255 / 339
第六章 想い合うということ
六、家路
しおりを挟む
それから一週間、千珠達は能登に留まり、傷を癒した。
その間に能登守が訪ねてきては丁重に礼を言い、多額の恩賞を置いて帰って行くという出来事もあった。
業平は遠慮なくそれを受け取ると、その全てを柊に渡してにっこりと笑った。「重い荷物が増えるのは、面倒なので」と言いながら。
荒涼としていた能登の土地にも、青々とした草が生え始め、茶色く乾いていた木々の葉にもみずみずしさが戻ってきた。
そんな風景の変化を見守るうちに、徐々に人の戻り始めたある能登の国を、ついに去る時がやってきた。
山吹の傷は、舜海によってだいぶ治癒が進んでいた。周りの者は、力を使い果たす度に倒れる舜海を苦笑して眺めながらも、徐々に元気を取り戻す山吹を見て喜んだ。
舜海は、千珠にもその力を使おうとしたが、千珠はいつもそれを固辞していた。
注げる力は全て山吹に、と言って。
放っておいても、この地の霊威の強さによって、千珠の傷は徐々に癒える。もともとの回復力の高さも手伝って、一週間後も経つと傷は目立たなくなっていた。
青葉の一行と陰陽師衆は、共に帰路を進んでいた。
「千珠さま、今回も世話になりました」
それぞれのが立ち止まり、別れを惜しんでいると、千珠のそばに風春と佐為がやって来た。二人共、笑顔で千珠と並んで歩き始める。
「こちらこそ……。本当に見事な術式でした。さすがです」
「いやいや、千珠さまにそう言っていただけるとは。修行にも熱が入ります」
と、風春は頰を上気させてそう言った。
「これからも、何かあったら一緒に戦おうね!」
と、佐為はにこにこ笑いながらそう言った。
「いや、もうこんなこと御免被りたい」
千珠が仏頂面でそう言うと、二人も声を上げて笑った。
「それもそうですな」
と、風春。
「けど、寂しくなるなぁ。しばらく千珠と一緒だったから、離れ難いよ。舜海ともしばらく会えないし」
と、佐為はつまらなそうにそう言って、ぎゅっと千珠の手を握ってくる。千珠はさりげなく佐為の手から逃れつつ、曖昧に微笑んだ。
「そうだな。でも、陸続きなんだ。いつでも訪ねてきてくれたらいいさ」
「うんそうだよね! そうするよ!」
佐為は嬉しそうに笑うと、千珠の手をまたぎゅっと握り、ぶんぶんと縦に振り回す。千珠は苦笑いするしかない。
よく晴れた春の一日。さわやかな風が、峠道に吹いていた。
陰陽師衆と青葉の一行は、分かれ道で挨拶を交わすと、それぞれの家路につく。
佐為は、いつまでも手を振っていた。
しばらく進んだところで、千珠はふわりと紅玉の香の匂いを嗅ぎ取った。しかし、その艶やかな姿は見えない。
千珠はその場に立ち止まると、一人後ろを振り返る。うっすらとした紅玉の気配と煙の匂いが、千珠の鼻孔をくすぐった。
「……ありがとう。紅玉」
真っ赤な唇で微笑む紅玉の笑顔が、見えるようだった。すうっとそのあたりから、気配が消えて行く。
「能登を、頼むな……」
千珠は木漏れ日の差しこむ峠道を見つめながら、どこにともなくそう呟いた。
「千珠さまー、置いていきますよ!」
柊の呼ぶ声に、千珠は振り返って駆け出した。
煩わしい呼び声が懐かしく、口元が綻ぶことにも気付かぬまま。
その間に能登守が訪ねてきては丁重に礼を言い、多額の恩賞を置いて帰って行くという出来事もあった。
業平は遠慮なくそれを受け取ると、その全てを柊に渡してにっこりと笑った。「重い荷物が増えるのは、面倒なので」と言いながら。
荒涼としていた能登の土地にも、青々とした草が生え始め、茶色く乾いていた木々の葉にもみずみずしさが戻ってきた。
そんな風景の変化を見守るうちに、徐々に人の戻り始めたある能登の国を、ついに去る時がやってきた。
山吹の傷は、舜海によってだいぶ治癒が進んでいた。周りの者は、力を使い果たす度に倒れる舜海を苦笑して眺めながらも、徐々に元気を取り戻す山吹を見て喜んだ。
舜海は、千珠にもその力を使おうとしたが、千珠はいつもそれを固辞していた。
注げる力は全て山吹に、と言って。
放っておいても、この地の霊威の強さによって、千珠の傷は徐々に癒える。もともとの回復力の高さも手伝って、一週間後も経つと傷は目立たなくなっていた。
青葉の一行と陰陽師衆は、共に帰路を進んでいた。
「千珠さま、今回も世話になりました」
それぞれのが立ち止まり、別れを惜しんでいると、千珠のそばに風春と佐為がやって来た。二人共、笑顔で千珠と並んで歩き始める。
「こちらこそ……。本当に見事な術式でした。さすがです」
「いやいや、千珠さまにそう言っていただけるとは。修行にも熱が入ります」
と、風春は頰を上気させてそう言った。
「これからも、何かあったら一緒に戦おうね!」
と、佐為はにこにこ笑いながらそう言った。
「いや、もうこんなこと御免被りたい」
千珠が仏頂面でそう言うと、二人も声を上げて笑った。
「それもそうですな」
と、風春。
「けど、寂しくなるなぁ。しばらく千珠と一緒だったから、離れ難いよ。舜海ともしばらく会えないし」
と、佐為はつまらなそうにそう言って、ぎゅっと千珠の手を握ってくる。千珠はさりげなく佐為の手から逃れつつ、曖昧に微笑んだ。
