孤独な鬼を拾ったら、不器用に溺愛された

餡玉

文字の大きさ
上 下
22 / 24

21、殺させない

しおりを挟む

「陽太郎!!」

 サッと差し込む眩いほどの陽光とともに、黒波の声が洞穴に響いた。安堵すると同時に身体の力が抜け、両目から涙が溢れる。

『ぐギャぁあァァァ!!』

 ザン!! と荒々しい風が駆け抜けたかと思うと、俺の身体に絡みついていた触手が断ち切られる。戒めが解け、半ば宙に浮かされていた身体が地面に落下しそうになったところを、頼もしい腕に抱きとられた。

 ——黒波……!! 本当に、来てくれた……!

 どろどろと地表近くに沈殿し、俺を息苦しくさせていた瘴気が、涼風のような黒波の妖気によって押し流されていく。俺の口を塞ぎ、全身に絡みついている触手を、黒波が忌々しげな手つきで払い除けた。

「クッソ……この……」
「ゲホッ!! がはっ……はぁっ……はぁ……!!」
「陽太郎……!! しっかりせぇ!」

 黒波に抱き起こされ、ようやく全身から力が抜けた。身体は重く痺れて動かせないけど、視線だけを黒波に向け、弱々しく微笑んだ。

「なまえ、よんだら……ほんとに、くるんだな……すげぇ……」
「言うてる場合か!! またお前は……俺のいいひんところでこんな目に遭いよって……!!」

 触手に全身を舐め回されて、俺の身体はおそらくひどい状態になっているはずだ。ドロドロに汚れて、濡れた感触が気持ち悪い。

 だけど、黒波のぬくもりと匂い、そして力強い妖気に包み込まれているととても安心できた。

 だが、洞穴の奥で低い唸り声が響いている。虚無露が鋭く妖気を尖らせ、こちらを威嚇していることに俺は気づいた。
 黒波を射殺すタイミングを窺うように、触手の全てを自分の体内に引っ込めて、ぶるぶると身体を震わせている虚無露の気配だ。

『それは、おれの獲物……おれの獲物だァ……!!』

 刹那、虚無露の全身から細い棘のようなものが一気に噴き出す。だが、黒波は俺を抱きしめたまま微動だにしない。このままじゃ、二人まとめて串刺しだ……!


「臨・兵・闘・者・皆・陣・列・在・前!! 邪鬼封縛! 急急如律令!!」


 凛とした声音が響き渡ると同時に、一陣の突風が洞穴に吹き込む。

 俺は目を閉じ一瞬身を縮めたが、虚無露の苦悶にみちた悲鳴を耳にして目を開く。

 見ると、銀色に眩く輝く鎖が、虚無露が黒々とした巨躯を縛り上げているではないか。俺は目を疑った。

「……なんだ、これ……」
「うわ……エッロ。ヌルヌルドロドロのエロ漫画みたいになっちゃって……いったいナニされちゃったの?」
「せ、静司さん……!?」

 颯爽と駆けつけた助っ人とは思いがたいセリフを口にしながら、静司さんが姿を現す。人差し指と中指を立てた手印を結び、まっすぐに虚無露を見据えながら。

「虚無露は空間を歪めて身を隠す。だからずっと、巣の場所を特定することができなかった」
「……へ?」
「君が黒波くんを呼んだおかげで居場所がわかったのさ。……ギリギリアウト? だったかもしれないけど……」
「せ、セーフだよセーフ!! 中までヤられたわけじゃ……!!」

 掠れ声でそう喚くや、また俺は咳き込んでしまった。俺の背をさする黒波がなんだか大人しいので表情を窺ってみると……黒波は、冴えた光を帯びた金眼を鋭く怒らせ、じっと虚無露を睨みつけていた。

 ぎし、と背後で鉤爪が軋む音が小さく響く。

「……陽太郎、ええよな。こいつぶっ殺しても」
「え……?」
「二度もお前を攫い、町の人にまで取り憑いて毒をばら撒く害虫や。……今度こそ殺す」
「殺す……って」

 冷え冷えとした声音でそう言い捨てる黒波の横顔には、憎しみが満ち溢れている。

 たしかにこいつは害のある妖怪だが、黒波にそんな役回りを負わせてもいいのか? 黒波に、ふたたび命を奪わせていいのか……? 

 俺が答えに窮していると、黒波は冷たい矢のような視線をこちらに向けて、ふたたびこう問うてきた。

「殺すで。ええな」
「ま……待って!! 殺すのはダメだ……!!」
「はぁ!? なに言うてんねん」
「ダメ……ダメだ!! お前にそんなことさせられない!」

 がばりと身を起こして、俺は黒波を正面から抱きしめる。黒波の困惑が身体を通じて伝わってくるが、俺は断固として黒波の身体を離さなかった。

「お前、こんな目に遭わされてんねんで……! なんで殺したらあかんねん!!」
「だって……ダメなもんはダメだ!!」
「そんな。……陽太郎っ」

 押し問答している俺たちの背後で、静司さんが印を結んだままため息をついている。

「……やれやれ、本当に君は甘いんだからなぁ。いいじゃない、殺せば。じゃないと君、また穴に引っ張り込まれてエロいことされちゃうよ?」
「そっ……それは……。あ! そうだ、蔵から巻物取ってきて、こいつ封印すればいいんじゃ……!」
「んー、そんな時間はないかな。……ま、君がいいっていうなら、虚無露は僕がもらうけど」
「……もらう?」

