セラピューティック・ヴァンパイア

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25、牙〈真人目線〉

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「ずいぶんとまぁ、エライ目に遭うてるやん、真人」
「み、路生……お前」

 靴音の主は、路生だ。
 黒い服の上に黒のジャケットを羽織り、下もブラックデニムという黒づくめで、路生が悠然と現れた。

 真人の険しい表情を見て、路生はゆったりと微笑んだ。

「何か言いたそうな顔やな。何?」
「お前……お前が情報漏らしたんか、こいつらに」
「はぁ? なんのこと?」
「とぼけんなや!! お前、ほんまに……何考えてんねん……!!」

 真人の叫びがこだまする中、製薬会社の男とボディガードが顔を見合わせている。そして不審げに路生を睨みつけた後、こう言った。

「……お前は、誰だ。このビルはエイル製薬の役員でなければ入れない。どうやって入った!!」
「え?」


 ——どういうことだ。路生が情報を漏らしたんじゃないのか? こいつらと路生は、繋がっていないのか……?


 今度は真人が訝しむ番である。路生はどこまでも自然な調子で真人たちのすぐそばまで歩み寄ってきたかと思うと、エイル製薬の眼鏡男の前で、にっこりと微笑んだ。

「まあまあ、そう大声出さんといてくださいよ。声響いてかなわんわ」
「だ、誰なんだ……!? あんたも社長補佐の、客……か?」
「ああ~そうそう、客みたいなもんですわ。あんたら、ちょっと面倒な人らに目ぇつけられたみたいですよ」
「……何?」

 目を細め、人の良さそうな笑みを浮かべていた路生が、ゆっくりと目を開く。
 それを見た真人は、大きく目を瞠った。


「み、路生……?」


 長いまつ毛の下に、金色に揺らめくあの瞳があった。ニィ……と吊り上げた細い唇の下には、あの鋭い牙まで見て取れるではないか。

「お前、その目……!! まさか路生も……!?」
「ふふっ、期待通りの驚き方やな。それより……」

 薄暗がりの中、ふっと路生の影が揺れたように見えた。

 瞬きをしたその直後、路生の背後には二人の男の姿があった。二人ともが長身で、揃いのような黒いスーツを着ている。一人はさらりとした金色の長髪を一つに結えており、もう一人の髪色は真っ白である。明らかに普通の勤め人には見えない男たちの登場に、ボディガードらは「何だテメェら……」と荒々しい一歩を踏み出した。

 だがその時……フッと、スーツの男たちの姿が消えた。

「え……?」
「ぐっぅ……!!」

 突然、真人の左側にいた男がくぐもった悲鳴を上げ、身体をくの字に折った。見れば、黒服の拳が男の鳩尾に深くめり込んでいるではないか。ほんの一瞬の出来事で、殴られた当人も驚愕していると言った表情である。

 がくりと膝を折って崩れ落ちた男を見下ろして、スーツ男は小さく鼻を鳴らした。乱れかかる金髪をさっと掻き上げ、気怠げにもう一人の男を見やる。

 だが、ボディガードの男たちはこういった場面に慣れているのか、すぐに拳を固めて戦闘態勢を取りはじめた。すると白髪のほうの黒服は、飛びかかってきた男の懐にするりと入り込み、男の左顔面に鋭い右フックを繰り出した。それはきれいに男の頬を打ち抜き、男が「がっ!!」と声を上げて巨体がぐらつく。その直後、白髪男はぐっと足を踏み込んで身体を回転させると、長い脚で後ろ回し蹴りを食らわせ、屈強な男の肉体を数メートル近く吹っ飛ばした。

 倒れ伏したボディガードたちを見下ろす二人の男は、息ひとつ乱していない。


 ——な、何なんや、これは……。ていうか、誰……!?


