琥珀に眠る記憶

餡玉

文字の大きさ
上 下
5 / 534
第1章 再会

4、相田舜平

しおりを挟む
 舜平はキャンパス内を歩きながら、自分の唇に触れた。


ーー何やったんやろ、あれ。見たこともないガキにあんなことしてもて……。それに、桜の下にいた白い子ども……あれも、一体何なんやろう。いつも見えるような霊魂モンとは、まるで違う感じがしたな……。


 舜平は生まれつき、普通の人間には見えないものが見えた。
 それは人型の霊魂……すなわち一般的に幽霊と呼ばれるものであったり、ふわふわと空気中を漂う鬼火のようなものであったり、または影があるべきところではないところに歪な影を見る、そういう体質なのだ。

 実家が寺という環境も手伝って、その特異な力のことを周りが騒ぎ立てることも否定することもないまま成長したためか、舜平は未だにはっきりとそういうものが見えてしまう。しかし舜平にとって、幽霊などは恐怖の対象ではない。当たり前のように、そこにある空気のような存在なのだ。

 かといって、それが普通では無いことくらい、小学校に上がる頃には気づいていた。だから舜平の霊視能力については、家族以外誰も知らない。


 今日見た白い姿。
 あれは人間の霊魂ではなく、どちらかというとあやかしのようなものに近い気配がした。強い残留思念が形を成した人間の魂ではなく、なにかもっと深くこの地に根付いている記憶のような……それが何かしらのきっかけを得て、はっきりとした形を成したようなもののように感じた。


 そして、愛らしい顔立ちをしたあの少年との出会い。
 どこか似ている。白い妖とあの少年の気配……。


 そして、突き動かされるような感情の高ぶり。あれは……何だというのか。
 男になんか興味はないが、唇が触れ合った時に感じた、むせ返るような愛おしさ……そして泣きたくなるような懐かしさ。ずっとずっと探し求めていたものを、ようやくこの手に出来たというような安堵感。それらがない混ぜになって、言葉よりも何よりも、まず身体が動いていた。


 ——……しかし、キスしてまうなんて……。あの子にも、悪い事したやんな……。

 周りに誰もいなくてよかったと、今更ながら安堵する。

「完全に変質者やもんな、はたから見たら……」
「誰が? お前か?」
 更衣室のロッカーから白衣を取り出して、その扉を閉めると、扉の裏に一人の青年が立っていた。舜平は仰天して、狭いロッカールームの中で後ずさって背中をぶつけた。同期の屋代拓やしろたくが、白衣のポケットに手を突っ込んで立っていたのだ。

「お前かい! びっくりするやん!」
「ぼーっとしてたんはお前やろ。どうしたん」
「……いや、何でもない」
「えらい薄着やな。遅かったやん」
 拓はTシャツ一枚の上に白衣を羽織った舜平の出で立ちを物珍しげな眼で見ている。

「ああ……。さっき河原で病人を介抱しててん」
「はぁ? どういうボケや」
「ボケちゃうわ。しんどそうにしてるガキがおって、そのガキ引き起こした時にシャツが汚れてな。洗って返してくれるって言い張るから渡してきた」
「へぇ、ドラマみたいな出会いやな。可愛い子やった?」
 拓はにやりとしながら、舜平の脇腹を肘でつつく。舜平は煩そうにそれを避けると、
「可愛かったけど……女じゃないねん。男や」と言いながらロッカールームを出る。
「なんや、つまらん。男の子か」
 拓は急に興味を亡くしたようにそう言いい、二人は並んですたすたと実験室へと向かって歩いた。

「各務先生んとこ、息子が越してきて一緒に暮らし始めたらしいで。さっき嬉しそうにそう言うてはった」
「へぇ、先生子どもおったんや。離婚したとは聞いてたけど」

 二人は実験室の外で手を念入りに洗い、消毒しながらそんな話を続けた。
 ガラス越しに見える実験室の中には、顕微鏡を熱心に覗きこむ各務健介教授の姿が見えた。心なしか、いつもよりも雰囲気に張りがあるような気がするのはそのせいか。

「そら嬉しいやろうな」
と、舜平は笑みを浮かべながらそう言った。
「きっと変わった子なんちゃうか。あの人の息子やし」
と、拓はにやりと笑いながら薄手のゴム手袋をはめる。
「そうやろうな、多分」
 舜平も笑みを返しながらそう言い、マスクをして実験室に入った。