 静司さんは素早く両手で別の印を結び、唇に優しい笑みを湛えたままこう言った。

らないんでしょ。なら、僕がもらってもいいよね」
「い、いいけど……どうするつもりだよ」
「いったろ。僕はね、強い手駒が欲しいんだ」
「それってまさか、悪いことに使う気じゃ……」
「どうかなぁ。ま、悪いやつを懲らしめるのには使ってもいいかもね。触手エロ地獄なんて、なかなかいい趣味してるじゃないか」

 そう言うや、静司さんはよく通る声で「のうまく さんまんだ ばざらだんかん そわか」と唱え、胸の前で複雑な印を結んだ。

 すると、虚無露を戒めていた鎖が急激に静司さんの掌の中へと吸い込まれてゆく。

『ぎぃゃぁぁぁぁぁぁ!!!』

 鎖に絡みつかれたまま空間ごとねじられるように、虚無露が術に堕ちてゆく。びゅうびゅうとめちゃくちゃに風が吹き荒び
、歪んだ悲鳴が俺の鼓膜を震わせた。

 やがて、洞穴の中に吹き荒れていた風が落ち着きを見せ始めた頃……静司さんはすっと印を解いて妖しい笑みを浮かべた。

「はい、おしまい」

 俺を支えていた腕が不意に離れたかと思うと、両手を解いてにっこり笑う静司さんの背後に黒波が回り込んでいた。

 そして、さっき触手を断ち切った禍々しい鉤爪を、静司さんの首筋にあてがっていて……俺はゾッとした。

「く、黒波……!? 何やってんだよお前!」
「この男は腹の底が読めへん。ええんか、さっきの妖をこんなやつに飼わせておいて」
「ちょっ……待て、ダメだぞ斬ったら! 静司さんは確かにあやしいけど……傷つけたらダメだからな!」

 静司さんの白い首筋に、妖の体液で濡れた鉤爪が今にも掛かりそうになっている。痺れた身体をなんとか起こして黒波を制止していると、静司さんはまたしても頬を真っピンクに染め上げて、はぁ、はぁと興奮しはじめた。

「ふっ……ふふふっ、あぁ……ん……どうしよう……黒獄鬼の鉤爪が……僕の首筋にぃ……!」
「う……」
「ちょっとくらい引っ掻いてみていいですよ? 僕の血の味がお気に召せば、僕の式にしてさしあげたっていいんですからね?」
「……うう、くそっ……やはり気色悪い男や」

 ぐりんと首を捻って黒波を見上げている静司さんの全身からフェロモンが溢れ出す。……黒波は露骨に嫌な顔をした。

「黒波、こっちに戻って。……あの妖は、静司さんに任せよう」
「……」

 俺が静かな声でそう言うと、黒波はサッと静司さんから離れて俺の隣に戻ってきた。

「これまでも一応、俺が虚無露に見つからないように守りのまじないをかけてくれてたんだ。……たぶん、たぶんだけど、そこまで悪い人じゃないんだと思う。……たぶん」
「ふふっ……確証もないくせに、僕を信じようって? 本当に君は甘ちゃんだなぁ」

 肩を揺すって笑う静司さんを、俺は真っ直ぐに見つめた。すると静司さんもにやけ顔をゆっくりと引っ込めて、俺を静かな瞳で見つめ返してくる。

「黒波のことも、一応俺を心配してくれたんでしょ。何も知らずに俺が鬼に取り憑かれていないかって」
「……んー、どうだろうね」
「もし、黒波が俺の手に負えない鬼なら、静司さんが引き取ろうって思ってたんだよね」
「……やれやれ」

 静司さんは肩をすくめて、疲れたように首を左右に回した。そして、にっこりといつもの微笑みを浮かべ、くるりと踵を返す。

「ま、君がそう思うならそれでいいさ。ただね、僕は本気で黒波くんが欲しかったよ。……色んな意味でね」
「う」

 横顔でにんまりと笑う静司さんに、黒波がギョッとしている。だが静司さんはそのまますたすたと一人で外へ向かって歩いていく。

「小難しい詠唱もなく、名を呼ぶだけで鬼を召喚できてしまうなんて……それってつまり、既に君らの間には契約関係が成立しているということだ。もう僕の手には入らない」
「契約関係……」
「おおかた、甘いセリフでも交わし合いながら濃厚エッチでもしたんでしょ? それってもう立派な契約だよ。あーあ、羨ましいなぁ」
「なっ……なんのことだよ!!」

 堂々とセクハラ発言してくる静司さんには辟易するものの……確かに俺は昨日、この身を捧げながら『ずっとそばにいて欲しい』と口にした。そして黒波も『俺は陽太郎のもの。そしてお前は俺のもの』と言って……。

 ——あれが、契約……?

