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第二章 呪詛、そしてふたりの葛藤
五、身の振り方
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柊と舜海は、天守閣の屋根の上で酒盛りをしていた。
いい月が出ていたので、わざわざこんな所へやって来たのである。
とりあえず、詳しい話はまた後日ということになり、芽衣を送って帰ってきた柊であった。
「やっぱ、伏見の酒はうまいなぁ……」
しみじみと柊は呟き、燦然と輝く月を見上げた。
「お、明日は満月だな。千珠さまのお守りをしなくては」
「お守りって、そんなん聞かれたら殺されんで」
「そうやな」
柊は笑って、一口酒を舐めた。舜海も、月を見上げる。
「お前もついに所帯持ちか。おめでとさん」
「お、おお……」
柊は笑顔で杯を持ち上げる舜海の動きに合わせて杯を掲げると、二人はくいと同時にそれを一口に飲み干した。柊はほう、と息をついて月を見上げる。
「やれやれ、急なことや」
「ええやん、けっこうなべっぴんさんやったし。良かったな」
と、舜海はからからと笑った。
「まぁな……」
「すっきりせぇへんなぁ。ええやん、お前もうここ数年女遊びもしてへんかったし、独り身への未練もないやろ」
「人聞きの悪い事を言うな。別に女遊びなんかしてへんし」
「寝る間も惜しんで色街に通ってたこともあったやん」
「あれはただの息抜きや。まだ若かったし……ってお前もそれは一緒やろ!」
「ははっ、そうやったっけ」
その頃の思い出話にひとしきり花を咲かせていると、ぐいぐいと酒も進む。気持よく酔っ払ってきたところで、舜海はごろりと瓦の上に横になった。
ぽっかりとした月は、気づけばまっすぐ頭上に来ている。周りの星を全てかき消すほどの、見事な明るい月であった。
「……こっちに帰ってから、お前は千珠さまに近寄りもせぇへんな」
と、そんな舜海の横顔を見ながら柊は言った。
「その必要性がなかっただけや。避けてるわけちゃうで」
「そうか。確かに、千珠さまは落ち着いておられる。宇月もいるしな」
「あの二人は、どうなってんねやろうな」
柊はちらりと舜海を見て、夕方見かけた二人の微笑ましい姿を思い出す。
「さぁね。千珠さまのことだ、きっともう思いを遂げておられるだろうさ」
「ふん。よう見てんな、お前も」
「別に好き好んで見ているわけじゃない。頭として皆の様子を把握しているだけや」
「あっそ……」
舜海はぐい、と盃を空けた。すかさず柊がその器を満たす。
舜海とて、千珠のことを思わないわけではなかった。
満月を見るたびに、千珠の肌を思い出した。そばへ行って、抱きしめたいと思った。
しかし、千珠と宇月の邪魔をしたくなかった。自分にとって、二人は大切な戦友でもあるのだ。
「……舜海、山吹のことはどうすんねん」
「あぁ……」
雷燕によって重症を負わされた山吹は、今も城の一室で寝たり起きたりの生活をしている。もう忍としてはやっていけないと判断した柊は、彼女を忍衆から除籍したのだ。山吹もそれは重々承知していたため、静かにその命を受け取った。
今は宇月の手当を受け、ようやく歩き回れるくらいに回復していたが、やはり内腑への傷は大きかったため、長時間の肉体運動は出来ない上、子を成すことも叶わない身体となった。
千珠はまめに山吹を見舞っているらしい。千珠なりに、山吹への恩義を感じているのだろう。
そして、山吹の秘めた思いを知ってしまった舜海は、これからの人生を山吹とともに過ごしたいと思うようになっていた。まだはっきりと山吹にそう伝えたわけではないが、いずれは青葉の寺を引き継ぐことになる舜海は、山吹とそこで静かに暮らせないだろうかと考え始めていたのだ。
それは、千珠への想いを断ち切らんとするための身勝手な考えであるかもしれない。しかし、幼馴染である山吹のことを放ってもおけない……。考え抜いた結果、舜海は山吹と共に青葉の寺を守ってゆきたいと思うに至ったのだった。
「ま、もう二、三年したら俺も青葉の寺へ行く。その時までに、あいつのことは口説いとくわ」
「ふうん……そうか」
「嫌がるかもしれへんけど、ま、それはそれやし」
「お前が言えば、山吹はついていくやろうけど」
「そうやとええな」
「頭! 頭!!」
ふと、屋根の下から竜胆の声がした。切迫した声色だったため、柊はすぐに表情を変えた。
「何や?」
「千珠さまが、大変です!」
舜海の顔色が変わる。二人は盃を投げ出して、すぐに下へと降りていった。
二人が降りた天守閣には、竜胆が焦った顔で立っていた。そして、その後ろには佐為が険しい表情を浮かべている。
「千珠が負傷した。国境付近に廃寺を見つけたから、そこに今は匿ったと知らせが入った」
佐為は厳しい声でそう言った。
「都から呼んだ陰陽師の三人が、今夜遅くここへ到着する予定だったが、その面々に見つけられたらしい。今、式が来たんだ」
「……負傷って……」
舜海と柊は、戸惑った表情で顔見合わせる。
あの千珠が、そうやすやすと誰かにやられるはずなどない……。まさか既に、祓い人の手がここまで……?
