異聞白鬼譚

餡玉

文字の大きさ
上 下
216 / 339
第一章 狂いゆく

五、黒く染まる

しおりを挟む
 その頃、具合の優れない千珠は、宇月と二人で自室の縁側にいた。

 鬼の力が戻ったおかげで幾分元気にはなっていたものの、気が澱み、ぴりぴりと神経質になっている。それが自分でも分かるため、千珠は穏やかな心持ちでいようと努めて気を宥めているのである。

 宇月は何も言わず、庭先で遊ぶ雀たちを眺める千珠のそばにいてくれた。それが嬉しくもあり、逆に早く一人になりたくもあり、千珠は両極に揺れる気持ちを持て余す。

「……雀って、可愛いよな」
 ぽつりと、千珠はそんな事を言った。宇月がこちらを見たことが、空気の動きで分かる。
「なんかさ、丸くて小さくて。お前みたいだな」
「……はぁ。雀に例えられたのは始めてでございます」
「……だよな。……っ」
「千珠さま、どうされたのですか?」

 鋭い痛みに、目の前が真っ白になる。全てが眩しすぎて、目から入った光が頭の中を焦がすようだ。

「あ、……くそっ……!!」
「千珠さま!?」

 千珠は頭を抱えて、その場に蹲って縮こまる。


 ――くそっ……なんだ、この痛みは。それに……何だろう、何でこんなにも、宇月を疎ましく感じるのだ……。


 背中を擦る宇月の暖かな手の感触、労るような高い声、それらの何もかもが、嘘臭く欺瞞に満ちたものに思われて、苛立ちと怒りが跳ね上がる。

 千珠は虚ろに尖った瞳を上げて、宇月を見た。その目線を受け止めて、宇月は怯えたように手を引っ込める。

 千珠の瞳は明るい琥珀色だが、今のその目の中には、明らかに黒い影が蠢いている。

 宇月は、小刻みに身体を震わせながら、後退った。しかしその瞬間千珠は宇月に飛びかかり、目にも止まらぬ速さで、小さな身体を畳の上に押し倒していた。

「きゃ……!」
 あっさりと宇月を組み敷いた千珠は、表情のない目で宇月の怯えた顔を見下ろす。
「千珠さま! どうしたのですか!」
「……お前は、どうして俺の物にならない」
「え……!?」
 自分のものとは思えぬほどの低い声が、憎々しげにそんなことを言った。

 身体が勝手に動き、口が勝手に宇月を責める。

 か細い手首を握り締める手には容赦はなく、みしみしと骨が軋む。宇月は痛みに顔を歪めた。

「痛……! やめてください……!」
「何故、俺を拒むのだ。この俺を……!」
「は、離して!!」
「お前を喰ってやろう。言う通りにならないのなら、生かしておくだけ無駄というもの」
 千珠は人よりも鋭い犬歯を獣のように剥き、邪悪に笑った。赤い唇を釣り上げて、舌なめずりをする。

「俺の血肉となり、一つになれば良い」

 宇月の襟元を乱暴に開き、細い首筋を顕にさせた。白い柔肌に、千珠の唾液が滴る。宇月は恐怖のあまり目を見開き、動くことが出来ぬ様子だ。
「千珠さま! いやです!! やめて!!」
 そんな叫びなど気にも留めず、まさに宇月の首筋に食らいつこうとした。しかしその瞬間、千珠の動きがぴたりと止まった。
 その隙に、宇月は身を起こして素早く千珠から離れた。

「あ……ううぅ……くそ……!」
 その場に四つん這いになり、頭を押さえて千珠は呻いた。宇月ははだけた着物の前をかき合わせ、怯えた眼で千珠を見ている。 

「っっ……あっ……何で……こんな……!」
「千珠さま……?」

 千珠は頭を押さえたまま、顔をゆっくりと上げた。
 そこには、いつもの千珠の瞳があった。痛みに顔をしかめながらも、宇月を気遣う視線が確かにある。

「……宇月、行け。俺から離れろ……今の俺、何をするかわからない……。早く! 行け!!」
 宇月はあいも変わらず怯えた顔で立ち上がると、そのまま走って部屋を出た。

 千珠は痛みにくらむ目をぎゅっと瞑ると、その場に仰向けに転がった。見慣れた天井がぐるぐると回って、吐き気がする。

「はぁ……はぁ……こんなに、重い憎しみとは……」
 夜顔の憎しみが、千珠の心を黒く染めてゆく。千珠は耳飾りに触れ、乱れる呼吸を整えようと深呼吸をした。


 ――外へ、出たい……。もっと、人のいない静かな所へ……。


 千珠はふらりと立ち上がると、脂汗を流しながら庭へ出た。
 そして、ひょいと城壁を飛び越え、城の外へと出ていってしまった。

 

 ✿


 急いで舜海を連れてきた宇月だったが、部屋にはすでに千珠の姿はなかった。
「一体どこへ……! あんな状態で外に出るのは、危険ですのに……!」
 宇月は珍しく焦りをあらわにして、部屋や庭を見回していた。裸足で庭へ飛び出す宇月について降りると、舜海はその肩に触れた。
「おい、落ち着け。お前らしくもない」
「……しかし、私がついていながら千珠さまをあんな……」
「お前は女や。あいつの取った行動に怯えるのはしゃあないことや。お前のせいじゃない」
「でも……」
「俺が探してくるから。な。お前はここで待っとけ。お前だけは、千珠をちゃんと待っといてやれ」
「……はい」

 宇月はしゅんとなって、舜海の言葉に頷いた。舜海は城壁を仰ぎ見て、千珠の気を辿ろうとした。そして、庭木を頼りに城壁の上へ登る。

 その隣に、突如柊が現れた。
「うわ! お前どっから湧いてん! 虫か!」
「千珠さまがおらへんくなったって?」
 舜海の問は無視して、柊は頭巾の下から鋭い視線であたりを見回す。
「ああ。お前も探してくれ」
「はいよ。見つけたら、ここじゃなく廃寺へ連れて行くからな。ここは人が多すぎる。今の千珠さまを、あまり人目に晒したくない」
「せやな」

 二人は逆の方向に飛び降りると、千珠を探して走り始めた。

しおりを挟む
感想 15

あなたにおすすめの小説

壁乳

リリーブルー
BL
俺は後輩に「壁乳」に行こうと誘われた。 (作者の挿絵付きです。)

BL団地妻-恥じらい新妻、絶頂淫具の罠-

おととななな
BL
タイトル通りです。 楽しんでいただけたら幸いです。

騙されて快楽地獄

てけてとん
BL
友人におすすめされたマッサージ店で快楽地獄に落とされる話です。長すぎたので2話に分けています。

営業活動

むちむちボディ
BL
取引先の社長と秘密の関係になる話です。

吊るされた少年は惨めな絶頂を繰り返す

五月雨時雨
BL
ブログに掲載した短編です。

大学生はバックヤードで

リリーブルー
BL
大学生がクラブのバックヤードにつれこまれ初体験にあえぐ。

魔王に飼われる勇者

たみしげ
BL
BLすけべ小説です。 敵の屋敷に攻め込んだ勇者が逆に捕まって淫紋を刻まれて飼われる話です。

アルバイトで実験台

夏向りん
BL
給料いいバイトあるよ、と教えてもらったバイト先は大人用玩具実験台だった! ローター、オナホ、フェラ、玩具責め、放置、等々の要素有り

処理中です...