 各務教授は二人が入ってきたことにも気づかず、一身に顕微鏡を覗いている。二人は顔を見合わせて、各々の実験の続きに取り掛かった。
しおりを挟む
感想 47

あなたにおすすめの小説

ヤンデレBL作品集

みるきぃ
BL
主にヤンデレ攻めを中心としたBL作品集となっています。

騙されて快楽地獄

てけてとん
BL
友人におすすめされたマッサージ店で快楽地獄に落とされる話です。長すぎたので2話に分けています。

【連載再開】絶対支配×快楽耐性ゼロすぎる受けの短編集

あかさたな!
BL
※全話おとな向けな内容です。 こちらの短編集は 絶対支配な攻めが、 快楽耐性ゼロな受けと楽しい一晩を過ごす 1話完結のハッピーエンドなお話の詰め合わせです。 不定期更新ですが、 1話ごと読切なので、サクッと楽しめるように作っていくつもりです。 ーーーーーーーーーーーーーーーーーー 書きかけの長編が止まってますが、 短編集から久々に、肩慣らししていく予定です。 よろしくお願いします!

BL団地妻-恥じらい新妻、絶頂淫具の罠-

おととななな
BL
タイトル通りです。 楽しんでいただけたら幸いです。

選択的ぼっちの俺たちは丁度いい距離を模索中!

きよひ
BL
ぼっち無愛想エリート×ぼっちファッションヤンキー 蓮は会話が苦手すぎて、不良のような格好で周りを牽制している高校生だ。 下校中におじいさんを助けたことをきっかけに、その孫でエリート高校生の大和と出会う。 蓮に負けず劣らず無表情で無愛想な大和とはもう関わることはないと思っていたが、一度認識してしまうと下校中に妙に目に入ってくるようになってしまう。 少しずつ接する内に、大和も蓮と同じく意図的に他人と距離をとっているんだと気づいていく。 ひょんなことから大和の服を着る羽目になったり、一緒にバイトすることになったり、大和の部屋で寝ることになったり。 一進一退を繰り返して、二人が少しずつ落ち着く距離を模索していく。

ママと中学生の僕

キムラエス
大衆娯楽
「ママと僕」は、中学生編、高校生編、大学生編の3部作で、本編は中学生編になります。ママは子供の時に両親を事故で亡くしており、結婚後に夫を病気で失い、身内として残された僕に精神的に依存をするようになる。幼少期の「僕」はそのママの依存が嬉しく、素敵なママに甘える閉鎖的な生活を当たり前のことと考える。成長し、性に目覚め始めた中学生の「僕」は自分の性もママとの日常の中で処理すべきものと疑わず、ママも戸惑いながらもママに甘える「僕」に満足する。ママも僕もそうした行為が少なからず社会規範に反していることは理解しているが、ママとの甘美な繋がりは解消できずに戸惑いながらも続く「ママと中学生の僕」の営みを描いてみました。

明智さんちの旦那さんたちR

明智 颯茄
恋愛
 あの小高い丘の上に建つ大きなお屋敷には、一風変わった夫婦が住んでいる。それは、妻一人に夫十人のいわゆる逆ハーレム婚だ。  奥さんは何かと大変かと思いきやそうではないらしい。旦那さんたちは全員神がかりな美しさを持つイケメンで、奥さんはニヤケ放題らしい。  ほのぼのとしながらも、複数婚が巻き起こすおかしな日常が満載。  *BL描写あり  毎週月曜日と隔週の日曜日お休みします。

ヤンデレだらけの短編集

BL
ヤンデレだらけの1話(+おまけ)読切短編集です。 全8話。1日1話更新(20時)。 □ホオズキ:寡黙執着年上とノンケ平凡 □ゲッケイジュ:真面目サイコパスとただ可哀想な同級生 □アジサイ:不良の頭と臆病泣き虫 □ラベンダー:希死念慮不良とおバカ □デルフィニウム:執着傲慢幼馴染と地味ぼっち ムーンライトノベル様に別名義で投稿しています。 かなり昔に書いたもので、最近の作品と書き方やテーマが違うと思いますが、楽しんでいただければ嬉しいです。

処理中です...