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今日は兄貴への想いを断ち切る日と決めたはずなのに。まさか、セフレの夕翔の姿と兄がダブってしまうとは。
俺はパッと目を逸らし、夕翔が買ってきてくれていたらしいペットボトルの水をラッパ飲みした。いくらか頭がスッキリしたような気がする。
「な、なんでもない。あれだよな……なんとかっていうマーケティング会社。金髪じゃダメなん?」
「別になんでもいいって言われてるけどさぁ、一応社会人として?」
「ふーん……似合ってたのに金髪」
「マジ? 瑞希がそんなに金髪好きとは知らなかったけど?」
別に金髪が好きなわけじゃない。ただ、黒髪が見慣れないだけだ。
意外そうに目を丸くする夕翔の顔も見慣れているはずなのに、別人に見える。よくよく見ればもちろん兄貴には似ても似つかない顔立ちをしているのに、黒髪というだけで今日ばかりは兄を思い出してしまうらしい。
「瑞希は地毛が茶色いからいいよなぁー、染めなくてもオシャレだし」
「……まぁ、金かかんなくていいよね」
「瑞希もいっかい金髪やってみれば? 意外と似合うかも……っ」
髪に触れようとした夕翔の手を、俺は無意識のうちに荒々しく弾いていた。
だってそこは、さっき兄貴が撫でてくれたところ。
最後に頭を撫でられた感触を今でもありありと思い出せるくらいなのに、夕翔に触られてしまったら、その感覚が消えてしまうような気がして……。
「あっ……ご、ごめん」
「……なぁ、何だよ。瑞希、やっぱおかしいって」
「……ごめんって。なんでもないからさ」
当然、夕翔は気を悪くしてしまったようだ。
再び訝しげにひそめられた眉間のしわが、額を出しているせいではっきりと見て取れる。不愉快そうに怒った顔など初めて見るような気がする。
気まずさはあるものの、セックスになだれ込んでしまえばあとは会話などしなくても済む。
さっさと始めてしまおうと、俺は夕翔のジーパンのチャックに手をかけようとした。……だが、突然ぐっと顎を掴まれて上を向かされ、俺は思わず息を呑む。
こんなふうに、夕翔に荒っぽいことをされたのは初めてだからだ。
若干怯みながら見上げた夕翔の瞳には、いつもののほほんとした穏やかさのかけらもない。さっき手を払いのけたことで、そんなにも怒らせてしまったのだろうか。
だが、夕翔はそんなことで怒るようなやつではなかったはずだ。疑問を抱きつつも、文句の一つでも言ってやろうと息を吸い込んだところで、夕翔の冷たい声が降ってくる。
「なぁ、もう終わりにしよっか」
「……え? えっ、何を……?」
「俺らのこういうの。お互い就職先も決まったしっつーことで」
「ちょっ……な、なんでだよ!! 急にそんなこと言われても……」
「仕事し始めたらこうやって会いにくくなるし。それならさ、同じ会社で相手見つけるなり、もっと都合のいいやつ見つけるなりすればいいんじゃね?」
さー……っと、全身から血の気が引いていく音がした。
足元が抜け落ちていきそうなほどの不安感が込み上げて、全身が震えて呼吸が乱れる。
兄貴への想いを断ち切ると決めた日に、夕翔にまで離れて行かれてしまったら、俺はひとりになってしまう。
こんな日にひとりでいるなんて耐えられない。怖くて怖くてたまらない。
俺はゆるゆると頭を振りながら、夕翔のシャツを握りしめた。
「待っ……待ってよ! そんな……ひとりになるなんて、俺……っ」
「ははっ、なんだそりゃ。ひとりになりたくないから俺に縋んの?」
「え……だって、だって俺らせフレだし。ずっとうまくやってたのに! どうして急にそんなこと言うんだよ!」
捨てられる恐怖に耐えきれず縋りつく俺を、夕翔はキッと鋭く睨みつけてきた。
その鋭い視線も、突き放される経験も、夕翔との穏やかな関係性の中においてはあまりに異質なもののように思えて不安が増し、俺は震えた。
すると夕翔は苛立ち混じりのようなため息を吐くや、タンクトップの胸ぐらを掴んできた。
「ひとりになりたくないって、どの口が言ってんだよ。この三年、俺のことなんかこれっぽっちも見てなかったくせによ」
「……えっ……?」
「瑞希って好きなやついるよな? 実の兄貴に、惚れてるんだよな!?」
「っ……」
今最も弱っている部分を真っ直ぐに貫かれ、呼吸が止まった。
胸ぐらを掴まれたままきつい視線を受け止める俺の反応を見て確信を得たのか、夕翔は「マジかよ」と小さく呟いた。
