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第四章 企ての夜
六、因縁の鎖
しおりを挟む「……体温が欲しいなら、こっちの方がいいやろ」
「ん……」
千珠は舜海の肩口に顔を埋めて、肌と肌で感じるその体温の心地よさにうっとりと目を閉じた。
「……舜」
「何や?」
「あぁ、お前の匂いだ……」
「そうやな……」
「舜海……俺は……お前を離したくないよ……」
千珠の声が、涙声に変わる。舜海ははっとしたように身体を離し、千珠の顔を見下ろした。
「俺を抱けなんて……もう言わない。唾液をくれとか……もう言わないから……」
「千珠?」
ぽろぽろと涙を流しながら、千珠は舜海に訴え続けた。
「これだけでいい……たまに俺を抱きしめてくれるだけでいい……だから、だから……」
「お前は、何を……」
「だから……俺のことを、忘れようとしないでくれ。ずっとずっと……俺を見て、俺を想って、俺のそばにいろ」
「……千珠」
嗚咽を漏らす千珠に、気づけば唇を重ねていた。
千珠はその唇を受け入れて、首に腕を絡みつかせる。柔らかい千珠の唇、媚薬のようなその唾液の味を、舜海は無我夢中で求めた。
千珠を押し倒し、更に深く口付けながら、扇のように広がった黒髪の上で互いの指を絡ませる。千珠の涙の味が、舜海の舌を刺激した。
「……は……はぁっ……」
舜海が身を離すと、千珠はうっとりとした顔で舜海を見上げる。千珠の指が、舜海の頬に触れた。
「……舜……」
「お前は、そうしてわがままばかりを言って、俺を困らせる」
「……すまない……」
「いや、いいねん……。嬉しかった、お前の気持ち」
「ごめん……舜、ごめん……」
「いい。泣くな、千珠」
舜海は襲ってくる目眩に何とか耐えた。
――かわいい。
普段が横柄で我儘で傲慢なだけに、こうして素直になっている千珠は、恐ろしく可愛く見える。
美しい大きな目でまっすぐに舜海を見上げる目つきといい、絡み付いてくる小さな舌、白く伸びやかな腕、舜海の脚に絡み付いてくる艶やかな脚……どれもこれもが、手放しがたい宝石のようで。
「もっと、欲しいか……? 今だけ、お前のわがままを全部、叶えてやる」
「……欲しい」
「何が、ほしい……?」
「お前の、身体……唾液も、体液も、汗も、全部欲しい。全部俺に、飲ませてくれ……」
切なげな顔をして、薄く開いた赤い唇から漏れるそれらの言葉が、ひどく淫靡なものに聞こえた。舜海はもう一度千珠を抱きしめて、深く深く舌を絡め合わせた。
「はっ……はぁっ……んっ……」
「千珠……」
「んっ……ぁ……っ」
舜海の唇が首筋に、肩口に、胸に、腹に降りていく。組み敷かれたままで、千珠は快感に追い立てられるように声を漏らした。舜海の指が体内に入り込むのも、喜んで受け入れながら。
「あぁっ……っ……!」
「千珠、あんまり大声出すと、みんなが起きてまうで……」
「ふっ……んっ……でも……」
「こうしてやろう」
舜海は身を起こして、再び千珠の唇を覆った。尚も体内をかき回す指に悶えながら声を殺されて、千珠は苦しげに呻き声を出す。
「んんっ……んんぅ……っ」
「可愛いな、お前は……」
「んあっ……はぁっ……っ」
「滅茶苦茶可愛いで……千珠」
「やっ……ん」
「こんなとろとろの身体して……」
舜海の手が、やんわりと千珠の根を扱く。千珠は身を縮めるようにして、その快感から漏れる声を必死で抑えようとした。
「あぁっ、あっ……しゅん……っ……」
「ん?」
「も……出る……おれ……っ!」
「ええよ、出せ。俺に飲ませてみろ」
「っ……やっ……ああっ! あっ……!」
やおら自分の股座に顔をうずめて根を咥え込まれ、千珠はびくんと身体を震わせて精を吐き出す。ねっとりと舐め上げられ、吸いつくされ、千珠は何度も身体を震わせて喘いだ。
舜海は身体を起こすと、無言のまま千珠の中に根を押し進め始めた。千珠の顔を見下ろしながら、舜海はゆっくりとその中に身体を埋めていく。
