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最終話 やさしい気持ち

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「へぇ……渡瀬がそんなことを」
「ええ、そうなんですよ。どういう結果になるにせよ、ちゃんと見届けたいですよね」

 その日の晩、一季は泉水の部屋で夕飯を共にしていた。
 泉水が作ったやや水気の多いカレーを平らげた後、二人はベランダ側の窓を全開にして夜風を感じつつ、のんびりと夕涼みをしているところである。

「なんや、一季くんはみんなの兄貴みたいになってきたなぁ。……って、二葉くんと三騎くんは本物の弟やけども」
「え、そうですか?」
「うん。なんやかんや言うて、渡瀬もすっかり一季くんに懐いてるみたいやし」
「そうかなぁ」
「そうですよ。……ていうか、二人で飲みに行くとかそんなん…………あいつ、一季くんに手ぇ出すつもりちゃうやろな……酔っ払って甘えたふりしてそのまま変なことしーひんやろな……」

 ブツブツと独り言を呟く泉水は、なかなかどうして面白くなさそうな顔である。一季は小首を傾げつつ、窓にもたれて床に座る泉水のそばへ身を寄せた。

 そして、ぴんと閃いた。

「泉水さん、ひょっとして……ヤキモチ、やいてます?」
「えっ!? い、いやいやいやそんな、そんなことは決して……」
「本当ですか?」
「べ、別に妬く必要ないっていうか! だって俺、俺は一季くんの、か、かかっ、彼氏、なんやし……!」
「彼氏……」

 照れ屋な泉水がそんなことを言ってくれるなんて……と、一季はすっかり嬉しくなってしまった。むずがゆいものが胸の奥に湧き上がり、無性に落ち着かない気分になった一季は、腕を伸ばして泉水の頭を撫でてみた。

 すると泉水は、びっくりしたような顔で一季を見つめた。こしのある髪の毛を手のひらにくすぐったく感じつつ、一季は泉水の頭を何度か撫で、くすっといたずらっぽく笑って見せた。

「……こういうの、いやですか?」
「いっ………………いや全然、全っ然いやじゃないです」
「泉水さんも、いつでも僕に甘えてくださって構いませんよ?」
「ウッ…………」

 例によって、泉水は呻き声を上げながら両手で顔を覆ってしまった。そんな泉水の反応にも、一季はそろそろ慣れっこである。

 もう一度泉水の頭を撫でようと腕を持ち上げたその時、ぱしっと手首を掴まれた。そして、そのままラグマットの上へ押し倒される。

「えっ」

 泉水らしからぬ雄々しい行動だ。驚くと同時に甘い期待に胸を躍らせ、一季は目を丸くして泉水を見上げた。

 頬を紅潮させた泉水と、目線が絡む。顔が翳っているせいで、凛々しい瞳がきらきらときらめいて見えた。真摯な眼差しに、どきどきと胸が高鳴ってゆく。

「一季くんには、じゅうぶん甘やかしてもらってますよ、俺」
「え、そ、そうですか?」
「童貞で奥手で挙動不審な俺にも、いつも優しくて」
「……そうかな」
「いろんなこと、優しく教えてくれて」
「んん……」

 ちゅ……と、首筋に柔らかなものが触れる。なんという自然な流れだろう。ついこの間まで童貞であることを気に病んでいたとは思えないほどに、色っぽく巧みな愛撫である。一季はか細いため息を吐きながら、首筋から鎖骨をなぞる泉水の艶っぽい動きに感動していた。
 
「ん、……いずみさん……」
「一季くんが恋人になってくれてから、俺……ほんまに毎日、幸せで幸せで、幸せなんです」
「ぁっ……」

 シャツの裾から忍び込んでくる泉水の指先が、脇腹を撫で上げる。性的なものを含んだくすぐったさに腰をよじりつつ、一季はするりと泉水の首に両腕を絡めた。

 すると泉水は、迷うことなく一季の唇を唇で塞いだ。ゆったりとしたキスを交わすうち、だんだんと身体の奥底から熱いものが湧き上がってくる。徐々にリップ音は高くなり、キスがどんどん淫らになり、すっかり巧みになった泉水のキスにも、一季は心の底から歓喜していた。

「ん、ぁ……いずみさん、じょうず……ふぅっ……ンっ……」
「……へ? 上手?」
「……うん、いずみさんのキス、すごく上手になってて……あん……きもちいぃ……ん……」
「ほ、褒めてくれはるんですか……俺の、き、き、きす……」
「………………はっ」

 一季は思わず目を見開いた。つい、思っていたことが口から漏れてしまった。なんと上から目線な発言だろう。こんなことを言われては、泉水のプライドが傷ついてしまうかもしれない……!! と、一季は腕を突っ張った。

「す、すみません!! ついこないだまでマグロだったくせに偉そうなこと言って!! すみません!!」
「えっ? い、いやいやいや!! とんでもないです!! っていうか……そ、そういうことで褒められるん、めちゃくちゃ嬉しいし……」
「……ほ、ほんとですか?」

 泉水は照れ臭そうに笑いながら、指先で頬を掻いた。

「そら、嬉しいですよ。俺はまだまだ初心者やし……。一季くんが喜んでくれることをいっぱいしたいけど、まだまだ分からへんことだらけやし……」
「……は、はい」
「どういうふうにされるんが好きなんか、もっともっと、教えて欲しいんです」
「ぁ、っ……」

 ぐ……と、泉水の膝が動き、微妙な力加減で股座を愛撫される。すり、すり……といやらしく蠢くその腰つきに、情熱的な泉水のセックスを思い出す。カッと全身が熱く火照って、じわじわと淫らな気分になってきた。


 ——あぁもう……男の顔した泉水さん、ものすごく素敵だ。……はぁ、どうしよう。昨日あんなにしたばっかりなのに、もうセックスしたくなってきちゃった……。


 一季は腕に力を込めて泉水を引き寄せると、下から舌を挿入して、泉水と濃密なキスを交わした。
 濡れた粘膜が触れ合えば、性感に火が灯ってしまった肉体は、どうしようもなく滾ってくる。硬く屹立したものを自らすり寄せつつ、一季はうっとり微笑んで泉水を見上げた。

「ねぇ、泉水さん」
「……ん?」
「泉水さんとのセックスが、すごくすごく気持ちいいから……。僕、エッチなことばかり考えてしまうようになっちゃって、困ってるんです」
「へっ……えっ!? そ、それほんまにっ……?」
「ふふっ、ほんとです。エッチないずみさんも、大好きですよ。……もっともっと、いやらしいことしませんか?」
「ふぐぅ………………ッ…………」

 泉水が、どさりと一季の上に倒れ臥す。
 全身で倒れこんでくるのは初めてのことで、一季は慌てて「だ、大丈夫ですか!?」と声を上げつつ、のし掛かる泉水の体重を支えようと頑張った。

 すると泉水は一季の胸元に顔を埋めたまま、くぐもった声でこんなことを言っている。

「だ、だいじょぶ、だいじょぶやけど…………はぁ~~~~~も~~~~~~あかん、あかんでそんなん言うたら…………ッ……もう、もう俺、元のチワワには戻られへんからぁ………………」
「ん? え? ち、チワワって何……うわっ」


 ガバッと起き上がった泉水にひょいと抱き上げられ、ベッドにどさりと横たえられる。

 そしてすぐさまシャツを捲られ、すっかり感じやすくなってしまった乳首をねっとりとねぶられて、一季は「ひゃぁんっ……」と声を上げてしまった。

 だがそういえば、ベランダの窓が開けっ放しである。一季は必死で泉水の肩を押し返しながら、「窓を閉めたほうがいいのではないか」と進言しようとしたけれど、泉水は一向に乳首責めをやめてくれない。

「ぁ、んっ、ンぅっ……いずみさ、……だめ、ァっ……や、やだ、まって……」
「……あんな可愛いこと言われて、待てるわけないじゃないですか」
「だって、ァ、っ……ンっ、んっ……まどっ……まどしめて……まどっ……こえ、聞かれちゃうっ……ンっ……!」
「あぁ」

 すると泉水は少し顔を上げ、ひりついた目つきで一季を見つめる。そして、唾液で濡れた唇を小さく釣り上げ、こんなことを言った。

「そうやね。窓、開けっぱなしやし、声我慢しなあきませんね」
「………………へっ?」
「ご近所さんに、一季くんのエロい声聞こえてしまいますもんね。ちゃんと我慢できますか?」
「……な、なにそれ……っ」

 唐突に泉水がそんなことを言い出すものだから、一季は面食らって目を丸くしてしまった。すると泉水は一季につられるように目を瞬き、「あっ、そ、そういうのあかん? いやですか? し、閉めますか!?」とあたふたしはじめた。

 一季はふるふると首を振り、泉水を引き寄せてキスをした。

「いやじゃない……! なにそれすごい、すごく興奮する……ッ……」
「え、え? ほな、いいん……?」
「いずみさん、どこでそんなエッチなやり方覚えてくるんですか? ……ねぇもっと、もっとおっぱい舐めてください…………ハァっ……もっと……!」

 一季はたまらず、自分からシャツを捲り上げて乳首を露わにした。
 すると泉水はぎゅうぅっと目を閉じ、すーーーーーはーーーーーと深呼吸をしたあと、猛々しく一季の全身を弄り始める。

「んーっ…………ァっ……ふぅっ……ンっ……ん」
「もう、ほっまにあかん、あかんで一季くん……!! もう、ほんまに、エロカワすぎてもう、もう…………もうっ! あかんでほんま……!!」
「ちょ、いずみさんの声がおっきぃっ、からぁ……! ンっ……ぁっ……♡」

 こうして泉水と抱き合っていると、ついつい笑い声が溢れてくる。
 見上げると、泉水もまた幸せそうな笑みを浮かべている。


 結ぶ視線と、交わされる睦言たち。泉水とのセックスには、確かな愛を感じることができる。
 一季の心と身体を、甘く甘くとろけさせてゆく、夢のようなセックスだ。


 ——あぁ……もう、本当に好き。泉水さん、可愛い。好き……大好きだ……。


 ふたりぶんの熱い吐息が、初夏の夜空に浮かんでいく。
 泉水と身体を重ねていると、優しい気持ちで満たされる。


 笑顔の浮かぶ一季の頬に、泉水がふわりとキスをした。





『セックスなしでもいいですか?』     おわり
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