Blindness

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番外編ーchildren's storyー

〈4〉

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「俺、紫苑がアルファでよかったと思ってるよ。……俺も、アルファになりたいな……て思う」
「うん、知ってる。知ってるよ。悠葉もきっとアルファだよ。虎太郎さんに似てるしさ」
「……うん、そやとええなて思う。……けど、そしたらさ……」

 悠葉は口ごもり、唇を引き結んで苦しげな表情を浮かべ俯いた。紫苑は首を傾げ、悠葉の両肩を掴んで「……それで、なに?」と先を促す。

「俺もアルファやったらさ……それぞれにオメガ見つけて、番にならなあかんやん?」
「……? うん……そう、だよね……」
「そしたらさ、俺ら……一緒におられへんやん……」

 最後は蚊の鳴くような声である。紫苑はぱちぱちと目を瞬き、悠葉の言葉の意味を理解しようと思考をフル回転させた。……それはつまり。

「悠葉は……俺と番になりたいってこと……?」
「…………はっ? な、なんやそれ。は? そんなこと言うてへんし!!」

 どきどきしながら悠葉を見つめていると、目をまん丸くした悠葉がガバリと顔を上げた。そして、かぁぁぁと顔を真っ赤にしている。

「いや、だってそういうことじゃん。俺が誰かほかのオメガと番うのが、いやって言ってるように聞こえた……」
「えっ……い、いや、べつに! そういうんちゃうくて……その、そのっ……!」
「落ち着いて、悠葉。お、俺も自分で何言ってるかよく分かんないんだ。……ちょっと、その……とりあえず座ろ」

 混乱しているせいか、顔も頭もひどく熱い。紫苑がぺたんとベンチに腰を落とすと、悠葉もまた素直に隣に座った。そして、ショートパンツから伸びている脚を抱え、小さくなる。

「一緒にいたいってのは……つまり、ええと……どういうこと?」
「……紫苑んちってすごいから、アルファって分かった途端にあっちこっちから結婚の話めっちゃ来るやろ? そしたらさ、可愛くて色っぽいオメガすぐ見つかって、そっちばっかに夢中になって……俺なんかとは、もう、会わへんくなるやん」
「え!? い、いやいやいや、結婚の話なんて全然……!! そんなの全然ないから!!」
「うそやん。きっと、紫苑が知らんだけで、あおい様もれん様も、こっそりええオメガ探してるに決まってるわ」
「ええええ……そ、そうなのかな……」
「そういう家やろ、おまえんちは……」
「……」

 両親からそんな話は聞いたことがない。それに、周りの大人たちが「許嫁とか、決まった相手はいるの?」などと質問を寄越してこようものなら、いつも結糸が「まだ早いですよ」と笑顔でその手の話題を遠ざけていた気がする。

 だって、紫苑はまだ十二歳だ。中等部への進級試験へのプレッシャーにさえ打ち勝つことができていない子どもなのに、結婚なんて……。

「……いやいやいや……ないって、そんなの……」
「まだかもしれへんけど、きっとそうなるんやろなて思ったら、なんやろ……めっちゃイヤやなて思ってん。それからずっと、めっちゃイライラしてもて……」
「イヤ……?」
「そら、イヤやん! だって、紫苑とはずっとちっちゃい頃から仲良くて、ずっと一緒にいられるて思ってたのにさ! 紫苑にとって一番は俺で、俺にとっても紫苑は一番で、ずっとずっと、変わらへんと思ってたのに……」
「え、ええと……」

『俺にとっても、紫苑は一番』……その言葉は、親友としての関係を示すものなのだろうか。だが、親友という関係性というものは、こんなにもつらそうな顔をして不調を起こすほどに思い詰めてしまうようなものだっただろうか……?

 紫苑のクラスメイトにも「俺たち親友だな!」といって特に親しく遊ぶ仲間はいる。……彼らのノリとは、えらく温度差があるような気がするのだが……。

「じゃあ、もし、悠葉がオメガだったら……」
「はぁ!? イヤやそんなん!! 俺は、強くて頼もしい、父さんみたいなアルファになりたいねん!」
「う、うん。それは知ってる……」
「けどさ! アルファ同士はくっつけへんやん。けど、もしオメガやったら俺、お前とくっつけるやん? けど……けど俺、オメガはイヤや。なりたくないもん。せやから、なんやもうわけわからへんくなって……」
「ちょ……ちょ、ちょっとまって」