 あっという間に変化してゆく状況について行きかねている中、今度は路生が動いた。真人を羽交い締めにする男に向かって、何の躊躇いもない動きで飛びかかってきたのだ。

 咄嗟のように真人を突き飛ばして攻撃に転じようとした男の肩に組みつき、路生は大きく口を開いた。そして猛々しく尖った牙も露わに、男の肩口に深々と食らいつく。そして堅く食いついたまま、ぐんと顔を仰のかせた。

 肉が引き裂かれる音と、コンクリートに血が飛び散る湿った音とともに、男の悶絶する悲鳴が駐車場に響き渡った。

「ぅぎゃぁあああ!! あぁあ!! いてぇ、いてぇよぉッ……!!」

 肩口の肉を食いちぎられた男は、冷たいコンクリートの地面を転げ回った。醜く抉れた肩の傷から、血が溢れ出して水たまりを作っている。路生はベッ!! と口から血肉を吐き出して、ぐいと口元を袖で拭った。

「……まっず。最悪な味やな、食えたもんやない」
「路生……お前……これ、どういう……」
「くく……まぁ、そう驚くなや。話は、このオッサンやってからや」
「ひぃぃい……!!」

 ふらつきそうになりながら逃げようとする眼鏡の男が、真人の横をすり抜けて逃げようとした。真人は慌てて男のスーツの襟を掴み、腕を掴んで背中の方へと捻じ上げる。「いだいいいだいだいい!! 離せ化物!!」と喚く男をエレベーターホールの壁に押しつけながら、真人は路生の方を振り向いた。

「……どういうことか、あとできちんと説明してもらうしな! ていうか、その人ら誰やねん!? 警察か!?」

 真人の訝しげな視線に、スーツ男たちは顔を見合わせた。
 すると、金髪の方が一歩前に出てくると、内ポケットからスッと名刺入れを取り出す。

 背格好は真人と似ているが、さっきの戦闘力を見るに、相当筋肉質な身体をしているのだろう。きれいな弧を描く切れ長の瞳をしていて、どこか狐を彷彿とさせる、独特な顔立ちだ。さらりとした長い金髪をゆるく結え、どこか浮世離れした雰囲気だが、引き締まった肉体にはスーツがよく似合っている。

「失礼。私どもは、SDPOという組織の者です。宇都宮のとある総合病院から、ヴァンパイアの末裔である月森周くんと突然連絡が取れなくなったという連絡を受け、捜索しておりました」
「SD……?」
「これを」

 スッと差し出されたのは、黒いプラスチック製の名刺である。
 そこに刻み込まれた文字は、『特殊体質者保護機関 SDPO(Special diathesises protect organization) 保護官 桐堂とうどう香澄かすみ』とある。

 宇都宮市には、周の生家がある。そこで周は病院にかかり、『特殊なルート』で血液などを調達してもらっていたと聞いている。周を保護し、世話してくれた医師がいたと。つまりは、その元締めということなのだろうか——

「一般人のあなたはご存知ないかもしれませんので、一通りご説明いたしましょう」
「はあ」

 曰く、桐堂の所属するSDPO(特殊体質者保護機関)という組織は、時折周のように現れる、『普通ではない人間』を見つけ出し、保護するという役目を負う機関であるらしい。

「『普通ではない』と気づくタイミングはそれぞれですが、月森周くんのように、前思春期を過ぎたあたりで、突然体調に異変を感じて発覚する……という方も少なくはありません。そういった場合、大抵の方がまず関わるのは医療機関だ。我々は医療機関と連携し、秘密裏にそういった人々を保護するネットワークを構築しています」
「ネットワーク……」
「ええ、路生先生にも、かねてから我々の活動にご協力いただいてます」
「そ……そうなんですか」
「稀に、力を暴走させて事件を起こし、警察のお世話になる方もおられますので、警察組織とも濃いつながりがあります。ごく普通に生活をされている一般市民の生活を脅かすことなく、また、突然異能に目覚めてしまった方々を保護し、ケアを行う。我々はそういう組織ですね」

 桐堂は説明しながら自ら頷いている。ピンと伸びた背筋といい、表情の見えにくい糸目といい、祠を守るおキツネ様のような佇まいだ。

「それは……吸血鬼以外にも、特殊体質に目覚める人たちがいる、ということですか」
「ええ、もちろん。かく言う私も、九尾の一族の末裔です。ご存知ですか? 九尾の狐」

 不意打ちでとんでもないことを言い出す桐堂である。だがあいにく真人は、根っからの科学者であり現実主義者だ。そういう方面の知識には疎いため、「ええと? 確か、妖怪……」と首を傾げることしかできない。すると、桐堂は不機嫌そうに鼻を鳴らした。