「そうだな。でも、陸続きなんだ。いつでも訪ねてきてくれたらいいさ」
「うんそうだよね! そうするよ!」
佐為は嬉しそうに笑うと、千珠の手をまたぎゅっと握り、ぶんぶんと縦に振り回す。千珠は苦笑いするしかない。
よく晴れた春の一日。さわやかな風が、峠道に吹いていた。
陰陽師衆と青葉の一行は、分かれ道で挨拶を交わすと、それぞれの家路につく。
佐為は、いつまでも手を振っていた。
しばらく進んだところで、千珠はふわりと紅玉の香の匂いを嗅ぎ取った。しかし、その艶やかな姿は見えない。
千珠はその場に立ち止まると、一人後ろを振り返る。うっすらとした紅玉の気配と煙の匂いが、千珠の鼻孔をくすぐった。
「……ありがとう。紅玉」
真っ赤な唇で微笑む紅玉の笑顔が、見えるようだった。すうっとそのあたりから、気配が消えて行く。
「能登を、頼むな……」
千珠は木漏れ日の差しこむ峠道を見つめながら、どこにともなくそう呟いた。
「千珠さまー、置いていきますよ!」
柊の呼ぶ声に、千珠は振り返って駆け出した。
煩わしい呼び声が懐かしく、口元が綻ぶことにも気付かぬまま。
10
お気に入りに追加
234
あなたにおすすめの小説
45歳のおっさん、異世界召喚に巻き込まれる
よっしぃ
ファンタジー
2月26日から29日現在まで4日間、アルファポリスのファンタジー部門1位達成!感謝です!
小説家になろうでも10位獲得しました!
そして、カクヨムでもランクイン中です!
●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●
スキルを強奪する為に異世界召喚を実行した欲望まみれの権力者から逃げるおっさん。
いつものように電車通勤をしていたわけだが、気が付けばまさかの異世界召喚に巻き込まれる。
欲望者から逃げ切って反撃をするか、隠れて地味に暮らすか・・・・
●●●●●●●●●●●●●●●
小説家になろうで執筆中の作品です。
アルファポリス、、カクヨムでも公開中です。
現在見直し作業中です。
変換ミス、打ちミス等が多い作品です。申し訳ありません。
百合ランジェリーカフェにようこそ!
楠富 つかさ
青春
主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?
ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!!
※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。
表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。
琥珀に眠る記憶
餡玉
BL
父親のいる京都で新たな生活を始めることになった、引っ込み思案で大人しい男子高校生・沖野珠生。しかしその学園生活は、決して穏やかなものではなかった。前世の記憶を思い出すよう迫る胡散臭い生徒会長、黒いスーツに身を包んだ日本政府の男たち。そして、胸騒ぐある男との再会……。不可思議な人物が次々と現れる中、珠生はついに、前世の夢を見始める。こんなの、信じられない。前世の自分が、人間ではなく鬼だったなんてこと……。
*拙作『異聞白鬼譚』(ただ今こちらに転載中です)の登場人物たちが、現代に転生するお話です。引くぐらい長いのでご注意ください。
第1幕『ー十六夜の邂逅ー』全108部。
第2幕『Don't leave me alone』全24部。
第3幕『ー天孫降臨の地ー』全44部。
第4幕『恋煩いと、清く正しい高校生活』全29部。
番外編『たとえばこんな、穏やかな日』全5部。
第5幕『ー夜顔の記憶、祓い人の足跡ー』全87部。
第6幕『スキルアップと親睦を深めるための研修旅行』全37部。
第7幕『ー断つべきもの、守るべきものー』全47部。
◇ムーンライトノベルズから転載中です。fujossyにも掲載しております。
勇者一行から追放された二刀流使い~仲間から捜索願いを出されるが、もう遅い!~新たな仲間と共に魔王を討伐ス
R666
ファンタジー
アマチュアニートの【二龍隆史】こと36歳のおっさんは、ある日を境に実の両親達の手によって包丁で腹部を何度も刺されて地獄のような痛みを味わい死亡。
そして彼の魂はそのまま天界へ向かう筈であったが女神を自称する危ない女に呼び止められると、ギフトと呼ばれる最強の特典を一つだけ選んで、異世界で勇者達が魔王を討伐できるように手助けをして欲しいと頼み込まれた。
最初こそ余り乗り気ではない隆史ではあったが第二の人生を始めるのも悪くないとして、ギフトを一つ選び女神に言われた通りに勇者一行の手助けをするべく異世界へと乗り込む。
そして異世界にて真面目に勇者達の手助けをしていたらチキン野郎の役立たずという烙印を押されてしまい隆史は勇者一行から追放されてしまう。
※これは勇者一行から追放された最凶の二刀流使いの隆史が新たな仲間を自ら探して、自分達が新たな勇者一行となり魔王を討伐するまでの物語である※
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる