントランスから道路へと走り出た。


 ふと立ち止まって、マンションのガラスに映った自分の姿を、恐る恐る確認してみた。


「……ひっ」
 そこにはまだ、あの白い少年の姿があった。まるで自分を追い詰めてくるようにも見え、恐怖で気が狂いそうだった。
 

 ひたすらに走った。走って走って、父親のいる大学へ向かって、ただ周りも見ずに走った。


「はぁ……はぁ……はぁ……!!」


 父さん! 父さん……!
 怖いよ!

しおりを挟む
感想 48

あなたにおすすめの小説

病気になって芸能界から消えたアイドル。退院し、復学先の高校には昔の仕事仲間が居たけれど、彼女は俺だと気付かない

月島日向
ライト文芸
俺、日生遼、本名、竹中祐は2年前に病に倒れた。 人気絶頂だった『Cherry’s』のリーダーをやめた。 2年間の闘病生活に一区切りし、久しぶりに高校に通うことになった。けど、誰も俺の事を元アイドルだとは思わない。薬で細くなった手足。そんな細身の体にアンバランスなムーンフェイス(薬の副作用で顔だけが大きくなる事) 。 誰も俺に気付いてはくれない。そう。 2年間、連絡をくれ続け、俺が無視してきた彼女さえも。 もう、全部どうでもよく感じた。

実力を隠し「例え長男でも無能に家は継がせん。他家に養子に出す」と親父殿に言われたところまでは計算通りだったが、まさかハーレム生活になるとは

竹井ゴールド
ライト文芸
 日本国内トップ5に入る異能力者の名家、東条院。  その宗家本流の嫡子に生まれた東条院青夜は子供の頃に実母に「16歳までに東条院の家を出ないと命を落とす事になる」と予言され、無能を演じ続け、父親や後妻、異母弟や異母妹、親族や許嫁に馬鹿にされながらも、念願適って中学卒業の春休みに東条院家から田中家に養子に出された。  青夜は4月が誕生日なのでギリギリ16歳までに家を出た訳だが。  その後がよろしくない。  青夜を引き取った田中家の義父、一狼は53歳ながら若い妻を持ち、4人の娘の父親でもあったからだ。  妻、21歳、一狼の8人目の妻、愛。  長女、25歳、皇宮警察の異能力部隊所属、弥生。  次女、22歳、田中流空手道場の師範代、葉月。  三女、19歳、離婚したフランス系アメリカ人の3人目の妻が産んだハーフ、アンジェリカ。  四女、17歳、死別した4人目の妻が産んだ中国系ハーフ、シャンリー。  この5人とも青夜は家族となり、  ・・・何これ? 少し想定外なんだけど。  【2023/3/23、24hポイント26万4600pt突破】 【2023/7/11、累計ポイント550万pt突破】 【2023/6/5、お気に入り数2130突破】 【アルファポリスのみの投稿です】 【第6回ライト文芸大賞、22万7046pt、2位】 【2023/6/30、メールが来て出版申請、8/1、慰めメール】 【未完】

傷だらけの僕は空をみる

猫谷 一禾
BL
傷を負った少年は日々をただ淡々と暮らしていく。 生を終えるまで、時を過ぎるのを暗い瞳で過ごす。 諦めた雰囲気の少年に声をかける男は軽い雰囲気の騎士団副団長。 身体と心に傷を負った少年が愛を知り、愛に満たされた幸せを掴むまでの物語。 ハッピーエンドです。 若干の胸くそが出てきます。 ちょっと痛い表現出てくるかもです。

ヤンデレBL作品集

みるきぃ
BL
主にヤンデレ攻めを中心としたBL作品集となっています。

隠れSubは大好きなDomに跪きたい

みー
BL
⚠️Dom/Subユニバース 一部オリジナル表現があります。 ハイランクDom×ハイランクSub

サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由

フルーツパフェ
大衆娯楽
 クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。  トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。  いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。  考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。  赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。  言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。  たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。

Take On Me 2

マン太
BL
 大和と岳。二人の新たな生活が始まった三月末。新たな出会いもあり、色々ありながらも、賑やかな日々が過ぎていく。  そんな岳の元に、一本の電話が。それは、昔世話になったヤクザの古山からの呼び出しの電話だった。  岳は仕方なく会うことにするが…。 ※絡みの表現は控え目です。 ※「エブリスタ」、「小説家になろう」にも投稿しています。

催眠アプリ(???)

あずき
BL
俺の性癖を詰め込んだバカみたいな小説です() 暖かい目で見てね☆(((殴殴殴

処理中です...