セックスなしでもいいですか?

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52、ぽろり〈泉水目線〉

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 その後、嶋崎三兄弟は大学のそばのファミレスで遅めのランチを取ったらしい。泉水は当然仕事であるから、その場には参加できなかったが、夕方もう一度一季に連絡を取ってみると、今度は場所を変えて一季の部屋で過ごしているという返事が返ってきた。ファミレスで過ごしていたらいつの間にか時間が過ぎていて、ついでに夕飯も食べていく、ということになったのだという。

 ありがたいことに招待の声がかかったため、仕事を終えた泉水は、いそいそと一季の部屋へと馳せ参じた。そして嶋崎兄弟と鍋を囲んで、賑やかな時間を過ごしたのである。


 そうして夜九時ごろに二人を見送った後、泉水はそのまま一季の部屋に居座り、皿洗いを手伝っていた。


 ベッドの上には、洗濯物をたたむ一季の姿がある。同じ空間で家事をしているだけなのに、身悶えしたくなるほどに幸せだ。顔が緩んで仕方がなかったが、泉水はきゅっと顔を引き締め、気軽な調子で一季に声をかけた。

「二人とも、泊まっていかはるんかと思ってましたわ」
「あぁ、二人泊めるにはちょっと狭いですしね。二葉は明日仕事らしいですし」
「あ、そっか」

 こっちを見てひとつ微笑み、一季はたたみ終えた洗濯物をクロゼットにしまい込み始めた。洗い物を終えた泉水は、一季の手伝いをしようと思い立ち、ふと、壁際に置きっ放しのカバンの存在に気がついた。

 濡れた手を拭い、泉水はカバンの傍らに膝をつく。そして、ジィィ……とジッパーを開きつつ「カバンの中の服も片付けますよね?」と声をかけると……。


 こっちを素早く振り返った一季が、クワッと目を見開いた。


「ああああああ!! まって!! 待ってください!!!」
「!?」


 突然の大声に仰天した拍子に手が当たり、ごろんとカバンがひっくり返った。口を全開にしていたカバンの中から、ぱさりと数枚の服が床に溢れる。


 そこに、見慣れない色味のシャツが一枚紛れ込んでいることに、泉水は気がついてしまった。


「……」
「……」


 目の覚めるような、鮮やかな空色のシャツ。つるさらっとした、柔らかそうなその生地は、速乾性の軽い素材。
 そう、まるでスポーツで使用するユニフォームのような……。


 泉水は刮目した。
 ふるふると震える手で、スカイブルーのシャツを取り上げてみる。


 そのシャツの胸には『沢北高校陸上部』という文字が、くっきりと刺繍糸で刻み込まれていた。


 ——こ、こ、これは…………!!


 間違いない。これは、一季のユニフォームに違いない。一季の高校時代を彩った陸上部のユニフォームが、今まさに目の前に存在している……!! 泉水の鼻息は、一気に荒くなった。

 ユニフォームは半袖のハイネックタイプだ。脇腹のほうに黒と白のシャープなラインが入っており、いかにもスピード感のあるデザインである。

 一季の身体にはいささか小さいサイズのようにも感じられるが、伸縮性に富んだ軽い素材である。このスポーティなユニフォームは、一季のしなやかな痩身を、ぴったりと覆っていたに違いない。一季の汗と涙を吸い込んで、青春の日々を共にしたユニフォーム…………泉水は、それにずっしりとした重みを感じた。

「あ、あの……泉水さん……」
「はっ…………はい……?」
「え、えと……あの……ひ、引いてます……?」
「えっ?」

 一季はそこはかとなくバツの悪そうな顔で、しきりに泉水の様子を窺っている。
 いや、逆に一季のほうこそ泉水に引いているのかもしれない。ぽろりとカバンから出てきたユニフォームをがっちりと両手で掴み、ぶるぶる震えながら鼻息を荒くしているのだ。薄気味悪いに決まっている。

 泉水は大慌てで首を振った。

「いやいやいや!! 引くとかそんな!! そんなわけないやないですか!!」
「……い、いや……自分でもどうかしてるなと思ってたんです。泉水さんの目を盗んで、こっそり、こんなものをカバンにしまい込んでるとか……。しかもそれを、わざわざ弟を使って持ってこさせるとか…………」
「え、あ、じゃあ、このユニフォームのために……」
「…………はい。す、すみません……」

 蚊の鳴くような声でそう呟き、一季は顔を真っ赤にして俯いてしまった。焦った泉水は一季のもとへすっ飛んでいくと、一季の両肩をガッシと掴んだ。

「そ、そんな顔せんといてください! 全然! 全っ然、謝ることじゃないですよ!!」
「で、でも……気持ち悪いでしょ……。ユニフォームを、こそこそカバンに忍ばせてたんですよ……?」
「いやいやいやいや!! そんなことないです! 覚えててくれはったんですよね、あの時のこと……」


 自分で言ってみて、ハッとする。
 あの日一季は、何と言った? このユニフォームで、泉水と何をしたいと……?