四人は佐為からの報告を聞きながら、大急ぎで厩へ向かった。
いい月が出ていたので、わざわざこんな所へやって来たのである。
とりあえず、詳しい話はまた後日ということになり、芽衣を送って帰ってきた柊であった。
「やっぱ、伏見の酒はうまいなぁ……」
しみじみと柊は呟き、燦然と輝く月を見上げた。
「お、明日は満月だな。千珠さまのお守りをしなくては」
「お守りって、そんなん聞かれたら殺されんで」
「そうやな」
柊は笑って、一口酒を舐めた。舜海も、月を見上げる。
「お前もついに所帯持ちか。おめでとさん」
「お、おお……」
柊は笑顔で杯を持ち上げる舜海の動きに合わせて杯を掲げると、二人はくいと同時にそれを一口に飲み干した。柊はほう、と息をついて月を見上げる。
「やれやれ、急なことや」
「ええやん、けっこうなべっぴんさんやったし。良かったな」
と、舜海はからからと笑った。
「まぁな……」
「すっきりせぇへんなぁ。ええやん、お前もうここ数年女遊びもしてへんかったし、独り身への未練もないやろ」
「人聞きの悪い事を言うな。別に女遊びなんかしてへんし」
「寝る間も惜しんで色街に通ってたこともあったやん」
「あれはただの息抜きや。まだ若かったし……ってお前もそれは一緒やろ!」
「ははっ、そうやったっけ」
その頃の思い出話にひとしきり花を咲かせていると、ぐいぐいと酒も進む。気持よく酔っ払ってきたところで、舜海はごろりと瓦の上に横になった。
ぽっかりとした月は、気づけばまっすぐ頭上に来ている。周りの星を全てかき消すほどの、見事な明るい月であった。
「……こっちに帰ってから、お前は千珠さまに近寄りもせぇへんな」
と、そんな舜海の横顔を見ながら柊は言った。
「その必要性がなかっただけや。避けてるわけちゃうで」
「そうか。確かに、千珠さまは落ち着いておられる。宇月もいるしな」
「あの二人は、どうなってんねやろうな」
柊はちらりと舜海を見て、夕方見かけた二人の微笑ましい姿を思い出す。
「さぁね。千珠さまのことだ、きっともう思いを遂げておられるだろうさ」
「ふん。よう見てんな、お前も」
「別に好き好んで見ているわけじゃない。頭として皆の様子を把握しているだけや」
「あっそ……」
舜海はぐい、と盃を空けた。すかさず柊がその器を満たす。
舜海とて、千珠のことを思わないわけではなかった。
満月を見るたびに、千珠の肌を思い出した。そばへ行って、抱きしめたいと思った。
しかし、千珠と宇月の邪魔をしたくなかった。自分にとって、二人は大切な戦友でもあるのだ。
「……舜海、山吹のことはどうすんねん」
「あぁ……」
雷燕によって重症を負わされた山吹は、今も城の一室で寝たり起きたりの生活をしている。もう忍としてはやっていけないと判断した柊は、彼女を忍衆から除籍したのだ。山吹もそれは重々承知していたため、静かにその命を受け取った。
今は宇月の手当を受け、ようやく歩き回れるくらいに回復していたが、やはり内腑への傷は大きかったため、長時間の肉体運動は出来ない上、子を成すことも叶わない身体となった。
千珠はまめに山吹を見舞っているらしい。千珠なりに、山吹への恩義を感じているのだろう。
そして、山吹の秘めた思いを知ってしまった舜海は、これからの人生を山吹とともに過ごしたいと思うようになっていた。まだはっきりと山吹にそう伝えたわけではないが、いずれは青葉の寺を引き継ぐことになる舜海は、山吹とそこで静かに暮らせないだろうかと考え始めていたのだ。
それは、千珠への想いを断ち切らんとするための身勝手な考えであるかもしれない。しかし、幼馴染である山吹のことを放ってもおけない……。考え抜いた結果、舜海は山吹と共に青葉の寺を守ってゆきたいと思うに至ったのだった。
「ま、もう二、三年したら俺も青葉の寺へ行く。その時までに、あいつのことは口説いとくわ」
「ふうん……そうか」
「嫌がるかもしれへんけど、ま、それはそれやし」
「お前が言えば、山吹はついていくやろうけど」
「そうやとええな」
「頭! 頭!!」
ふと、屋根の下から竜胆の声がした。切迫した声色だったため、柊はすぐに表情を変えた。
「何や?」
「千珠さまが、大変です!」
舜海の顔色が変わる。二人は盃を投げ出して、すぐに下へと降りていった。
二人が降りた天守閣には、竜胆が焦った顔で立っていた。そして、その後ろには佐為が険しい表情を浮かべている。
「千珠が負傷した。国境付近に廃寺を見つけたから、そこに今は匿ったと知らせが入った」
佐為は厳しい声でそう言った。
「都から呼んだ陰陽師の三人が、今夜遅くここへ到着する予定だったが、その面々に見つけられたらしい。今、式が来たんだ」
「……負傷って……」
舜海と柊は、戸惑った表情で顔見合わせる。
あの千珠が、そうやすやすと誰かにやられるはずなどない……。まさか既に、祓い人の手がここまで……?
四人は佐為からの報告を聞きながら、大急ぎで厩へ向かった。
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