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完結章ーChildren’s storyー 〈悠葉視点〉
〈4〉
しおりを挟む春のうららかな陽気を浴びて青々と輝く芝生を歩くうち、遠くに白い屋根の東屋が見えてくる。
そこにいたのは、国城 嶺と翼。国城蓮の息子である双子たちだ。
「香純を迎えにきたのかい?」
と、さらさらのブロンドを風にそよがせながら、嶺がそう尋ねてきた。悠葉はデニムの尻ポケットに手を突っ込み、無言で頷く。
「まだ連れて帰れないだろ。わんわん大泣きしてたって勢田さんが言ってたから、まあまあ荒れてるんじゃない? いったいどんな喧嘩したわけ?」
と、翼は翡翠色の瞳に好奇心を滲ませながら、腰をずらして悠葉の席を空けた。
癖のあるブロンドヘアをさっぱりと短く整えているのが翼、サラサラの髪の毛を少し長めに伸ばしているほうが嶺である。
国城邸の広大な芝生の庭に作られた大きな東屋で勉強をするのが、双子の日課だ。
十五歳になった双子たちは、十八歳の悠葉の身長をとっくに追い越している。
悠葉がいまだ170センチ台に乗りあぐねているうちに、あっという間に175センチ近くまで身長を伸ばしている双子だ。
小さな顔、長い手脚というモデル顔負けのスタイルの良さと、蓮そっくりの美貌を受け継いだ双子はどちらもアルファ。
フォートワース学園高等部に進学し、二人揃ってなんなくトップクラスの成績を収めている。
紫苑が陰ながら努力を重ねていたことを、悠葉はよく知っている。だからこそ、この常人離れした双子たちのハイスペックさには感嘆するしかない。
学校でもモテてモテて仕方がないのだろうと悠葉は想像していたのだが……家柄も能力も完璧すぎるせいか、それともこのふたりの人柄に問題があるせいか、まったく恋愛的なアプローチを受けることがないのだという。バレンタインのチョコレートも、もらったことがないらしい。(使用人たちが哀れんで恵んでくれることはあるようだが)
「……なるほどね、後継問題か」
悠葉が事情を話して聞かせると、嶺はサラサラのブロンドヘアを耳にかけながら脚を組んだ。学校から戻ったばかりらしく、ふたりとも制服姿だ。
嫌味なほど長い脚はグリーンベースのチェック柄のズボンに包まれ、白いシャツを軽く腕まくりして、ゆるくネクタイを結えた姿は憎たらしいほど絵になっている。
「僕ら、どっちが後継者に指名されるのか賭けてたんだけど……やっぱり悠葉だったね」
「はあ? ……おい、ひとんちの問題を賭けのダシにすんなや」
「ごめん、ごめんって。紫苑には言わないで?」
嶺は悠葉に向かって合掌し、眉根を下げたあざとい顔で平謝りだ。小さい頃からよくやる嶺の常套手段である。
「わかってるて、言わへんわ」
「ったく、大事な時に恋人のそばにいないなんてなー。紫苑のやつ、ほんっと間が悪いんだから」
と、翼が芝生でサッカーボールを蹴り上げながらぼやいている。
仕方がないこととはいえ、悠葉もその意見には同意である。
紫苑が進学したのは、イギリスの由緒ある大学だ。
日本の大学に比べ休暇も多いのだが、一年生のころはさすがに大学生活に不慣れなこともあって忙しく、クリスマス休暇にしか帰国してこなかった。
今年の夏休みこそは、きっちりまるまる帰国したいと言っていたけれど、どうなるだろう。向こうでの付き合いもあるだろうから、ひょっとしたらなかなか帰ってこないかもしれない。
それに……。
——向こうでめっちゃ積極的なオメガにつかまってしもたり、うっかり番になったりしてへんやろな……。
紫苑のことを信じているけれど、あまりにも物理的な距離がありすぎて不安が尽きない。
一緒にいられる未来を想像させてくれるような言葉をくれたし、紫苑だって本気だと思っている。
だけど、紫苑はアルファだ。十八歳にもなって第二性が判明しない悠葉とは違う。
紫苑はもう十九歳だ。
家柄など言わずもがな、柔和な美形かつ紳士な紫苑を、オメガが放っておくわけがない。
それに紫苑は、オメガにあまり耐性がないはずだ。妖艶な大学生オメガのフェロモンに誘われて理性を失い、うっかりそのまま——……ということだって、なくはないかもしれない。
不安で不安で、仕方がない。
その上、このタイミングで後継者に指名されてしまった。
紫苑がそばにいてくれて、「大丈夫だ」と微笑みかけてくれたら、どんなに心強いだろう。どんなに、頑張ろうという気持ちが湧いてくることだろう。
——……でも、甘え過ぎはあかんよな。これはうちの問題やし……。
ここは自力で踏ん張らねばならないところだと、わかってはいる。わかってはいるのだが、悠葉の心は鉛を飲んだように重たいままだ。
須能の澄ました横顔がふと、脳裡に浮かぶ。
香純があんな調子なのに、今朝の須能は、いつもと変わらぬ調子で弟子たちの稽古にあたっていた。この状況の中、冷静でいられる須能のことを、悠葉は初めて怖いと思った。
ただ、虎太郎は悠葉と同じくこの問題に心を痛めているようだ。
「正巳とは俺が話をしとくから、悠葉は香純の様子を見てきてくれないか」といって、ぽんと悠葉の頭を撫でた。
いつも快活で頼もしい父親の瞳にも、どことなく困惑の色が強い。「流派のことだけは、俺も口出しできないからな」と、珍しく少し口惜しそうだった。
「紫苑とは話したの? こんなことがあったって」
と、サッカーボールをリフティングしながら翼がそう尋ねてきた。
悠葉は首を振り、デニムに包まれた脚を抱え込む。
「いや……電話で話せるようなアレでもないし。紫苑も今、試験前で大変そうやし」
「はあー!? 試験と悠葉とどっちが大事なんだ!? って感じだな! 俺たちが連絡しようか!?」
「アホか、絶対すんなよそんなこと」
「だってだって、悠葉がこんなに大変なのに……!」
「紫苑にはじゅうぶん相談乗ってもらってきた。あいつも今頑張りどきやし、そっとしといてやりたいねん」
「悠葉……」
うる、と翼が目を潤ませる。
癖っ毛の強いブロンドと、嶺と比べて表情豊かな翼だ。父・御門陽仁にそっくりだなと悠葉は思った。
「愛だな……愛。はぁ……まったく悠葉ってば、健気なんだから」
ハァ……と憂いのあるため息をつきつき、嶺がサラサラの前髪をかき上げている。こういうナルシストっぽい仕草のせいでモテないのだろうなと悠葉は思った。
「本当だよなぁ。どうしてそんなに一途でいられるんだろうって感じ。悠葉、高校時代はめちゃくちゃモテてたじゃん? よく目移りしなかったな……って、まぁ、紫苑以上にいい男がいるわけないけど」
「それはいえてる。紫苑、気が弱いけど黙ってたらわかんないし。奥手だけど、そこは紳士的と捉えれば美点だし」
「褒めるかけなすかどっちかにせぇよ」
といいつつ、双子が紫苑を大好きなことはよく知っているので、悠葉もつい笑ってしまった。
翼はふと真面目な顔になり、東屋の方へ戻ってくる。
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