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8、ちょっと甘い……〈佐波目線〉
しおりを挟むてっきり、帰宅した瞬間抱きしめられると思っていた。
だが大和はどことなくぎくしゃくした雰囲気を醸し出しながら、「お邪魔します……」といつも以上に行儀よく家に上がり、リビングのソファに腰を下ろしている。
——えーと……これ、どないしたらええんやろか……。
手持ち無沙汰な空気をなんとかすべく、とりあえず俺はキッチンに立ち、コーヒーメーカーのスイッチをONにする。ズゴゴゴと豆を挽く電動音が部屋に響き渡る中、香ばしい豆の香りが漂い始めた。
すると、大和が鼻をひくつかせ、ソファから立ち上がってキッチンにやってきた。そしてカウンターに肘をつき、「あれ、豆変えた?」と声をかけてくる。
「え? あ、……うん、現場でもらったやつがあって……。ていうか、よう分かったな」
「なんとなくな。前のやつ、店で使ってるのと香りが似てたから」
「ふうん、そうなんや」
「……なぁ、佐波」
カウンターにマグカップを並べていると、すっと大和の手が伸びてくる。突然のことに驚いた俺は、手にしていたカップを思わず取り落としそうになった。
大和はじっと俺の目を見つめて、気遣わしげにこう尋ねてきた。
「佐波、俺と会う前、泣いた?」
「っ……な、何で……!?」
「いや、目が腫れてるように見えたから。それに伊達眼鏡とか珍しかったし……」
「あれは……へ、変装や! 大和のバイト先、若い女の子多いやろ。せやから……変装……」
「いや……逆にいつも以上にオーラ出てたけど?」
「べ、別に深い意味ないし! そ、それに……なんで俺が泣かなあかんねん」
「ま、まぁ……それならいいんだけど」
実は、泣いた。
大和にきつく言い渡されたあのセリフに、思いの外深く心を抉られたから。
でも大和にあんなことを言わせたのは俺のせいだし、ああして大和が嫉妬心をむき出しにしてくれたことは嬉しかった。でも、心に刺さった言葉は俺を心を凍えさせ、講義が終わった後、俺は車に引きこもって一人で泣いた。
もっと素直にならないと、ちゃんと気持ちを伝えないと、何一つ始まらないし進まない。
俺はひとしきり泣いた後、心を決めた。
分かりにくい照れ隠しをすることも、意地を張ることもも、カッコつけることも、全部やめる。
自分の想いを、言葉や態度に乗せて大和に伝えようと……。
「……あ……佐波」
普段なら恥ずかし紛れに振り払うであろう大和の手を、今日は自らぎゅっと握った。
目尻をそっと撫でていた大和の指は、長くて、やや関節が目立っていて、男らしい綺麗な形をしている。講義中に並んで座っていると、ついつい目線を奪われてしまう程度には、俺は大和の手が大好きだ。大和の手に触れてみたい、触れてほしいと、いつだって思ってた。
「好き」
「…………えっ?」
「だ、だからっ…………好き、やで。大和のこと……」
「………………」
なんの脈絡もなく、湧き上がる感情のまま、俺は唐突に愛の告白をした。
あまりにも唐突すぎたのか、大和はポカーンとした顔で、じっと俺を見つめて固まっている……。
——ヘタクソか!! 告白ヘタクソすぎやろ俺!!
慣れないことをしようと気が急いてしまったせいで、タイミングを間違ええたのだろうか? 大和があまりにも無反応過ぎて不安だ。きっと、何かを間違えてしまったに違いない。
かぁぁぁぁと、いつものごとく顔が真っ赤に染まっていくのを感じながら、俺はそろりそろりと大和の手から指を離そうとした。
だが逆に、今度はガッシと大和に手を握り締められ、ひょいと縦抱きに抱え上げられて……。
「えっ!!?? な、何や急に!!??」
「そりゃこっちのセリフだっつーの!! な、何……何言い出すかと思ったらお前……っ……」
「は、離せアホ!! 俺をどうするつもりやねん!!」
ジタバタ暴れてみるものの、大和はそんな抵抗などお構い無しといった調子で、俺を寝室まで運んできた。
そしてどさりとベッドに俺を横たえたかと思うと、すぐさま俺の上で四つ這いになり、ヒリヒリと熱の籠った眼差しで俺を見つめた。
あまりにも雄々しい視線に、ドクン……と心臓が跳ね上がる。抵抗する意思を失った俺は、ただただ大和を見上げることしかできなかった。
「大和……?」
「……がっつかない、紳士的に……、優しく……」
「え、何?」
「いや……こないだもさ、俺が急にがっついたから怖かったんだろ? だから俺に噛み付いて……」
「こ、怖かったわけちゃうわ!! あれは……その、ちょっとびっくりして……」
「大丈夫、大丈夫! 絶対……優しくするし、今日は最後まではしない。ただ……」
する……とシャツの裾から大和の手が忍び込んでくる。下腹のあたりを撫でる硬い指先の感触に、俺は思わず「んはっ」と間抜けな声を漏らしてしまった。
「触りたいんだ、佐波に。もっと見たい」
「み、見たい……って?」
「俺……お前の裸、ちゃんと見たことないんだぞ? なぁ……見せて?」
「あ……っ……」
下腹を撫で、腰から背中へと這い上がってくる大和の指先。それは控えめで優しくて、もどかしいほどに淡い感触だ。くすぐったさと同時に、甘い刺激が、じわじわとそこから生まれ始める。
「っ……ン……ばか、くすぐった……い」
「ねぇ、いい? 脱がせていい?」
「わ、わかったからっ……!! ほな、大和も脱げって……」
