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第五章 嵐の後
五、思いやり
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「かっこつけよって」
仕置部屋から忍寮に戻る廊下の壁にもたれて、腕組みをした舜海が立っていた。
ちらりと千珠を見て、舜海は唇をつり上げて笑う。
「佐為に嘆願したんやって? あいつの命は助けてやってくれって。お前もほとほと甘いやつやなぁ」
「……別にいいだろ。あいつの命は俺が預かったんだから、どうしようが俺の自由だ」
「まぁ、そりゃそうやな」
舜海はふっと微笑むと、先に立って忍寮の方へと歩を進めた。千珠もそれに続く。
大きくて広い舜海の背中を見つめていると、昨日受け取った舜海からの言葉を、否応無しに思い出す。
——愛している。
思い出すだけで、どきりとした。
本当に、許されることなのだろうか。宇月という女を愛し続けたいと願いながら、舜海をも縛り付ける自分の我儘。
いつもいつも、甘えて、縋って、搦め捕る……舜海の想いを知りながら。
ちく、と胸が痛む。
しかし舜海は普段と変わらぬ悠々とした空気を漂わせながら、千珠をくるりと振り返った。
「千珠。槐とはいっぱい遊んだったんか?」
「あ、ああ。昼まではずっと一緒にいた。可愛いもんだな、弟ってのは」
「そっか。だからお前も、浮丸を助けてやろうっていう気になったっちゅうわけか」
二人は暗い廊下から外へ出ると、揃って忍寮へ脚を向けつつそんな話をする。
「まぁ、それもあるかな。もし槐が誰かに殺されたなんて知ったら、俺は迷わずその相手を殺すだろう。もしそれが夜顔であったとしても、おそらくそうしていたと思う」
「……そうやなぁ」
「まだ若いんだ、もう少し時間をやってもいいかなと思っただけだ」
「ふうん、なるほどね」
「もしお前が誰かに殺されたら……どうするかな」
ふと千珠がそんなことを口にするので、舜海は少しばかり渋い顔をして隣をゆく千珠を見下ろした。
「おい、物騒なこと言うな。それに俺は簡単に死なへんし」
と、舜海は言う。
「そうだよな……」
「死ぬ殺すと、物騒な会話やな」
突如背後からそんな声がして、二人はびっくりして振り返った。
柊が、どことなく青い顔をして立っている。これから忍寮へ行くのだろう。
「柊……だから普段から気配消すなよ」
と、千珠が文句を言う。
「忍なんやから仕方がないでしょう。普段から忍んでるから忍なんです」
と、柊はさらりとそんな事を言った。
「くだらんこと言うな。ところでもう、身体はどうもないのか?」
「痺れ薬くらいや、なんでもないです。でも肝心なときに何もできひんで、申し訳ない」
柊はぺこりと頭を下げ、心配そうに千珠を見つめた。
「よかった、千珠さま。元気そうな顔をしてはるわ」
「ああ、大丈夫だ。宇月は?」
「もうとっくに目を覚まして、身体の不調を訴えとる兵を診てます」
「そっか。働き者だ」
と、千珠はほっとしたようにそう言った。
「時に柊、お前の祝言の日取りは決まったんか?」
と、舜海が問うと、柊は少しばかり頬を染めて咳払いをする。
「ああ。まぁな」
「お前もついに妻を娶るか。信じられへん」
幼馴染たる舜海は、しみじみとそう言って首を振った。
「さっさとがきでもこさえて、じいさまに孝行してやんな」
「せやなぁ。子どもか」
「柊の子かぁ……どんなんだろうなぁ」
千珠はそんな事を言うと柊を見上げ、何となく想像してみる。
涼しげな目元を丸くして、身体を小さくする。きびきびと動きまわり、何かにつけて秩序と規律を重んじ、それに従わない千珠を小さな子どもが叱りつける……と、そんな未来が見えた気がした。
「……なんか小五月蝿そうだな」
「千珠さま、いったいどんな想像してはったんですか。小うるさいなんてことはありませんよ、必ずびしっと育てますゆえ」
「びしっと育てたら柊の小さいのがもう一人できるってことだろ。それってかなり小五月蝿いじゃないか?」
「千珠さま、それは俺が小五月蝿いとおっしゃってます?」
「まぁ、それはあるかな」
「なんたること。俺は頭として、部下たる千珠さまの行動を戒めているだけや。ただでさえ千珠さまは目を離すと……」
「ああもう、いいってば! 五月蝿い! ほっといてくれよ」
柊の説教が始まりそうになったため、千珠は大慌てで手を振り回し、その言葉を遮った。それを見ていた舜海が気持よく笑い、柊はごほんと咳払いをする。
「千珠さまもさっさと宇月と子どもでも作らはったらいいじゃないですか。きっと可愛らしいお子が生まれるやろな」
「まぁそれは間違いないが」
「お、昔は子どもなんかと言っていたが、そういう気になってきたんか」
と、舜海がにやりと笑う。
「別に……でも、祝言をあげるってそういうことなんだろ? 人間が繁殖するための巣作りみたいなもんだろ」
「まぁ、それだけじゃないけど、平たく言えばそうなるか」
と、柊。
「千珠は祝言の場なんか見たことないもんな。柊のをよう見とけ。今から楽しみやな」
舜海はそう言って笑うと、その話題になると照れ始める柊をつつきまわしてはからかっている。
ひとつの事件が片付いたあとの、緩やかな空気が流れる昼下がり。千珠は笑みを浮かべてその二人の後に続いた。
仕置部屋から忍寮に戻る廊下の壁にもたれて、腕組みをした舜海が立っていた。
ちらりと千珠を見て、舜海は唇をつり上げて笑う。
「佐為に嘆願したんやって? あいつの命は助けてやってくれって。お前もほとほと甘いやつやなぁ」
「……別にいいだろ。あいつの命は俺が預かったんだから、どうしようが俺の自由だ」
「まぁ、そりゃそうやな」
舜海はふっと微笑むと、先に立って忍寮の方へと歩を進めた。千珠もそれに続く。
大きくて広い舜海の背中を見つめていると、昨日受け取った舜海からの言葉を、否応無しに思い出す。
——愛している。
思い出すだけで、どきりとした。
本当に、許されることなのだろうか。宇月という女を愛し続けたいと願いながら、舜海をも縛り付ける自分の我儘。
いつもいつも、甘えて、縋って、搦め捕る……舜海の想いを知りながら。
ちく、と胸が痛む。
しかし舜海は普段と変わらぬ悠々とした空気を漂わせながら、千珠をくるりと振り返った。
「千珠。槐とはいっぱい遊んだったんか?」
「あ、ああ。昼まではずっと一緒にいた。可愛いもんだな、弟ってのは」
「そっか。だからお前も、浮丸を助けてやろうっていう気になったっちゅうわけか」
二人は暗い廊下から外へ出ると、揃って忍寮へ脚を向けつつそんな話をする。
「まぁ、それもあるかな。もし槐が誰かに殺されたなんて知ったら、俺は迷わずその相手を殺すだろう。もしそれが夜顔であったとしても、おそらくそうしていたと思う」
「……そうやなぁ」
「まだ若いんだ、もう少し時間をやってもいいかなと思っただけだ」
「ふうん、なるほどね」
「もしお前が誰かに殺されたら……どうするかな」
ふと千珠がそんなことを口にするので、舜海は少しばかり渋い顔をして隣をゆく千珠を見下ろした。
「おい、物騒なこと言うな。それに俺は簡単に死なへんし」
と、舜海は言う。
「そうだよな……」
「死ぬ殺すと、物騒な会話やな」
突如背後からそんな声がして、二人はびっくりして振り返った。
柊が、どことなく青い顔をして立っている。これから忍寮へ行くのだろう。
「柊……だから普段から気配消すなよ」
と、千珠が文句を言う。
「忍なんやから仕方がないでしょう。普段から忍んでるから忍なんです」
と、柊はさらりとそんな事を言った。
「くだらんこと言うな。ところでもう、身体はどうもないのか?」
「痺れ薬くらいや、なんでもないです。でも肝心なときに何もできひんで、申し訳ない」
柊はぺこりと頭を下げ、心配そうに千珠を見つめた。
「よかった、千珠さま。元気そうな顔をしてはるわ」
「ああ、大丈夫だ。宇月は?」
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「そっか。働き者だ」
と、千珠はほっとしたようにそう言った。
「時に柊、お前の祝言の日取りは決まったんか?」
と、舜海が問うと、柊は少しばかり頬を染めて咳払いをする。
「ああ。まぁな」
「お前もついに妻を娶るか。信じられへん」
幼馴染たる舜海は、しみじみとそう言って首を振った。
「さっさとがきでもこさえて、じいさまに孝行してやんな」
「せやなぁ。子どもか」
「柊の子かぁ……どんなんだろうなぁ」
千珠はそんな事を言うと柊を見上げ、何となく想像してみる。
涼しげな目元を丸くして、身体を小さくする。きびきびと動きまわり、何かにつけて秩序と規律を重んじ、それに従わない千珠を小さな子どもが叱りつける……と、そんな未来が見えた気がした。
「……なんか小五月蝿そうだな」
「千珠さま、いったいどんな想像してはったんですか。小うるさいなんてことはありませんよ、必ずびしっと育てますゆえ」
「びしっと育てたら柊の小さいのがもう一人できるってことだろ。それってかなり小五月蝿いじゃないか?」
「千珠さま、それは俺が小五月蝿いとおっしゃってます?」
「まぁ、それはあるかな」
「なんたること。俺は頭として、部下たる千珠さまの行動を戒めているだけや。ただでさえ千珠さまは目を離すと……」
「ああもう、いいってば! 五月蝿い! ほっといてくれよ」
柊の説教が始まりそうになったため、千珠は大慌てで手を振り回し、その言葉を遮った。それを見ていた舜海が気持よく笑い、柊はごほんと咳払いをする。
「千珠さまもさっさと宇月と子どもでも作らはったらいいじゃないですか。きっと可愛らしいお子が生まれるやろな」
「まぁそれは間違いないが」
「お、昔は子どもなんかと言っていたが、そういう気になってきたんか」
と、舜海がにやりと笑う。
「別に……でも、祝言をあげるってそういうことなんだろ? 人間が繁殖するための巣作りみたいなもんだろ」
「まぁ、それだけじゃないけど、平たく言えばそうなるか」
と、柊。
「千珠は祝言の場なんか見たことないもんな。柊のをよう見とけ。今から楽しみやな」
舜海はそう言って笑うと、その話題になると照れ始める柊をつつきまわしてはからかっている。
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