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相席する幽霊
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「ただいま」
コンビニの袋を提げて帰宅すると、部屋の中で半透明の美貌の男が微笑んだ。
彼の存在にすっかり慣れっこの俺は、ワンルームの小さなローテブルにコンビニ弁当の入った袋を置き、スーツのまま床に座り込む。
「……疲れた」
ベッドに腰掛けた幽霊が微笑みながら小首を傾げると、キラキラの金髪がふわりと揺れる。涼しげな目鼻立ちをした顔は端整で、上背はあるし手脚は長い。ハリウッドスターやパリコレモデルもかくやと思うほどに完璧な容姿をしている。
幽霊とはひと月前に出会った。
度を超えた業務量。上司のパワハラ。同期たちとの過酷な競争に疲れ果てた俺は、とある飲み会のあとでふらふらと近所の廃ビルの屋上に登った。
死ぬつもりだったのかどうかは覚えてない。だけど、何もかもどうでも良くて、疲れて、何も考えられない状態で、あちこち破れたフェンスに縋っていると……妙な視線を感じた。
横を見ると、この幽霊がいた。
一瞬、俺を迎えに来た天使かなとも思ったけれど、足元は透けてるし何も言わない。ああ俺は酔っ払って妙な幻覚を見ているのかと冷静になり、ふらふらしながらアパートに帰ったら——……幽霊が、俺のワンルームのベッドに腰掛けていたのだった。
夢だと思った。起きたらきっといなくなっているだろうと思って寝た。
だけど朝起きても幽霊はそこにいて、寝ぼけ眼の俺を見つめて微笑んでいる。
ああやばい、幻覚だ。幻覚が見えてしまうほど、メンタルにダメージを受けているのかと思うとショックだった。
……だけど同時に、幻覚でもいいかと思った。
毎日疲れた体を運んで眠るだけの暗い部屋に帰るのが億劫だった。職場で疲弊し、家に帰っても孤独のあまり心が休まらない。
テレビを見る気にもなれず、誰かに電話をする気力もなく(そもそも電話できるほど親しい相手はいない)、ただ義務のようにコンビニ飯を胃に詰め込むだけの暗い日々に飽き飽きしていた。
「はい、お土産。どうせ君は食えないだろうけど」
コンビニで買ったプリンを、ことんとテーブルに置く。幽霊はプリンに目を落とし、再び俺に向かって花のような笑顔を見せた。どうせ食べられないのに、お土産は嬉しいのだろうか。
“野菜たっぷり唐揚げ弁当“を掻き込みながら幽霊を眺める。幽霊は同じように俺を見つめて、ニコニコ微笑んでいる。
——そもそも、なんでこの幽霊はあんなところにいたんだろう。
理由を問いかけてみたけれど、幽霊は喋らない。でも、それでも別に構わなかった。
家に誰かいてくれる。俺の帰りを待っていてくれる。
一人で食べるコンビニ飯は味がしないが、幽霊にその日あったことをだらだら喋りながら食事をするようになってからこっち、以前よりも美味しく感じる。
鮭の切り身のしょっぱさも、一切れ入った卵焼きの甘さも、ようやくまた感じられるようになった。いっときは弁当を選ぶのも億劫で幕の内ばかり買っていたけれど、最近はその日食べたいものを選べるようになった。幽霊への土産を選ぶとき、口元に笑みが浮かぶほどにまで。
「今日も明日も残業、明後日も明明後日も残業確定……はぁ……仕事に終わりってあるのかなぁ」
腹が膨れるとすぐに眠くなってくる。床に寝そべると起き上がれない。また床で夜明かしだ。
苦労して内定を手に入れた会社がブラック企業だということに、入社してようやく気づいた。
小さい頃から“責任感が強い“と評されることが多かった。与えられたタスクをこなせば褒められたし、友達にも感謝される。
いつしか、それはただ面倒ごとを押し付けられているだけだと気づいたけれど、手遅れだ。そこに自分の存在意義を見出すことしかできなくなっていた俺は、大人になった今も、押し付けられた膨大な量のタスクをこなすロボットのような存在だった。
幽霊だけだ。今の俺に微笑みかけてくれるのは。
「冷蔵庫にプリンが溜まってるんだ。君さ、そのうちプリンとか食えるようになったりしない? そしたらプリンでも、飯でも、なんでも一緒に食いにいけるのになー……」
眠りに落ちながらそんなことを言う俺を見下ろす幽霊の笑顔は、どこか寂しげに見えた。そんな奇跡は起こり得ないのに、君を困らせることを言ったかな……。
翌朝、なぜか幽霊は消えていた。
とうとう夢から覚めてしまったのかと絶望する。静寂に耐えきれず久しぶりにテレビを点けると——画面の中に幽霊がいた。
病院着を着て頭に包帯を巻いた幽霊が、特番のテレビカメラに向かって声を発している。それはもう、必死な顔で。あの甘い顔を、切なげに歪めながら。
『転落事故で昏睡状態だった俳優の〇〇さんが人探しをしています。お心当たりのある方は、当番組のアカウントまでダイレクトメールを——』