俺はパッと目を逸らし、夕翔が買ってきてくれていたらしいペットボトルの水をラッパ飲みした。いくらか頭がスッキリしたような気がする。
「な、なんでもない。あれだよな……なんとかっていうマーケティング会社。金髪じゃダメなん?」
「別になんでもいいって言われてるけどさぁ、一応社会人として?」
「ふーん……似合ってたのに金髪」
「マジ? 瑞希がそんなに金髪好きとは知らなかったけど?」
別に金髪が好きなわけじゃない。ただ、黒髪が見慣れないだけだ。
意外そうに目を丸くする夕翔の顔も見慣れているはずなのに、別人に見える。よくよく見ればもちろん兄貴には似ても似つかない顔立ちをしているのに、黒髪というだけで今日ばかりは兄を思い出してしまうらしい。
「瑞希は地毛が茶色いからいいよなぁー、染めなくてもオシャレだし」
「……まぁ、金かかんなくていいよね」
「瑞希もいっかい金髪やってみれば? 意外と似合うかも……っ」
髪に触れようとした夕翔の手を、俺は無意識のうちに荒々しく弾いていた。
だってそこは、さっき兄貴が撫でてくれたところ。
最後に頭を撫でられた感触を今でもありありと思い出せるくらいなのに、夕翔に触られてしまったら、その感覚が消えてしまうような気がして……。
「あっ……ご、ごめん」
「……なぁ、何だよ。瑞希、やっぱおかしいって」
「……ごめんって。なんでもないからさ」
当然、夕翔は気を悪くしてしまったようだ。
再び訝しげにひそめられた眉間のしわが、額を出しているせいではっきりと見て取れる。不愉快そうに怒った顔など初めて見るような気がする。
気まずさはあるものの、セックスになだれ込んでしまえばあとは会話などしなくても済む。
さっさと始めてしまおうと、俺は夕翔のジーパンのチャックに手をかけようとした。……だが、突然ぐっと顎を掴まれて上を向かされ、俺は思わず息を呑む。
こんなふうに、夕翔に荒っぽいことをされたのは初めてだからだ。
若干怯みながら見上げた夕翔の瞳には、いつもののほほんとした穏やかさのかけらもない。さっき手を払いのけたことで、そんなにも怒らせてしまったのだろうか。
だが、夕翔はそんなことで怒るようなやつではなかったはずだ。疑問を抱きつつも、文句の一つでも言ってやろうと息を吸い込んだところで、夕翔の冷たい声が降ってくる。
「なぁ、もう終わりにしよっか」
「……え? えっ、何を……?」
「俺らのこういうの。お互い就職先も決まったしっつーことで」
「ちょっ……な、なんでだよ!! 急にそんなこと言われても……」
「仕事し始めたらこうやって会いにくくなるし。それならさ、同じ会社で相手見つけるなり、もっと都合のいいやつ見つけるなりすればいいんじゃね?」
さー……っと、全身から血の気が引いていく音がした。
足元が抜け落ちていきそうなほどの不安感が込み上げて、全身が震えて呼吸が乱れる。
兄貴への想いを断ち切ると決めた日に、夕翔にまで離れて行かれてしまったら、俺はひとりになってしまう。
こんな日にひとりでいるなんて耐えられない。怖くて怖くてたまらない。
俺はゆるゆると頭を振りながら、夕翔のシャツを握りしめた。
「待っ……待ってよ! そんな……ひとりになるなんて、俺……っ」
「ははっ、なんだそりゃ。ひとりになりたくないから俺に縋んの?」
「え……だって、だって俺らせフレだし。ずっとうまくやってたのに! どうして急にそんなこと言うんだよ!」
捨てられる恐怖に耐えきれず縋りつく俺を、夕翔はキッと鋭く睨みつけてきた。
その鋭い視線も、突き放される経験も、夕翔との穏やかな関係性の中においてはあまりに異質なもののように思えて不安が増し、俺は震えた。
すると夕翔は苛立ち混じりのようなため息を吐くや、タンクトップの胸ぐらを掴んできた。
「ひとりになりたくないって、どの口が言ってんだよ。この三年、俺のことなんかこれっぽっちも見てなかったくせによ」
「……えっ……?」
「瑞希って好きなやついるよな? 実の兄貴に、惚れてるんだよな!?」
「っ……」
今最も弱っている部分を真っ直ぐに貫かれ、呼吸が止まった。
胸ぐらを掴まれたままきつい視線を受け止める俺の反応を見て確信を得たのか、夕翔は「マジかよ」と小さく呟いた。
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