 激しい胸のドキドキが続きすぎていて、紫苑もそろそろ限界だ。
「くっつく」とか「自分がオメガだったら」とか「一緒にいたい」とか、ぽわぽわと心が浮き立ってしまうようなことをたくさん言われて混乱している。
 だが悠葉は、彼の言葉がどれほど紫苑に影響を及ぼしているか分かっていないような顔だ。紫苑は、悠葉の言葉に戸惑いつつも嬉しくて、すごくすごく嬉しくて、これまでに感じたことのない高揚感の中にいるというのに……。

「あの……悠葉って、俺のこと……好きなの?」
「…………は?」
「だって、そういうふうに聞こえた……そういう風にしか聞こえない」

 恥ずかしいのをぐっとこらえて、紫苑は早口にそう言った。すると悠葉はしばしぽかんとしたあと……、再び頬をりんごのように真っ赤にして、うつむいてしまった。

「……紫苑は?」
「え?」
「紫苑は……俺のこときらい? 可愛いオメガがおったら、そっちとずっといっしょにいたい?」
「そ、そんなことない!! 俺だって、悠葉といられるなら悠葉がいい!」
「……ほんまに?」
「うん。だって、悠葉だし……!!」

 勢いのあまり、大きな声が出てしまう。ひたと見つめた悠葉の顔はあい変わらず真っ赤で、伏せ目がちな瞳は、きらきらと潤んできらめいている。……その横顔の美しさと健気さは、紫苑の心をぐわんと激しくゆさぶるほどに可愛くて、どくんとひときわ大きく、心臓が跳ね上がった。

「……ふーん、そうなんや……」
「俺は、悠葉がアルファでも、一緒にいたいよ」
「……けど、これから紫苑、モテまくりやで。結婚してくださいて言われまくりや」
「そんなの、断ればいいだけの話じゃん」
「国城家の子やのに。……せいりゃく結婚とか、あるかもしれんで」
「ないよ、きっと。うちの父さんは、そんなことしない」

 自然とそう言い切れてしまうことに、紫苑自身が驚いていた。尊敬するあまり近付き難くなってしまった父親だが、あの人は、紫苑の感情を無視して番を決めろだなんてことは、絶対に言わないという確信がある。

「だから、俺たち、ずっと一緒にいられるよ」
「……」
「まぁでも……悠葉がアルファだったとして、すっごくきれいな京オメガに言い寄られて、コロッとくっついたりしなけりゃだけど……」
「そんなことあるわけないやん! 俺、俺……ずーっと前から、紫苑のこと好きやったのに……っ!」
「ひぇ……」

 とうとう開かれた悠葉の気持ちに、まっすぐ心臓を射抜かれてしまった。いや、心ごと持っていかれた——という感覚だった。

 ぷい、と怒ったような顔でふたたびそっぽを向き「ああーーー……なに言うてんねん俺……」と項垂れている悠葉の全身が、きらきら淡く輝いているように見える。
 どきどきと高鳴る胸の鼓動は収まることを知らず、顔も身体も全てが熱い。

 熱くて、嬉しくて、胸がくすぐったくて……不思議な感覚だ。なんだかすごく、腹の奥から力が湧いてくる。
 ぎゅ、と握った拳に力がこもるが、唇はずっと微笑みのかたちのままだ。

「……てかなんやねん京オメガて。しょーもな」とブツブツ呟いている悠葉のこめかみに、紫苑は自然と唇を寄せていた。
 すると案の定、悠葉はくわっと目を見開き、わなわなと震えながら紫苑を見上げる。

「はっ……!!??」
「あ……ごめん、なんか、つい」
「つ、ついって……なんやねんおまえっ! アルファ決定やったからって調子のんなやっ!!」
「ごめんって。……へへっ」

 そう言ってはいるが、こめかみに指先で触れつつこちらを睨む黒い瞳はやはりしっとりと濡れていて、とてもきれいだ。

 だがほどなくして、悠葉は怒り顔からころりと笑顔に変わった。うーーんと猫のように身体を伸ばし、ひょいと身軽に立ち上がる。

「……なんやろ、なんか、ホッとした」
「う、うん……! 俺も……」
「急にはらへってきたわ。戻ろーや」
「うん、そうだね。あ、おやつ食べに来いって母さん言ってたんだった」
「え、ほんま? はよう行こ!」

 華やかな笑みとともに東屋を飛び出してゆく悠葉を追いかけ、紫苑も軽い足取りで薔薇の庭を駆けた。

 ——悠葉のためにも、自分のためにも、もっと強くてかっこよくて、頼もしいアルファになりたい……。

 生まれたばかりの幼い恋心を胸に抱いた紫苑の瞳は、ひときわ鮮やかな空色に輝いている。




番外編—children's story—    おわり♡
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