異聞白鬼譚

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第一章 日常と、予兆

四、狙い

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 久し振りに光政と二人になった千珠は、改めて光政の顔を見た。口元にひげを蓄え、以前よりも貫禄が増している光政だが、その表情は変わらず穏やかである。

「しかし、喜ばしいことだな。お前にどんどん家族が増えていくとは」
「ああ。信じられないよな。俺が兄上なんて呼ばれてる」
「もう、孤独じゃないだろう?」

 光政は微笑みながら、脇息に肘を付いて千珠を見つめる。
「ああ。孤独じゃないよ」
「……良かった。本当に」
「光政」
「なんだ? ……久々に名を呼ばれたな」
「ここに迷い込んで、良かったよ」
「……そうか。お前のそんな顔が見れるようになるとは、昔は思っても見なかったな」


 ――ふと、光政の脳裏に、幼い頃の千珠が浮かび上がる。
 辛そうな顔、淋しげな顔、人を斬り殺す表情のない顔、そして自分に抱かれていた時の顔……。
 千珠は美しい少年だった。どこまでも強く、清廉な心を持った美しい獣だった。
 今、十九になった千珠も、相も変わらず美しい容姿をしているし、内面が落ち着いてきたためか、今の千珠にはむしろ神々しさすら感じられる。


「……お前は相変わらず美しいな」
 光政はじっと千珠を見つめたまま、無意識にそう呟いた。千珠はふっと笑うと、
「まぁな」と答え、「でも、もう少し男らしくもなりたいところだ」と付け加える。
「なんだ、気にしているのか?」
「……いつまでも漁師や武士共に身体を狙われるのは、面倒なんでね」
「ははは、そうか。相変わらず苦労してるな」
 光政は声を立てて笑うが、自分もかつてはその一人だったことを思い出したのか、ごまかすように咳払いをした。

 そして、真面目な顔になって千珠を見る。
「……さて、先ほど佐為殿から聞いた話だが」
「なんだ?」
「都で、夜顔を探している人物がいるというのだ」
「えっ」
 千珠の顔色が変わった。

 夜顔。半妖の子ども。
 その力の大部分は、すでに千珠の中に封じられた為、今の夜顔には何の力もない。
 先の戦いで、夜顔と藤之助は死んだことになっている。今は穏やかに、佐々木藤之助と二人で暮らしているはずだ。

「そんな……」
「いや、実際誰も彼らの行方は知らないからな。死んだという話のほうが、信憑性を保っているが……」
「なんです?」
「その夜顔の力を奪い取った鬼を、探しているといったほうが正しいということらしい」
「……俺のことか」
 光政は頷いた。
「お前の力をどうしようというのかは分からぬそうだが……。千珠を誰かが奪いに来た場合、戦場はここになる。佐為殿はわざわざそれを伝えに来た」
「成る程ね……」
 佐為は千珠の耳飾りを依代に封印術をかけ、何とか抑えている状態であった。しかしその力も、雷燕を倒すときに用いたため、ここにはない。

「青葉には、都のように陰陽師衆などはいない。お前への守りは薄いといってもいい。……我々はお前に頼りすぎている」
「そんな事はない。大丈夫だよ、そんな奴が来ても。今の俺ならば退けられるさ」
「……しかし、何か策は考えておかねばなるまい。しばらく佐為殿はここにとどまり、その方策を宇月、舜海と練ってもらうことになっている」
「……なんか大事だな」
「お前は妖力を失う日がある。その瞬間を狙われることだってあるだろうからな。用心するに越したことはない」
「確かにそうだな」
 千珠は腕組みをした。ふと、ここ一年でかなり平和ぼけをしていたことに気づく。
 そういう輩が現れることは十分に考えられたのに、それに対する方略を考えていなかったことを千珠は反省した。

「佐為と話す」
 千珠は短く言うと、すっと立ち上がって襖に手をかける。 
「気をつけろよ」
 光政の言葉に、千珠はちらりと振り返ると無言で頷き、そのまま部屋を出ていった。
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