 あの日、くっつき合いながら部活動について話をしていたあの日。一季は、『ユニフォーム着てエッチなことしましょうね♡』と誘ってくれた。そして今、その現物が泉水の手の中にある。ということはつまり……。


 ——めくるめくユニフォームプレイが、今ここで始まろうとしている……!!??


「………………い、いやいやいや、突っ走ったらあかん。あかんあかん、落ち着け俺……!!」
「え?」
「あ、いや、あの……」


 これまで幾度となく妄想した一季とのユニフォームプレイである。したい、今すぐしたい。ものすごくしてみたい。


 だが、ここで一人で勝手に盛り上がって暴走してしまっては格好がつかない。一季の意思を尊重することが何より大事だ。泉水は念のため、一季に確認を取ることにした。


「あの、一季くん。……これ、何に使うつもりで、こっちに持って帰ってきたんですか?」
「へっ…………?」

 泉水は一季の肩に手を置いたまま、低い声でそう尋ねた。すると、一季は腕の中でぴくっと身じろぎし、ゆるゆると顔を上げた。

「……な、何って……そりゃ」
「ちゃんと、教えて欲しいんです。何のため?」
「えっ……それは……その」

 泉水は真剣な(必死ともいう)目つきで、身じろぎもせず一季を見つめた。すると泉水を見上げる一季の顔が、さらに赤く赤く染まってゆき、とうとう耳まで真っ赤になってしまった。それでも泉水は、一季の真意を確認するために、ぐっと押し黙って待ち続けた。

「……え……えと」
「はい」
「…………エッ……ち、な……」
「ん?」

 やがて、一季が震える唇の隙間から、掠れた小さな声で何かを呟いた。聞き取れなかったので顔を少し近づけると、一季はぎゅっと目を瞑り、震える声で一気にこう言った。

「泉水さんと、エッチなことをするためです!!」
「あっ……エッ……ち、な……」
「そ、そうですよっ! あなたといやらしいことがしたくて、清らかな二葉を利用してまで、このユニフォームを運ばせたんです!! 僕は、最低の兄貴だ……!! 淫らなことしか考えられない、ふしだらな男なんです……!! そのために弟を利用するなんて……!!」

 何もそこまで言わなくても……と思い、一季を宥めようとして、ハッとする。
 一季の目はとろんと潤んで、何やらハァハァと呼吸も荒い。どういうわけか、一季からエロスな空気が溢れ出しているではないか。

「一季くん……?」
「……泉水さんに、こんなことを言わされちゃう日がくるなんて……はぁっ……」
「言わされちゃうって、え?」
「あえて恥ずかしいことを言わせて……僕を興奮させようだなんて……。ついこの間まで童貞だったのに、どこでそんなことを……っ」
「え!? いや、そんな!! そんな、滅相もない…………ぅわっ!!」

 ただ単に意思確認をしたかったのだと訴えようとしたが、それはうまくはいかなかった。がばりとのしかかってきた一季によって、泉水はあっという間に唇を塞がれていたからである。

 しなやかな肉体を受け止めながら床に後ろ手をつき、利き手で一季の腰を支える。積極的に舌を絡めてくる一季のキスはとろけるほどにいやらしく、あっという間に頭の中がぽうっとなってしまう。そして股ぐらの方もまた、すごいことになってしまうわけで……。

「い、一季くん……っ……」
「ハァっ……ふぅ……ん」
「んんっ……ん、ぁ……」

 一季は膝立ちになって泉水の両頬を包み込み、ちゅ、ちゅっ……とリップ音をたてながら、濃密なキスを降らせてくる。泉水はいつしか、壁際まで追い詰められていた。壁ドンをされながらのディープキスに、甘く甘く籠絡される。


 ——め、めっちゃスイッチ入ってはる……っ……。ってことは、ほ、ほんまに、ほんまにこれは……!!


 ——夢にまで見たユニフォームプレイが、始まるんか……!!??


「いずみさん……」
「んっ、ん?」


 一季は泉水の下唇を食みながら、うっとりした声で囁きかけてきた。
 ちょっと高い位置から泉水を見つめつつ、赤く艶めいた唇を妖艶に綻ばせながら、一季は小さくこう言った。


「シャワー浴びて、着替えてくるから……待っててくださいね?」
「……はっ……はい……っ!!」


 泉水はとてもいい返事をして、素直に一季の戻りを待つことにした。
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