「つまり、すでに黒波くんは陽太郎くんの式ということ。名を呼べば居場所がわかったり、手元に召喚できるってのはそういうことなんだよ」
「……なるほど」
「なにも知らずにそういうことホイホイやっちゃうんだもんなぁ。陽太郎くん、見かけによらず大胆というかなんというか」
「う、うるさいな」

 静司さんはなおも少し恨めしそうな口調でそう言い残し、さっさとひとりでその場を去った。
しおりを挟む
感想 9

あなたにおすすめの小説

毒/同級生×同級生/オメガバース(α×β)

ハタセ
BL
βに強い執着を向けるαと、そんなαから「俺はお前の運命にはなれない」と言って逃げようとするβのオメガバースのお話です。

鬼上司と秘密の同居

なの
BL
恋人に裏切られ弱っていた会社員の小沢 海斗(おざわ かいと)25歳 幼馴染の悠人に助けられ馴染みのBARへ… そのまま酔い潰れて目が覚めたら鬼上司と呼ばれている浅井 透(あさい とおる)32歳の部屋にいた… いったい?…どうして?…こうなった? 「お前は俺のそばに居ろ。黙って愛されてればいい」 スパダリ、イケメン鬼上司×裏切られた傷心海斗は幸せを掴むことができるのか… 性描写には※を付けております。

男子高校に入学したらハーレムでした!

はやしかわともえ
BL
閲覧ありがとうございます。 ゆっくり書いていきます。 毎日19時更新です。 よろしくお願い致します。 2022.04.28 お気に入り、栞ありがとうございます。 とても励みになります。 引き続き宜しくお願いします。 2022.05.01 近々番外編SSをあげます。 よければ覗いてみてください。 2022.05.10 お気に入りしてくれてる方、閲覧くださってる方、ありがとうございます。 精一杯書いていきます。 2022.05.15 閲覧、お気に入り、ありがとうございます。 読んでいただけてとても嬉しいです。 近々番外編をあげます。 良ければ覗いてみてください。 2022.05.28 今日で完結です。閲覧、お気に入り本当にありがとうございました。 次作も頑張って書きます。 よろしくおねがいします。

完結・オメガバース・虐げられオメガ側妃が敵国に売られたら激甘ボイスのイケメン王から溺愛されました

美咲アリス
BL
虐げられオメガ側妃のシャルルは敵国への貢ぎ物にされた。敵国のアルベルト王は『人間を食べる』という恐ろしい噂があるアルファだ。けれども実際に会ったアルベルト王はものすごいイケメン。しかも「今日からそなたは国宝だ」とシャルルに激甘ボイスで囁いてくる。「もしかして僕は国宝級の『食材』ということ?」シャルルは恐怖に怯えるが、もちろんそれは大きな勘違いで⋯⋯? 虐げられオメガと敵国のイケメン王、ふたりのキュン&ハッピーな異世界恋愛オメガバースです!

鈍感モブは俺様主人公に溺愛される?

桃栗
BL
地味なモブがカーストトップに溺愛される、ただそれだけの話。 前作がなかなか進まないので、とりあえずリハビリ的に書きました。 ほんの少しの間お付き合い下さい。

性悪なお嬢様に命令されて泣く泣く恋敵を殺りにいったらヤられました

まりも13
BL
フワフワとした酩酊状態が薄れ、僕は気がつくとパンパンパン、ズチュッと卑猥な音をたてて激しく誰かと交わっていた。 性悪なお嬢様の命令で恋敵を泣く泣く殺りに行ったら逆にヤラれちゃった、ちょっとアホな子の話です。 (ムーンライトノベルにも掲載しています)

学院のモブ役だったはずの青年溺愛物語

紅林
BL
『桜田門学院高等学校』 日本中の超金持ちの子息子女が通うこの学校は東京都内に位置する野球ドーム五個分の土地が学院としてなる巨大学園だ しかし生徒数は300人程の少人数の学院だ そんな学院でモブとして役割を果たすはずだった青年の物語である

家事代行サービスにdomの溺愛は必要ありません!

灯璃
BL
家事代行サービスで働く鏑木(かぶらぎ) 慧(けい)はある日、高級マンションの一室に仕事に向かった。だが、住人の男性は入る事すら拒否し、何故かなかなか中に入れてくれない。 何度かの押し問答の後、なんとか慧は中に入れてもらえる事になった。だが、男性からは冷たくオレの部屋には入るなと言われてしまう。 仕方ないと気にせず仕事をし、気が重いまま次の日も訪れると、昨日とは打って変わって男性、秋水(しゅうすい) 龍士郎(りゅうしろう)は慧の料理を褒めた。 思ったより悪い人ではないのかもと慧が思った時、彼がdom、支配する側の人間だという事に気づいてしまう。subである慧は彼と一定の距離を置こうとするがーー。 みたいな、ゆるいdom/subユニバース。ふんわり過ぎてdom/subユニバースにする必要あったのかとか疑問に思ってはいけない。 ※完結しました!ありがとうございました!

処理中です...