了
コンビニの袋を提げて帰宅すると、部屋の中で半透明の美貌の男が微笑んだ。
彼の存在にすっかり慣れっこの俺は、ワンルームの小さなローテブルにコンビニ弁当の入った袋を置き、スーツのまま床に座り込む。
「……疲れた」
ベッドに腰掛けた幽霊が微笑みながら小首を傾げると、キラキラの金髪がふわりと揺れる。涼しげな目鼻立ちをした顔は端整で、上背はあるし手脚は長い。ハリウッドスターやパリコレモデルもかくやと思うほどに完璧な容姿をしている。
幽霊とはひと月前に出会った。
度を超えた業務量。上司のパワハラ。同期たちとの過酷な競争に疲れ果てた俺は、とある飲み会のあとでふらふらと近所の廃ビルの屋上に登った。
死ぬつもりだったのかどうかは覚えてない。だけど、何もかもどうでも良くて、疲れて、何も考えられない状態で、あちこち破れたフェンスに縋っていると……妙な視線を感じた。
横を見ると、この幽霊がいた。
一瞬、俺を迎えに来た天使かなとも思ったけれど、足元は透けてるし何も言わない。ああ俺は酔っ払って妙な幻覚を見ているのかと冷静になり、ふらふらしながらアパートに帰ったら——……幽霊が、俺のワンルームのベッドに腰掛けていたのだった。
夢だと思った。起きたらきっといなくなっているだろうと思って寝た。
だけど朝起きても幽霊はそこにいて、寝ぼけ眼の俺を見つめて微笑んでいる。
ああやばい、幻覚だ。幻覚が見えてしまうほど、メンタルにダメージを受けているのかと思うとショックだった。
……だけど同時に、幻覚でもいいかと思った。
毎日疲れた体を運んで眠るだけの暗い部屋に帰るのが億劫だった。職場で疲弊し、家に帰っても孤独のあまり心が休まらない。
テレビを見る気にもなれず、誰かに電話をする気力もなく(そもそも電話できるほど親しい相手はいない)、ただ義務のようにコンビニ飯を胃に詰め込むだけの暗い日々に飽き飽きしていた。
「はい、お土産。どうせ君は食えないだろうけど」
コンビニで買ったプリンを、ことんとテーブルに置く。幽霊はプリンに目を落とし、再び俺に向かって花のような笑顔を見せた。どうせ食べられないのに、お土産は嬉しいのだろうか。
“野菜たっぷり唐揚げ弁当“を掻き込みながら幽霊を眺める。幽霊は同じように俺を見つめて、ニコニコ微笑んでいる。
——そもそも、なんでこの幽霊はあんなところにいたんだろう。
理由を問いかけてみたけれど、幽霊は喋らない。でも、それでも別に構わなかった。
家に誰かいてくれる。俺の帰りを待っていてくれる。
一人で食べるコンビニ飯は味がしないが、幽霊にその日あったことをだらだら喋りながら食事をするようになってからこっち、以前よりも美味しく感じる。
鮭の切り身のしょっぱさも、一切れ入った卵焼きの甘さも、ようやくまた感じられるようになった。いっときは弁当を選ぶのも億劫で幕の内ばかり買っていたけれど、最近はその日食べたいものを選べるようになった。幽霊への土産を選ぶとき、口元に笑みが浮かぶほどにまで。
「今日も明日も残業、明後日も明明後日も残業確定……はぁ……仕事に終わりってあるのかなぁ」
腹が膨れるとすぐに眠くなってくる。床に寝そべると起き上がれない。また床で夜明かしだ。
苦労して内定を手に入れた会社がブラック企業だということに、入社してようやく気づいた。
小さい頃から“責任感が強い“と評されることが多かった。与えられたタスクをこなせば褒められたし、友達にも感謝される。
いつしか、それはただ面倒ごとを押し付けられているだけだと気づいたけれど、手遅れだ。そこに自分の存在意義を見出すことしかできなくなっていた俺は、大人になった今も、押し付けられた膨大な量のタスクをこなすロボットのような存在だった。
幽霊だけだ。今の俺に微笑みかけてくれるのは。
「冷蔵庫にプリンが溜まってるんだ。君さ、そのうちプリンとか食えるようになったりしない? そしたらプリンでも、飯でも、なんでも一緒に食いにいけるのになー……」
眠りに落ちながらそんなことを言う俺を見下ろす幽霊の笑顔は、どこか寂しげに見えた。そんな奇跡は起こり得ないのに、君を困らせることを言ったかな……。
翌朝、なぜか幽霊は消えていた。
とうとう夢から覚めてしまったのかと絶望する。静寂に耐えきれず久しぶりにテレビを点けると——画面の中に幽霊がいた。
病院着を着て頭に包帯を巻いた幽霊が、特番のテレビカメラに向かって声を発している。それはもう、必死な顔で。あの甘い顔を、切なげに歪めながら。
『転落事故で昏睡状態だった俳優の〇〇さんが人探しをしています。お心当たりのある方は、当番組のアカウントまでダイレクトメールを——』
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