「はっ、はぁっ……! ああっ……んっ……!!」
ぎゅっと目を閉じてこらえるような表情を浮かべた千珠の目から、涙が一筋流れた。
「千珠……痛いか?」
「ううん……っ……気持ちいい……んだ……っ」
「そうか……ほんならもう、動いてもええか」
「うん……いい……」
「千珠……なんで、今日はこんなに可愛いねん……」
どこまでも甘く乱れる千珠は、くらくらするほどに可愛らしく、その体内も溶けてしまいそうに熱い。
全身全霊で、舜海を求めていることが分かるその身体に、舜海はどこまでも酔いしれていた。
濡れた音が響き始める中、千珠は必死で声を殺して舜海にしがみつく。荒い呼吸が、千珠の艶やかな唇から漏れる。
——あぁ、なんてきれいなんやろう……こいつは……。
舜海は快感のあまり霞かかってくる意識の中、千珠を本能に任せて貪った。舜海が肉を突き立てるたび、千珠の身体が揺れる。自ら腰を振ってもっと深くその肉を求める千珠の細い腰があまりにいやらしくて、たまらなく性感を刺激される。
「はっ……は……千珠……っ」
「んっ……んっ……!」
「千珠……もう……俺も……」
「……出して……中で……っ。ぜんぶ……俺に……飲ませて……!」
舜海は千珠をぎゅっと抱きしめる。しっかりとその身体を抱きとめる千珠の華奢な身体の中に、自分の精が飲み込まれていくのを感じながら、舜海はゆるゆると顔を上げて千珠を見下ろした。
千珠は重たげに瞼を開くと、長い睫毛の下からきらめく瞳を覗かせた。その目があまりにも美しく、舜海は一瞬、これは夢なのではないかと錯覚を覚えるほどであった。
ずっとずっと、望んでいたことが現実になる夢……ただの夢なのではないかと。
「舜……」
「……愛してる」
「え……?」
「お前を、愛してる……」
「……あ……」
舜海の黒く強い瞳が間近にある。千珠の目から、ぽろりとまた涙がこぼれ落ちた。
舜海は千珠の額に唇を寄せ、瞼や鼻筋、頬をやんわりとその唇でなぞった。温かい体温を感じ合うたび、胸の中が苦しくなるほどに千珠を愛おしいと思う。
「千珠……千珠……」
みるみるうちに膨れてこぼれ落ちていく千珠の涙を唇で受け止めながら、舜海は少し微笑んだ。
「うっ……うっ……」
「何で泣くねん」
「知るかよ……っ」
「おかしなやつや」
「……もう、二度と言わないんじゃ……なかったのか……?」
「せやな……もう、もう言わへん」
「舜海……」
「今だけ、言わせてくれ」
「……ん」
千珠を抱き寄せ、間近で視線を絡ませる。すると千珠は可憐に瞬きをして、舜海を見上げた。
「お前の気持ちも、分かってる。だからもう、一生何も言わなくていい。謝ることなんかない。お前は、お前の生きたいように生きたらいい」
「……」
「俺の全ては、お前のもの……昔からそうやろ?」
「……あ……」
再び嗚咽を漏らして泣きだした千珠を、舜海は笑いながら抱きしめる。
「阿呆、泣きすぎや」
「舜海……」
「うん」
「阿呆って言うな……」
「ははっ、すまんすまん」
愛おしい、どこまでも愛おしい、この美しい獣。
どう足掻いても、離れることの叶わない、目をそらすこともできない、大切な宝。
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清水の溢れだす泉のように、澄んだ瞳。
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「千珠……」
名を囁いてやると、千珠が身を震わせて喜ぶのが分かる。
それがまた、可愛らしくて愛おしい。
甘い因縁の鎖が、舜海の身に絡み付く。
永久に消えぬ、呪いのようなこの鎖をたぐりよせ、抱きしめる。
甘い甘い、目に見えぬこの呪縛を。
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