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 夕翔は、こんな顔をする男だっただろうか。

「中学の頃、告ってきた女子にゲイだから無理って断ったんだ。せっかく告ってくれたんだし、正直にならないとダメかなと思ってさ」
「え、自分からゲイって言ったのか?」
「うん。……その子は秘密にしとくって言ってたんだけど、やっぱ噂になっちゃって。けど、なんかこう時代だしってことで、みんなあからさまに否定とかしないわけ。……だけど、ふんわりさ、ああ避けられてんな~っ、陰口叩かれてんな~ての感じることはあって、ああ言わなきゃよかったなって気づいた頃には、手遅れだった」
「え。手遅れって……?」
「惚れてたクラスメイトがいたんだけど、俺のいないところで『あいつまじキモい、消えてほしいよな~』って笑ってんの聞いちゃって。……なんか心折れちゃって、一年くらい学校行けなかったんだ」

 初めて聞く夕翔の過去だった。
 全身からチャラいオーラが溢れ出している夕翔が、まさかそんなきつい過去を抱えているとは夢にも思わなかった。

 ……いや、夕翔に過去があるってことさえ、俺は考えようともしなかった。今が楽しければそれでいい、兄貴への気持ちを紛らわせることができればそれでいいからと、夕翔を利用していたからだ。

「それは……きついわ」
「だろ、きっついだろ」
「うん。……よく乗り越えたなって思う」

 俺の手を包む夕翔の手を、今度は俺からぎゅっと握りしめた。
 すると夕翔はぴくっと手を震わせたあと、「へへ……」と照れくさそうに微笑んだ。

 そして、ひたむきな眼差しで俺をまっすぐに見つめてこう言った。

「俺……ずっと瑞希とちゃんと付き合いたかった。けど、告ったら絶対フラれるじゃん? だから、セフレでいられるならそれでいいかなって思ってた。けど……もう限界。もうそろそろ、マジで俺のことだけ見てほしい」
「夕翔……」
「好きなんだ、本気なんだよ! お兄さんがマジもんのイケメンだってことは知ってるけど、俺のほうが、絶対瑞希のこといっぱい笑わせてやれるし、絶対俺といたほうが楽しいって思ってもらえるように頑張るから!! だから……」

 必死の表情で訴えかけてくる夕翔の唇を、俺はキスで塞いでいた。

 俺からキスをするなんてのも、おそらくは初めてのことだ。よほどびっくりしたのだろう、夕翔が目をまんまるにして硬直している。

 ポカンとした夕翔の顔が思いのほか可愛くて、俺は思わず笑ってしまった。

「いいよ、頑張らなくても。頑張らなくても、俺、夕翔といると楽しいって言ったじゃん?」
「……ほんとに?」
「本当だよ。俺のほうこそ、気づくのが遅くなって、ごめん。失いかけて初めて大切さに気づくってやつ……俺、初めて体験した」
「み、瑞希~~~……っ!」

 潤んでいた夕翔の目からぼろぼろぼろと涙が溢れ出す。そのままぎゅっと抱きしめられ、身に馴染んだ夕翔のぬくもりに安堵して、俺は思わず破顔した。

 吸い寄せられるように互いの唇が触れ合い、そのまま床に押し倒される。

 キスは正直、あまり好きじゃなかった。
 いつもはセックスの前戯のひとつとしてしか認識していなかったし、行為を盛り上げるためにはしておいたほうがいいんだろうなくらいの感覚で夕翔と唇を重ねていた。

 だからそこまでキス自体を気持ちがいいと感じたことはなかったのだが……。

「ん、んっ、……ぁ……」

 横たわった俺の髪や耳を撫でながら、夕翔は俺の口内を舌で柔らかく愛撫する。
 それだけでもくすぐったいような心地よさが湧き上がり、興奮がじわじわと腹の奥のほうへ集まってくるのがはっきりとわかった。
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