「俺も? ああ、いいよ」
大和はすぐさま長袖のTシャツを脱ぎ捨てて、見事に引き締まった逆三角形ボディを俺の目の前に晒した。煌々と電気の点いたリビングから差し込む明かりを受けて、大和の筋肉質な上半身が艶めかしく浮かび上がって見える。
——ふあ……ほんまに、かっこええ身体……。
うっとりするほどに理想的で、素晴らしい肉体美だ。俺がぽぅっとなって大和の上体を見つめているうち、今度は大和が俺のシャツを脱がしにかかってくる。
「佐波も、脱いで」
「わ、わかったって! 脱ぐ……から」
大和の促しに根負けした風を装いつつも、本当は、早く素肌と素肌で大和とくっついてみたかった。
上半身を起こしてシャツを脱ぐと、大和が眩しげに目を細め、俺の肌を舐めるように見つめている。その熱っぽい視線だけで、肌の隅々まで愛撫されているような気分になり、俺は気恥ずかしさのあまり目を伏せた。
「み、見過ぎやろアホっ……!!」
「すげぇ……きれい」
「えっ……?」
大和はそっと俺の肩先に手を置いて、ちゅっと首筋にキスを落としてゆく。大和の唇や手が触れたところが熱い。まるで、媚薬でも流し込まれたかのように。
思わず溢れ出しそうになる情けない声を、ぎゅっと歯を食いしばって押し殺す。
「佐波ってさ……ほんとに、きれいだよな」
「きっ……きれいとか言われても、嬉しないねんっ……」
「こっちむいて、佐波。キスしよ?」
「っ……」
そっと頬に添えられる指先に導かれ、俺はゆるゆると顔を上げた。見上げた先には、興奮に潤んだ大和の瞳がある。気恥ずかしさをぐっとこらえて、俺を射抜く熱い眼差しを受け止めると、不思議と大和の感情が流れ込んでくるような感じがした。
「……ん……」
この間とは大違いに、柔らかく唇が重なった。弾力を確かめ合うような、ゆったりとした動きで……。
伝わってくる。大和が俺に気を遣って、躊躇いながらキスしていることが。
噛みつかれたことが原因で慎重になっているのではなく、純粋に俺の気持ちを汲もうとしてくれていることが、何故だか手に取るように伝わってきた。
——俺のせいやな……こんな、気ぃ遣わしてしもて……。ほんとは俺も、もっともっと、大和に触りたいって思ってんのに……。
「ぁ……佐波……」
脱いだシャツを握りしめていた拳を解き、俺はそっと、大和の首に腕を回した。その瞬間、大和の呼吸が一瞬止まり、そっと唇を離して俺の顔をじっと見つめる。
「……」
何か甘いセリフのひとつでも言えたら喜んでもらえそうなものなのに、緊張と高揚のあまり言葉が出ない。俺はただただ無言で大和を見つめて、先をねだるように大和の身体を引き寄せた。
あたたかく、さらりとした大和の肌と触れ合っただけで、とろけてしまいそうに気持ちがいい。トクントクン……と脈打つ大和の鼓動を間近に感じて、愛おしさが波のようにこみ上げてくる。
気づけば俺は大和に押し倒されていた。キスの深度がぐっと増し、急かされるように舌と舌を絡め合う。はぁ、はぁっ……と徐々に高まる熱い吐息が溶け合って、肌と肌が更に密着して……。
「佐波……好きだよ、俺も。……ハァ……好きなんだ……」
「ん、んっぅ……ンっ……っ」
——あぁ……めっちゃ気持ちええ……ハァっ……大和、大和好き、好き……めっちゃ好き……
俺は自ら脚を開いて、大和の身体を抱き込んだ。こんな格好死んでもごめんだと思っていたのに、こうして恋と快楽に溺れてしまえば、プライドなんてあっけなく消し飛んでしまうらしい。
お互いの昂りをはっきりと感じ取り、喜びのあまり「ぁん……」と甘ったるい声が漏れてしまう。大和も俺の反応に気がついたらしく、ゆっくりと、俺の口内から舌を抜いた。
唾液で艶めいた大和の唇は、ぞくぞくするほどセクシーだ。この唇で、もっといろんなところを暴かれたい。もっともっと俺の全てを求めて欲しい——脳内を駆け巡る妄想に、俺はふるりと身震いした。
「怖くないか?」
「へ……なんで……? 怖いわけないやん」
「だってさ……泣いてんじゃん」
「え?」
そっと目元を拭われてみて、俺は初めて自分が涙を流していることに気がついた。生理的な涙か、それとも、大和と初めてきちんと肌を合わせることができた感動からか……。
だけど、大和はまた不安げな顔になりつつある。俺は慌ててぶるぶると首を振り、「嫌で泣いてるんちゃうで!」と大和に訴えた。
「じゃあなんで……あ、ごめん、俺、がっつきすぎてた?」
「そんなんちゃう、う……嬉しいし、気持ちええから……ちゃうかな」
「え…………マジ?」
大和を安心させるためとはいえ、恥ずかしいことを口にしてしまった。ただでさえ赤い顔が、更に熱く熱く温度を上げていくのを感じながら、俺は大和のまっすぐな視線から顔を背けようとした。
だがすぐに、大和の大きな掌が俺の頬を包み込む。導かれるように見上げてみれば、心底幸せそうな笑みを浮かべる大和の顔が、すぐそこにあった。
「佐波も、そんなかわいいこと言えんだな」
「はっ……!? な、なんやねんそれ! ケンカ売って……」
「ううん……すげー、嬉しい。佐波がそんなこと言ってくれるなんて、幸せすぎっていうか」
「いやいや……喜びすぎやろ。こんな、ことで……」
「ううん、めちゃくちゃ嬉しい。ハァ……ちょっと、やべーわ、俺」
「え……?」
する……と大和の手が股座に伸びてきた。
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