「……ま、特に関心のない人々にとってはその程度の認識でしょう。それくらいでちょうどいいんですけどね、我々が静かに暮らしていく分にはね。ええ、ええ」
「はあ……すみません」
「まあまあ桐堂さん、そう拗ねないで」

 そう言って前に出てきたのは、白髪の男である。男は、一色いっしき和音かずねと名乗った。
 白髪のように見えたが、髪の毛の一本一本はきらきらときらめいている。よく見ると銀色の髪をしているようだ。落ち着いた佇まいといい、上品で端正な顔立ちといい、まるでどこぞの王子様のような雰囲気を醸す男だ。一色はおっとりとした口調で桐堂を宥めながら、紫がかった不思議な色の瞳で真人を見上げている。

「我々のような特殊体質者は、昔から見世物、愛玩具、または嗜虐の対象として、無碍な扱いを受けてばかり。それは現代でも続いている。そういった事態を防ぐのも、我々の使命なのです」
「……へ、へぇ……」
「悪事を働く奴らは逃げ隠れするのがうまく、なかなか尻尾を掴めないのです。権力者の集まりであるという点でも、手を出しにくい。ですが、今回のこの一件のおかげで、我々もうようやく動けます」
「というと……そちらでも、闇オークションの取締りを行なおうとしている、ということなのですね」

 真人がそう問うと、一色は頷いた。

「そういうことです。さて、月森周くんを救出に行きましょう。……おいそこの眼鏡、少年のいる部屋まで案内してもらえますか」

 話は終わったとばかりに、一色が冷ややかな視線を眼鏡男に送った。それまで文字通り狐につままれたような顔をしていた眼鏡男が、ぎょっとしたように身体を硬らせた。

「や、やめろ触るな化け物!! ペテン師どもめ!! お前ら、頭おかしいんじゃないのか!?」
「チッ。ギャーギャーよう喚くオッサンやな」

 唾を飛ばしながら暴れている男の髪の毛を、路生がむんずと掴む。血に濡れた口元に妖艶な笑みを浮かべながら、男の頭をグラグラと揺らしながらこう言った。

「あのさぁ、俺らみたいな化け物を好き好んで集めてはんのはそっちやろ? なぁ? このド変態のクソどもが」
「わ、わたしはちがう!! 私は、そんなことには興味はない!! 私は純粋に、難病治療のために貢献しようと……!!」
「うんうん、そうやんなぁ。あんたは、どスケベなクソ上司と結託して、真人の研究成果盗んで大儲けしようと思ってるだけの小悪党やもんなぁ?」
「う……そ、それは」
「ほれ、さっさと案内しろや。あのデカブツみたいに、お前のクッソまずそうな肉も、食いちぎったってもええんやぞ」
「ひぃ……ッ」

 路生が牙を剥くと、眼鏡男は真っ青になって立ち上がった。

 吸血行為を行なっていなくても、路生の目の色は、依然としてヴァンパイアのそれを保っている。情緒のほうも変わりないようだ。男に喰らいつき、血を舐めたはずなのに、路生は至っていつも通り(?)で、妙な興奮を示す様子もない。

「お前……どうもないん? 血、見ても」
「はぁ? 何年ヴァンパイアやってると思ってんねん。それくらいのコントロールはできんねんで」
「そ、そうなんや……」
「それに、この俺が、こんなやつらの汚物欲しがるとでも思ってんのか」

 眼鏡男を睨みつけて脅かしながら、路生はサバサバとした口調でそんなことを言う。危機的状況を救われたためか、真人はついつい少し笑ってしまった。そんな真人を見て、路生もふっと不敵に微笑む。

「急ごう。周くんが心配や」
「おう、せやな」

 眼鏡男を脅しつけて歩かせ、真人と路生、そしてSDPOの二人はビルの中を進み始めた。
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